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夜会

 煌びやかな明かりがともされ、色鮮やかな衣装と輝く宝石と金と銀で飾り立てた生きた花が笑いさざめき行きかう。

 曲が流れ舞踏用のフロアでは着飾った貴婦人と紳士が軽やかにステップを踏む。その回りには休憩できるよう椅子やソファ白いクロスをひかれた机が用意してあり、贅を凝らした料理が並んでいる。杯をのせた盆を持つ給仕が行きかいさりげなく飲み物を勧める。

 王宮主催の舞踏会は情報交換の場であり、人脈を作る場であり、出会いを求める男女の品定めの場所でもある。まだ特定の相手を持たない男女はもとより、相手がいても一夜の火遊びの相手を見繕うためダンスの申し込みをする。ささやかな恋の駆け引きがなされる。

 今宵一番の注目の的はロゼリア大公家のもう一人の姫君である。

 救国の姫と謳われたローズ姫の双子の妹――その存在は知られておらず、今宵が初の顔見世となる。

 『王となるものを救いその伴侶となる』という生誕の予言を贈られた美姫。人の興味を引くのも当然といえた。

 その姫はといえば、いまだ踊らず家族に連れられてあいさつ回りをしている。誰にも知られなかった姫である。当然といえば当然だ。

 豊かな蜜色の髪を流行の形に結い上げ、純白のふんわりした娘らしい型のドレスを身に纏った少女。薄く化粧をしているものの、その姿は数年前の――人妻となる前の――ローズ姫を思わせた。

 そのローズ姫は既婚者がよくする形に髪を結い、深い紫のドレスを纏っている。形も既婚者がよく選ぶシャープなデザインで、二人が並ぶとその差異がよく分かる。

 同じ顔をしていても二人を見間違える事はないだろう。

 ローズをエスコートするのは当然夫であるシーリスであり、噂の妹姫をエスコートするのはなぜかロゼリア大公自身だった。ロゼリア大公の妻は四年ほど前流行病で亡くなったから娘をエスコートするのに支障はない。だが、普通は娘につりあう年頃の騎士や貴族の子息の中からエスコート役を選ぶものである。

 家族にがっちり周りを固められた姫君にはまだ誰も話しかけられなかった。

 ロゼリア大公家にとって重要な付き合いのある相手に顔を通すため一通り挨拶して回ったあと、フィニアの気力はつきていた。

 隅に設置してある柔らかな椅子にやっと座って一息ついた。椅子とセットでおいてある机には軽くつまめるものが用意してあった。

「疲れたでしょう、フィニア」

 同じように挨拶して回ったはずのローズが給仕を呼びとめ飲み物を持ってこさせた。

「お酒は入っていないわ」

「ありがとうございます、お姉さま」

 ローズ自身も何か飲んでいた。

「なんだか、見られてる様な気がして疲れてしまって……」

「見られているわよ。当然のことじゃない」

 あっさりとローズが肯定した。

「わたくし達は大公家の姫。ましてあなたは独身ですもの、独身の方々が興味を示して当然よ」

 王家に継ぐ家柄だから当然とローズはいう。大公家との縁を望むもの、単に美しい姫として心を動かされるもの、潜在的な婿候補は掃いて捨てるほどいるだろう。

「『王となるものを救いその伴侶となる』その予言を贈られた姫ですもの、注目の的よ」

 聞くんじゃなかった、とフィニアは後悔した。

「まあまあ、そう脅かすものじゃないよ、ローズ。フィニア、少し食べておいたほうがいいよ。甘いものもあるからね」

 さりげなくスイーツを勧めながらリチャードが微笑む。

「大丈夫、無理強いする変な輩は近づく前に抹殺するから」

 いうことが物騒です、お父さま。

「とはいえ、フィニアが適齢期なのは確かだからねぇ。気に入ったり、気になる人がいたら言いなさい。吟味してあげるから」

「お父様ったら。選びすぎてフィニアが行き遅れにならないようにしてくださいね」

 ロゼリア大公家はローズの夫であるシーリスが継ぐことになっているので、フィニアはいずれ嫁がなければならない。

 大公家の姫ともなればぜひ家に、という家も少なくない。公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家と選り取りみどり選びたい放題だ。フィニアとつりあう年頃の子息のいるところだけでも山ほどある。

 非公式に『王となるものを救いその伴侶となる』という予言のため一部では皇太子の婚約者候補筆頭と見るものもいるが、正式にはなんの約束もなされていない。

 そのためどこからか『もう一人の姫』の噂を聞きつけたのか、すでに縁談がいくつも申し込まれているのだ。

 その中に姉が嫁いだ公爵家の名前を見つけリチャードが頭を抱えたのは内緒だ。

 もっともリチャードはその全てを握りつぶし娘達にはそのことを知らせていない。

 フィニアは煌びやかな笑いさざめく貴族様方の群れに目を向け――溜息をついた。

(皆同じに見える)

 お偉い貴族様――庶民育ちのフィニアには煌びやかな貴公子さまも騎士も『お貴族様』で一くくりにできる。

 あのきらきらしい人種と恋愛できるかといわれれば――無理。

 いくら自分が同じものだといわれても、フィニアの中では王侯貴族は人種の違うものとしか思えない。

(難題です、お父さま)

 貴族の子息が家族に囲まれガードされているフィニアに早々に見切りをつけて、身の丈につりあう相手と親交を深めだし、フィニアに対する注目が少しずつ薄れた。

 フィニアはまだ踊らず、料理をついばみながら家族と笑いあっている。

 その内容は――

「フィニアはどんな人が好きなのかしら?」

 にこにことローズが追い詰める。

「どんなと言われても……お姉さまは素敵な人を選んだと思いますわ。義兄さまは誠実そうだし」

「誠実なのが一番の条件なのね」

「それはお姉さまでしょう?」

「まあ。誠実なのは確かね。でもそれだけではなくってよ」

 うふっと惚気話を始めるローズにシーリスの視線が宙を泳ぎ、微笑みを崩さないリチャードの瞳の奥にかすかな殺気が漂った。

「お姉さま、わたしはいいから、義兄さまと踊ってきたらいかがですか?」

「まあ、フィニア」

「皆さんの関心も薄れたようですし、義兄さまと踊れなかったら残念ですもの」

「そうだね、一度くらい踊っておくべきだろうね」

 シーリスが少しはなれ、ローズに向かっていった。

「一曲踊っていただけますか? 美しいレディ」

「喜んで」

 二人は手を取り合い踊りの輪に加わった。

 リチャードの瞳には一抹の寂しさが加わった。

「お父さま、義兄さまに嫉妬ですか?」

「……娘を持つ親というのは複雑なのだよ。それでもローズは手元に残ってくれるからまだいいけどね……フィニアは誰かに持っていかれてしまうんだなぁ……君達は妻に似て美しいから僕は心配だよ……」

 男親の哀愁を背負うリチャードだった。

「フィニアは誰かと踊るかい?」

「ごめんなさい、無理。踊れません」

 突貫ではマナーは覚えられてもダンスまでは無理だった。


 目立つ豪奢な金髪が所在無げに佇んでいた。その視線の先は笑いさざめく紫のドレスとそのパートナー。

「皇太子さま」

「わっ!!」

 レオンハルトは空の杯を落としそうになってわたわたした。

「ロっ――妹姫か」

「お久しゅう。お姉さまはあちらで踊っていますわ。ドレスの色も違います」

「分かっている――独身のころにそっくりだな」

「そんなに似ています?」

 レオンハルトは少し遠くからフィニアをまじまじと見つめた。

「顔かたちはそっくりだが――表情が違うな」

「そうでしょうね」

 フィニアはレオンハルトが見つめていたカップルに目を向けた。

「殿下はお姉さまが好きでしたの?」

「――そうだ」

 溜息とともにレオンハルトは応えた。

「でも、お姉さまとはなんの約束もしておられなかったとか――」

 レオンハルトは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「らしいな――三年前はじめて聞いた――てっきり婚約しているのだと思っていた」

「あらまあ!」

 何度か非公式に宰相が大公家に打診していたが、ことごとく当主にはねつけられていたらしい。

 『国を救い王になるものと愛し合い王妃になる』という予言を贈られたと思い込まれていた姫。ならば皇太子と娶わせなければと国の上層部は思い込んでいた。

 いくら当主にはねつけられていても、いずれは運命に導かれ皇太子と結ばれるのだと。

 そうでなければ『王になるもの』が皇太子ではないということになってしまう。

 それゆえに皇太子には「あれがいずれ妃になるものです」と教え込んできた。

「余は――それを疑いもしなかった。ローズは美しく賢い。きっと皇太子妃となってもその役割を充分に果たしただろう。だから――余は立派な王になろうと――それがローズの幸せに繋がると、努力してきた。政治を学び、人心を学び、武術に励んだ。ローズにも想いを――きっと幸せにすると伝えてきたつもりだった。ローズはよく立派な王になってくださいと言われていた。余はそれを励みにした」

「……」

「だが、気がつけばローズは余ではなく、別の伴侶を見つけていた。余の想いは伝わっていなかったのだな」

 不憫。

 フィニアは皇太子の目を見ることができなかった。

 不憫すぎて。

 皇太子がローズの言葉を励みにしていた頃、ローズはシーリス以外目に入らなかった。シーリスと出あったときほんの子供だったという。その頃から義兄一筋――皇太子の頑張りなど目に入らなかっただろう。

 いや、評価はしていたのだ。

 次の王になるものとして。けれど、恋愛対象としては欠片も見ていない。

 不憫すぎる。

「ローズが結婚し運命の相手ではなかったと分かったとき、落ち込んだ。どうしてもあきらめ切れなくて――そんなときだ、マイスリーが本物(・・)が見つかったと報告してきたのは」

 レオンハルトが顔をしかめた。

「ふざけるな、と思ったよ。運命の相手が別にいる? ならばローズへの想いは間違いなのか? 今までやってきたこと全てを否定された。愛しいと想う相手をそう簡単に変えられるか? 余の想いを愚弄されたと想い――あのような愚行に走った。だが、それさえもこちらの心得違いであったのだな。すまなかった――どうした?」

「いえ、人いきれに当たったようですわ。少し夜風にあたってきます」

 レオンハルトのローズへの想いに触れれば触れるほど居たたまれなくて、フィニアはバルコニーへ出た。

 レオンハルトを慰める言葉をフィニアは持たなかった。

何が不憫って、女の子に不憫がられていること自体が不憫だと思います。

ずっとアウトオブ眼中だったことに気づかなかった皇太子様、不憫。きっとバルコニーに出たフィニアの目には光るものが……


なんか本当に不憫……どうしてこうなった?

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