死にたいお嬢様と、不良男子。
雪のように真っ白な髪を風に靡かせながら、少女は沈みゆく夕日を眺める。防波堤の上に座り、十二月の肌寒い潮風を、学生服を纏った体で浴びる。
赤日のような紅の瞳を輝かせながら、少女は不意に手を伸ばした。
「待っててね・・・」
太陽の輪郭に、指先を重ね合わせるようにして、そっと目を閉じる。
「私もそっちに行くから」
彼女の薬指には、指輪がはめられていた。
立ち上がり、防波堤の上で両手を広げる。まるで死を受け入れた虜囚のように。
すると一羽の小鳥が彼女の足元へ。何も知らない無垢なその瞳を向け、小鳥はさえずる。
「君も一緒に死ぬ?」
小鳥が返事をすることはない。少女はそれを分かっている。分かっているのだが、小鳥は離れることもせず、むしろ少女へと体を擦り寄せた。
人懐っこいどころではない。どこか、この小鳥も死を望んでいるのではないかと錯覚させるほど、小鳥は酷く落ち着いていた。
「そっか」
一言。溜め息交じりに少女は呟いた。
波が、風が強くなってきた。防波堤の手前のテトラポットに波が強く衝突した。水しぶきが上がり、少女のすぐ手前に散らばる。
両耳を通り抜けていく、風の音。靡く、短い髪。
少女は何かを諦めたかのような、弱々しい笑みを浮かべる。
「私、どうすればいいんだろうね・・・」
少女は屈む。真っすぐと、テトラポットの隙間から打ち上がる水しぶきを眺めながら。
小鳥はいつの間にか飛び去っていた。少女はそれを知り、静かに吐息を漏らす。
「本当に何もできない・・・死ぬことも、生きるために何か行動することも・・・」
再び立ち上がる。そして夕日へ背を向けた。
防波堤から降り、少女は振り返ることもなく歩き始めた。海辺から放たれる肌寒い潮風を背に浴びながら、じっくりと生に囚われるかのように地面を踏みしめる。
命の感触。それが、少女の足から全身へ広がっていき、心を蝕んでいく。
海辺を抜けた先の、林が右手に聳えた人気のない道路へ。
「お前、さっきから何してるんだよ」
黒髪の青年が少女へ声を飛ばした。電柱の側に自転車を停めて、少女を真っすぐと射抜くように見つめている。
乱雑に掻き上げられた前髪。獣のような、鋭い目。少女と同じように、彼もまた学生服を身に着けていた。
ズボンのポケットに手を突っ込み、口に煙草を咥えている彼の様は、一言で言うなれば『不良』だ。
「藍原漣・・・」
少女は目を見開いた。
「俺の名前、知ってるんだな」
漣という青年は、少女へ歩み寄ると共にその鋭い目線を向ける。
「その制服、桜葉高校だろ。なんでそんなお嬢様の奴が、こんな何もないところに」
薄茶色を基調とした制服。主張を控えるピンクのリボン。
漣は少女の全身を眺めると共に、くだらないように煙草の煙を吐いた。すると、少女が嫌な顔をして咳き込む。
「すまんな。煙草は嫌いか」
「嫌い」
まだ長い煙草を地面へ放って、それを踏み潰す。漣はそれから少女へ向き直ると、まじまじと彼女の顔を見つめた。
少女のあまりにも整った顔立ち。漣の視界から、彼女の姿が離れなかった。
「叶詩緋凪」
少女が彼を見つめ返し、その凛とした声で言う。思わず漣は聞き惚れた。
「私の名前。よろしくね、漣」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時砂高校で最も有名な男、藍原漣。十六の歳にして、暴走族の副総長にまで上り詰めた。喧嘩は無敗。一夜で対立関係にあった暴走族を潰した噂もある。
漣の名前は地元で広まっていた。
そんな彼と、緋凪は関わってしまった。
防波堤。あそこで彼と出会ってから三か月が経った。
「またここにいるのか」
いつものように、電柱の側で自転車を停めた漣が言った。
「この海に身を投げて、死んでしまいたいの。でも、その勇気すら出ない」
笑顔でそう口にした緋凪の姿は、宛ら死神のようであった。漣は心の内で、彼女の姿を焼き付ける。
「どうしてそんなに死にたいんだ」
漣の問いかけに、緋凪は笑顔を消す。その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「君には関係ないでしょ?」
「そうだけどよ。でも、お前みたいな何不自由ないボンボンの金持ち野郎が、死のうとする理由が知りたいだけさ」
「金持ち野郎・・・」
すると緋凪は吹っ切れたように、肩を震わせながら爆笑した。漣は途端に困惑する。
「いいよ。教えてあげる」
「何をそんな上から目線で」
緋凪を自転車の後ろに乗せて、漣は足を動かし始める。目的地は特に決めていない。その場の成り行きで、二人は共に進む。
「私、幼馴染の許嫁だったの」
「許嫁か・・・リアルで初めて聞いた」
風が、緋凪の髪を躍らせる。スカートが揺れる。
落ちてきた前髪を左手で掻き上げながら、漣はハンドルを握る右手へ力を込めた。
「私はその幼馴染のことが好きだった。実際に、付き合ってもいた。あの人の許嫁で良かったと、本気で思ってた」
緋凪の声が夕景に響く。
「でも亡くなった。あの人は交通事故に巻き込まれたの」
漣は言葉を失った。そのせいか、思わず足が止まる。
「どうしたの?」
突如として止まった自転車。緋凪は疑問の声を投げかける。
「いや・・・なんでもない」
漣は再びペダルを漕ぎ始めた。
「私はあの人の後を追おうとして、死のうとしてる。でもその勇気が出ない。私はただの臆病者・・・あの人にもらった指輪を、もう結婚なんてできないくせに薬指に着けて――本当、最低だよね」
電柱の上で、烏が鳴いた。
「さっき、金持ち野郎とかあんな風に言って悪かった」
漣が前を向いたまま言う。
すると、何が面白かったのか緋凪は吹き出して笑った。
「な、何が面白いんだよ・・・!」
「だって、君みたいな不良が謝るだなんて思わなかったから」
「別に、俺だって謝る時は謝る」
目に溢れた涙を拭いながら、緋凪は漣の背中を見つめる。
「優しいんだね」
その呟きは、彼の耳に届くことなく微風へと溶けて消えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ようやく春が訪れた。生温い風が頬を撫でる。緋凪は部屋の窓から外を眺めていた。
無駄に大きな家で暮らして、両親に忠実な人形として生きる。運動も勉強も、成績も・・・全てが完璧でなければ両親に叱られる。
緋凪はうざったいほど晴れた空を見上げながら思う。私が生きる理由はなんなのだろうか、と。
幼馴染のあの人はもうこの世にいない。あの人はもういないのに、どうして彼からもらった指輪を着けているのだ。いっそのこと捨ててしまいたかった。あの人のことなんて忘れてしまいたかった。
「漣くん・・・」
不意に、彼の姿が思い浮かんだ。彼のしてきた悪い噂は全て知っている。しかし、あの日防波堤で話した彼は悪ぶった、ただの少年だった。
緋凪は溜め息を吐き、目線を部屋へ向ける。最低限の生活に必要な物以外、何もないこの部屋。勉強道具が、机の上に並んでいる。
子供の時は何も違和感を感じず、ひたすらに勉強できたこの場所。今となって、緋凪は思う。
監禁だ。
監禁するための部屋が、ここだ。私を閉じ込めて、従順で理想の人形にする。そのための。
キャミソール姿の緋凪はベッドへ寝転ぶ。
眠らないよう意識を研ぎ澄ませながら、目を閉じた。
「いっそのこと、漣くんが私を連れ出して――」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
海辺へ向かうための入り口。漣がいつも待ち合わせてくれた、電柱のある場所。緋凪はそこでずっと立っていた。
ここに来れば、いつもと同じく漣に会える。
今になって緋凪は気付く。最初は死ぬために通っていたこの場所も、いつしか、漣に会うために通っていた。
今日はいつもと違い、漣は一向に姿を見せない。すでに日は暮れ始めている。
緋凪は内心焦りながらも、深呼吸して心を押さえ、彼を待つことにだけ集中した。
「漣くん・・・!!」
胸が高鳴った。足音がした方を、緋凪は急いで振り向く。しかし、見知った姿はどこにもない。代わりに――。
「ねぇキミ、こんなところで何してんの?」
二人組の男。一人はチンピラのような金髪の男と、もう一人は太った禿の男。どちらも緋凪より体が大きく、歳も上に見えた。
「こんな人気が少ない場所で、女の子一人だけは危ないじゃないか」
下卑た目をして、二人は緋凪を見る。
二人が纏っているのは赤い特攻服。緋凪は瞬時に理解した。彼らは暴走族だ。
緋凪はその場から動かない。いや、動けないと言った方が正しい。
彼女は足が竦んでいた。半ば諦めにも近い感情が、彼女の瞳には灯っていた。
「なんだこいつ、やる気じゃねぇか」
緋凪は逆らうつもりはなかった。彼らに逆らえば、どうなるかぐらいすでに分かり切っている。
「向こうに公衆トイレがある。そこまで連れて行くぞ」
太った男がそう言った。それに賛成したのか、金髪の男がニヤリと笑った。
緋凪は乱暴に腕を引かれながら、連れられる。柵で阻まれた林のすぐ側、公園がある。そこに、公衆トイレがあった。
二人と共に、緋凪は公衆トイレへ。
「おら、着いたぞ」
金髪がそう言ったのを合図に、緋凪は目の前を見た。トイレだ。古びた薄汚いその場所に、先に太った男が入っていく。
緋凪は怖くなった。今さら、自分の身に起きようとしていることが怖くて仕方がなくなったのだ。
足を止める。すると、それに気付いた金髪が舌打ちを。
「今さら抵抗したって無駄だろうが!!」
思い切り顔を殴られた。痛みで涙が溢れて来る。金髪に引きずられるような形で、緋凪はトイレへと連れ込まれた。
照明の壊れたぼろぼろのトイレ。小便器が並ぶ前で、緋凪は制服のリボンを引きちぎられた。
「やめて・・・!!!」
緋凪は必死に藻掻く。抵抗して、逃げようと足を動かす。しかし、ただの少女一人で、二人の成人男性の力に敵うはずがなかった。いとも簡単に、緋凪は引き戻される。
「これ以上酷いことされたくなければ、黙ってオレたちに従えよ」
金髪の言葉に、緋凪は力なく頷いた。もう、彼女は諦めていた。
制服を脱がされる。校則で決まっていた白い下着が露わになる。
「へっ、ガキくせぇの着やがって」
金髪がそう吐き捨てる。
「俺もう我慢できねぇよ・・・!!」
太った男が息を荒げながら服を脱いだ。
少女に迫るその後ろ姿を金髪はニヤニヤと見守っている。
「藍原漣・・・くくくっ、てめぇがこの女といることをオレたちは知ってんだよ。オレたちの族を潰したんだ。後悔するんだな」
金髪がギロリと緋凪を睨み付ける。
「復讐だ――」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「弦矢さん、すっげぇ意気込んでたな」
「そうだな」
学校の帰り道、路地裏で煙草を吸いながら、漣は同じ暴走族の仲間である宗と歩いていた。尚、宗とは中学からの親友である。
漣は今日、自転車ではなく、徒歩で登校した。帰りは少しコンビニに寄ってから、あの防波堤へ行こうと思っていた。しかし、彼の先輩である弦矢が漣を呼び出し、それは叶わなかった。
弦矢と別れた後、二人はこうして商店街の路地裏を進んでいる。
「俺もそろそろ『紅月会』に入りてぇよ。弦矢さんに着いて行くって決めたかんな」
宗がぐっと拳を握る。
『紅月会」とは、漣が所属している暴走族『鬼龍』を支配するヤクザの組織だ。漣と宗、二人の先輩である弦矢は『紅月会』へ入った。漣も宗も、二人共『紅月会』へ誘われている。
漣は高校卒業後か、もしくは高校を中退するかで『紅月会』へ入ることになるだろう。
「そういや十二月くらいから、漣はずっと自転車通学だったな。なんかこだわってたのか」
「――別に」
「お前、家から学校は近いじゃないか。どこかに寄ってたとか?」
漣はわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
「良い感じの場所があんだよ。そこでいつも煙草吸ってる。警察も巡回しに来なさそうなところだからな」
「なんだよそれ。そんな場所あんのかよ」
「あそこは俺だけの場所だ。宗にも紹介はできねぇよ」
「ちぇっ」
本当は違う。漣は最初から緋凪へ会うためだけに防波堤の近くまで行っていた。中学の時以来使っていない自転車まで引っ張り出して。
漣は煙草が吸えそうな場所を探し回っていた。随分前だが、未成年らしき人物が煙草を吸っていると通報されてしまったからだ。
その矢先、偶然にもあの海辺へ寄った。ここは人がいない。だからこそ、自転車を電柱の側へ停めた。すると一人だけ、人がいた。
それが緋凪だった。彼女の姿に見惚れた漣はたまらず声をかけた。
漣は彼女に出会ったきっかけを思い出しながら、また溜め息を吐いた。
「じゃ、俺はもう帰るわ」
宗に手を振り、漣は煙草を捨てて路地裏を抜けていく。
「あいつ、変なの」
一人残された宗が、小さく呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
日は落ちてすでに夜を迎えていた。漣は走って、あの場所へ向かっていた。
毎日、緋凪はあの場所で漣を待っていた。どんな日でも平気な顔をして。
人の目がないから、どれだけ無様な恰好でも構わない。漣は全力で走る。
防波堤近くの公園が見えてきた。公園から少し進んだ先で、何やら声が聞こえた。言葉ははっきりと聞き取れないが、男の怒号が聞こえる。
漣は何事かと思い、公園の方へ。
声はトイレの方から聞こえた。漣は急いで駆け込む。雲の巣が入り口の天井に張り巡らされた、古く薄汚れた男子トイレ。
「何してんだお前ら――」
漣はトイレへ入ると同時に声が詰まった。目の前の光景は凄惨だった。
息がかすかに喉を通り抜けていく。ただ、それだけ。
二人の男と、見知った顔の少女。少女は緋凪だった。トイレの床に倒れた裸の彼女の側、太った男が服を着ようとしている。
「遅かったな、藍原漣」
金髪が腕を組みながら、漣を睨んだ。
漣は酷く落ち着いていた。
体が素早く動く。
金髪を殴り飛ばし、真っ先に太った男へ。家の鍵をポケットから出して指に挟み、男のその首へ突き刺した。威力のあまりか鍵が首に深く突き刺さった。肉が裂ける感覚が、漣の指先から脳へと響いて行く。
「が、はっ・・・」
首、特に喉を切り裂いてやった。太った男が藻掻き苦しみながら倒れる。漣は追い打ちとして、彼の股間を踏み潰した。
漣はさらに男へのしかかるとその顔面を殴りつけた。何度も何度も、返り血が顔に飛んできても何度も。
「緋凪・・・緋凪・・・」
漣は淡々と彼女の名を呼ぶ。太った男はもう動かない。
「てめぇ、よくもやってくれたな・・・!!!!」
先ほど漣に殴り飛ばされた男が立ち上がった。彼はそのまま拳を作り、突進してくる。
「緋凪に何をした」
「はっ、見りゃ分かるだろ」
漣は溜め息を吐いた。金髪の男の突進を躱し、思い切りその腕を捻じ曲げた。ボキボキと、骨が折れていく音がトイレに響く。
漣は緋凪を一瞥した。彼女は倒れ、虚ろな目をしている。そんな目が、漣を映していた。
「れ、ん・・・」
緋凪の掠れた声が、トイレに響く。その途端、漣の中で何かが千切れた。
漣は金髪の腕を引っ張り、組み伏せる。そして漣は彼に覆い被さると、顔を思い切り殴った。一発だけだった。
すぐに立ち上がって、漣はその顔面へ蹴りを入れる。何度も何度も。
鼻の骨でも折れたのだろう。鼻血が大量に流れている。
「死ね」
漣は彼の顔面をもう一度蹴る。乾いた音が響く。
「死ね」
もう一度力強く蹴り付ける。
「死ね」
何度も。
「死ね」
何度も。
漣は我に返った。気が付けば金髪の顔面は腫れ上がっていて、もう動きを見せない。
「そうか・・・」
漣は今の状況を整理する。
二人の倒れた男たちを交互に見回す。
「俺は、人を殺したのか」
だが、漣は酷く冷静だった。男子トイレの鏡に映った、返り血まみれの自分の姿を見つめる。
「漣・・・」
するといつの間にか立ち上がっていたのか、緋凪が抱き着いて来た。彼女の柔らかな肌と、生温かい体の感触が体に伝わる。
「もういいよ。私は大丈夫だから」
「すまん、これは全部俺のせいなんだ・・・」
漣はトイレに入ったばかりの時、あの金髪が投げかけてきた言葉を思い返す。彼は漣のことを知っているようだった。
「ごめん・・・」
漣の目から途端に涙が溢れてきた。心は落ち着いていたはずだった。だが、緋凪に抱きしめられると共に心の静けさが決壊したのだ。
「ごめん・・・ごめん・・・っ、俺がもっと早く来ていれば・・・俺が、悪いんだ。全部・・・俺が、ここでいつもお前と会ったりなんかしたから・・・!」
涙を流す彼の様は緋凪にとって、実年齢よりも遥かに幼い子供に見えた。
緋凪がそんな彼の涙を手で拭う。慈しむように、優しく。
「謝らなくていいの。元はと言えば、私がこんなところで死のうとしていたことが原因なんだから」
緋凪がさらに深く彼の体を抱きしめる。
「だからもういいの」
緋凪はそれ以降何も言わず、ただ優しく漣を抱きしめていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「弦矢さん・・・本当にすみませんでした」
ソファに座る眉なしの赤髪の男。彼の前で漣は土下座していた。
「顔を上げろ。別に謝ることでもない・・・死体なら上手く隠したさ。ただ、組長はその代償としてお前を欲しがっていたぞ」
「俺を・・・?」
漣は顔を上げる。弦矢は煙草を吸いながら、感情のない目で見下ろしている。
「弦矢。煙草、頂戴ぃ」
弦矢の隣で退屈そうに欠伸をしながら、金髪の女がそう言った。
彼女は弦矢の交際相手の瑠美。彼女もまた、組の関係者だ。
「何本吸うんだよ。ったく、ほら」
「何本吸ったってええやん。減るもんやないし」
「減るわ!」
弦矢は呆れた顔をして、彼女に煙草とライターを手渡した。
ここは弦矢の住む家。狭い和室の中、瑠美が吐いた煙草の煙がたなびいていた。
「で、漣。そのことなんやけど。お前、今すぐ組の構成員になれ。お前は喧嘩も強い。世渡りも上手い。あっという間に組のトップまで上り詰めてしまうやもしれんな」
言い終えて、弦矢は口を大きく開けて笑う。
「ありがとうございます。是非とも、よろしくお願いします!!」
「分かった。そんじゃ、組長に伝えとくわ」
これで良かったのだと漣は思う。
緋凪を守れるのなら、これで。
漣はぐっと両手に力を込めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「漣ー!! おはよう!!」
朝から快活な声を飛ばしてくるのは、白い髪の美少女。漣はもう自転車通学をやめた。
短かった彼女の髪は、今や肩の下まで伸びている。
「朝からうるさい。頭に響く」
「何よもう。私がせっかく家まで迎えに来たのに!」
あの日から、緋凪は変わってしまった。
変に吹っ切れたのかは知らない。ただ、以前にも増して明るくなった。
「バスじゃなくていいのか? わざわざ俺を迎えに来て・・・」
緋凪の学校は、漣の学校に比べて遠い。彼女はいつもバス通学だったのだ。それなのに、今日に限ってなぜか彼女は漣の家まで迎えに来たのだ。
漣の問いかけに、緋凪は「うーん」と首を傾げた。
「そんなの気にしなくていいの! とにかく、早く行きましょ」
「ちょ、おい・・・!」
緋凪に手を引かれながら、漣は進む。
「ねぇ」
突如として緋凪が振り返った。彼女の穏やかに澄んだ瞳が、漣を映している。
「私、漣のことが好き」
漣は笑う。
「俺も、緋凪のことが好きだ」
彼女は眩しい笑みを返してくれた。
「やっと、名前で呼んでくれたね」
「馬鹿言え、前から名前で呼んでたわ」
「嘘つきぃ」
漣が顔を赤くして、目を逸らす。それを見た緋凪は「やーん、照れてる」と追い打ちを。
「私と漣だけの世界があればいいのに」
静かに、緋凪が零す。
「なーんてね」
緋凪は口元に指を当て、揶揄うようにウインクをする。漣は思わず見惚れていた。
「俺が守らなきゃ・・・」
この平穏がずっと続くように。もう、緋凪に起こった悲劇を繰り返さないように。
漣は、彼女の笑顔を目に焼き付けた。




