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爆弾少女と遊園地 8

いつもより少し短いです

 厳密には、紅浦と志乃さんだ。

 ふたりがグルグルと遊星歯車機構を回しながら、悲鳴にも似た叫び声を上げている。


「明久里いぃぃ!?」


 俺は思わずカップの縁に手を付き、身を乗り出して叫んだ。

 酔えば心拍が上がるのかどうか知らないが、上がるとしたら間違いなく危険だろう。


「ど、どうした業平」


 富山君が戸惑った顔で俺を見たが、気にしていられない。

 キャッキャウフフしながら、回るカップ達の中でも明らかに群を抜いて自転しているひとつを指さした。 


「おいお前ら! そんなに回すんじゃない! 明久里が吐いたらどうするんだ!!」


 俺の声は聞こえていないのか、3人はこちらを見向きもしない。

 身を乗り出さないでというアナウンスが聞こえるが、今はそれどころではない。


「おい! 紅浦! 止めろ! そんなに回すな」


「えっ!? どうしたの業平!」


 やっと声が届き反応が返ってくるが、ふざけた様子でいる。

 紅浦はへらへらと笑いながら、回りすぎて目の焦点がぶれている。


「そんなに回したら明久里吐くから! やめろ! っ!」


 太腿に振動が伝わる。

 もう今日何度目だろうか。

 このままだと右の太ももだけ振動の力で痩せてしまいそうだ。


「えっ⋯⋯だ、大丈夫碧山さん!?」 

 

 紅浦と志乃さんは慌てて遊星歯車機構を抑え、自転を止めた。

 俺達のと同じくらいの回転に収まったカップを確認し、俺は安堵して乗り出していた身体を引っ込めた。


 しかし次の瞬間、何故か怒ったような明久里が紅浦と志乃さんの手を払い除け、勢いよく遊星歯車機構を掴んで回した。


「おおぉぉぉい!?」


 また勢いよくカップが回転し始める中、眉間に皺を寄せて俺を凝視して無言で何か訴える明久里の顔が、こちらを向く度に見えた。

 

「やめろぉぉぉぉ!」


 故郷を魔王に焼かれた少年のような俺の悲痛な叫びは、明久里には届かなかった。

 だが、知らない間にスマホの振動は止んでいた。


 俺は席に戻って、引き笑いしているふたりに見られながら、ポケットからスマホを取り出した。


 どうやら、さっきの振動はただのシステムアップデート完了のお知らせだったらしい。

 俺はお知らせ通知を指で払い除け、大きく息を吐いて項垂れた。


「ど、どうした業平」


「気持ち悪くなったのか? 大丈夫か?」


 ふたりが俺の事を心配してくれているが、俺は顔が熱くなりすぎて、ふたりの顔を見ることが出来なかった。

 ひとりで騒いで、恥ずかしすぎるではないか。

 俺の叫びは、この周囲に居る皆に聞かれただろう。

 被害妄想だとは思うが、富山君と西澤君も俺を揶揄するように目と口に笑みを浮かべているのではないだろうか。

 そして紅浦や志乃さんも、今頃あの高速で回転するカップの中、俺の方を見てにやにや笑ってるのではないだろうか。

 さらにさらに、係員のお姉さんや他の生徒や客も、俺を揶揄するように嘲笑しているのではないか。

 もはや自意識過剰としか言いようがない心配が止まらず、俺は両手で顔を覆った。


 このままほとぼりが冷めるまで止まらないでくれ。


 その願いは、数分後には打ち砕かれ、俺は震える足元を御しながら、コーヒーカップの外に出た。

 周りを見る勇気が出ず、俯いて前を行く富山君の足元を見ながら、建物から逃げるように去った。


「ほ、ほら業平。みんな待ってるぞ」


 知らない間に立ち止まっていたのか、富山君の足が視界から消え、かわりに西澤君が隣に立っていた。


「西澤君⋯⋯俺ちょっとひとりになっていいかな」


「いや、ダメだよ。せっかくの機会なんだから皆でいないと。待ってるしね」


「⋯⋯」


 俯いたまま瞼だけを上げると、すっかり爽やか潤滑油に戻っていた西澤君が、悪意の欠片もない爽やかな笑顔で俺を諭していた。

 そして物理的に背中を押され、ゆっくりと重い足取りで皆の元へ戻ろうとしたところ、先に集まっていた4人はどこかへ向かって歩き出した。

 

「観覧車乗りに行くよ」


 紅浦が俺達に伝え、そのまま4人の背中が遠くなった。


「⋯⋯このままいなくなっちゃダメ?」


「うんダメ」


 間髪入れずに否定されてしまったので、諦めて彼女達の背中を追った。


「しかし、業平はよっぽど碧山さんの事が大切らしいな」


「え?」


 何故か西澤君は足を早めず、わざと4人から距離をとるように歩いていた。

 彼の歩行に合わせていたため、俺達はいまふたりだけで歩いている。

 西澤君とは1年の時も同じクラスだったが、最低限しか話したことがなかった。

 

 そんな彼が今隣にいる。志乃さんが何故か彼に声をかけたことから始まった(よすが)だが、ほんの少し前までは考えられなかった。

 明久里が来るまでは、富山君と話し、漫画を読んで部活へ行き、時々紅浦から下ネタをぶつけられるのが日常だったのに。それが随分と変化している。


「たしか碧山さんって、ちょっと心臓が弱いんだったっけ」


「あ、ああ⋯⋯」


「あんなに必死に心配してて、驚いたと同時に感心したよ」


「心配ね⋯⋯」


 この変化をもたらしているのは、言わずもがな明久里という存在だ。

 あいつが突然我が家へ押しかけ、俺の親戚として同じ学校に通い、同じ家で暮らし、あいつに引っ張られるまま意味のわからないふざけた名前の部活まで始めさせられた。


「まあ確かに心配ではあるよ。何かあると死傷者が出るからね」


 顔にはてなマークを浮かべながら子首を傾げる西澤君を見て笑みが零れた。

 いつか秘密を誰かに伝え、その人に明久里を押し付けたいと思うが、果たしてそんな人はいつ現れるだろうか。


 観覧車は思いのほか人が並んでいた。

 まあ見たところ、だいたいは如何わしい関係の一般客や我が校の生徒達だ。

 男だけや女だけの客もいるが、そんな状態で観覧車に乗って楽しいのだろうか。

 もっとも、俺にだっていかがわしい関係の女子なんていないし、これが嫉妬だということは自分が一番よく分かっている。


 4人と合流すると、早速皆はどの組み合わせで乗るか話し合っていた。

 富山君と志乃さんは男女で別れたらいいんじゃないかと言い、紅浦と西澤君はジャンケン、俺と明久里は静観していた。

 俺的には男女で別れる方が精神衛生上よかったから、そっちに賛同しようとしたが、明久里に先手を打たれた。


「私はジャンケンでいいと思います」


 なぜ明久里ががそう言ったのか理解に苦しむが、それが鶴の一声となり、ジャンケンで決めることに決まった。

 富山君の顔が若干綻んだのを見逃さなかった。

 彼は男女別にと提案しながら、心の中ではランダムになることを望んでいたのだ。まさにむっつりだ。


 さっきあれほどグルグル回転してたのに、明久里は特に酔った様子もなく、いつもと変わらない様子でいる。

 もしかすると、さっき俺への当てつけのように自ら回転を強めたのは、自分をやわだと思われたことへの復讐だったのかもしれない。


「じゃあせーの、じゃんけん⋯⋯ぽん」


 紅浦の音頭で6人が手を出す。

 

 手を出した後に言っても後の祭りだが、こういう時は普通、グーチョキパーのジャンケンではなく、グーパーで組み分けをするべきだろう。

 それを提案しなかったせいで、綺麗に2人ずつに別れ、俺と同じパーに紅浦がいた。

 俺達以外は綺麗に男女に別れ、富山君の顔が僅かに曇った。


「やり直す?」


 俺が切り出すと、富山君は一瞬顔を晴らしたが、すぐに真面目な顔になった。


「いや、もう決まったんだからこれでいこうよ」

 

「ほんとに⋯⋯いいんだな?」


「えっ⋯⋯う、うん」


 富山君がそう言って、皆異存がないなら、俺は紅浦と乗るしかないのだろう。


「じゃあ私は業平とだね。変なことしちゃダメだよ?」

 

「⋯⋯」


 なんだか久方ぶりな気がしてならない紅浦のいつもの姿に、どこかホッとした自分がいたことが、不思議でならなかった。



 

 

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