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俺と別れてトップアイドルになった元カノが俺のことを見続けてくる、まだ間に合うのか?

作者: 宵月しらせ
掲載日:2026/04/26

 うちのクラスにはアイドルがいる。

 そんじょそこらのアイドルじゃない。ドームを満員にするようなすごいグループの中核メンバーだ。


 名前は今谷美佑いまたにみゆ

 

 「彼女と同じクラスになれたなんて一生の自慢だ」

 「こんな至近距離で姿を拝めるなんて、いつ死んでも後悔はない」


 なんて言っているクラスの男子も少なくない。


 そんな今谷は今、俺を見ている。

 いや、にらみつけている。


 気のせいではない。

 俺の斜め後ろの席から……ちらっ、とそっちを見ると、親の仇かのような視線を俺にぶつけてくる。


 今だけじゃない。

 さっきからずっとだ。

 体育の時も、移動教室の時も、トイレに行った帰りでさえ、隙あらば俺を視線で刺してくる。


 きっかけは……今朝のSHR前のアレだよな?


 

★★★

 


安瀬あぜって彼女いる?」


 朝、登校して自分の席に座ると同時に、隣の席の女子にそう訊かれた。深倉って名前の人で、ちょっとギャルっぽい感じの子。


 別に深い意味なんてない質問だと思った。

 深倉さんは男女混合の友人グループでおしゃべりしていて、誰に彼氏がいる、彼女がいるということを話していたようだった。

 メンバーの持ち寄った情報だけでは話題が足りなくなり、たまたま近くにやってきた俺に話を振った……ということのようだった。


「あ、待って。すぐに答えないで。みんなで予想しよう。今いる・過去にいたと思う人…………年齢=いない歴だと思う人」


 と仲間内で挙手制で予想を始める。

 どうやら可能な限り俺で遊ぶつもりらしい。

 陰でこそこそやらず、本人の目の前でオープンにするのはいいが……いや、やっぱり良くない。失礼だろ。


「ふむ、いる三人、いない四人か。競ったな。ちなみにあたしはいる派。背は低いけど、よく見ると結構かわいい顔してて好みのタイプ。カッコイイって感じじゃないけど、これはこれで女子ウケすると見た」


 深倉さんとは別に親しいわけではないが、そう言ってもらえれば悪い気はしない。

 しかし、よくもまぁ本人を目の前にして簡単にかわいいだの好みのタイプだの言えるものだ。俺とは違う文化圏だな。


「ってことで正解をどうぞ――あ、待った。今谷さん、ちょっといい?」


 深倉さんは、ちょうど近くを通りがかった今谷美佑を呼び止めた。


「なにかしら?」


 立ち止まり、返事をした今谷。

 それだけで教室の蛍光灯の数が倍に増えたかのように周囲が明るくなった気がした。


 芸能人だからって、今谷はお高く留まったりしない。

 同性に対しては親し気に接する。

 下心全開でワンチャン狙ってくる男子に対しては塩対応だが、適切な距離感を維持する男子に対しては営業スマイルという名のプロの笑顔を与えてくれる。


「今クイズをしてたんだけど、参加しない?」

「クイズ?」

「安瀬に過去を含めて彼女がいたことあるか、それとも年齢=いない歴か」

「なるほど…………」


 今谷は俺の顔をじっと見た。

 トップアイドルにそんなに見つめてもらえるなんて光栄……とは言えない。やたら目が怖いぞ。


 なんて目力だ。思わず目を逸らしたくなる。

 だが、逸らすとさらに強い目でにらまれる。ちゃんとこっちを見ろ、コラ! と怒られているみたいだ。

 仕方なく視線を合わせる。そして数秒。


「元カノはいない」

「元カノ限定⁉ 今カノがいるかどうかは言及なし?」

「そこは知らない」

「どういう予想なんだろ……まぁいっか。これで出揃ったし、そろそろ答えをどうぞ」


 どるるるるる……とヘタなドラムロームを深倉さんが口で鳴らす。鳴りやんだところで、俺は答える。


「いないよ。今もいないし……元カノもいない」


 当たっただの外れただの深倉さんたちはひとしきり盛り上がった後、次の話題に移った。

 いる・いたと言えば、どんな人だったかの話になっていたかもしれない。

 しかし、いないのでは広がりようがない。


 深倉さんたちのおしゃべりには付き合わず、今谷は自分の席に向かった。

 途中、ちらっとこちらを振り返り、小さく口を動かした。「それでいいのよ」と言っていた気がした。


 俺に――安瀬悠馬には彼女はいたことがない。

 本当はいたのだが、いなかったという(てい)で貫くことにしている。

 それが元カノ――今谷美佑との約束だからだ。


 

★★★


 

 今谷と知り合ったのは、今から四年前。中学一年生の時だった。

 

 きっかけはたいしたことじゃない。クラスメイトだった。

 仲良くなるきっかけは一応あって、少しだけドラマチックかもしれない。

 

 引っ越して来たばかりの今谷が道に迷っていて、たまたま通りがかった俺が案内してやったのだ。

 ……別に言うほどドラマチックじゃないな。

 

 まぁその件以降、学校でも話をするようになった。

 その後いつの間にかお互いに好きになっていた。告白は今谷の方から。

 それで付き合うようになった、というわけだ。


 付き合っていた期間は一年ちょっと。

 長さの割には控えめな交際だった。

 

 今谷はまだ売れていなかったが、アイドルとしてデビューしていた。

 顔が割れた地元で一緒に出歩くわけには行かず、デートするならかなり遠出しなければいけない。


 まだ中学生だから金もなく、行ける回数は決して多くなかった。

 だから、デートはたった六回しかない。そのすべてを俺は鮮明に思い出せる。


 デート以外では、よくビデオ通話で話をした。直接会話をした時間よりはるかに長い。

 今谷が忙しくなければ、毎日夜の九時から十時半まで。おやすみを言ってから寝るのが日課になっていた。


 とても幸せな一年だった。

 でも別れた。

 ケンカしたってわけじゃない。気持ちが冷めたわけでもない。


 今谷はわからないが、俺に限ればむしろ付き合う前より彼女のことが好きになっていた。

 それでも別れた。

 今谷がアイドルだった……その一年でどんどん売れてきていた……それが理由だ。


 彼女がアイドルなんて最高じゃないか……と言いたい気持ちはわかる。たしかに最高だ。


 でも、それ以上に怖いのだ。

 ちょうどその頃、トップアイドルが彼氏バレで人気を急落させていた。世間の手のひら返しの速さと恐ろしさを実感させられた。


 現トップのスキャンダルで業界勢力図が塗り替えられ、今谷のグループは次のトップを射止められそうだった。

 それは週刊誌の次のターゲットになることを意味する。


 明日は我が身……いや、今谷の身に起きるかもしれない。

 今谷のことが大好きだが、だからこそ俺のせいで夢を断たれることがあってはならない。


 トップアイドルの地位より、俺を選んでくれ……恋に恋するお年頃なんて言われていても、そんなことを言えるほど周りが見えなくなっていたわけではなかった。

 だから、


「別れよう」


 そう告げた。

 別れ話を告げた時の今谷の目は、未だに忘れられない。

 まず驚き、それから悲しそうな顔をして、最後に怒りに満ちた目になった。


「私がアイドルだから別れたいの?」

「うん、そうだね」

「アイドルって知ったら、付き合ってくれって言ってくる男が結構いるんだけど」

「そういう人は相手にしない方がいいよ。たぶんどっかでバラすから……俺にそんなこと言う資格ないかもしれないけど」

「そうだね。アイドルだから付き合いたいって人と、アイドルだから別れたいって人は、正反対のようで似てるかもね。私じゃなくて肩書を見てる」


 告白は今谷の方から。その後も彼女からの熱量の方がずっと大きかった。

 俺だって負けないくらい今谷のことが好きなつもりだったが、今谷は常に俺以上の熱量を維持し続けていた。


 それなのに俺は別れを切り出した。

 別れ話をするこの時まで、ケンカらしいケンカを一度もしたことがないほどうまくいっていたのに。

 そんなの怒られて当然だ。憎まれて(しか)るべきだ。

 今谷には、俺をどのようにも罵る権利があった。


「どれだけ私が売れても、あなただけは肩書じゃなくて私そのものを見てくれてると思ってたのに」

「見てるつもりではいるよ。でも、みんな俺の存在がバレた時は、みんなはトップアイドルに彼氏がいたってしか思わないんだよ」


「それはそうだろうけど……わかった。それがあなたの望みだって言うなら、別れたって扱いでもいいよ。

 でも私の出す条件もちゃんと飲んで。私のことを元カノとは絶対に言わないで。私はあなたの元カノなんかじゃない」

 

「もちろんそうするつもりだった。スキャンダルには、今カレでなくても元カレで十分だもんな」

「そういうことじゃないんだけど……とにかく私は元カノなんかじゃない。あと、私をフったからには、つまらない女と付き合ったら許さないからね。

 私が嫉妬するくらいの女じゃないと認めない。変なのと付き合ったら、私の男に手を出すなって邪魔してやるから」


「そんなことされたら別れた意味がなくなるじゃないか」

「アイドルに彼氏がいちゃいけないって言って別れるんなら、自分だけ次を見つけようとするなって言ってるの!」


 正当な要求のような、あるいは八つ当たりのような気もする。

 どちらにせよ、近いうちに誰かと付き合うつもりはなかった。

 当然だ。今谷と別れてまで付き合いたいほどの相手なんて、きっと日本中を探しても簡単には見つからない。


 

 こうして俺たちは別れた。

 それが中三の時のこと。


 高校が同じになったのは偶然だ。進路を決める頃には、俺と今谷が話をすることはなくなっていて、お互いがどこに行くかは知らなかったから。

 

 また同じクラスになってしまったが、会話はほとんどない。

 もうすっかり雲の上の人。遠くの存在になってしまった。


 一時期付き合っていたという事実は、今はまだ記憶に残っている。しかし、やがてすべてなかったことになるのだろう。

 寂しいが、それが今谷のためになるのだから……俺が選んだ道なのだから、受け入れるしかない。



★★★

 


「ねぇ安瀬、今日の放課後、暇なら一緒にどっか寄ってかない?」


 SHRが始まり、担任の話を聞き流しながら昔の記憶に浸っていると、隣の席の深倉さんがそんなことを言って来た。

 心なしか、ちょっと頬が赤くなってる気がする。


「えっと?」

「だから、安瀬って彼女いないんでしょ? あたしも彼氏いないしさ。だから、お試しでちょっと二人で遊びに行ってみないってこと。さっき言ったじゃん、好みの顔だって」


 女子特有の何にでもかわいいって言うアレじゃなかったのか。

 誘ってもらえたことは嬉しい。

 嬉しいが……。


 まだ誰かと付き合うつもりはない。

 でも、放課後に少し出掛けるくらいならどうだろう。

 

 あれからもう二年になるのだから。

 付き合っていた期間の二倍の時間が過ぎたのだから、放課後に一緒に出掛けるくらいはしてもいいのではないか。


 ……むしろそうするべきかもしれない。

 いつまでも昔の恋を引きずっていると、いつまた今谷に本気になってしまうかわからない。

 

 嫌いになって別れたわけじゃない。好きだから別れたのだ。

 火種はまだ俺の心の中で燃え続けていて、なんとか抑えつけている状態だ。

 ずっとフリーでいたら、変に希望を持ってしまいかねない。


 あの時の気持ちを貫くためにも、昔の恋にはいい加減ケリをつけなきゃ。

 魔が差したのか、そんなことをふと考えた。だから、


「今日は暇だよ」


 と答えた。


「おっけ。んじゃどこ行く?」


 その会話の直後からだった。

 今谷が俺をにらみつけてきたのは。

 それはもう執拗に……授業中も休み時間も関係なく。

 移動教室の時に後ろからついて来るのはまだしも、男子トイレの前で待ち伏せしてまでにらまれるとは思わなかった。


 言いたいことがあるなら直接言えよ……とはいかない。今谷は自分から男子に話しかけることはしないから。

 今谷から“にらみつける”以外のアクションがあったのは、自習の時間。


 ヴヴッ――とポケットの中でスマホが振動した。

 確認すると、二年ぶりに今谷からメッセージが届いていた。

 まだ俺の連絡先を残していたのか。とっくに消去されてるものだと思っていたけど。


【放課後にデート? いいわね、一般人は】


 聞こえていたのか。


【でも忘れてない? あなたに元カノはいないってこと】


 忘れているわけがない。だからこれまで俺は、誰にも今谷との昔の関係について話したことがないのだ。


【元カノはいない】

【元カノはいない】

【元カノはいない】


 なんでそんなに繰り返すんだよ。どういうつもりだ?

 斜め後ろの今谷の席を見る。


「――――ッ!」


 アイドルをやめて悪役レスラーに転職したのかと思うほどの形相だった。

 歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど食いしばっている。

 メッセージがまだ届く。


【あなたに“元”カノはいない】


 元だけ強調された。

 さすがにもう気が付いた。

 これはヤキモチだ。

 今谷は、まだ俺のことを……。


 あんな勝手な形でフったのに、まだ好きでいてくれているのだろう。

 元カノはいない……まだ今カノのつもりでいてくれているのだ。


 いや、別れることには同意しているから、今カノではないな。

 付き合っても別れてもいない中途半端な状態。

 彼女の中での俺は、そういう立ち位置にいるのだろう。

 二年間ずっと。


 俺の席を残していてくれた。


 彼氏がいる、いたという事実は、今谷にとって百害あって一利なしのはずだ。

 それでも、今谷の心の中は、俺のための場所がある。

 どうしても、彼女がそれをなくすことができないと言うのなら……。


 その気持ちに気付いてなお突き放すようなことは、俺にはできない。

 今谷がそこまでの覚悟を持って好きでいてくれるのなら……。 

 俺も覚悟を決めちゃ。 


【深倉さんからのお誘いは断ることにするよ】


 とメッセージで送る。

 それからもう一度斜め後ろを振り向くと、今度は今谷の笑顔が見れた。

 営業スマイルではない、二年ぶりの俺だけのための素の笑顔だった。

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