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2.5章:真実と小さな再会

 無重力空間でふわふわと漂っている。まるで水の中にいるみたいだ。

(あれ? これってもしかして死んだ? なーんてそんなことあるわけが……)

「あるんだなぁ、それが」

 不意に声が聞こえた。軽快で、どこか楽しげな響き。

 目を開けると、目の前に黒猫がいた。

 いや、正確には——黒猫が宙を舞っていた。フワフワと浮かびながら、こちらを覗き込んでいる。

「え、ちょっ、なにこれ⁉︎ なんで猫が浮いてるの? いや、それより喋った⁉︎」

「あんまり大声出さないでよ、猫は人よりよく聞こえるから耳がキツイんだよ」

 黒猫は小さな前足で耳を覆った。

 ——これなに? 夢?

 よく見ると、猫の頭の上に輪っかまで乗っている。

「……え、なにそれ。なんで電球?」

「電球じゃないよ。天使の輪」

「天使……?」

「そう、僕は天使のクロ」

 クロ——その名前を聞いた瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。

「……クロって、もしかして……あのクロじゃないよね? クロなんて世の中にたくさん……」

 でも確かに似ていた。

 高校のとき、学校にいた黒猫。みんなに可愛がられていたのに、ある日突然、車に轢かれて死んでしまった。

 悲しさと虚しさの中で、莉菜はそっとクロを校舎裏の山に埋めた。

 目の前の天使と名乗る猫はクロに似ていた……。

「そうだよ、あのクロだよ! 気づいてくれて嬉しいなぁ!」

 クロはにこにこと笑っているようだった。猫の表情は読み取りにくいけれど、その尻尾は嬉しそうに揺れている。

「クロなの……? 元気そうで何よりだけど」

「まぁ、とっくに死んでるけどね」

 悪びれずにクロは言う。

 その無邪気な様子に、莉菜はこの世界が現実ではないことだけが急に納得できてしまった。

「……で、私も死んでるの?」

「うん! でも安心して! 莉菜ちゃんは超ラッキーなことに、モニターに当選しました!」

「モニター?」

「そう! 前世の記憶を持ったまま異世界に転生できる、神様の特別企画!」

「いや、いらない」

 即答した。

「えぇ! なんで⁉︎ 超便利だよ! 知識チートで無双できるんだよ!」

「無双とか興味ないし。それに私、普通の学生だっただけだよ? 何か特別な知識があるわけじゃないし……」

「でも断れないよ?」

「いやいや、そこは選ばせてよ!」

「無理だよ。記念すべき第一号のモニターなんだから!」

「第一号?」

「そう! これまで一度も前例なし! 初めての異世界転生モニター!」

 莉菜も詳しく読んだことはなかったが、本屋には無数の異世界転生なる本が並んだコーナーがあっだことを思い出す。

「えっ、でも異世界転生って流行ってたんだよね? それってモニターした人たちの話じゃないの……?」

「まさか! あれは人間の妄想だよ。むしろ神様がそれを見て『ちょっとやってみたくない?』って言い出しただけ」

「一番やっちゃダメな逆輸入すんな!」

「ね、お願い! 何でも願いを叶えるから! モニター一号から失敗とか、もう絶対神様が怒ってなにするかわかんないよ! きっとご飯もこれからは毎日シジミの殻だけだよぉ!」

 クロは小さな手を胸の前で合わせて、必死に頼み込んできた。

(毎日シジミの殻だけは確かにかわいそうだけど……)

 莉菜は少し考えて、クロを覗き込んだ。

「……本当に何でも叶えてくれるの?」

「うん! 一つだけね!」

 莉菜は少し考えた。クロがかわいそうだし、聞いてみたいこともある。

 そう、心に引っかかったままの疑問があるのだ。

「じゃあ……ね。妹尾さんが、なんで私の研究を潰したのか。それを知りたい」

「え、そこ? もっとあるでしょ! 異世界でイケメンたちに溺愛されたいとか、ハイスペックイケメンに壁ドンされたいとか! 僕が言うのもなんだけど、ちゃんと将来のことを考えなよ!」

「いいってば。だって私、次生まれても前世の記憶を持ち続けるんでしょ? このままじゃ、ずっと引っかかって気持ち悪いから。お願い」

 莉菜がパチンと手を合わせて頼むと、んーっとクロは少し考えるそぶりをして頷いた。

「そこまで言うなら、わかった! ちょっと待ってね……」

 クロは目をカッと見開いた。

 ピカーッと光が辺りを走る。

 そして、しばらく沈黙した後、クロはおずおずと口を開いた。

「……えっと、理由、聞く?」

「聞くに決まってるでしょ。分かったのね。早く教えてよ」

「えーっと……『なんとなく』だって」

「……は?」

 莉菜は目が点になった。意味が分からなかったから。

 だけどクロは続ける。

「だから、なんとなく。同じ研究室に女子が二人いるのが気に食わなかったらしいよ」

「……それだけ?」

「それだけ」

 クロは胸を張って頷く。

(え、本当に何か恨みがあったとかそんな感じでもなく? なんとなく?)

「ふ、ふ、ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」

 思わず莉菜は叫んだ。

 自分の研究を潰され、絶望させられた理由がそんなくだらないものだったなんて。

 せめてもっと何か納得できる理由が欲しかった。

 莉菜を助けた代わりに父親が死んだとか、そんな大きな理由が……。

「いやもう、今から生き返らせて! それをお願いにする!」

「無理。転生しかできません」

「なんでも叶えるって言ったじゃん!」

「もう願いは叶えたでしょ! そもそも普通、転生の範囲でお願いしてくると思ったのに、そんな訳の分かんないお願いだったし……!」

「くそっ……」

 悔しさを噛み締めながら、莉菜はクロを睨みつけた。

 クロはびっくりしたのか、毛が逆立っている。そして、一所懸命毛を舐めて慌てたように言った。

「と、とにかく、最初からある程度の知識があるのは大きいよ。次の人生では、自分の身の回りを早々に整えて、のんびり暮らしたらいいよ。莉菜ちゃんはもともと最終的にはそうしたかったんでしょ?」

「なんで知ってるの」

「天使だからね」

 確かにクロの言うことには一理ある。

 もうどうにもならないことを考えるよりも、次の人生、理想の暮らしを早々に計画して実現できる方がきっといい。

 莉菜は、諦めは悪くなかった。

「そうだよね。嫌なことは全部忘れて異世界で好きに暮らせばいいか……」

「そうそう! しかも転生先では今よりもーーーっと可愛くしてあげる。モッテモテになれるよ!」

「それはいらない」

 なんでクロはやたら自分をモテさせようとするのか。莉菜には不思議だった。

 残念ながら莉菜は恋愛感情が薄いだけでなく、モテたいという願望もない。クロは丸い目をさらに見開いた。

「え、そうなの? ……まぁ、莉菜ちゃんはもう十分にかわいいもんね! じゃあ、もう行っちゃおう!」

 クロが躊躇なく腕を振り上げる。そして三回転させた。

 突然、視界が真っ白になり、身体が吸い込まれていくような感覚。

 次に目を開けたとき、莉菜は——。

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