お姫様じゃなくても
※作中の人物の発言が、白雪姫の物語に対して読者様が抱かれているイメージを壊す可能性があります。それをご了承の上、自己責任でご覧下さい。
「いつか王子様が」って、女の子の憧れだよね。
白雪姫になりたいなあ。
そんなことを呟いたら、私の部屋に図々しくも当然のように上がりこんで、スナック菓子をバリバリ食べていた幼馴染が一瞬手を止め、眉をしかめて私を見た。
「はあ? ――何だそれ、文化祭で劇でもやるのか?」
確かに私がそんなことを思ったのは、文化祭で演劇部が白雪姫(のパロディ)をやると聞いたから。
だけど私は、昔から王子様やお姫様が出てくるお伽噺が大好きで。私もいつか素敵な王子様に出会えたらいいなぁ、なんて、高校生になった今でも夢見ている。
でもそう話すと大体みんな、少女趣味だ夢を見過ぎだ目を覚ませ、なんて言う。今私の隣に居る男もきっとそう思っている。こいつは昔からロマンチックさなんて欠片もないリアリストで、私が憧れを語るたび、「バカじゃねーの」しか言わなかったから。
それでも私は、あえて言う。
「『白馬の王子様が迎えに来てくれるお姫様』っていつの時代も女の子の憧れでしょ?」
「それは確かにそうかもしれないが、高校生にもなっていまだにお伽噺みたいな恋愛を夢見てるってのはちょっとガキっぽ過ぎんじゃねえか?
最近あんまり聞かなくなったから、もう卒業したのかと思えば。まだ思ってやがったとはな……」
別にいいんだ。こいつに分かってもらわなくても。――だけど。
「大体、理想の王子がそう都合よく現れてたまるかよ」
ちょっと不機嫌そうに、吐き捨てるようにそう言われて、私はムッとした。
「現れるかもしれないじゃない」
私は残念ながら並の容姿だけど、努力すればもうちょっと何とかなる……はず。
そしたら、私のことを好きなカッコいい人が現れて、幸せにしてくれるかもしれないじゃない。
なのに口の減らないこの男ときたら、とんでもないことを言い出した。
「アホか。そもそも、本当に白雪姫が王子と幸せになれたかどうかは怪しいぞ。お前は知らないだろうが、お伽噺って元々は結構エログロだからな」
私が怪訝そうな顔をしているのに気付いていながら、こいつは得意げに話しだした。
曰く、お伽噺というのは、元々子供向けではなかったのだとか。
曰く、白雪姫には父親との近親相姦願望があり、そのせいで実の母親に追い出されたのだとか。……継母じゃないの? っていうかそんな嫌悪感しか湧かない話はしないで欲しい。
曰く、白雪姫は王子と結婚後、母に復讐をしたのだとか。
でも、奴の話で最悪だったのは、『王子は変態だ』と言われた事だ。
「よく思い出しても見ろ。王子がやってきた時、すでに白雪姫は死んだと思われていたんだ。いくら美しいからと言って、見ず知らずの女性の、しかも死体にキスするなんてまともな趣味の人間のすることか? 生きていた時から恋人同士だったとかならその状況も美談になるだろうよ。けど、初対面でそれってフツー引くだろ。
結果的に白雪姫が生き返るからロマンチックな話のように錯覚されているが、もっとよくよく考えろよな。自分が死んだあとに誰とも知らん男に体を弄ばれるなんて、不気味でしかないだろう。死者への冒瀆だ。
それに、王子だからと言って必ずしも良い男とは限らん。むしろ生理的に受け付けんようなとんでもない奴だったらどうすんだ? 王子という肩書を持つ男が、必ずしも顔良し性格良しの理想の相手とは限らんだろ」
サイテーだ。完膚なきまでに夢を叩き潰された。乙女のデリケートな夢に対して、そこまで言うか!? 無神経!!
こんな奴の前で泣くなんて真っ平ご免だけど、きっともうバレバレなほど涙目になっている。そのことに、付き合いの長いこいつが気付いていないはずがない。
「なんでそんなこと真剣に考えちゃってんの。馬鹿じゃないの」
悔し紛れにそんなことしか言えない。だけど奴は少し言い辛そうに、頬を指でぽりぽり掻きながら、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「そりゃ脳内が年中お花畑の誰かさんがしょっちゅう、姫になりたいだの王子を待ってるだのとアホなことをぬかすから、俺なりに理想に沿うように努力しようとしてたわけだ。けど、考えれば考えるほど、矛盾が気になりだすんだよな」
脳内お花畑で悪かったですね。努力したってこいつが王子になるとは到底思えないけど。ホントに人の事、馬鹿とかアホとか。口が悪過ぎる。
「それで結局、俺は思った。お前はお姫様になる必要なんかない」
「つまり、『私はお姫様にはなれない』って?」
幼馴染は呆れた顔で、
「なんでそういう解釈になるんだ。俺が言いたいのは、男の好みもいろいろだし、お前の前に現れる王子とやらが本当にお前の理想どおりかは怪しいんだから、無理すんなってこと」
「つまり、『私には王子様は来ない』って?」
「つーか、来られたら困るんだ」
目が合うと、彼は真剣なまなざしで私を見つめてきた。そこに、普段スカした態度を取り続けるこいつにしては珍しい熱がこもっている気がして、思わずドキッとしてしまった。
私が動揺して視線を逸らすと、幼馴染も明後日の方を向いて言い訳するように言う。
「俺は王子様にはなれない。三つ子の魂百までって言うしな。口の悪いのも一生このままだろうよ。――だけど、お前がどっかの王子に掻っ攫われたり、万人受けする『お姫様』になって俺の手が届かない所に行っちまったりするのを、指咥えて見てるのも出来ない。だからこうして、お前に妙な夢を捨てさせて現実を見せて、手近なところで妥協させようとするしかなくて、だな……」
え? え? え? 言葉の意味を理解できずに混乱している私に、彼はさらに言葉を続けた。
「いやもうこの際だからぶっちゃけてしまうが、俺がお前に見てほしいのは現実というより俺自身であってだな……」
それって、それって。
幼馴染の顔は真っ赤になってて。長い付き合いの中でも見たことが無かったような表情で。なんだかちょっと知らない男の人みたいで。
こっちまでつられて赤くなってしまう。
……自惚れて、いいのかな。
「……もっとはっきり言って?」
「……恥ずかしくて出来るか!! 何のために俺が今までこうやって回りくどい話をしてきたと思ってんだお前は」
耳まで真っ赤にして慌てているこいつの姿って言うのはかなり貴重。私の夢を打ち砕いてくれたんだからこれくらいの仕返しはいいよね?
やがて覚悟を決めたらしい彼が、私の方に向き直る。さっきと同じ、熱のこもった真剣なまなざし。うわ、どうしよう。私の方が恥ずかしいかも。
「……俺は、お姫様なんかじゃない、ありのままのお前のことがずっと――」
不本意ながら、こいつの事がちょっとカッコイイかも、なんて思ってしまった。自分で言ってたとおり、王子とは程遠いのに。
「いい加減気づけよな、馬鹿」
せっかくロマンチックな感じになりかけたと思ったら、なぜか説教が始まってしまった。
「……お前は鈍すぎるんだ。そもそも高校生にもなって俺をフツーに自分の部屋に入れてんじゃねえよ! 俺だって男だぞ。いくら昔からこれが当たり前だったからっつってな、もしかしたら間違いが起こるかも? とか、ちらっとでも考えねえのかよ。意識され無さ過ぎて泣けてくるわ俺!」
その後も延々、如何に私が無自覚で無防備か、という話をされた。
気をつけろ用心しろって、結局そればっかり。
お姫様にならなくてもいいって言ったくせに、お姫様になられるのは困るって言ったくせに、こいつの態度が一番、私をお姫様扱いしてるように思えるのは気のせいかな?




