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嘘と真実

 ロゼリア大公家にはいちおういくつか客を通せる部屋がある。父が侯爵夫人と話し合っているのとは別の部屋でフィニアは宰相だという客と会った。

「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」

 宰相はまず以前の不手際を詫びた。

「そのことはすでに謝罪を受け入れております。それで、今日はどのようなご用件でしょう? あいにく父は来客があって席をはずしておりますが」

「いえ、フィニア姫自身にお話があります」

「どのようなことでしょう?」

 フィニアは嫌な予感がした――というより、話などひとつしかない。

「我が国の皇太子レオンハルト殿下との婚姻を考えていただけないでしょうか?」

「お断りします」

 即答だった。

 一瞬硬直した宰相はすぐに気を取り直した。

「なぜでございますか? 殿下は足しげくこちらに通っておいでです。あのような不幸な出会いをしたとはいえ、仲はよくなっているものと思いましたが」

 事件の解決のため皇太子が足しげく通っていたのは本当だし、最初のような悪感情はだいぶ薄れてきてはいるが――それとこれとは話が別だ。

「決まっているじゃありませんか。殿下もそれを望んでおられないし、わたしもそんな気はありません。どうしてそんな話が出るのか不思議ですわ」

「そのようなことはありません。殿下は婚姻を望んでおられます」

「嘘」

 宰相の言葉をフィニアは一言で切って捨てた。

「嘘などついておりません」

「嘘よ。どうしてそんな嘘をつくのかしら? なにを企んでいるの?」

「企むなどと」

「嘘をついてまで何かをしようとしていることを企むとは言わないのですか?」

 レオンハルトが婚姻を望んでいるということ事態を嘘と確信しているフィニアには遠慮がなかった。

「……フィニア姫はご自分の生誕の予言をご存知ですね」

「ええ、聞きました。それがなにか?」

「我が国では生誕の予言は信じられております。『王となるものを助けその伴侶となる』この予言はどう考えてもあなたが次の王の伴侶となることを予言しております。皇太子たるレオンハルト殿下とあなたが結ばれなければ――殿下が次の王ではないと」

「考える人がでてくるかも知れない、ということ? 風評ね」

 ここにいたってやっとフィニアは宰相がなにを気にしているのか分かった。

 本人以上に有名な予言。それを頭から信じるものはフィニアがレオンハルトを選ばなかったとしたら――次の王はフィニアの伴侶だと思いレオンハルトを見限ってフィニアの夫に擦り寄ってくるかもしれない。

 それは国内の混乱を招く。

 あるいはそれを信じる人達によってそうではないことも本当にされてしまう。

「ご理解いただけましたか?」

「理解はできるけど、賛同はしないわ。どちらも望んでいない結婚なんてお互い不幸になるだけよ」

 そこは譲れないフィニアだった。

「殿下を見捨てられると?」

 宰相の物言いにフィニアは眉をよせた。

「見捨てる? あなた、殿下を見下しているの?」

「そのようなことは!」

「見下しているわよ。たかがそんなことぐらいで王座を継げなくなると断言しているようなものじゃない」

 宰相は絶句した。

「それは侮辱よ。レオン殿下はそんなことで左右されないわ」

 最初の出会いこそ微妙だったが、レオンハルトはレオンハルトで努力はしているのだ。その原動力は不憫なものだが――思い出すと涙を禁じえない――本人が気づいてないのがさらに不憫――ここ数日の頑張りを見るに次の王になるのに不足はないとフィニアは思う。

「そのように思って下さるのに、結婚の相手としては考えられませんか?」

「レオン殿下がわたしのことをなんと呼んでいるのかご存知?」

「は?」

「妹姫よ。殿下にとってわたしは『ローズの妹』でしかないってこと。それなのに結婚なんて考えている訳ないでしょう?」

 その呼び名は端的にレオンハルトの中でフィニアがどんな存在なのか表している。だから、フィニアはレオンハルトを恋愛の対象としては真っ先に除外している。

「陛下がそれを望んでおられたとしても、お断りいたしますか?」

「陛下? 王命だとでも言いたいの?」

 胡散臭い、とフィニアは思った。以前会った感触ではごり押ししてくるような王には見えなかった。

 案の定宰相の顔が強張った。

「……そう考えていただいてもかまいません……」

「では、本人に確かめさせていただけます?」

「なんですと?」

「父に確かめていただきます。本当に王命かどうか。陛下がそのようなことを考えていたようには思えませんから。父が断言しておりました、このような縁談はありえないと」

 拍手の音が響いた。

 驚いたフィニアと宰相が入り口を振り返るとローズとイライザがいた。拍手はイライザがしていた。

 ローズは微笑んでいたが――目が笑っていない。

「アルンハイト侯爵夫人! なぜあなたがここに!」

「あなたの負けだよ、宰相殿。ここは全てを謝罪して引き下がるべきだろう?」

 慌てる宰相に侯爵夫人は勝ち誇って助言した。

「なにをおっしゃるやら。なにに謝罪しろと? そもそも身の程をわきまえて欲しいものですな。侯爵夫人とはいえ――」

「わきまえるのはあなたの方だろう? 宰相殿。今の身分が大事なのなら」

 イライザは宰相の反撃を鼻で笑う。

「あなたは宰相という身分だ。そのあなたが『王命』をにおわす事をいい、確認されて否定しないということは――『王命』だと言ったも同然。だが――陛下にそういう王命があったのか問いただし、否という言葉が発せられたらどうなるね?」

 宰相は青ざめた。

「あなたは『王命』を騙ったことになる。『大公令嬢』に『宰相』が『王命』を騙り脅迫した――これは立派な不敬罪であり謀反になるのではないかね?」

 王命を騙るのはそれほどの罪だ。これが告発されれば身分はおろか命さえ危うい。一族郎党同罪だ。

 侯爵夫人が証言すれば逃れようがない。

「あなたは反省がないな。ローズ姫の時も間違った解釈で散々引っ掻き回しただろう。シーリス殿を貶めて仲を邪魔しようとしたが――結果はこの通りだ。人ごときが運命をどうこうできるなどとおこがましい。下手に企まぬほうが身のためだよ」

 シーリスとローズの仲を邪魔した筆頭は宰相だ。そのため大公家の宰相に対する心証は最悪である。

「今ならまだ取り消しができるぞ、宰相殿。フィニア姫に全てが自分の一存であったと訂正し謝罪するがいい」

「……大変申し訳ないことをいたしました……お許しを……」

 宰相は謝罪しあたふたと部屋を出て行った。

 それを見送ったイライザはフィニアに向き直る。

「甘言に騙されないとは、さすがに聡いな、フィニアさま。あなたとは気が合いそうだ」

「さすがフィニアだわ」

 烈女二人がフィニアを褒め称えた。

「いえ、こちらこそ助けていただいて」

「なに、わたしが助けなくともあれは退散していただろうさ」

 リチャードとの会談がすんだイライザはローズとともにフィニアの援護のため足を運んでくれたらしい。

 三人は改めてお茶にした。

「フィニアさまは正しい。どちらも望んでいない婚姻など不幸になるだけだよ」

 望まぬ婚姻をした人の言葉は重かった。

「だが、自分にとって本当に大事な人がいれば――なりふりなどかまっている必要はない。自分の持てる全てで捕まえるべきだ」

 そうした美女二人はフィニアに笑って見せた。

 フィニアはやや強張った微笑をかえした。

そうして捕まった男どもがあの二人です。


…………幸せならいいよね……

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