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知られぬ真実

 しばらくノールの姿を見なかった。

 あの話し合いの翌日から一週間ほど休みを取って(とらされて)件のアルンハイト家との交渉に赴いているらしかった。

 フィニアは知らなかったが、シグラト国内にも開戦派と穏健派がいたらしい。その穏健派の筆頭がラゼリア大公家であり、アルンハイト家は――本来なら開戦派だったのだろう。代々武門の家だったのだが、当時はすでに現在の当主が立っていた。次期当主となる息子が成人するまでの間ということで、その生母が当主をあずかっている。

 それらの事情から中立という立場を崩さなかったのだ。

「あそこがロゼリア大公家のために動くなど、誰も考えないだろうな」

 息抜きに来ていたレオンハルトが紅茶をすすった。

 とある家宰がいないためかのびのびしている。

「ええ。もともと武門の家で――前当主が生きていれば間違いなく開戦を推したでしょうから」

 代々の領主は武人で先陣切って戦うような気性の持ち主ばかりだった。

「ノールさんの友好関係って不思議ね」

 フィニアが首をかしげるとローズがいたずらっぽく笑った。

「あの方は前からノールのところに来ていたのよ」

 クロスが難しそうな顔をした。

「……次期当主という子供、確かにアルンハイトの血筋なのか?」

「魔法で証明されている」

「前当主の子供でなくとも、正式に結婚している妻が産んだアルンハイトの血筋の子供なのよ。次期当主として認めるしかないのよ」

「……そうか」

 その次期当主という子供がノールの子供ではないかという疑問をクロスは飲み込んだ。

「あの家の人間は独特の青みがかった灰色の眼をしているんだが、子供はその眼を受け継いでいた。産まれるまで誰の子かわからないと騒いでいた輩もその眼と『神聖なる誓い』のせいで認めざるを得なかった」

「陛下はそれを認めてあの方を領主となさったの。それに歯向かうものは国王の権威を蔑ろにする謀反人――ということになるわ」

「なるほど」

 未亡人の身分違いの恋人ということになるのだろう。あまり褒められたことではないが、公にならなければ黙認するのが風潮だ。

「こう頻繁に来ていていいんですか?」

 フィニアがたずねると二人の皇太子は顔を顰めた。

「あれ以上探りようがなくてな」

「糸がぶった切れた。もうどうしようもない」

 手詰まりで気晴らしに来ていたようだ。

「難儀ですね」

「後はあの方の情報が頼りと言うことよ」


 砕けた家具の破片を避けてコンラートは物陰に隠れた。

「ひっ、ひぃ」

 剣戟の音が響く――そして敵は退散したらしい。

「刺客は引きました。もう大丈夫です」

「あ、あれは、本当にあれなのかい?」

 アルンハイト家からきた押しかけ護衛にコンラートはたずねた。

 最初はいらないと突っぱねたというのに、こうして命を救われると縋るしかない。

「他に心当たりはありますか?」

 コンラートは慌てて横に首を振った。

「ない、ない! なんだって僕みたいな下級貴族に刺客なんて差し向けるんだよ!」

「あなたが名前を貸したものが、それを大それたことに使ったからです。あなたが知るだけの情報も相手には致命傷となりかねない、だから口を封じようとする。それだけです」

「そんな! 死にたくないよ! どうすればいいんだ?」

 コンラートは混乱した。金欲しさに名前を貸した。その報酬は大変よかったが、それは命の危険をはらんでいたらしい。

「ここはもう危険です。我が主の下へおいでください。あなたの知る情報が我が主の下に届けば――なんとかしてくださるはずです」

「分かった。全部教えるよ。だから助けて!」

 護衛がにやりと笑ったことにコンラートは気づかなかった。


 ノクトはときおり母の元を訪れる男が嫌いだった。母の恋人らしい男――ノクトはこの男が自分の父親ではないかと疑っている。

 母はこの男が来るとやたらと機嫌がいい。自分に会わせようとする。

 にこにこ笑って手を差し出す男がノクトは恐い。

 もしこの男が父親だったら――ノクトはアルンハイトの血を引いていないということになる。

 親戚の小父さん達がこっそり噂していた。

 元々母は跡継ぎとなる子供を産ますため、父――ということになっている前領主が娶ったのだと。そのときにはもう子供を産ませることのできなかった前領主は母を親戚の小父さん達に「ていきょう」するはずだったのだと。誰がノクトの本当の父親なのかつかみ合いの喧嘩をしていたときもある。

 なのになんの縁もない男が父親だったら――ノクトと母はどうなるのだろう。

 家を追い出されるかもしれない。


 それは真夜中のことだった。雷が恐くてノクトは部屋を抜け出した。

 ふと気づくと廊下で男が前領主の肖像画を見上げていた。ノクトは物陰に隠れた。

 雷がひらめいて――男の顔を浮かび上がらせた。いつも笑っているような顔からは珍しく笑みが消えていた。

 一瞬細い眼の奥に瞳が見えたような気がした。それは自分と同じ青みがかった灰色の瞳だった。

「ノール、どうしたの?」

「イライザ」

 男に声をかけたのは母だった。母は夫の遺影を男が見ていたことに気づいたようだった。

「やはり恨んでいる?」

 男は肩をすくめた。

「いいえ。どうでもいいことです。捨てたのはあちらが先ですが――わたしも捨てていたらしい。なんの感慨もありません」

 ふふっと母が笑った。

「夫も本望だろうさ。自分の孫(・・・・)がこの家を継ぐのだから。あなたにしろ、この家を乗っ取るようなものだ、少しは溜飲が下がるのではない?」

「だから、どうでもいいことです。あなたにとっては復讐でしょうが――わたしはこの家がどうなろうと知った事ではない。あなたとノクトのことは別ですが」

 母は笑って男の体に手を回した。

 ノクトはコソコソとその場を離れた。

もう分かりましたよね?子供が死んだって書いてないですよ。


そういうことです。

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