王位継承権
レオンハルト皇太子が非公式にロゼリア大公家に訪れたのは夜会の二日後だった。
今度は書状でのやり取りがされているため皇太子は控えめながらも出迎えを受けて屋敷内に通された。
家宰に出迎えられたとき、皇太子の腰が引けていたのはきっと気のせい。同じ人物を見て皇太子の同行者が怯えたように見えたのも気のせい。
「本当に使用人なんだな……」
「はい。当家に仕えております」
「……」
皇太子と同行者が通された部屋では主と二人の娘と婿が和やかに茶を飲んでいた。皇太子と同行者もそれに加わり、世間話という会議が開かれた。
「今日こられたのは先日の夜会のことですかな?」
リチャードが水を向けるとレオンハルトはあっさりと応えた。
「そのとおりだ。調べたが――痕跡がなくて困っている」
「と、いいますと?」
「曲者が忍び込んだ経緯もそうだが、被害もいっさい報告されていない」
実質、クロスとフィニアが驚かされて、魔法で逃走されただけだ。本来なら弾かれた魔法があたりに被害を与えるところだが、フィニアの特異体質のせいで草一本傷ついていない。
「内通者がいますね。王宮内まで手引きし、痕跡を消した。このことは公に?」
シーリスがたずねるとレオンハルトは首を振った。
「調査は続けるが、ウィンダリアの皇太子の厚意で『なかった』ことにする。ロゼリア大公家もそのつもりでいて欲しいのだが」
「それはようございました。もし公になれば警備責任者が首になります」
「首になってしまうのですか?」
一度の失敗で役職を失うのは可哀想だとフィニアは思った。
「だから『なかった』ことにする。王宮で催された舞踏会で他国の皇太子が襲撃を受けた――となれば、国際問題だ。首のひとつやふたつではあちらの王の気もおさまらんかもしれん」
レオンハルトは舌打ちし、吐き捨てるように言う。
「どこのバカだ。戦争が起きればどちらの国もただではすまんというのに」
フィニアは一気に青ざめた。首というのは職を失うということではなく、文字通りの首になる、ということにいまさらながらに気づいたからだ。
「三年前の開戦派の連中ですかね?」
シーリスが言えばローズが小首をかしげた。
「あら、わたくしあれほど言い聞かせましたのに」
「……それはない。あれで逆らうものが我が国にいるとは思えん」
ぶんぶんとレオンハルトが手をふって否定する。
……三年前なにかあったらしい。
ナニをしたんですか? お姉さま!
「国内ならば心当たりなど掃いて捨てるほどあるが、他国となると心当たりがないな」
ウィンダリアは物騒な国らしい。
「貴殿に手を出せば戦争になると分かっていて、やるバカもそうはおらんはずだがな」
「だが、我が国とシグラトは三年前まで仮想敵国だった。それゆえ王宮内に手引きできるほどの位置に親しいものがいるとは思えん」
論点は動機のようだった。
シグラトの人間の仕業とすれば、三年前からの怨恨ということになるが、成功しても失敗しても戦争のきっかけになる恐れがあるためやらないのではないか――ということだ。
ウィンダリアの人間だとすれば動機はあるが手段がない。シグラト国内に行動の拠点もなく、手引きさせられる人材もない――ということだ。
どうも難しい話のようだ。
皇太子の名前で申し込んでおいて、同行者という形でクロスの名前がでないようにしたのも政治的な判断なのだろう。
「あの、もし王宮の中でクロスさまが襲われたことがわかれば、責任者の方は処罰されてしまうのですよね?」
「そうだ」
「それも目的のひとつだとしたら?」
怪訝そうに視線だけで先を促されフィニアは思いついたことを口にする。
「やり遂げれば儲けもの、失敗しても責任者の人を排除できるぐらいの気持ちだったんじゃないでしょうか?」
「! トライをか! それは盲点だったな」
レオンハルトが目を見張った。
「だが、わざわざトライを排除するため他国の皇太子を襲うというのは無理がありすぎるぞ」
「ですから、目的のひとつです。動機はひとつとは限らないのではないでしょうか? 複数の目的のある人達が利害の一致で手を組むのはあり得ますでしょう?」
商売でも互いの利害が一致すれば手を組むのに時間は関係なかった。
「本命は俺で、警備責任者はついでというわけか――確かに成功しても失敗しても、責任は取らされるからな」
「クロスさまが魔法に対抗できる手段を講じていれば攻撃が通用しないことは予測できたはずですわ。一度攻撃しただけで逃げ出したのですもの、それが目的かも知れません。わたしはよく知らないのですが、その責任者の方はどのような人なのですか?」
フィニアとクロスを除く一同は顔を見合わせた。
「一言で言えば親皇太子派の一人だね」
「親皇太子派?」
リチャードの言葉にフィニアは首をかしげた。
「レオンハルト殿下を推す派閥だよ」
「推す?」
よけいにわけが分からないとフィニアは思った。
「……王位継承権を持つのは余だけではない。よって次の王と目すものにつく派閥があるのだ」
「レオンハルト殿下が最有力候補なのは確かだけどね、取り入るのも限界があるから、それからこぼれた人が別の候補者についてるんだよ」
「え! 我が国にもそんな争いが!」
シグラトも物騒な国だったらしい。
「いやいや、我が国はもう殿下で決まりだよ。一番の対抗勢力である義父上が殿下についてるからね」
ぶんぶんとシーリスが手をふる。
「……え~と……」
「お父様は殿下に継ぐ順位なのよ。次が伯母様の生んだ従兄達――男子優先ですからね。伯母様はその次で、その次くらいにわたし達が入るのよ、フィニア」
「…………」
自分が王位継承権を持っていることに驚くフィニアだった。
「むう、最終的な目的が余だとしたら、それもありか……」
レオンハルトはあっさりといったが――考えてみればウィンダリアとシグラトの両国の不穏分子同士が手を結んだということになる。
物凄く物騒だ。
「手を貸してもらえるのなら、我が国のはあっさり乗るな。外国で死んだのなら追求も本国ほどではない。俺を殺すことがそちらの力を削ぐことにもなる。あるだろうな」
二人の皇太子は納得したようだった。
この上なく物騒だ。
「だとしたら、この一回ではすまないね。次があるね」
リチャードが物凄く物騒なことを言う。
「あるだろうな。従兄弟か大叔父か――そのあたりがウィンダリアと親しくしてないか調べてみよう」
「こちらからもシグラトに在住しているもの、訪れたことのあるものについて調べてみよう。この三年以内のものだ、数が絞れるはずだ」
自分が手にしているものと、巻き込まれた事件の大きさに愕然とするフィニアだった。
「ときに妹姫」
「なんでしょう皇太子さま」
「いつから名前で呼ぶようになったのだ?」
レオンハルトが不機嫌に言う。
「? ああ、クロスさまのことですか? 舞踏会のときに皇太子は二人いて紛らわしいので名前でとおっしゃられたので」
「……ならば余のことはレオンと呼ぶがいい」
「……」
「……(あらまあ)……」
「……(気にしていたのか)……」
「……(殿下(不憫))……」
「……(いまさら、だよねえ。自分も名前で呼んでないし)……」
フィニアはにっこり笑ってみせた。
「殿下がそうおっしゃるのでしたらレオンさまと」
「うむ」
満足そうに頷くレオンハルトを見る目が生暖かだったのはきっと気のせい。
レオンハルトがまっとうに皇太子してます。やればできる子なのですよ。
でも不憫がられている(泣)
フィニアの次に大叔父とその子供達が続きます。
実は結構上位の継承権を持っているフィニアでした。自覚なし。