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烈女

 その女性はノールのお客さんなのだという。

 ノールが帰ってから数日後に来た客だ。その人をはじめてみたときのフィニアの感想は

「ノールさんが襲われてる……」

 どう見てもノールに無理矢理くちづけしている。じたばたと引き剥がそうとするノールにもかかわらずその黒髪の美女は好きなようにしている。

「相変わらず情熱的ですわね」

「そういう問題なんですか?」

 女性がこちらに気づいたらしくノールを解放した。

「お久しぶり、ローズさま。そちらの方は噂の妹姫さま?」

「お久しぶりですわ。イライザさま。こちらはわたくしの妹フィニアですわ。フィニア、アルンハイト侯爵家のイライザさまよ」

「初めまして。フィニアと申しますわ」

「初めまして、フィニアさま。わたくしはイライザ。アルンハイトの仮初の領主ですわ」

 誇らしげに胸を張る黒髪青眼の美女は気が強そうだった。

「大公さまはいらっしゃるかしら? お伝えしたいことがありますのよ」

「お父さまでしたら書斎に。使いのものをやりましたので、サロンでお待ちください」

 美女はノールに「また後で」と言い残して颯爽と案内のものについていった。

 珍しく微妙な顔をしているノールにフィニアは忠告した。

「ノールさん、口紅」

 忠実な家宰は慌てて口元をぬぐった。

(強い……強いわ、アルンハイト侯爵夫人)


 イライザとノールの出会いは二十歳の頃に遡る。まだロゼリア家に仕える中堅の執事の一人であったノールの元に訪れた客だ。

 名指しで侯爵夫人が尋ねてくるなどノールの身分からすればあり得ないことだ。ましてあの家の者が自分に関わってくるなど。

 相手の思案を諮りかねているところへ、まず相手が名乗った。

「わたしはイライザ。あなたの父の名目上の妻だよ」

 これで相手が素性を全て知っていることは分かった。

「わたくしに父はおりません。親も分からぬ捨て子でございますよ。なにかのお間違えでは」

「まあ、そう言うな。これでも見つけるのに二年もかかってしまったんだから」

 二年かけて夫が捨てた子の消息を追いかけたとは酔狂なことだとノールは思った。

「わたしになんの御用が?」

「助けて欲しい」

 ずばりとイライザは口にした。

「わたしははっきり言ってしまえば、跡継ぎを産むための道具として買われた。元々生家があまり裕福でなく――はっきり言えば金に困った親に売られた。あなたと同じ歳なのだよ? こんな婚姻ありえないだろうが」

「心中お察しします」

 あの男は自分を捨てた後、結婚と離婚を繰り返している。妻となるのは若い娘だ。なんとしても跡継ぎが欲しいのだろう。

「ところが、夫はすでに役立たずなのだよ」

 あまりにも赤裸々な物言いに、ノールは硬直した。女性が口にしていい事ではない。

「ま、まあ、そういうこともあるでしょうね」

 もはや高齢なのだから。本来ならノールやイライザは孫であってもおかしくない歳だ。

「さて、ではどうやって子供を産ませると思う?」

 ノールはある可能性に気づいて顔をしかめた。

「他の男に?」

「初夜にはっきり言われたよ。いずれ誰かをあてがうとね。馬鹿にしていると思わないか?」

 この女性もあの男の被害者だとノールは思った。

「事情は分かりましたが、わたしにはどうしようもありませんが?」

「あなたにしかできないことだ。というよりは、わたしが気に入ったというべきかな?」

「は?」

「あっちの都合で道具として扱われるなど冗談じゃない。わたしの子供の父親はわたしが決める。だからあなたを探させた」

 ノールは眼を見張った。

「青みがかった灰色。好都合だな」

 ノールの眼の色を確認したイライザはにんまりと笑った。

「子供は産んでやろう。だが、その子供の父親はわたしが決める。ノール・フィグ・アルンハイト、わたしにあなたの子を産ませて欲しい」

 それは捨てさせられた本名だった。

 ノールはあいた口がふさがらなかった。この女性は――かつて夫が捨てた子供の子を孕もうというのだ。

 なんという痛烈な皮肉。

「お……お断りします」

「なぜだ? 貴殿にとってもこんな痛快な話はないだろう。自分を捨てた父親の妻を寝取り、いずれ自分の血が捨てた家を乗っ取る。あの男に復讐したくはないか?」

 なんとも強烈な人だ。この人を選んだ時点でアルンハイト家の思惑は台無しだろう。

「そこまであの男と家に興味はありません。どうにでもなればよろしい。わざわざ復讐する気もおきません」

 イライザは眼を見張った。

「ふむ、そういう復讐もありか。もはやあの家はあなたにとって関心を抱くのも馬鹿らしい屑なのだな」

「さよう。あなたには気の毒だとは思いますが……」

「わたしにはその気にならないか? これでも容姿にはそれなりに自信があったのだが」

「……大変魅力的な方だとは思います。恥をかかせるようですが、お引取りを」

 イライザは充分魅力的だ。若く美しく、勝気なところも魅力のひとつではある。ノールが応えないのはあの家に関わりたくないという心情のせいだ。

「ならば望みはあるな」

「は?」

「最初は素性だけで候補にしたが、わたしはあなたが気に入った。なんとしてもわたしの子供の父親にしてみせる」

 そんなものを宣言しないでください。

「一度で落とせるとはわたしも思ってないよ。何度でも来よう。あなたがその気になるまでな。まだ若いのだし、うっかりその気になることもあるのだと聞いた。その気にさせてみせようではないか。ふむ、これは中々楽しいな。せいぜい女を磨いておく」

 女性にこんなことを言われてどう返せというのだ。

 ノールが軽く自失している間にイライザは颯爽と帰っていった。

 そうしてイライザは本当にその通りにした――それが当時七歳のローズにどのような影響を与えたかは言うまでもないだろう。


 何年も追っかけられ――押し切られた。ノールは深い溜息をついた。

(でもね、イライザ、『子種くれ』と宣言するような人が処女だなんて思いもしませんでしたよ、わたしは)

 それは唯一の痛恨事である。

 今の心情としてはフィニアさまだけは彼女を見習って欲しくない。


「件のコンラート氏が賊に襲われて、我が家に匿っているのだよ。それで洗いざらい告白した」

「ほほう。都合のいいときに刺客が襲ってきたものだね?」

 自作自演ではないかとリチャードは視線だけで尋ねた。イライザは余裕のある笑みを見せる。

「偶々だ。それで依頼主だが、公爵ではなかったぞ。ある意味もっと厄介だ。メディアス騎士団長――かつての開戦派が絡んでいる」

「ほう……」

 面倒だな、とリチャードは思った。

「件の大臣が懇意にしているのはラークス公爵家で間違いない。ご隠居か当主か息子かは分からなかった。ウィンダリアの高官とシグラトの公爵家、騎士団長が絡んでいるのだ、これから何があってもおかしくないな。それと――件のコンラート氏だが、廃屋のほかに城をひとつと屋敷をひとつ借りるのに名前を貸したそうだ。根城にしているのではないか? 今のところはこれだけだ」

「なるほど――戦争をするのが目的の輩が絡んでいましたか」

 戦って勝てるという根拠のない自信があるのだろう、とリチャードは思った。過信と自信の区別がついていない。

「感謝しますよ、イライザ夫人」

「ならば、対価をいただけないか? ロゼリア大公」

 珍しい、と大公は思った。

「なんなりと」

「実は親族の者が煩くてな。次期当主はノクトでかまわないが、女の一人身では侯爵家を支えるのは大変だろう再婚しろと言われる。だが――わたしがパートナーと認めるのは一人だけだよ。どうにかできないか?」


 フィニアに来客があったのはイライザ夫人とリチャードが面会している最中だった。

「お嬢様、宰相様がお会いしたいと」

 その知らせを持ってきたのは執事の一人だった。

「えっ! なんで、わたし?」

なんか強い人です。ノール……押し切られたんだ。それがローズに影響して……いや、君のせいではないと思うよ……

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