勝海舟
掲載日:2026/09/09
幕末の1860年、江戸幕府の軍艦である 「咸臨丸」が日本の軍艦としてはじめて太平洋を横断しアメリカに着きました。
この船を指揮したのは幕府の役人であった勝海舟でした。
乗り込んでいたアメリカの人道員に助けられての航海でしたが、勝海舟は「日本人だけで」と強調したようです。
後に慶応義塾を設立する福沢諭吉も搭乗員で勝海舟は船酔いで船の中に閉じこもっていたとのことです。
自身は病気だったと明かしており、この後、幕末の動乱の中で幕府の代表に特に名前高めた「江戸無血開城」江戸の街を炎から守ったとされます。
舞台は江戸幕府がなくなった後の明治新政府軍と旧政府軍との戦い「戊辰戦争」で江戸城を攻めようとした新政府軍の指揮官 西郷隆盛を説得し城を明け渡し戦いを止めたといわれています。
明治期には政府の「ご意見番」として日清戦争を反対し 清、後の中国 朝鮮と仲良くしてアジアを植民地にしょうとするヨーロッパの国々に対するべきだと解きました。
勝海舟は幕府への裏切りとみなされる行動が悪い印象的をもっていますが戊辰戦争でも、日清戦争でも、戦いを望まず、平和を求めた人物なのです。




