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爆弾少女と遊園地 5

「もしもし?」


「業平今どこにいる?」


「どこって、入場ゲートのすぐ近く」


「わかった⋯⋯それじゃあレストラン街で合流しようってさ」


「おっけー、わかったよ」


「じゃあまた後で」


 電話が切れ、スマホをポケットに片付ける。


「レストラン街で合流しようってさ」


「そうですか。わかりました」


 明久里は立ち上がると、そのままの流れでレストラン街に向かって歩き始めた。

 そういえば、ついさっき悠斗達親子も向かったはずだ。もしかしたらまた会うかもしれない。


「お昼何食べたい?」


 早足で隣に並んで尋ねる。

 生徒全員には、千円分のお食事券が配布されているが、千円ではせいぜいカレーかラーメンかうどんくらいしか食べられないだろう。

 それより高価な物を食べたければ、身銭を切るしかない。


「なんでもいいです。皆さんと同じで」


「お前食べ物の好き嫌い無いもんなぁ。助かってるけど」


 と言っても、アレルギー以外で好き嫌いを我が家で言っても、対応するつもりは毛頭ないのだが。


「まあ私も苦手な食べ物はありますけど」


「なんだ? まさかシュールストレミングとか言わないだろうな」


「蛙とワニです」


「⋯⋯心配するな。少なくとも我が家で出ることはない」


 予想の斜め上の答えが返ってきた。

 やはり、海外にいただけあって、俺の知らない食材も多く口にしているのだろう。

 しかも、あの父と一緒にいたのだ。

 父さんなら、どんな食材も食卓に出されたらとりあえずは食べてみるだろうから、それに巻き込まれてしまったのだろう。


「でも、蛙って上手いんだろ? なんかよく鶏肉見たいって言うけど」


 好き嫌いの話を続けると、明久里は眉間に皺を寄せ、泣きそうな顔で口をすぼめた。

 俺のズボンのポケットから、振動が身体中に伝わる。

 間違いなく、明久里が蛙を思い出して怒っている。


「あれは味じゃないんですよ⋯⋯見た目と蛙という名前とあれが蛙であるという事実が問題なんです⋯⋯」


 振動は続いているが、危険水準にはなりそうもない。ただほんの少し、心が乱れてるだけだ。


「なるほど、昆虫は食べたことあるか?」


「はい。何度か」


「昆虫はどうだった?」


「あれは別に⋯⋯可もなく不可もなくです」


「ただ蛙が嫌いなだけか⋯⋯」


 蛙から昆虫へ話題が変わると、俺の太ももを震わせていた振動が止んだ。

 虫や生き物全般が弱点だと思ったが、そうでは無いらしい。


 ていうか、食事前に俺達はなんの話しをしているのだろう。

 蛙やコオロギ、カブトムシの幼虫といった日本では珍しい食材が、頭の中に浮かび、食欲が僅かに減退した。


 レストラン街には我が校の生徒達がそれなりに集まってきている。

 何故みんなバカ正直に最繁時にやってくるのか。 

 レストラン街は開園中はずっと開いてるのだから、時間をずらしてもいいじゃないか。


 といいつつも、俺達もその混む時間に来ているのだが。

 俺と同じく、何かを考えるわけでも、常識を疑うこともなく、このお昼の時間を選択した4人が、別エリアからやってくる。


 俺達に気がついた紅浦が手を振った。

 1番左側にいる紅浦の隣に花咲さんがいて、そのさらに隣には、富山君に肩を抱かれて介助されている西澤君が居た。


「ああ、やっぱりだめだったか⋯⋯」 


 俺は額を抑えながら、なぜ西澤君を無理にでもこちらに誘わなかったのかと自責の念に駆られた。

 俯いた西澤君の顔からは精気が消え、何故か目元を覆う黒い影のようなものが見える。

 引き摺られるように歩いている彼は、ほとんど体に力が入らないのか、介護している富山君も辛そうにしている。


「お待たせふたりともー」


「いや、西澤君どうしたんだよ」


 元気はつらつといった様子で紅浦は駆け寄って来たが、西澤君の事が気になって仕方ない。

 今も富山君に引かれ、花咲さんに見守られながら、緩慢な足取りでこちらへ向かっている。

 だが顔は俯いたままで、果たして俺達の事に気がついているのかどうか。


「あー、西澤はね。私と富山に付き合ってジェットコースター周回してたらああなったの。面白かったんだよ。3回目の時⋯⋯」


 ふふふと口元を手で抑えながら、紅浦は思い出し笑いをし始めた。

 

「ああなる前に止めろよ⋯⋯さすがに可哀想だ」


「えー、でも。西澤が自分で乗るって言ったんだよ? 私達何も言ってない。花咲さんも2回目からは見学してたしね」


「西澤君⋯⋯なんでそこまで⋯⋯」


 西澤君の行動原理が理解できない。

 彼は、ノーと言えない人間では無いはずだ。

 俺の知る限り、クラスメイトとの人間関係は良好だし、テニス部でも期待の星だと風の噂で聞いたことがある。


 俺は紅浦の横を通り過ぎ、西澤君達の元へ向かった。

 花咲さんと富山君が足を止め、俺を見ている。

 俺は西澤君の隣に立ち、腕を持ち上げて肩にかけた。

 ふたりで運べば、富山君の負担も軽減されるはずだ。


「ありがとう業平」


「いや、気にしないで。それより大丈夫か西澤君⋯⋯」


 富山君のお礼に返事をし、西澤君の顔を覗く。


「うぅ⋯⋯業平⋯⋯すまん⋯⋯」


 俯いて目を閉じたまま、今にも消え入りそうな声で西澤君は言った。

 なんだか、なにかの原因でもう余命幾許もない人のような声の重みを感じた。

 

「どうしてこんなに無茶したんだ?」


「⋯⋯せっかくの⋯⋯機会だからね⋯⋯皆との⋯⋯」


 言葉はそこで途切れ、西澤君はおえっ、とえずいた。

 まさかこのままリバースするのではと、俺と富山君はほぼ同時に腕を持ったまま距離を取ったが、その心配は杞憂だった。

 西澤君の呼吸は安定し、ゆっくりと瞼を上げた。


「ほんとごめん⋯⋯ふたりとも⋯⋯」


 やや精気が戻った声がする。

 何となくわかってきたが、恐らく西澤君は西澤君なりに、変わり者と友達少ない奴らの集まったこのグループで、さらなる人間関係を構築しようと模索していたのだろう。

 彼の場合、そこに打算や虚構なんてない。

 本当に純粋に、俺達と仲良くなるため、無理して付き合ってくれたのだろう。


 だが俺は声に出して言いたい。


 富山君ならともかく、紅浦と仲良くなってもいい事なんて絶対ない。


 それにしても、友達を作りたいと言っていた花咲さんは、自分のペースで行動出来ているらしい。

 まさかクラスの潤滑油が不器用で、友達いないぼっち少女が器用だなんて、誰が予想できただろう。


「大丈夫ですか西澤さん」


 西澤君を明久里と紅浦の前に連れてくると、明久里が労わるように西澤君に目線を合わせた。


「ああ、大丈夫⋯⋯だよ⋯⋯ありがとう⋯⋯碧山さん⋯⋯」


 言い終えた瞬間、首がガクッと折れ下がる。


「おい、なんか主人公に言葉を託して死んでいく人みたいになったぞ今⋯⋯」


「はじめさん、こんな時に冗談やめてください。とりあえず、あの室内にベンチがありそうなので、西澤さんを座らせてあげましょう。私は飲み物買ってきます」


 怒られたかと思うと、明久里はハキハキと語りながら、近くの自販機に向かった。

 急に饒舌になったことに驚きながら、俺と富山君でレストラン街のベンチに西澤君を座らせた。

 ぐったりと体を反った西澤君の胸部が膨らんだかと思うと、勢いよく口から空気が噴射され、横隔膜が収縮した。


「どうぞ」


 すぐに明久里がスポーツドリンクを持って来た。

 何故か俺に手渡され、西澤君の頬にペットボトルを密着させる。


「あ、ありがとう」


 顔を震わせた西澤君は、片手でペットボトルを掴むと、しばらく頬に当ててから、一口飲んだ。


「ふぅ⋯⋯生き返る」


 顔に正気が戻り、口角が上がった。

 それにしても、よくリバースしなかったものだ。

 もしリバースしてたら、潤滑油であり人気者の西澤君は、明日から俺達の仲間になっていただろう。


「あ、西澤。どうしたの? 大丈夫?」


 レストラン街にやってきたクラスメイトが俺達に気づいて声をかけてくる。

 厳密には、俺達の存在はほとんど無視し、西澤君に向かってるのだが。

 いわゆるカースト1軍と呼ばれる男女達が、俺達の前に立った。

 

 なんと言えばいいのか、いわゆるカースト1軍と呼ばれる連中は、その場にいるだけで空気が引き締まる。

 下手な発言や行為は見せられない。そんな緊張感が生まれる。

 これは俺が対人関係不得意だからなのか。

 同じく不得意そうな花咲さんや明久里、富山君も緊張の面持ちで見守っている。

 ただひとり、変わり者で女子から疎まれがちな紅浦だけは、向かい側の飲食店のガラスケースの奥にある食品サンプルを眺めている。


 こういう精神の強さが、サッカーや文学で発揮されるのだろうか。妙に腹が立つ。


「ああ⋯⋯原田達か⋯⋯大丈夫。ちょっと酔っただけ」


「ほんとに? 明らかにやばそうだけど。先生呼んでこよっか?」


 原田という女子が一瞬俺を睨みつけた気がした。

 人気者で友人である西澤君がこんなことになって怒っているのかもしれないが、残念ながら俺は無罪だ。


「大丈夫大丈夫⋯⋯すぐ良くなるから」


 西澤君が手を振りながら答えると、原田の後ろにいた者達も、それぞれ俺達を睨むように見た。

 それはほんの刹那的な時間だったが、今もガラスケースの前で食品サンプルを見ている紅浦に対して振り向いた女子だけ、ずっと睨み続けている。 


 ガラスケース越しに紅浦がその敵意に気がついているのかは分からない。

 ただ、その女子の内心は、西澤君をグロッキーにさせたことより、紅浦が西澤君と同じグループにいることへの嫉妬心の方が強く含まれて居そうだ。


 紅浦は何も感じないのだろうか。それとも視線に気がついていないのか。それとも彼女の鋭い眼光を認知していないのか。

 メンタルが強いというかなんというか、花咲さんなどは蛇に睨まれた蛙のように肩を窄め身を小さくしている。

 まあそれはそれとして、よくそのメンタルで西澤君を誘えたものだと疑問が生まれるのだが。


「じゃあ、私達行くから」


 原田は俺達を一瞥すると、仲間を連れて立ち去っていった。

 しばらくして、花咲さんが胸の前で手を握りながら大きく息を吐いた。

 凍りかけた空気にヒビが入るような、そんな一息だった。


「まるで私達に八つ当たりしてるみたいでしたね⋯⋯あの人達⋯⋯」


 明久里が、男女が過ぎ去った方を見ながら吐き出した。

 その顔には憤懣が現れている気がした。

 たしかに、明久里も俺と同じく濡れ衣を着せられただけだから仕方ない。


「すみません⋯⋯私達のせいで⋯⋯」


 花咲さんが申し訳なさそうに首をすくめた。


「いや、花咲さんのせいじゃないよ。とりあえず紅浦が悪い。うんそうしよう」


 俺がそう言うと、西澤君以外の皆が高裏に顔を向けた。

 さすがに4人の視線には気がついたのか、振り返ると、あからさまに顔を引き攣らせながら苦笑いした。


「あはは、ごめんごめんって」


 実はさっきの視線に気が付かなかったのではなく、気づかないフリをしていたのだろう。


「まあ⋯⋯俺が悪いんだけどね」


 少し回復したのか、西澤君が体を起こした。


「はい。その通りですね」


「明久里!?」


 皆が気を使う中、風を切るようにハッキリと言い切った明久里に、俺は首を旋回した。

 

 

 




  

 

 


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