想いの螺旋
そこは高い位置に明り取りの窓がひとつあるきりの部屋だった。格子の扉があるからには牢として使われるものだろう。
転移魔法で連れてこられそのまま幽閉されたようだ。魔具は攻撃魔法は弾いても転移までは対応していない。
「セドラス卿! どういうつもりだ!」
レオンハルトは義理の叔父に当たる男を怒鳴りつけた。格子の向こう側に佇む中年の男は暗い笑みをはりつけた。
「これはこれは皇太子殿下、このようなことになり本当に残念ですよ。我々としてはウィンダリアの皇太子殿下だけでよかったのですが、こうなってはレオンハルト殿下もお返しすることは出来なくなりました。運命をともにしていただきましょう」
男は箍が外れたように笑い出す。
「残念ですな。この国で高貴なる座に座るはずの身が腐り果てて死ぬのです。治らぬ病に苦しみのた打ち回るのですよ! なんと惨めなことか! これで次の至高の座はラークス公爵家のものだ!」
ロゼリア大公家に一台の馬車が駆け込んできてから事態は深刻になった。
レオンハルトとクロスリートが姿を消したというのだ。件の廃屋に向かうのに馬車を残していったが、いつまでたっても帰らない二人に従者が廃屋の中を確かめにいき――二人の姿がないことに気づいた。それどころか室内には争った後があり血痕まであったという。
それが二人のものかは分からないが、皇太子達は何者かにつれ攫われたものとしか思えない。
ロゼリア大公はすぐさま関係者を集めた。
「皇太子様方が……」
話を聞いたフィニアは青ざめた。
「ふむ、先手をとられたか……緊急事態だな、ロゼリア大公。こうなっては実力行使しかあるまい。連れ去ったということは、今すぐは殺しはしないということだが、それだけかも知れん。皇太子の死体と対面するのはごめんだな。我がアルンハイト侯爵家の手駒を貸すぞ。すぐさま玉を取り替えそう」
「侯爵夫人……確かにこうなってしまっては一刻も早く皇太子殿下を取り返さなければなりませんが……殿下達はどちらに囚われているものか。対応を誤れば殿下の命が危うい」
「城と屋敷……潜むならば屋敷だろうが、閉じ込めるなら城の塔という手もある。どちらだ?」
大公と侯爵夫人が策を練っているうちに家人が来訪者を告げた。
「セドリス君が? このタイミングでかね?」
新たな情報がもたらされ、フィニアは屋敷を飛び出そうとした。
「待ちなさい、フィニア。どこへ行こうというのだ?」
「だって! お父さま、クロスさまとレオンさまが!」
「だからといって、フィニアが行ってもなにも――」
「できますわ。フィニアはわたしの魔力の供給源になれます」
姿を現さなかったローズが勇ましい具足姿で現れた。その後ろには同じく武装したノールが控えている。
「お姉さま!」
「行きましょう、フィニア。あなたは行きたいのでしょう? ならばわたしはあなたの願いを叶えてあげるわ」
「ローズ……またかね?」
リチャードは三年前を思い出してげんなりした。
「ええ、お父さま。欲しいものは自らの手で勝ち取らなければ。可愛い妹のためですもの、やりますわ。いくら何でも重装騎兵より強いということはないでしょう? フィニアが向こうの攻撃魔法を消して、わたしが蹴散らすわ。ノールも助けてくれるそうよ」
忠実な家宰は一礼した。
「お嬢様方はわたくしが命を懸けてお守りいたします」
言い出したら聞かないということを知っているリチャードは眉をしかめて首を振った。
「ああ、確かに心強いよ。三年前の再現だね。シーリスはいないけど」
「攻撃魔法ならわたし無効化できます!」
フィニアが言い募った。
侯爵夫人が声を上げて笑った。
「我がアルンハイト侯爵家は戦陣を切ることを誇りにしているそうだが、君達に譲るよ。戦争を起こさせなかった『運命の姫』ならばこの事態も切り抜けられるだろう。ノール」
夫人は恋人を呼んだ。
「なんですか? イライザ」
「惚れ直したぞ。一緒に戦えないのが残念だ」
イライザは恋人に触れるだけの軽いくちづけをした。
「いらっしゃい、フィニア」
「はい。お姉さま」
一人で馬に乗れないフィニアはローズの馬に乗せられ一路皇太子が監禁されている場所へと向かった。
急いでます。すみません。