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爆弾少女と計画表 2

「ようするに⋯⋯はじめさんはひとり大人しく事を荒立てないでくださいってことです」


「うん⋯⋯尚更わからん」


 小動物くらいならその冷たい目で気絶させられそうな明久里が顎を上げて俺を見下すように言い放つ。

 下から覗いているせいか、若干鼻の穴が膨らんでいるように見えるが、広がる理由も思いつかないので、多分気のせいだろう。

 しかし、明久里が来るとやけに視線が集まる気がしてならない。

 明久里は紅浦と違い、中身がほとんどバレていないので、男子が注目するのは仕方がない。


「まぁとにかく、大人しく西澤さんのことは忘れて大人しくしててください」


「おい、大人しく2回連続ででてるぞ。さっきのも入れたら3回だぞ」


「⋯⋯」


 俺の揚げ足取りに、明久里はさらに顎を上げ、展開から愚かな人類を見下ろしては破壊衝動に駆られる神様のような顔をした。

 無言の圧力が、俺の命の蝋燭を描き消そうととんでもない風を吹かせている。


「ごめん⋯⋯俺が悪かった」


 その圧力に耐えきれず、何故か俺が謝ると、明久里ら納得したように席に戻っていった。

 爆弾で脅されるより、実際態度で示される方が、まだ遥かにマシだ。


「なんだったんだあいつ⋯⋯」


「んー。ちょっとわかる気がするかも」


 紅浦が明久里を見て微笑みながら言ったのが、中々の衝撃だった。


「お前⋯⋯女子の気持ちとか分かるんだな」


 率直な感想を漏らすと、紅浦は三白眼になって俺に顔を近づけた。


「わかるよ、私も女子だし⋯⋯言っとくけど、私以外の女子にそんなこと言っちゃだめだからね」


「分かってるよ。そこまで無神経じゃないし。ある意味お前の事は信頼してるからついポロッと率直な言葉が出るんだよ」


「⋯⋯ばかぁ」


 言ったあとで、少しキザったらしかったかと反省した。

 小さく呟いた紅浦の頬がほんのりと色付き、そのまま紅浦は自分の席に戻っていった。

 ちょうど、予鈴が近いのか、担任の山本先生が教師に入ってきている。

 心做しか、先生の顔が精悍に見える。

 だが、化粧では隠しきれない目の隈がうっすらと確認できた。恐らくは今度の連休中に行われるレースに向け、精神修行を積んでいるのだろう。

 そんなものが必要なのかは、当然未成年の俺は知らないが。


 ────


 放課後、明久里とふたりきりの部室で、俺は家から持ってきた歴史小説を読んでいた。

 うん。やっぱり司馬はいい。色々と批判もあるが、やはり彼は素晴らしい人物だ。史記を書いただけのことはある。


「司馬遷の物語って面白いですか⋯⋯面白いのは史記で、彼の生涯自体に面白さが見いだせないのですが」


「なんてこと言うんだよお前は⋯⋯司馬遷だって色々あったんだよ。皇帝のせいで玉取られたり、親友が帰って来なくなったり⋯⋯」


 横槍を挟んできた明久里に熱くなりかけるが、グッとこらえて読書を続ける。

 横目で明久里を見てみれば、何やら紙に熱心に書いていた。

 ただ勉強している様子ではなく、机にはカラフルなペンが転がっている。


 おそらくだが、聞いても素直には答えないだろう。

 それどころか、プライバシーかどうたらとか人を貶めるような発言が飛んでくる予感しかしないので、気にしないようにした。


「おー。やってるかなふたりとも」


 外から体育館シューズのような柔らかい足音が聞こえたかと思うと、山本先生か勢いよくドアの向こうから姿を現した。

 本当は先生もこんな部活の顧問引き受けたくはなかっただろうに、時々快活に様子を見に来てくれることに対しては、ほんの僅かに感謝が芽ばえる。


「やってるように見えますか」


 しかし、今は依頼人もなく、退屈していたところだ。

 そこに無駄に元気な人が来れば、俺だって癪に障る。


「まあ、暇そうだけどいいじゃない。業平君は何読んでるのかなぁ⋯⋯わ、わぁ⋯⋯司馬遷⋯⋯渋いねぇ」


 教室に入ってくるなり、俺が手にしていた文庫本の表紙を覗くと、なんとも言えないように片眉を吊り上げながら苦笑いし、頷きながら下がった。


「渋くないですよ。普通です普通」


「そ、そうだね。歴史は大事だね。あはは」


 取り繕う笑いが白々しすぎる。

 麻雀やポーカーのように、対面て勝負するギャンブルにはこの人は弱いだろう。

 じゃあこの先生に負けた明久里って一体なんなのだろうか。


「どうしたんですか先生。以前負けた分の掛け金はもう全て支払いましたが」


 明久里のセリフが、とても教師と生徒のやり取りとは思えない。

 この会話を録音して然るべきところに提出すれば?先生はどうなるのだろうか。


「いや、借金取りに催促しに来たわけじゃないから。依頼に来たんだよ依頼」


「はあ⋯⋯依頼ですか」


 先生は俺と明久里の斜め前の、依頼人用の席に座り、姿勢を正した。

 教師が生徒に相談するとしたら例えばだが、クラスに馴染めていない子と仲良くしてやって欲しい⋯⋯というような依頼が想定できる。

 もしくは、なにか学校行事の準備の手伝いか。

 だが、今のところクラスにはぼっちはいない⋯⋯はずだし、特に設備の準備などが必要な学校行事も近日中には無い。

 ではなんの用なのか、少し身構えて待つと、先生はズボンのポケットからトランプケースを取り出した。

 そして、トランプケースの中から見えるジョーカーのカードを明久里に向け、目と唇を引き締めた。


「先生⋯⋯まさか」


 山本先生にトランプとくれば、答えはひとつだ。


「碧山さん! 明日のレースへ勝負勘を養うため! そして自信をつけるため! 私と勝負して」


「どうしよう⋯⋯教師が生徒に決闘挑むところ目撃しちゃったよ」


 やけにきらきらと輝いている先生の目は、勝負師の目そのものだ。


「心外ですね⋯⋯以前は遅れをとりましたが、もう負けるつもりはありません」


「いや⋯⋯何で前もやる気になってるんだよ⋯⋯先生の熱に(ほだ)されるな」


 明久里はやけに気合いが入った様子で、 何故かセーラー服のリボンを外して机に置いた。

 そして眼光鋭く先生を見据えると、口を開いた。


「さあ先生、掛け金はどうしますか」

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