家宰の秘密
お待たせいたしました。
王宮に残された転移魔法の痕跡をたどるには魔術師の長であるシーリスの力が必要だった。
王宮内部の捜査はレオンハルトの配下のものが、ウィンダリア関係者の捜査はクロスが行っていたが、いずれも事件を『なかった』事にしたため公には調べられない。
情報の交換のため大公家に二人は度々訪れるようになった。
そのころフィニアはローズに力の制御方を教えてもらっていた。
魔法の発動はうまくいかないことの方が多いが、もうひとつの方はだいぶ制御できるようになった。
「あきれたわね。あなたの器の容量とんでもないわよ」
「一時的にでもそれを満たせるお姉さまに言われても……」
まずは何事も意識してできるようにならなければと、吸収の自覚を促すために魔力を提供したのがローズだった。魔力を吸収している自覚と流れが分かるようになると、意識して吸収力を高めたり、吸収しないようにすることも可能だった。
「あなたの器の容量は魔術師数十人に匹敵するわよ。わたくしの生産量とあなたの器でつりあうというのは本当ね」
「それってお姉さまの生産量が数十人分ってことでもありますね」
「そうよ。わたくしの場合は生産量が多すぎるの。普段は魔具作ったり、晶石に込めることで消費しているのだけれども、ここ数日その必要がないわ」
すっきりとした顔でローズがいう。
器が一杯の時は魔法が発動させやすい。
とにかくフィニアは魔法の修行にいそしむのだった。
たまに時間があわずシーリスが二人を待っていたり、皇太子の一人が二人を待たせたりした。二人の皇太子がシーリスを待っていたりする。その日はたまたまそうだった。
二人の皇太子が頻繁にロゼリア大公家に通うようになり――二人がいるときは大公家の男――リチャードかシーリス、さもなくばノールが付き添うようになった。
もてなしという口実であるが、あきらかな監視だ。
未婚の姫のためだろう。ノールは自分以外の護衛を信用しておらず(過去に身分で無法者を見逃したという理由)ぴったりと二人について回る。
今も庭を散策する二人についていた。
「気持ちはわかるが、不埒なまねはしないつもりだ」
クロスがぼやけばノールは穏やかに微笑んで言う。
「そうでございましょうね。皇太子という地位にある方が、不埒なまねなどするはずがありません。皇太子殿下の行動は、国の権威にもかかわります。いえ、未婚の婦女子の寝室に踏み込むような真似は、死んでもなさらないと信じておりますよ」
「当たり前だ。非公式の訪問とはいえ、そんな恥知らずな真似をするか」
クロスが不機嫌に応えれば、隣でレオンハルトが精神的なダメージを受けていた。
「どうした?」
「……いや……なんでもない……」
忠実な家宰はただわらうだけ。
「……家宰殿はこの家の者を大切に思っているのだな」
「寄る辺無いわたくしを救い上げてくださったのが旦那様です。わたくしの持てる全てでつくすつもりであります」
ふとこの家宰についてあまりにも知らないことにクロスは気づいた。
「貴殿の生まれは?」
「シグラトです。とある公爵領で生まれましたが、すぐに王都の孤児院に預けられました。それなりの教育は受けましたが、旦那様が拾って下さらなければどうなっていたことか」
その言葉にレオンハルトはある可能性に気づいた。地方の公爵領に生まれながら王都の孤児院にまでつれてこられたということは、『いなかったことにされた貴族の子』ではないかと。身分の低い妾や娘に貴族が産ませたり、不義の子であったり、未婚の貴族の娘が産んでしまった子だ。そういう話はよく聞くし王都にはそうした『いなかったこと』にされた子供を専門に引き取る孤児院がある。
万が一、その子供が『必要に』なったときのために高度な教育を施していると聞く。
そうした国内事情を知らないクロスは話を続ける。
「一人身か? シーリス殿より年上だと聞いたが」
「正式な結婚はしておりませんが、五歳の子供がいますし、母親との交際も続いております」
『なんだと!』
二人の皇太子は驚愕した。
「なぜ正式に結婚しない!」
レオンハルトが詰るとノールは遠くを見つめた。
「身分違いでして。子供は母親が育てておりますが、親だとも名乗れません。色々と事情がございます」
相手が身分ある女性だということだ。
「うぬぬ、そんな相手がいるとはしらなんだぞ」
「わたくしごとき下賎のもののことなどお気になさらずに」
「どんな人だ?」
「……どんなと言われましても……」
ノールは遠い目をした。
「……もし……お嬢様が彼女を見習ったのだとしたら……わたくしは若旦那様に謝罪しなければなりません……」
なにかあったらしい。
これでもまだ家宰の秘密はすべてではありません。どんだけ大きな秘密抱えてんだか。ちなみにノールの生誕の予言は「信にて愛するものを得る」です。
「わたくし、欺瞞だらけの人生送ってますが?」




