誤解の果てに……てめえら、覚悟はできてんだろうな!
死ぬかも知れない。
フィニアは薄れる意識でそう思った。
あれから布をかぶせられ荷物のように馬に括り付けられ、昼夜問わず運ばれている。どれだけ経ったかも分からない。
食事も与えられず、水だけは馬を替えるときに少量与えられた。日に日に弱っていくのが分かる。
こんなあつかいなのだ。王都についたらどんな目にあわせられるか。
――短い生涯だったなぁ、いいこともあんまりなかったし――ああ、下働きの人がよくしてくれたっけ。かばってくれたり食べ物分けてくれたり。村に引っ込んでからは回りの人が優しかったなぁ。嬉しかった――
振動を感じながら走馬灯のように昔のことが思い出された。いい思い出は圧倒的に他人とのことで、嫌なことは家族の事だ。
不幸だ。どう考えても不幸だ。おまけに濡れ衣で殺されるかもしれない。
本当の両親には会えず終い。なぜ里子に出したのか聞きたかった。
――さようなら――
誰ともなくフィニアは呟いて意識を失った。
「姫が見つかったというのは本当か?」
ラゼリア大公リチャードは宰相の位にあるマイスリーに問いただした。
「はい。妹姫は商人のアッテンハイムに預けられたとか。手配書を回し探させました。条件に合う娘が見つかったと。至急こちらに送ってくるそうです」
「よかった。あの子が見つかって」
「ローズ」
涙ぐんだローズにシーリスがそっとハンカチを手渡した。
「よかったね。見つかって」
「ええ、本当に。もしかしたらわたしがあの子の立場だったかも知れない」
ローズの言葉にリチャードも宰相も顔をしかめた。
もしそうなっていれば、国は滅んでいたかもしれない。そして二分の一の可能性でそれもありえたのだ。
リチャードの妻は他国から嫁いで来たのだ。その国は双子に対して独自の風習があった。双子は争いの元として片方を里子に出し、引き離して育てるのだ。妻についてきた侍女も自国の風習に疑いもせず、生まれたばかりの双子姫の一人を夫に言いもせず里子に出した。
そうと知れたのは予言のおかげだった。
シグラト国の王侯貴族には子供が生まれると、子供の未来の一部を予言という形で占うのだ。
リチャードの子供への予言はふたつ「国を救い愛するものと結ばれる」「王となるものを助けその伴侶となる」というものだった。予言は普通ひとつだ。重大なことでも些細なことでもひとつ。ゆえにローズと名づけられた姫の予言は「国を救い、愛する王となるものの伴侶となる」だと思われていた。
ローズは優秀な魔術師となり――十五のときにシグラトと隣国ウィンダリアの開戦を防いだ。それこそ「国を救い」の部分の成就。ならば「愛するものと結ばれる」は「王となるもの」である皇太子レオンハルトとの婚姻だと思われていたが、魔術師の長であるシーリスとの婚姻を望み、戦争を防いだ功績をたてに了承させた。
皇太子の伴侶になるのはローズではなかったのか?
誕生の予言を贈った魔術師に問いただしたところ、予言はふたつ「国を救い愛するものと結ばれる」「王となるものを助けその伴侶となる」だった。ゆえにその日産まれた大公の子は双子ではないのか? と逆に聞き返された。
「王となるものを助けその伴侶となる」この予言を贈られるべき子供がいたはずだと。
そして話を聞いた大公の妻に仕えていた侍女がローズが双子であったことを告白したのだ。
それを知った大公は慌てて娘を迎えに人をやったのだが、妹姫を預けたという商家は破産して姿を消していた。
優秀な家宰が元使用人や付き合いのあったものを片っ端から当たって調べていたが、破産して夜逃げしただけに中々たどり着けなかった。
ただ、妹姫がフィニアと名づけられたことと、姉であるローズと似通った姿形をしているらしいとだけ分かった。
それを知った宰相が独自に探させたのだという。「王となるものを助けその伴侶となる」と予言されたのなら、未来の皇太子妃になるものだからだ。
乱暴に馬がとまった。その振動で目を覚ましまた馬をかえるのかとフィニアは思った。馬にくくりつけている部分の綱がとかれ、乱暴に下に落とされる。男達はとにかくフィニアを手荒にあつかう。殴ったり蹴ったりすることも珍しくない。
いつもならすぐに次の馬にくくりつけられるのだが、今回は布が取り払われた。
水をくれるのかとフィニアは思った。
「立て。ついてくるんだ」
どうやら王都についたらしい。兵士はフィニアを引っ立てようとするが、もう立つこともできなかった。
(もうお終いだわ。短い人生だったなぁ)
立てないフィニアを兵士は引きずり出した。
「痛い! やめて、痛い!」
「うるさい!」
兵士はフィニアを殴りつけて荷物のように担いだ。
「なにをしているんだ!」
警備の兵士がとんできた。
「この女は宰相様じきじきに手配された罪人だ! どんな手を使っても大至急王宮に連行せよとのおたっしだ! そこを通していただこう」
床に投げ出された少女は血まみれだった。顔も腫れ上がりあちこちに痣ができている。
「!――」
「罪人を連れて参りました」
兵士がやり遂げたと笑う。
「いやあぁああああ! しっかりして! フィニア!」
ローズがフィニアに縋った。
「馬鹿者! なんということをしてくれたのだ!」
「これはどういうことなんだ! 罪人? わたしの娘を罪人だと!」
宰相が兵士を怒鳴りつけ、大公が宰相にくってかかった。
「い、今治すわ。わたしの可愛い妹」
ローズの掌の中に治癒魔法の優しい光がともった。それを傷ついたフィニアにかざす。
「え?」
ローズの魔力は水が地面に吸い込まれるようにフィニアの体の中に消えた。
「魔法が効かない?」
「なんだって?」
シーリスもやってみたが、結果は同じだった。
「どうして! これじゃあ――」
「何らかの理由で魔法が効きづらい体質なんだろう。医者を! 手当てを!」
シーリスの求めに応じて人が医者を呼びに部屋を出た。
「どっどういうことでありますか? あの女は罪人では?」
「なにを言っておる! あの方は救国の姫ローズ姫の妹! ラゼリア大公のご息女だ! 貴様! 大公家の姫君に狼藉を働くとは、覚悟ができているのだろうな!」
「なっ! あの娘――ざ、罪人では――」
宰相に怒鳴られた兵士は紙のような顔色になった。兵士を怒鳴りつけた宰相の肩にぽんっと誰かが手をおく。
嫌な予感に宰相がぎこちなく振り向くと――
「なにをしたのか説明してもらえるかな? そして――大公家を怒らせた覚悟はできているだろうね?」
娘を傷つけられて怒りくるっている鬼がいた――
「どうやらあってはならない手違いが起きたようです」
「それは?」
ブラウンの髪に糸のような細い眼をした家宰はにこにこしたまま答えた。
「そもそも宰相が回した手配書の最初の文章が『どんな手を使っても大至急見つけ出し、王宮につれてくるように』というものでした」
「聞きようによっては罪人のようにも聞こえるねえ」
「はい。そして悪いことに書き写すときに文官が文を省略いたしまして『どんな手を使っても大至急王宮に連行するべし』にしてしまったのです。これで罪人の手配書だと思われたようです」
本来手配書などを書き写すときには、一言一句正確に書き写す義務がある。しかし、手配書を複製する文官が文を省略し、誤解による意訳で文を書いてしまった。
これは本来ならあってはならないことで、職務怠慢として処罰対象になる。
「功をあせったものが『どんな手をつかっても』という部分を誇大解釈しまして、本来禁じられている無抵抗の囚人への虐待に繋がったようです」
本来暴力を振るったり、食事を与えないなどの虐待行為は禁止されている。運ぶ間の不浄を最小限に抑えるためだと苦しい言い訳をしているようだが、それなりの罰を受けてもらわなければこちらの腹が収まらない。
「宰相は?」
「詫び状がきております。どういたしましょう? 元凶の文官は処罰するそうです」
「詫び状は突っ返したまえ。罰を受けたのは文官だけかね?」
「お嬢様を直接捕らえたもの、運んできたもの、虐待の現場に居合わせながら同調し手を貸したものを捕らえ、まとめて牢の一室に放り込んであります」
「捕らえただけかね?」
「滅相もない。お嬢様が王宮に運ばれていたのと同じ日数断食していただきます。本来なら、お嬢様と同じ目にあわせてやりたいところではありますが、こちらが暴力を振るうのは外聞が悪いのでしておりません――ただ、水はさすがに命に関わるので、一日に一人コップ一杯分の水を水差しに入れて与えております」
か弱い少女に無理を強いたのだ同じ程度は苦しんでもらおう。
「……それは、平等に分ければ一日コップ一杯の水は飲めるが……奪い合いになるのではないかね?」
「――それは保障いたしかねます。また、そのような争いを起こしましても、当方には責任はございません」
躾の行き届いているものならわけあうかもしれないが、そうでなければ力にものを言わせるものも出てくるだろう。
「ノール」
「なんでございましょう、旦那様」
「よくやった」
「喜んでいただけると思っておりました」
家宰はにこやかに微笑みつつ頭を下げた。
忠実なる狂犬、その名はノール。
怒らすな危険。