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爆弾少女と遊園地 9  紅色の心

「ではごゆっくりお楽しみください」


 観覧車のクルーが扉を閉め、ゆっくりとゴンドラが浮上していく。

 

 紅浦とふたりきりになって、どうにも落ち着かない。

 この変態と話すのは、基本教室くらいだったから、ふたりきりの空間にいるのは初めてかもしれない。

 

 そして紅浦も若干の居心地の悪さを感じているのか、ソワソワとした様子で腕を組みながら、園の外がまだ見えないのに、ずっと横を向いている。


「なあ紅浦」


「えっ!? な、なに!? どうしたの?」


 声をかけると、挙動不審に何度も首を振りながら紅浦が応えた。

 そんなにも、俺とふたりきりというのが嫌なのだろうか。別に嫌われてはいないはずだ。

 俺のことが嫌いなら自分からグループに誘うこともないだろうし、俺をモデルにしたキャラに自作小説でチョメチョメさせたりなんてしないだろう。


「いや、俺とでよかったのかなって」


「な、何言ってるの!? 私はこれでいいんだよこれで」


 何故かしどろもどろに言うが、やはり様子がおかしい。

 いつもの紅浦なら、下ネタが何発か飛んできてもいいはずだ。というか、乗車前は飛ばしていた。

 それが今やなりを潜め、お淑やかな女性のように座っている。

 いつもやかましいとしか思っていない言動も、突然なりを潜めると不安になる。


「あ、見て業平あそこ」


 そんな中紅浦が指さした方を見ると、この遊園地のマスコットである、タヤオとタヤコが入場ゲート付近で風船を配り始めていた。

 今日は子供の数が少なく、ほとんどの風船をわが校の生徒が独占し、その中に恵梨も居たように見えた。


「タヤオとタヤコか⋯⋯もしかして風船欲しかったのか?」


「え? そんなわけないよ。ただ見てただけ」


 本当に先程までの明るさはどこに行ったのかと思うほどにしおらしく、あっているのかわからないが、女の子らしい感じがする。


 観覧車が頂上に近づくまで、そのまま俺達の間に会話はなかった。

 ほんと、乗る前の冗談は何だったのかと、これならいつもの下ネタを浴びせられ、それを跳ね返している方が百倍楽しい。


 紅浦は後ろへ振り向き、俺達の上にあるゴンドラに乗っている明久里と志乃さんを見ている。

 

「ねえ業平」


「ん?」


 なんだか随分久しぶりに紅浦の声を聞いた予感がしたが、そんなことは現実的には無い。

 紅浦は上を行くゴンドラを見つめたまま、左手で膝を擦っている。


「業平と碧山さんってさ⋯⋯付き合ってるの?」


「えっ⋯⋯いやそんなこと一切な⋯⋯おわっ!?」


 突如ゴンドラが揺れ、急停止した。

 地上数十メートルの高さに放置なんて勘弁して欲しい。

 なにかトラブルでもあったのだろうか。

 すぐに園内のスピーカーから大音量で報告があった。


『現在、観覧車に一時的な不具合が生じております。大変申し訳ございませんが、ご乗車のお客様はそのまま待機するようお願いいたします』


 いや、頼まれなくてもこちとら待機する他無いのだ。

 揺れた衝撃で体勢を崩した紅浦は、上半身だけを倒し、椅子に座ったまま横向き寝するようになっている。


「⋯⋯大丈夫か? ほら」


 運良く何ともなかった俺は、立ち上がって紅浦に手を貸した。


「うん⋯⋯ありがと」


 甲羅は1度躊躇するように伸ばした手を停止させたが、すぐに伸ばして掴んだ。

 そのまま紅浦を引っ張り、元の座る姿勢へと戻す。


「しかし⋯⋯とんだアクシデントだな。まさかこんな頂上付近で止まるとは。落ちたら終わりだぞ」


「あはは。そうだね。なんかあの⋯⋯ドラマのワンシーンみたい」


「愛するふたりが観覧車の中に取り残されて⋯⋯ってベタな話だな」


 笑いながら言うと、紅浦は何故か頬を染めて目線を下げた。

 両手を太ももの間に挟んで、いつもからは考えられないほど、紅浦が小さく見える。

 俺の座席からも、上の明久里達の様子は見える。

 ふたりとも特に取り乱している様子もなく、静かに座って待っているようだ。 

 目線を明久里達から紅浦へ戻すと、紅浦は上目遣いをしながら俺を見ていた。

 その目はまるで、俺に何かを訴えかけるようだった。


「ね、ねえ業平⋯⋯さっきの質問なんだけど」


「あ、ああ。明久里とね。何ともないぞ。自分で言うのもあれだけど、たしかに人から誤解されそうな所はあると思うが」


「そ、そうなんだ」


 首をすぼめ、紅浦はさらに小さくなった。


「じゃ、じゃあさ⋯⋯今付き合ってる人とか好きな人いるの?」


「⋯⋯お前⋯⋯」


 質問してきた紅浦は、名前の通り顔を紅色に染め上げながら、今にも泣きそうなくらい目を潤ませながら俺を見つめている。

 俺も馬鹿では無い。

 突然ふたりきりになってからの紅浦の変貌。そして今の質問。

 俺が哀れな勘違い自意識過剰人間でなければ、紅浦が何を考えているのか、それは俺が考えている通りのことだろう。


「嫌味で言ってるのか。俺に彼女なんているはずないだろ。居たら今日も彼女と回ってるわ」


「そっか。そうだよね⋯⋯じゃ、じゃあ好きな人は?」


「⋯⋯別にいないな」

 

「そっか⋯⋯」


 しおらしい紅浦はどこか愛おしく思える。

 普段とのギャップのせいなのだろうか。明久里が凛と咲くヒヤシンスだとすると、紅浦は花壇の端っこにひっそりと咲くクレマチスだ。

 普段のふたりなら真逆に、紅浦が凛としているのに、今は本当に大人しく、儚げに見える。


「じゃあ、碧山さんのことどう思ってるの?」


「ど、どうってなぁ⋯⋯目が離せない奴とか⋯⋯厄介だけど一緒にいること自体は悪くない⋯⋯そんな程度だな」


「厄介?」


「無理矢理変な部活に入れられたからな。あいつが転校して来た日にも、変な発言で皆から誤解されそうになったし」


「そういえば⋯⋯そんなことあったかな」


「あったよ。お前もいきなり下ネタぶち込むし」


「あはは⋯⋯」


 明らかな作り笑いを浮かべながら、紅浦は顔を上げた。

 血色が良すぎた肌は、ほんのりとピンク色になっている。


「業平は私の相手もしてくれるし、ほんと感謝してるんだよ」


「感謝って⋯⋯ただお前の下ネタを躱してるだけだぞ」


「それでもだよ。他の男子ならすぐ恥ずかしそうにするし、私女子には基本嫌われてるし」


「そりゃ⋯⋯下ネタ好きの女子なんてあんまりいないだろうな。仮に好きでも表には出さない。それが平均的な女子高生だ」


「うぅ⋯⋯私もそれは分かってるんだけど、つい口から出ちゃうんだよね。口は固い方だからなんでもすぐ話しちゃうって訳じゃないんだけど⋯⋯下ネタだけは何故かポロッと。昔下ネタ好きの男子と遊んでた影響かな」


「まさかの男子由来だったのか⋯⋯」


「もし、業平と同じ小学校だったら、すぐに下ネタは卒業してたかもね。業平には引かれたく無かっただろうし」


「じゃあ今からでもやめろよ⋯⋯」


「それは無理。もう染み付いちゃってるから」


 今度は自然に笑みが吹きこぼれた。

 俺はてっきり、紅浦の下ネタ好きは家族が持つそういった類の漫画や小説から由来しているものだと考えていたが、どうやら昔の友達の影響らしい。

 観覧車は未だ動く気配がなく、定期的にアナウンスが流れている。

 もう少し動くまで時間がかかるだろうか。

 この場合、ゴンドラの中で粗相をしたとして損害賠償請求はされるのだろうか。今のところ平気だが。


「でも、だからかな。業平のこと好きになっちゃったのは。友達として以上に」


 その言葉は恐ろしいほど自然に放たれた。

 道を歩いている子供が「あ、にゃんにゃんだ」と、不意に呟くかのように、日常に溶け込んだ言葉として放出された。

 考える間もなく、とっさに口から出たのではないかと言うほど、ごく自然なセリフに思えた。


「⋯⋯それ本当か?」


 なんだか俺の方が非日常に吸い込まれるように、身体が固くなり、声も強ばってしまう。

 楔を打ち込んだ紅浦はもうスッキリと晴れ晴れとした顔をしているというのに。


「本当だよ」


「自分で言ったらあれだけど、好きになる要素あるか? 俺」


「なんでそんなにネガティブなの」


 ──なぜかって? それはこんな経験初めてだからだ。 


「さっきも言ったし、こんな私と仲良くしてくれるし、後まあ⋯⋯何となく安心するから? 業平がいると」


「マスコット人形みたいだな」


 自分で言って笑みが零れる。

 安心すると言われて悪い気はしない。

 というか、中身はともかく見た目美少女からそんなことを言われたら、嬉しいに決まっている。


「そんな卑屈キャラだっけ?」


「いや、突然の事で頭が混乱してるだけだ⋯⋯別にネガティブになってるわけじゃない」


「そっか⋯⋯それならよかったよ」


 ちょうど紅浦が言うと、運転再開のアナウンスがして、ゴンドラが動き出した。

 とりあえずお漏らしする事は無さそうで安心する反面、喪失感が胸を締め付けた。

 観覧車を降りる前に、返事をするべきだろうが、どうも良い返事が思い浮かばない。

 いきなり告白をされても、紅浦のことをそんな目で見た事はないし、突然そんな気持ちが芽生えるかといえば、そんなことも無い。

 だが断るにしてもどうすれば関係を変えずに終われるか分からない。

 そもそも、紅浦が勇気を振り絞った視点で、つい先刻までの関係からは、大きく変化しているのかもしれないが。


「返事は別にいいからね。これは⋯⋯私が伝えたかっただけだから⋯⋯」


 俺の内心を見透かしたかのように、紅浦はそっと手を添えるかのように言った。


「ごめん」


「どうして業平が謝るの。でも⋯⋯ちょっとは勝算があったんだけどなぁ」


 そう言うと紅浦はいつもの無邪気な笑顔になった。


「こう言っちゃ悪いが⋯⋯自分でエロ小説書いてるやつを好きになるのは同レベルの変態だけだと思うぞ」


「そ、それはたしかに⋯⋯じゃ、じゃあ頑張って下ネタ控えたら好きになるかな?」


「うーむ⋯⋯下ネタがないとお前じゃ無い気がするからそれもちょっとな」


「なにそれっ!? じゃあ私ノーチャンスってこと!? ていうか業平も下ネタ好きじゃん!」


「本能的に下ネタが嫌いな男子なんていないんだよTPOだけ考えろTPO」


 同時に笑い声が漏れ、ゴンドラの中を反射した。


「じゃあ、今まで通りで業平のこと振り向かせる方法考えるね」


「あ、ああ⋯⋯」


 やめてくれともどんどん来いとも言えず、中途半端な返事になった。

 もう時期観覧車が1周する。ここを降りたら、果たして俺はいつも通りに戻れるだろうか。

 1番最悪なのは、明久里か富山君に観覧車内で何かあったか詮索されることだ。


「ねえ業平」


「ん? どうした?」


「この事は恵梨にも碧山さんにも⋯⋯」


 紅浦は立ち上がると、人差し指を立てて俺の口元に添えた。

 その行為に、図らずも俺の心拍が上がる。

 俺の心臓に爆弾が仕掛けられていたら、この一撃でアウトだろう。


「内緒で頼むよ」


 喋ったら指に唇がさらに触れそうなので、黙って頷いた。


 紅浦が席に戻ってすぐ、下に到着し、クルーが扉を開け、緊急停止のお詫びをしていた。


 この後のことは、どこか夢見心地で意識がはっきりとしていなかったように思える。

 気がついた時には俺はバスに乗りこんでいて、隣の席には明久里ではなく何故か紅浦が居た。

 どうやら、明久里と志乃さんは観覧車内であの転生姉妹(クソゲー)の話で盛り上がり、一気に意気投合したようだ。


 紅浦の方はと言うと、俺を意識しているのか、妙にそわそわしながら、まだ動き出してもいないバスの、写り映えしない駐車場の景色を眺めながら、時々こっちを向いていた。

 学校に戻るまで、紅浦との会話はなかった。

 その代わり、時々前の座席から、明久里と志乃さんが俺にあのゲームの話を振ってきた。

 あのゲームのことは記憶から抹消したいはずなのに、この時はあのクソゲーが神に思えた。

 

 



いつも読んでくださり、ありがとうございます。

もしよろしければ、評価コメント等していただきたいと思っております。


本当に、お付き合いいただきありがとうございます。

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