謀略の貴公子
「これはどういうつもりだ! セドリス!」
前ラークス公爵の怒声が鳴り響いた。その孫は涼しい顔でそれを受け流す。
「どうもこうも、反逆者を捕らえてしかるべきところに突き出すのですよ、お爺様」
ラークス公爵家にはセドリスが率いた兵が乱入し家人を捕らえていた。品よく整えられた調度品が土足で踏みにじられる。
同じ頃、根城にしている屋敷にも兵が踏み込んでいるはずだ。セドリスが持ち込んだ証拠の数々をよりどころにウィンダリアの高官やシグラトの協力者もいっせいに捕らえられている。なにもかも協力者のふりをしてセドリスが調べ上げ、とある侍女の協力のもと持ち出した書状の数々だ。
「皇太子殿下を殺害するため呪病をかけ、それが王都に蔓延することを厭わない、他国の皇太子を暗殺し、そのため戦争が起きて国土の一部を譲り渡すことを前提として密約を交わすような人のことをなんというか分かります? 反逆者、売国奴というのですよ」
孫はにこやかに身内を言葉の刃で切って捨てる。
「危ういところでした。叔父上はすでにある程度のことは掴んでおいででした。もう少しで僕の密告は意味を成さなくなるところでしたよ。僕が知りうること全て証拠つきで提出しました。お爺様とお父さまの首、爵位の降下と半数の領地返上でなんとか家は残りそうです。お母様は責任を持って療養させます」
幽閉すると言うことだ。祖父は孫の所業に憤慨した。
「そこまでわしらを売るか!」
「そこまでしなければならないことをしたのは誰です? 王位簒奪を狙ったものは粛清されて当然でしょう?」
謀反人はその血筋を悉く絶たれても不思議ではない。それが王位簒奪を目論んだものの末路だ。それを防ぐには身内の恥は身内で雪ぐしかない。
セドリスは迷わずそれを実行した。
「お爺様、僕が一度でも王座を望んだことがありましたか? あなたは僕を見ていない。僕を権力を得るための道具としか見ていないでしょう?」
わずかな憐憫を見せてセドリスは祖父を見た。
「僕の生誕の予言があなたにそんな野望を持たせてしまったのですね」
セドリスの生誕の予言は『望めば得られる』だった。たったそれだけのこと。それを祖父はセドリスが王座を望めば得られるものと勝手に思い込んだ。
「僕にはそんなものはいりません。ローズ姫もフィニア姫も僕が望むものではないのですよ。僕が欲しいものは――もっとささやかなものです」
「セドリス! なぜだ! なぜこんなことを!」
屈強な兵士に捕らえられた老人は見苦しく騒いだ。
「それを問いたいのは僕のほうですよ、お爺様。王家に連なるものの責任を投げ捨てるような真似がなぜできるのかと。連れて行ってください」
セドリスが頼むと兵士達は祖父を連れて行った。これからしかるべき所で取り調べの後――祖父も父も処刑されるだろう。
セドリスは深い溜息をついた。
「セドリス様、大丈夫ですか? お顔の色が……」
「ニーナ……仕方ないよ。本来なら僕もお母様も、直接関係していない血族も処分されて当然のことなんだ。それらを守るためには……恨まれるだろうけどね」
セドリスにもそれは痛い代償だ。
「……我が家は公爵ではなくなる。子爵位になり領地も半分は返上するから今までのような暮らしもできなくなるよ。まあ、自業自得だけどもね。こんな僕だけど……ニーナ、僕は君を『望めば得られる』だろうか?」
セドリスはニーナの前に跪き、求愛を示す礼儀をした。
差し出された手にニーナは赤くなり――
「わたくしのようなものでよろしければ、傍にいさせてください」
その手に自分の小さな手をのせた。
かなり急ぎ足でした。