救国の姫
父は一度としてセドラスを見てくれなかった。優秀で当たり前、少しでも人に遅れをとれば情けないとそっぽを向く。息子が生まれてからは父の期待はセドラスを通り過ぎて孫に注がれた。
父の目には孫を王座につけ、その外戚として権力を振るうことしかない。
「やってやる。わたしが、わたしができることを示すんだ」
父にもセドリスにも現れなかった力。セドラスには魔法が使える。
古い塔。それを中心に刻まれた魔法陣は発動すれば呪病をふりまく。その最初の被害者は塔の一室に閉じ込めた二人の皇太子だ。王座につくことを約束された二人の若者――これほど気分のいい事はない。腐り果てて死ねばいい。
セドラスは狂ったように笑い続けた。
一行はセドリスが知らせた塔に向かって馬を走らせていた。馬に乗れないフィニアはローズの馬に乗せられている。それに付き従うのは具足をつけたノールだ。
一行というにもささやかな顔ぶれだが、フィニアは一刻も早くクロスを解放してあげたかった。
ノールが何かに気づいたように一度振り返り、ローズに告げる。
「お嬢様、追っ手のようです。騎馬がこちらにむかっております」
「なんとかできる?」
「足止めできます」
「では、お願い」
「承知いたしました」
ノールが馬首を返し戻っていく。
「お姉さま、ノールだけでは――」
「あなたは前だけを見なさい。殿下を助けたいのでしょう?」
「はい……」
ローズにしがみついたフィニアは眼を閉じる。フィニアが助けたいのは――黒髪の誰にも顧みられる事のなかった皇太子だ。虚ろを抱え、それでも前に進もうとしていた人。
謀殺されるなどあんまりだ。他の誰があの人を見なくても、フィニアはクロスのことを見ていた。きっと、誰もが思いもしなかった名君になるだろう。だから――ここで死なせてはならない。
ローズの操る馬はフィニアの思いのままに塔に向かって走り続けた。
追っ手は二十人ほどの騎馬だった。その中に騎士団をあずかる男を見つけ、ノールは微笑んだ。
「これは、これは。まさか謀反人の中に騎士団長ともあろう者が紛れ込んでいらっしゃるとは思いもいたしませんでしたよ」
「執事ごときが立ちはだかるか! そこをどけ!」
「きけませんね、謀反人の戯言など。お嬢様をお守りするのはわたくしの役目。一人たりと逃しません」
槍を構えるノールに追っ手のうち二人が切りかかった。一閃――ノールが槍をひらめかせると男達は馬から叩き落された。馬から落とされるのは致命傷である。金属鎧の自重で地面に叩きつけられれば立ち上がることは難しい。
「ぬっ!」
それだけで団長はノールの実力を悟った。
「貴様、ただの執事ではないな!」
「わたくしはただの家宰でございますよ。ただ、主のために己の持てる全てをつくすまで。お覚悟」
そしてそこにウィンダリアの重装騎兵が『笑う悪魔』と恐れたものが降臨した。
立ちはだかる警備兵をローズの爆裂魔法が一掃した。なるほどこれだけの実力があればウィンダリアの重装騎兵を突破できるだろう。
そうしてそこにたどり着いた二人が見たものは――
そこには貼り付けられた濃厚な魔力があふれていた。高い塔を中心に刻まれた円といくつもの紋様。そこから気分が悪くなるような気配が立ち上っている。
「なに……これ……」
「魔法陣よ。これは――病気を撒き散らす術だわ!」
ローズは馬を止め、フィニアとともに降りた。
「なんてこと。これだけの魔力を込められたら――壊しでもすれば、魔力の暴走であたりに被害が出るわ」
「お姉さま……」
フィニアの眼にはそれは黒い蛇がいくつも地面から這い出そうとするかのように見えた。
ゆらり。ゆらり。陽炎のように立ち昇る濃厚な魔力。
「少し遅かったようですな、ローズ姫」
勝ち誇ったセドラスが哂う。
「伯父様……どうしてこんなことを……」
「どうしてだと! 生まれながら最上の地位を約束されたものに分かるはずがない! ぬくぬくと甘やかされて、当たり前のように王冠を受け取るのだ! どれほど欲しようとそれを手にできぬ者たちの無念など知りもせず!」
セドラスが狂笑をあげる。
「だから殺してやる! 手に入れられるはずだったものを前に腐れて死ぬ、それがわたしの復讐だ!」
「勝手なこと言わないで!」
フィニアは初めて会う伯父を怒鳴りつけた。
「クロスさまは違うわ! お兄様を殺されて、その立場に立たされただけ! レオンさまにしたって、いい王になろうと必死に努力してきたのよ! それを甘やかされる? 当たり前?――知らないのはあなたのほうだわ! わたしは許さない! そんなことは許さないわ!」
「許さないだと? どうするつもりだ? もはや魔法陣は発動する。皇太子は腐り果てて死ぬ!」
「なんてことを! 王都や市民にも被害がでるわ」
ローズが顔色を変えた。
「許さないといったはずよ! 馬鹿にしないで! わたしも“運命の姫”よ!」
フィニアは自分が何をするべきなのか分かった。いま、ここに自分がいる理由。
「できるわよ! わたしにしか、できないわ!」
魔法陣の一角に手をつき――その蛇のごとき魔力を強引に纏め上げ吸い上げた。濃厚な魔力が急激に体に注がれる。だがそれはフィニアの器を越えるものではなかった。ひと月かけて注がれた魔力を強引に引き剥がし、自分の魔力へと返還する。
「わたしは――あの人を助けるの!」
「馬鹿な! 魔力が! 魔法が無効化されていくだと!」
それがフィニアのできること。魔法からその根源である魔力を吸い取り無効化する。
「フィニア!」
「お姉さま、お願い!」
双子ゆえかフィニアからローズへの魔力の譲渡は楽に行える。つきかけた魔力を補充したローズは魔力を失い無効化した魔法陣を吹き飛ばす。すでに魔力を失っていたそれはあっけなく壊れた。
「馬鹿な! わたしの魔法が! わたしの力が――こんな小娘に劣るというのか!」
「力なんて脆いものよ。より大きな力をもってあたればいい。敵わないなら数を増やして力を増せばいい。どうしてそんなものに頼るのか、わからないわ」
「伯父様、降伏してください。フィニアのいるわたくしには敵わないでしょう? これ以上は無益ですわ」
フィニアという無限に魔力をかき集められる魔力の供給源を得たローズはほぼ無敵だった。魔法砲台ともいえるローズと、敵対する魔法全てを無力化する最強の対魔法防御であり同時に魔力の供給源であるフィニア。
だから“運命の姫”は二人必要だったのだろう。
セドラスは膝から崩れ落ちた。
結界はフィニアが片っ端から無効化した。鍵はローズが叩き壊し、二人は塔の最上階へ駆け上がった。
最後の扉を開け放った向こうには――
「クロスさま!」
「フィニア嬢……」
傷だらけで、それでも生きていてくれたクロスにフィニアは抱きついた。
「よく、よく生きて――」
「約束した。王になると……」
ローズが治療魔法を発動させ二人の皇太子の傷を癒した。
「もう大丈夫ですわ。謀反人は捕らえられました。セドリス卿が全ての証拠とともに我が家に駆け込みましたの。その証拠に従って加担していたものは捕らえられますわ」
「そうか……」
小さな痛みとともにレオンハルトはローズの報告を聞いた。
最初からこのカップリングを目論んでました。
恋愛ですよね? ちゃんと恋愛ですよねえ?




