隣の席の君が距離近すぎる
席替えの日は嫌いだ。黒板に貼られた座席表を見た瞬間、ため息が出た。——隣じゃない。それだけで、教室が少し遠くなった気がする。
「やった、後ろだ」
君は嬉しそうに笑っている。僕の席は窓側の一番前、君は教室の真ん中。たった数メートルなのに、こんなに遠い。
「じゃあな」
軽く手を振られる。
「……うん」
それだけで、距離が決まる。
授業が始まる。前の席は静かで、集中しやすいはずなのに、なんだか落ち着かない。後ろの方から笑い声が聞こえる。たぶん、君。振り向かない。見たら余計に遠く感じるから。
昼休み、弁当を開いていると、椅子が引かれる音がした。
「やっと来れた」
顔を上げると、君が当たり前みたいに僕の前に座っていた。
「……なにしてるの」
「昼飯」
「自分の席で食べればいいのに」
「遠い」
それだけ言って、僕の弁当を覗き込む。
「うまそう」
「普通だよ」
「一口ちょうだい」
断る前に、もう箸が伸びている。
「やっぱここがいい」
そう言って満足そうに笑う。その一言で、胸が少し軽くなる。でも。
「……自分の席、楽しいんじゃないの」
「別に」
「落ち着かない」
さらっと、そういうことを言う。
午後の授業、ノートを取っていると背中を軽くつつかれた。振り向くと君。
「消しゴム」
「さっき貸したでしょ」
「どっか行った」
ため息をついて渡す。指が少しだけ触れる。それだけで、心臓がうるさい。
「ありがと」
笑う。そのまま、なぜか少しだけ残る。
「……なに」
「なんか遠くない?」
たった一列後ろなのに。
「席替えしたから」
「やだこれ」
子どもみたいに言う。先生に注意されて、しぶしぶ戻っていく。
放課後、帰ろうとすると背中から声がした。
「一緒帰るよな」
振り向くと、君が立っている。当たり前みたいに。
「……いいの?」
「なにが」
「友達と帰ればいいじゃん」
「いい」
即答。僕の隣に並ぶ。距離は元に戻る。
歩きながら、君が言う。
「やっぱ隣がいい」
胸が跳ねる。
「席の話?」
「それもある」
それも?聞き返そうとしてやめる。怖いから。
「なんかさ」
君は前を見たまま言う。
「お前、遠いと調子狂う」
そんなこと、言われたら。
「……すぐ慣れるよ」
「慣れたくない」
即答。少しだけ、こっちを見る。
「明日も昼行くから」
「勝手にどうぞ」
「あとノート見せて」
「それ目的でしょ」
「半分な」
笑う。その距離が、いつも通りで、少しだけ安心する。
バス停に着く。
「じゃ、また明日」
「うん」
別れて、少し歩いてから思う。隣の席じゃなくても、距離が離れても、こうして戻ってくるなら。それって、少しだけ期待してもいいのかな。教室でも、帰り道でも、君はいつも距離が近すぎる。——たぶん、席のせいじゃない。




