爆弾少女と計画表
かなり短いです
校外学習から1夜明け、朝の教室に入った。
てっきり、紅浦とはどこか気まずい空気が流れるのではと、昨晩は少し考えたりしたが、紅浦はいつもと同じ様子で、俺と明久里に挨拶すると、昨日は楽しかったねと俺の席の前に立って話し始めた。
「それでねそれでね。西澤が途中でやばくなった時はほんと、もう少し虐めたら吐くんじゃないかと思ったよ。あぁー見たかったな。人気者が地に落ちるとこ」
「最低だよこいつ⋯⋯」
特に紅浦に変わった要素はなく、いつもと変わらずろくでもない性格をしている。
と言っても、俺も人気者が大衆の面前でゲロを吐き、その評価を奈落の底まで落とす所は見れるなら見てみたい。
もっともそれは、西澤君のように良い奴ではなく、人によってコロコロと態度を帰るような人間ならの話だ。
もし西澤君がゲロを吐いたなら、俺は喜んで貰いゲロをし、注目を分散させるだろう。
「俺の知らないところで西澤君が吐瀉物を撒き散らすものなら、俺は全校生徒にお前が書いたあの作品を広めて西澤君のゲロ事件のインパクトを上書きしてやる」
「それって業平が1番ダメージ受けると思うよ⋯⋯私は別に気にしないし」
「構わん。西澤君を守るためなら俺の名誉だとか評判なんてものは全て捨ててやる」
「なんでっ⋯⋯? もしかして業平⋯⋯西澤のこと⋯⋯」
紅浦がわざとらしく目を見開き、手を口元に当てて声のボリュームを上げると、周囲がざわめく。
「やめろ馬鹿⋯⋯俺はただ西澤君を人として、友人として尊敬してるんだ」
「なんで昨日1日でそんなことになってるのさ⋯⋯西澤は宗教家の才能でもあるの?」
何とか西澤君に変な噂が出来ることを阻止できただろうか。その代わり、本当に俺のイメージが色々と歪まされそうだが。
「さあな⋯⋯もしかしたらあるかもしれん⋯⋯何しろ彼は万人に好かれる良い奴だ。それよりも、お前も少しは自分の評判を気にしろよ」
「そう言われても、私は今更落ちるようなものないし⋯⋯それに」
言いかけたところで、紅浦は身をかがめて俺の耳元に手を添え、唇を耳に添えた。
「最悪の場合、業平に嫌われなきゃそれでいいかなって」
誰にも聞かれないような小さな声だが、俺には生徒指導の叫び声のように、鮮明に聞こえた。
言い終わって離れると、ほんのりとシャンプーか何かの甘い香りがした。
紅浦を見ると、唇にほんの少し微笑を浮かべている。
「今のがお前じゃなきゃ1発で堕ちてたよ。なんなら行き過ぎてストーカーになってたかも」
「なにそれ⋯⋯まあいいよ焦んないし」
周りに聞かれたら色々と察せられそうな会話だが、紅浦は憤懣やるかたないといった様子で、荒い鼻息を漏らした。
昨日も思ったが、これはこれから女子として自分をアピールしていくという、布告と受け取っていいのだろうか。
だとするならば、俺もできる限り逃げないで、この紅玉のような髪をした女の気持ちを受け止めたいと思う。
「朝から随分と楽しそうだな」
「あ、西澤だ。おはよう」
後ろから声がしたかと思うと、どうやら西澤君が来たらしく、心做しか周りの女子達がザワついている気がした。
いや、気のせいかもしれない。
なぜなら、みんなが見ているのは、クラスの人気者で、学年カーストも上位の西澤君ではなく、クラスでの影が薄く、目立つ場面といえば変わり者の紅浦と話していたり、色々と危うい明久里と居る時しかない、誰かの付属品でしかない俺なのだ。
そんなこと果たして有り得るだろうか。これは俺の被害妄想が産んだ幻ではないだろうか。
だがそれは、こっそりとこっちを見ていた女子の眼鏡が光ったことで、幻ではないとわかった。
「おはよう西澤君、今日はいい日だね。昨夜はちゃんと眠れたかい? 俺は昨日が楽しすぎて中々寝付けなかったよ。特に西澤君の死にかけた顔がツボで」
「お、おぉ⋯⋯どうしたんだ業平、たしかに今日はいい日ではあるけど、あと俺は毎日快眠だよ。それと、それは早く忘れてくれると嬉しいかな」
さすが、いきなり馴れ馴れしくなった俺に対しても、落ち着いて発言をひとつひとつ拾い上げて返してくれる。さらには、爽やかな笑いのおまけ付きだ。
「いやほんと、あと1回乗る時間あったら面白いもの見れたのにね」
さわやかに俺のジョークを受け流した西澤君の努力を踏みにじるかのように、紅浦が嫌な笑い方をしながら畳み掛ける。
周りにただの友人アピールをするため、人の弱点を揶揄した俺が言えることではないが、こんなヤツどうやったら異性として好きになれるというのだろう。
「勘弁してくれよ、遊園地で吐いたりしたらみんなに迷惑がかかるじゃないか」
「西澤君⋯⋯」
突然、俺の頬を一筋の涙が伝った。
彼は自分の名声や地位を気にするでもなく、揶揄う紅浦に怒る訳でも無く、ただ純然と遊園地に関わる人々のことを思って発言した。
果たして、女版出歯亀や陰湿爆弾少女と同じ空間に、彼のような人間がいてもいいのだろうか。
「どうした業平、目にゴミでも入ったか」
俺の涙に気がついた西澤君が、顔を覗いてくる。
やめてくれ、その混じり気のない純粋な目で俺を見ないでくれ。心が浄化されてしまう。
「いや、なんでもない」
目を閉じながら顔を背けることで、俺の心が歪まされることはなかった。
「どうして泣いてるの⋯⋯業平⋯⋯やっはり」
「どうしてお前はすぐそういう方向に考えるんだ⋯⋯彼の気高く透き通った心の素晴らしさが分からないのか」
涙を拭いながら、目を開けると紅浦は俺の言っていることなんてこれっぽっちも理解していないように、上の空でいた。
「そんな褒められるものじゃないさ。俺は普通にしてるだけだしね。じゃあ」
西澤君は俺の肩を叩くと、そのまま友人達の元へ向かっていった。
このまま彼がここにいて、紅浦がくだらないことを言えば、また彼の友人達が俺達に敵意を見せていたかもしれない。
もしかすると、彼はそれを予期して離れたのだろうか。だとするとやはり素晴らしい。
「お前は西澤君の素晴らしさを知るため、暫く彼の後をつけて一挙手一投足を観察しろ」
「いやそれストーカーじゃん⋯⋯まさか業平がそれやって⋯⋯それでそんなに西澤のこと」
「ちがうっ! 断じて違う!」
何故か間違った考えを改めようとしない紅浦に声を荒らげると、見かねたのか明久里がやってきた。
明久里は昨日中々寝付けなかったのか、今朝は寝坊し、時間が足りなかったため、寝癖が少し残っている。
「そうですよ紅浦さん。変な妄想するだけそれこそゲロ案件ですよ。はじめさんが受けでも攻めでも相手が誰でもそんなの誰も求めてないんですから」
「いきなりお前は何を言ってるんだ⋯⋯」




