児雷也
〈灯台の海霧に光を與へたり 涙次〉
【ⅰ】
犬吠埼灯台事件のあらましは、かうだつた。
一階の食事處を占拠してゐたのは、一匹の巨大な蝦蟇で、前述の通り、腐つた材料を使つて料理を作るやう、働いてゐる人たちに強要してゐた。云ふ事を聞かぬ者は、その巨きな口でぱくり。何処となくユーモラスに見えるが、食べられてしまつた人びとは、(蝦蟇の口から通じてゐる)魔界の徒刑囚として一生を過ごさねばならない。冗談ではないのだ。
【ⅱ】
灯台の資料を展示してゐるフロアーは、まるで江戸末期の讀本に出て來る「児雷也」の如き風體の男が居坐り、これも学藝員の人びとに、女が犬とまぐはつてゐる(所謂「獸姦」)のを撮つた冩眞、卑猥な冩眞を貼り出すやう命じてゐた。こちらは刀、忍者刀のやうな、で、脅しを掛けてゐる。
一體彼らは何者か? 彼ら自身は「日本の近代史を正史に戻す」、事が使命だと云つてゐる。何故それで犬吠埼灯台なのかは、さつぱり分からない、が...
【ⅲ】
魔道に説明はない。彼らは、わざわざ使ひ魔を大勢連れて、灯台の「護衛」に当たらせてゐる。カンテラ、じろさん、テオ・ブレイドを嵌めたテオは、白い幽鬼のやうな使ひ魔たちを次々斬つて(じろさんの技では死に至らしめられなかつた、ゆゑに彼は補佐役)斃したのだが、当の【魔】は、これもまるで「児雷也」の説話の通り、蝦蟇に乘り、印を結ぶと、どろん。消えてしまつた。
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〈夢見より一直線の朝である不思議不思議と思へど当然 平手みき〉
【ⅳ】
「むう、取り逃がしたか」‐「まさかこんなに澤山使ひ魔を連れてゐるとは」‐じろさんが涙坐に連絡すると、彼女が見た時には、「児雷也」・蝦蟇を含め、そんな者らはゐなかつた、と云ふ。
「行動を讀まれてゐる?」とテオ。「それもあり得るな。特殊能力‐」【魔】に止めを刺せなかつた、一味・攻撃部隊には忸怩たるものがあつたけれども、灯台側としては追つ拂つてくれたのだから、御の字。金尾にそれ相應な禮金を支払つて、一件は終はつた。
【ⅴ】
然し、「日本の近代史を正史に戻す」為、と云ふのが分からない。今までそんな思想めいたものを持つ【魔】はゐなかつた。然も「児雷也」... 何か、が引つ掛かる。カンテラは「かつてない」【魔】として扱はねばならないな、と思つた。
さて帰つて涙坐と肝戸を勞はなければ‐ カンテラ、氣持ちを入れ替へ、飽くまで俺らは現實路線だ、と肝に命じたとか。
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〈死の扉開け炎晝の世に出づる 涙次〉
肝戸はカンテラたちが帰つて來るまで、ずつと立つた儘だつた。ホテルマン時代には、客や上司の前では、当然の振る舞ひだつた。「肝戸さん、もつとリラックスしてくれよ」とカンテラが云ふと、「いや自分は」と尻ごんでゐる。カンテラ、「これは上司の命令です。お坐りなさい」‐「は」。大柄な躰が窮屈さうだつた...
今回はこれで。「児雷也【魔】」については、詳述の機会もあらう。ぢや、また。