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爆弾少女と部活動 販売編 4

 紅浦水樹がこの世に生み出した史上最大の汚物⋯⋯俺が総理大臣だったら、間違いなく禁書にしている。

 いや、そうしなければ、この国の秩序が乱れる。


「なんでこれがここにあるんですか! それもこんなにも」


 ほかのほんと比べて、明らかにこの作品は部数が多い。

 製本なんてタダで出来るわけないし、本の状態から見て、自分達で製本したとも思えない。

 ということは、プロに頼んでいるはずだから、少なからず費用が掛かっているはずだ。

 まさか、各々刷りたい部数だけ発行するなんてしていないはず。ようするにある程度の利益を見込んでの発行部数のはずだ。


「いやあ、実は紅浦さんの作品って1部界隈では人気があるんです。彼女ネットではアングラ界の人気作家ですし」


「なんですかその新情報⋯⋯確かに文章力は凄いけども⋯⋯」


 本を並べ終えた滝沢さんは、アタッシュケースの中を確認している。中にはお釣り用の小銭が見えた。


「それで、去年も実は1番売れたのは紅浦さんなんです。それで今年は」


「部数を増やして稼ぎにいったってわけですか」


「まあ、今日の売上は部費として計上されるので」


 薄笑いしながら、滝沢さんはこめかみを掻いた。


「俺の肖像権はどうなってるんです?」


「それは⋯⋯あれですよ⋯⋯僕も出てるのでお互い被害者ってことで」


「ほんと⋯⋯滝沢さんには同情しますよ」


「いや⋯⋯1番辛いのは業平君だと思いますよ」


 部長もこの紅浦の作品に無理やり出演させられているのに、なぜか俺に優しい。


「実を言うと、権利関係で何かあってはいけませんから、皆の作品には目を通してるんですが、その作品、何故か最初の高橋先生と業平君だけ名前があからさまで、他は特定難しいんですよ。あと、本にするにあたってかなり削ってます。僕と業平君は出てますが」


「えっ⋯⋯なんですかそれは」


「まあそれ、1年生の時から紅浦さんが書き続けてた作品ですから、最初は手探りだったんでしょうね」


「そういう問題ですかねぇ」


 するとあれだ。1年の早い時期から、紅浦に目をつけられていたことになる。

 クラスが一緒だったあいつと話すようになったのは、それなりに早かったし、あいつの下ネタ発言癖なんて入学してすぐ発覚していた。

 だがそれにしても、あの文才を他に活かせないものだろうか。 


 仕方なしに並べると、明久里がまたひとつ新しい本を取り出していた。

 深い緑の表紙に赤い雲が描かれたその本は、机に並べたものの中に同じものがない。


「んっ、まだ残ってたんだな」


 まだ並べていない作品があったのかと、明久里の後ろに立って本を確認すると、俺はまたしても言葉を失った。


「あいつ⋯⋯2作も書いてたのかよ⋯⋯しかもこの本分厚いな」


 ざっと見ても、400ページはありそうな長編小説で、もちろん作者は紅浦だった。

 サッカー部で活動しながら、いったいいつ書き溜めてるのかと感心するのと同時に、表題を見て俺は顔が熱くなった。


『紅のkarma(カルマ)


 紅と(かるま)という字。

 紅浦の性格とこの間の告白を考えると、自意識過剰に考え込んでしまうが、ここで反応すると明久里や滝沢さんになにか勘づかれかねない。


「あいつ凄いな⋯⋯もう感服もんだわこれ」


 自然を装い、明久里の手から本を奪い、さらにダンボールの中から数冊取りだし、重ねて机に置いた。

 こういう時、明久里が鈍感でよかったと思う。

 明久里はタイトルを見ても何も思わなかったのか、ぼーっと突っ立っている。


「ああこれ、ギリギリで完成させたって言ってた作品ですね。へえ⋯⋯こんなタイトルだったんですか」


 ふと滝沢さんが机に置いたその本を手に取り、ページをパラパラとめくり始めた。

 ざっと流し読みして本を戻すと、眼鏡をクイッとあげて、黙って本を戻した。

 なぜか滝沢さんは俺達を、いや俺を避けるように背中を向け、特に何もすることがないのに、アタッシュケースのダイヤルロック部分を指でいじっている。


「さあ、もう時期始まる時間ですから、販売の方よろしくお願いします」


 弄ってるだけかと思いきや、急にロックを外し、中から小さな紙を取り出すと、それを本と机の間に挟み始めた。

 どうやら、それぞれの値段らしく、同人作品だけあってやはり皆安い。

 ただ分厚い紅浦の作品だけは値段が少し高い。

 それでも昨今の文庫本の値段を考えれば十分安いのだが。

 

 滝沢さんは紙を全て挟み終えると、パイプ椅子に座り、俺達も座るよう目で促した。


「とりあえず5時までってことになってるので、そこまで交代しながらお願いします。ああそうだ。あのケースの番号は⋯⋯」


 番号を言うと、実際にケースを開き、小銭やお札毎に区切られたスペースを見せてくれた。

 まあ全部下二桁はゼロなので、細かいお釣りに頭を悩ませることは無い。 


「まあふたりここに居たらいいので、業平君と碧山さんはふたりで自由に休憩してください。休憩中はこのフロアを回っても上のお店を見に行ってくれても構いませんので」


「それだと滝沢さんの休憩時間は」


「僕はトイレ休憩さえ貰えればそれで結構ですから。おふたりに依頼した立場で贅沢は言えませんから」


 優しく微笑む滝沢さんに、素晴らしい社畜としての素質を垣間見た。

 本当、いい人だから幸せになって欲しい。

 そしてほかの文学部の部員達にはちょっとした不幸か訪れてほしい。たとえば腹を壊してゴールデンウィークを台無しにするとか。


 それはそうと、もうどこのグループも準備が完了しているのか、皆朗らかに談笑している。

 中にはグループの垣根を越えて話をする人達もいる。人見知りの俺には到底信じ難い光景だ。


「あ、濱野さん」


 滝沢さんが呟いたかと思うと、前から茶髪で藍色と白のシャツに黒いサマージャケットを着たホストみたいな見た目の男がやってきた。

 滝沢さんの反応からして、恐らく文学部のOBかなにかだと思われるが、ワックスで髪を固めた文学部がいることが想像できない。

 その男は片手を振りながら、俺達の前までやってきた。


「久しぶりだなぁ。滝沢」


「はい。お久しぶりです」


 滝沢さんは席を立つと、ぺこりと頭を下げた。

 やはりOBらしく、一瞬で滝沢さんの立場が部長から一般部員へとすり替わった。

 濱野という男は、にこにことしながら軽くこちらを見ると、また口を開いた。


「もしかして後輩?」


「いえ、そのふたりは手伝いに来てくれた2年生です。文学部ではありません」


「へえ。そうなんだ」


 男が一瞬、横目で明久里を見てニヤリと口角を上げたのを見逃さなかった。

 近くにいると麻痺するが、明久里は街中を歩いてたら芸能事務所にスカウトされてもおかしくないくらいのルックスは持ってるのだ。

 初対面で目をつけられてもおかしくは無い。


 まあ、こんな大学デビュー丸出しの男に明久里がホイホイついて行くとは思えないが、一応警戒はしておこう。それはなんのためか。無論皆の命のためである。


 と考えていると、濱野という男はポケットに手を入れ、若干猫背になりながら明久里を観察するように迫った。


「君、部活はなにかやってるの?」


 見た目チャラい男にしては、ファーストタッチが案外大人しい。


「Quality Of school部です」


「なんて?」


 ネイティブ顔負けの流暢な英語に戸惑ったのか、濱野は目を見開いて耳を明久里に向けた。 


「まあようするに、困っている人のお手伝いをする部活です」


「な、なるほど⋯⋯いい部活じゃん。じゃあ、そこの君も?」


 明らかに困惑しながら、男の双眸が俺に向けられる。


「はい⋯⋯」


 あまり会話もしたくないので簡潔に必要最低限の文字数と声量を発し俯く。

 別にこの大学デビュー丸出しの男が嫌いとか、そういうわけじゃない。

 そもそも初対面の人が苦手だし、年上となるとなると尚更なだけだ。


「じゃ、じゃあな滝沢。頑張れよ」


「はい。ありがとうございます」


 俺と明久里の暗いオーラが、大学デビュー男を撃退したのか、男はポケットに手を突っ込んだまま、そそくさと帰っていった。


 男はそのまま、大学のサークルの元へ戻ると、座っていた黒髪の女性に機嫌よく話しかけていた。


「あの人⋯⋯本当に文学部だったんですか」


 俺も感じていた疑問を、明久里が率直にぶつける。


「そうですよ⋯⋯ふたつ上ですけど、去年あった時もあんな感じでした。高校の時は大人しい人だったのに」


 そう言った滝沢さんは遠い目をしていた。


「完全に大学デビューして豹変したパターンですね。大方⋯⋯文芸サークルに入ったのも初心な女子学生なら簡単に⋯⋯」


「おっとそれ以上はいけない」


 問題発言を繰り出そうとする明久里の肩を叩き阻止すると、何故か滝沢さんが安心しきった菩薩のような顔で俺に笑いかけていた。

 


 



 



 

 

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