爆弾少女と遊園地 6
「まあいいからさ、何食べるか決めようよ。西澤ももう大丈夫?」
俺と明久里の間に、不穏な沈黙が流れそうになったが、紅浦が吹き飛ばしてくれた。
「ああ、大丈夫。もう平気だよ」
西澤君はそう言ってまたスポーツドリンクを飲んだ。
「じゃあみんな何食べたい?」
改めて紅浦が言い、俺は何を食べたいか考えた。
学校から配布されたお食事券は千円分、千円を超えるなら自腹で払わなければならない。
ちなみに、お食事券は園内の飲食店なら何処でも使える。
つまり、このレストラン街に併設された様々なジャンルの料理を選ぶことが出来る。
「私は⋯⋯なんでもいいです」
「俺もなんでもいいよ」
俺が長考している間に、花咲さんと富山君がそう伝えたが、
「お前達は最低だ」
と声に出して言いたい。
ふたりは気を使っているつもりなのかもしれないが、この場合はとりあえずリクエストを言った方が纏まりやすいのだ。
世の中のお母さんが、番の献立についてなんでもいいとしか言わない旦那や子供達に憤懣を抱いていることを、このふたりは知らないのだろうか。
「私は、オムライスが食べたいです」
今明久里が正しい回答をした。
この場合、周りを下手に憚るのは悪手でしかないと、これでふたりにも分かってもらいたい。
「洋食か。俺もハンバーグとかかな」
さらに続けて、西澤君が素晴らしい答えを出した。
この場合、オムライスということでひとつの方針ができている。
そこにさらに洋食を畳み掛けることで、洋食屋に行こうと言う流れができる。
つまり、無駄に迷う時間が減少する。
多分、西澤君は本心でハンバーグが食べたい訳ではなく、明久里に合わせたのだろうが、この場合は流石としか言いようがない。
なんでもいいなんて安直な責任放棄でしかない発言をしたふたりに、西澤君の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
ていうか飲むべきだ。2リットルのペットボトルに注いで。
「洋食ね。いいね。業平はどう?」
紅浦も明久里達に同調し、最後に俺の番が回ってきた。
こうなれば、俺が発言するべき解答は簡単だ。
本当の意味で気を使う。つまり忖度すればよい。
「俺も洋食でいい」
これだけでいいのである。
同調や気を使うのと変わりはないが、無責任ではない。
指針がほぼ洋食屋に傾いているから、最後のひと押しをしただけだ。
「じゃあ洋食屋でいっか。ていうかちょうどここそうだし」
紅浦が向かいの店へ向く。
確かに、さっき紅浦が眺めていたガラスケースには、オムライスやハンバーグ、パスタといった料理が並んでいる。
「じゃあ入ろ」
と言って、紅浦が先ず店に入り、店員に人数を伝えていた。
後から冨山君達が続き、最後に俺と明久里が続いた。
「なあ明久里」
「⋯⋯どうしたんですか?」
「オムライスが食べたいって、あれ嘘だろ。原田達がいないこの店に確実に入りたかった⋯⋯そうだろ?」
歩きながら少し意地悪な質問をすると、明久里はパチクリと瞬きを繰り返した。
「⋯⋯どうしてそう思うのです?」
警戒の色を強める明久里に、俺は微笑みかけながら肩を叩いた。
「別に、ただQOS部の副部長として思っただけだ」
「⋯⋯そうですか。はじめさんにしてはいい推察です」
言葉を濁し、紅浦達が待つテーブル席の長椅子に座った。
明久里と向かい合わせになり、隣には西澤君が座っている。
ちょうど男女それぞれ3名が対面し、一瞬だけだが合コンをイメージしてしまった。
変態と性格悪い女子と普通の子、そんな合コンは御免こうむるのだが、傍から見たら、これは羨ましがられる状況だろう。
客観的に見たら、イケメン西澤君の付き人の俺と富山君が、美少女達と席を同じくしている構図だ。
「お冷ですどうぞ」
そんな俺の馬鹿馬鹿しい妄想は、店員さんがお冷を持ってきたことで終了した。
透明なグラスの中の水を軽く飲み、テーブルにふたつ用意されているメニュー表が広げられるのを確認し、目を向けた。
ハンバーグやパスタ、オムライスにピザ、老若男女に人気のメニューはずらりと網羅されている。
俺は本当に昼食はなんでもよかったので、とりあえずマルゲリータピザを注文した。
────
「それで、昼からはどうする?」
届いた料理をそれぞれ食べ始めながら、紅浦が皆に尋ねた。
なんだかずっと、紅浦がこのグループのリーダーみたいになっている。
別に班長がいたりするわけではないが、紅浦がまともだと認識する度、脳が披露する。
紅浦はステーキセットの大きな肉をナイフとフォークで切り分けている。
かなり食事券の代金をオーバーしているが、さてはこいつブルジョアか。
「俺はとりあえず、もう激しいのはいいかな。よかったら業平と碧山さんと一緒に回らせて欲しい」
ハンバーグに添えられたポテトを飲み込むと、西澤君は確認を取るように明久里に顔を向けた。
「かまいませんよ。私もはじめさんとふたりはもう飽きていたので」
「なんでそんな言い方するんだよ⋯⋯」
宣言通りのオムライスを口に運ぶのを中断して答えると、スプーンからホワイトソースが器の上に零れた。
明久里と卵という組み合わせを見ると、最初家庭科部に来た時の嫌な思い出が蘇る。
だから俺は、毎朝弁当に入れる卵焼きを作るのは本当は嫌なのだが、弁当には卵焼きという日本人に刷り込まれた固定概念に抗えずにいた。
「俺ももう絶叫はひと通り乗ったし、もういいかかな」
「私も⋯⋯できれば皆さんで回れたらと⋯⋯」
富山君はペペロンチーノにタバスコをかけながら、花咲さんはジェノベーゼをフォークで巻きながら言った。
それにしても、富山君とは1年と少しの付き合いになるが、今日1日で絶叫系が好きで辛党という、新属性を見つけてしまい、驚いている。
「じゃあせっかくだからみんなで回ろっか。その方が楽しそうだし」
紅浦が意見をまとめながら、肉を頬張った。
午後は明久里の世話役を花咲さん辺りに任せられそうで、肩の荷が降りる。
このメンバーといるなら、明久里の心臓が昂ることも恐らくないだろう。
これは少々意外なことだが、西澤君というクラスの人気者を近くに置いても、明久里は平然としている。
でもよく考えてみると、俺は明久里の嗜好なんて知らないのだ。知っていたら逆にちょっと気持ち悪い。
ところで、俺が頼んだマルゲリータはまだだろうか。
皆が先に食事をするのを眺めながら、水をちびちびと飲んで場を濁していたが、そろそろ来て欲しい。
まあ、ピザがオムライスやパスタより時間がかかるというのは、分からなくもない。
きっとここは、注文が入ってから生生地に具材を乗せ、オーブンかなにかで焼き上げるのだろう。
だからパスタやオムライスより時間が掛かるのは分かるし、ハンバーグも先に形を整えて冷蔵庫にしまっておけば、ピザより早く提供できるだろう。
だが、紅浦が頼んだステーキセットより遅いのは、如何せん癪に障る。
熱々の黒い鉄板を熱し、別のフライパンで肉を焼いて鉄板に乗せるタイプのステーキだが、紅浦はご丁寧にライスとサラダとスープまでつけている。
更には関係ないが、ドリンクのオレンジジュースまで。
それら全てが俺のピサより先に届くとはどういうことだろう。
まさか今ピザ窯を温めているのだろうか。
そんな中々考えにくい思考が巡る中、明久里がオムライスを半分ほど食べ終えた頃、ようやく俺のピザが届いた。
ただトマトソースの上にモッツァレラチーズを乗せ、生バジルの葉を8枚、円を描くように中央部に乗せただけの、至ってシンプルなマルゲリータだ。
皿に付属していたピザカッターでピザを8等分に切り分け、1枚口に運んだ。
噛んだ瞬間、瑞々しいトマトのフレッシュな香りと酸味が口に広がり、それらを包むようにチーズが後から味蕾を刺激し、最後に生バジルの芳香が口の中を爽やかにしてくれるだけの、ただ普通に美味しいピザだ。
これなら、多少時間がかかっても仕方ないのかもしれない。
イタリアンチェーン店なんかで出てくるマルゲリータとは味が違う。
俺は1枚目を飲み込み、すぐさま2枚目に手を伸ばした。
「あ、業平のピザ美味しそう」
ステーキの付け合せのグリーンピースとコーンのバター炒めをフォークですくって食べながら、紅浦が物欲しそうな顔で俺のピザを捉えた。
「ねえ業平」
「嫌だ」
「いやまだ何も言ってないけど!?」
紅浦が何を言わんとしているかくらい、迷子の悠斗でもわかる事だ。
「まあいいや。1枚ちょうだい? 肉あげるから」
先手を打って拒否したのに、無視して突っ走ってくるのは、紅浦の魅力と言えるのだろうか。
紅浦はフォークに突き刺した肉を持ち上げなら、俺に見せた。
「やだよ⋯⋯別にいらないし。ていうか肉ひと切れとピザ1枚って釣り合ってないだろ」
「じゃあ特別、碧山さんのあーんも付けちゃおう」
「はい?」
俺より先に明久里が反応し、顔を顰めた。
苦虫を噛み潰したような顔をしているが、そんなにも嫌なのだろうか。
別にしてもらいたいなんて一切思ってないが、そこまで拒絶されると傷つく。
そうなると、俺も強がりたくなってしまう。
「なんでお前じゃなくて明久里なんだよ。お前がしろよ⋯⋯」
「えっ⋯⋯な、業平!?」
不意にまろびでた言葉をそのまま口にすると、紅浦が固まった。
紅浦だけではない。花咲さんも明久里も瞠目しながら食事の手を止め、西澤君は俺を見ないようにニヤニヤとしながら、働きアリのようにハンバーグを口に運んでいる。
この場で最も動揺し、口を堅く閉じて見開いた双眸で俺を見つめる富山君は無視するとして、何故こうなったのか。
「あ、うん⋯⋯そうだよね。わかったよ」
あからさまに焦った様子で、紅浦は対角線から、皆の前に身を乗り出し、震えた手で肉を刺したフォークを俺に突き出してきた。
その顔は恥ずかしさからか、薄紅色に染まり、口を真一文字に結んでいる。
「え⋯⋯なにしてるんだ」
「た、食べさせるんだよ⋯⋯ほら⋯⋯食べてよ」
紅浦の手が震えを増し、明久里の脈拍が危険水域に達した時の俺のスマホみたいになっている。
と考えていると、まさしく紅浦の腕と同じように、ポケットの中のスマホが震えだした。
赤面する紅浦から目を逸らし、顔はそのままで明久里に目を向けると、少女は俯いていた。
まさか、この罰ゲームとしかいいよいがない光景が恥ずかしくなり、心臓が荒ぶっているとでもいうのだろうか。
「ほら、早く食べてよ」
「いや⋯⋯そんなに恥ずかしがるならしなくていい⋯⋯1枚あげるから⋯⋯な?」
「もうっ⋯⋯それじゃあ気が収まらないから早く食べて」
恥ずかしそうにしながら、さらに紅浦が腕を伸ばす。恥ずかしいならやめたらいいじゃないか。そんなにマルゲリータが食べたいのか。
俺としては、こんな光景をグループの皆に見られたくないし、ほかのクラスメイトにも見られたくない。
もし目撃された、明日から変な噂が立てられるだろう。
だが、鳴り止む気配がないスマホの振動を止めるためには、この恥辱を乗り越えるしかないようだ。
出なければ紅浦は引かないし、明久里も落ち着かない。
俺は目を閉じ、紅浦が突き出したフォークの先端に向かって口を開いた。
冷たい金属部位がまず口内に触れ、その後暖かな肉に触れる。
引き抜くように顔を後ろに下げながら、刺さった肉をいただく。
噛みごたえがあり、肉の旨味をダイレクトに感じられる中々いい味だ。
「あ⋯⋯た、食べたんだね⋯⋯」
引き笑いを顔に浮かべた紅浦は、フォークの先端を見ると、席に戻った。
桜色の頬が徐々にいつもの色に戻っていく。
そして、いつ熱くなっていたのか知らない俺の顔からも、急速に熱が冷めていった。
明久里を見ると、若干まだ俯いたまま、小さなひと口でオムライスを食べていた。
いつの間にか、スマホの振動は止まっていた。
どうやら、明久里はかなり純朴で清純な精神を持ち合わせているようだ。




