爆弾少女と遊園地 4
「どうしたの」
俺が明久里の背後に立つと、明久里は子供の目元をハンカチで拭っていた。
少年の怯えた目が、俺を見上げる。
これは俺を怖がっているのか、はたまた迷子になっているからなのか。できれば後者であってほしい。
「パパと⋯⋯ママが⋯⋯うぅ⋯⋯」
子供は顔を真っ赤にし、嗚咽しながら説明しようとしている。
涙をふき取ったハンカチをポケットに戻すと、明久里はそっと子供の頭を撫でた。
「大丈夫、落ち着いて」
明久里の言葉に安心したのか、嗚咽が止まり、目を擦って頷いた。
「トイレに行ってたら⋯⋯パパとママいなくなった⋯⋯」
「そう⋯⋯じゃあお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒にパパとママを探しましょう」
後ろ姿からでも、明久里の子供に対する慈しみや母性に似た何かが垣間見える。
「うん」
子供は今一度頷くと、顔を上げて俺を見た。
明久里に指名された以上、俺も知らぬ顔をするわけにはいかない。
明久里の隣でしゃがみ、子供と目線を合わせて笑顔を作る。
「一緒にパパとママを探そう。君の名前は?」
「悠斗⋯⋯」
できる限り声のトーンを柔らかく、高いものにしながら言葉を発すると、悠斗がそれに応えてくれた。
「そうか。よろしくな悠斗君」
涙で濡れた手を取り、軽い握手をすると、か細い力で握り返してきた。
「よし、じゃあ行こうか」
手を握ったまま立ち上がろうとすると、悠斗の手が開かれ、するりと滑り落ちた。
そのまま小さな手は、新たに明久里が差し出した手に収まった。
明久里の手を握った悠斗は、嬉しそうに彼女を見あげ、明久里はそれに笑顔で返した。
「ではどうしましょう」
「とりあえず、迷子センターに向かえばいいんじゃないか。途中で親が見つかるならそれでいいし、見つからないなら係員に任せよう」
「そうですね。で、迷子センターはどこに?」
「多分⋯⋯入場ゲートの近く?」
迷子センターの場所なんて気にもとめたことないが、間違いないはずだ。
子供を保護できるような施設があるとすれば、入場ゲート横か、レストラン街くらいだ。
「まあ、とりあえず行きましょうか。悠斗さん」
「うん」
明久里と悠斗が歩き出し、俺もその後に続いた。
ふたりの後ろ姿を見ていると、心が和む。
それと同時に、親らしき人物が居ないか周りを探すが、我が校の生徒ばかりで、一般客の姿がそもそも少ない。
そして、俺達に奇怪な目を向けてくる生徒の視線が辛く、俺は悠斗に歩幅を合わせてゆっくりと歩く明久里の足元を見ながら進んだ。
「悠斗さんはパパとママと3人で来たのですか?」
道中、明久里が声をかける。
「うん。そうだよ」
いつの間にか完全に明久里に心を開いていた悠斗が、快活に答えた。
やはり、最初に自分を助けてくれたというのが大きいのだろうか。それと、明久里は容姿はいいという所が。
特に、この少年にとって明久里は、自分に手を差し伸べてくれた綺麗なお姉さんでしかない。
ぶっちゃけ、既に初恋のひとつくらい奪ってそうだ。
メインゲートのあるエリアまで戻ってきたが、子供を探しているような人の姿は見当たらない。
もしかしたら、別の道からさっきのエリアに行ったのか、もしくは全く違う場所を探しているのかもしれない。
メインゲートの隣には、レンガ造りのお土産屋があり、メインゲートとお土産屋の間に、園の事務所が設置されている。
「とりあえず、園内放送でもしてもらいましょう。悠斗さん、ご両親が戻ってくるまで、いい子で待ってるのですよ」
明久里が言うと、悠斗の顔に不安が滲み出た。
親が来るまでの時間が不安なのか、明久里と離れるのが嫌なのか、どちらかは分からないが、その時間が辛いという気持ちは分かる。
俺にも覚えがある。
遠い昔、遊びに来た親戚のお姉さんと別れるのが嫌で、顔を泣き腫らしたものだ。
「よし、ついてこい悠斗君」
俺は返事を待たず、キッチンカーに向かって駆け出した。
「どうしたんですかはじめさん」
後からついてきた明久里が口を開く。
俺は悠斗の前で腰を下ろした。
「パパとママが来るまで、何か食べて待とう。お兄ちゃんが好きな物買ってあげるから、選んでいいよ」
悠斗は空いた方の手の人差し指で口元を抑えながら、キッチンカーの前にある三角看板を見つめた。
「⋯⋯これ」
何を買うのか決めるのに、時間はかからなかった。
悠斗が指さしたのは、このキッチンカーで最も高級な、田山アイスというものだった。
宣伝写真では、青いカップにバニラアイスとチョコアイスが2段重ねにされ、その上にさくらんぼが乗り、下のアイスの周りを生クリームが囲む、なんとも贅沢なスイーツだ。
「う、うん⋯⋯分かったよ」
格好つけた以上、もう少し安いのにして欲しいとは言えない。
だがひとつ、確認しておくべきことがあったのを思い出し、それに一縷の望みをかけた。
「なあ悠斗君、ママやパパに、食べちゃダメって言われてる食べ物はあるかな? アイスもチョコも普段食べてる?」
そう。アレルギーの確認である。
これを飛ばしてよその子に食物を与えることはよくない。
「ないよ。チョコもアイスも大好き」
「あ⋯⋯うん。わかった」
望みは打ち砕かれ、俺は財布を取りだし、田山アイスを注文した。
財布からなけなしの小遣いが消費され、代わりに自分が食べる訳でもない、ふざけた名前のアイスが手元にやってきた。
「ほら、どうぞ」
「あ、ありがとう」
やはり子供だ。アイスを持つと、一気に顔色が明るくなった。
子供の笑顔が見れるならこのくらいの出費⋯⋯なんて思えるほど、俺の心は清らかでは無いらしい。
言葉には出さないものの、財布が軽くなった悲しみが胸に残る。
「じゃあ、俺は迷子がいるって伝えてくるよ」
「おねがいします」
近くのベンチにふたりを座らせ、俺は事務室に向かう。
「ああそうだ悠斗、苗字はなんて言うの?」
「加藤⋯⋯」
「おっけー、ありがと。あ、あと何歳?」
「4歳⋯⋯」
悠斗の頭を撫でると、少し嫌な顔をされた。
やはり、子供相手でも頭を撫でていいのはイケメンと美女だけのようだ。
事務室の扉にノックし、迷子が表にいることを伝えると、直ぐに係員さんが園内放送を掛けてくれた。
『迷子のお知らせをします。4歳の加藤悠斗ちゃんのお母様、お父様。悠斗ちゃんがお待ちです。至急事務所まで────』
そんな放送が、3回ほど響いた。
するとすぐに、慌てて走る夫婦の姿が遠くから近づいてきた。
「あ、ママ!」
その姿を確認した悠斗は、残り少ないアイスのカップを持ったまま、飛び降りるようにベンチから飛び出し、そのふたりに向かって走り出した。
「悠斗!」
声を震わせながら、母親が悠斗を抱きしめる。
親子の再会の時間だ。
何か親子で話しているようだが、ここからは聞こえない。
ベンチに座ったままの明久里の元へ行き、肩を叩いて労う。
「よかったな。すぐに見つかって」
「ええ、よかったです」
表情には表さないが、声は少し嬉しそうな明久里を見ていると、親子3人が近づいてきた。
「どうもありがとうございました」
まだ若い両親が、俺達に頭を下げる。
それを見て、悠斗もお辞儀した。
「いえ、お気になさらず。すぐに会えてなによりです」
座ったまま明久里は膝を閉じて言った。
「あの、それにこんな物も買っていただいて。あの、お代を」
母親が鞄から財布を取り出そうとする素振りを見て、俺は目を見開き、自然に口角が上がった。
だが、何故か明久里が手で母親を制止した。
「いえ、それは悠斗さんへのプレゼントですので、気になさらないでください」
なんでお前がそんなこと言うんだと、吐き出しそうになった言葉を飲み込み、俺は黙ってやり取りを見守った。
「いえ、ですがやはり⋯⋯」
と母親が言うと、そのまま財布を取り出し、実際の料金より少し高い紙幣を取り出した。
「どうぞ。お礼と思って受け取ってください」
「そうですか⋯⋯では」
と言って明久里は両手でお札を受け取り、そのまま膝の上に手を置いた。
「ほんとうに、本当にどうもありがとうございます」
「ありがとうございます」
両親はもう一度深く頭を下げた。
「悠斗さん、今度はママとパパに言わずにトイレに行ってはダメですよ」
「うん。ばいばいお姉ちゃん、お兄ちゃん」
悠斗は片手で母の手を握り、もう片方でアイスのカップを持ったまま笑った。
「はい。さようならです」
「じゃあな」
悠斗に手を振ると、親子は振り返ってレストランの方へ歩いていった。
悠斗は何度か振り返りながら母の手を離し、俺達に手を振った。
その手に、親子の姿が見えなくなるまで応え続けた。
親子の姿が、ガラス張りのレストラン街の建物の中へ消えていき、俺は明久里の隣に腰を下ろした。
「おい、その金は俺のだぞ」
「⋯⋯そんな言い方しなくてもお渡ししますよ」
明久里は人差し指と中指で挟んだ紙幣を、ぶっきらぼうに手首を返しながら差し出した。
「なんで渋々なんだよ⋯⋯お釣り分位は後で奢ってやる」
「お釣り分ならはじめさんの奢りにはならないのでは?」
「⋯⋯たしかに」
そんなやり取りをしていると、俺達の後方から拍手が鳴った。
様子としては、ひとりの人が高速で拍手している。
「いやあ。おふたりともお見事」
拍手の音が近づくのとともに、俺達の隣に、白黒の鉄線模様のシャツにブラウンの上着とジーンズ姿の山本先生が現れた。
先生は拍手しながら、満足気に微笑んでいる。
俺達の行動をどこかから見ていたのだろう。
でなければただの不審者だ。
「先生、見てたんですか」
「うん。ここにあの子を連れてきた時からね」
「結構見てたんですね⋯⋯」
ならあんたも来いよと言いたかったが、きっと先生は俺達が自分達で何かを成す所を見守っていたのだろう。
「流石私の生徒達だね。先生感動しました」
「いや、先生の教え子なら謝礼でも貰い⋯⋯」
「ん? なんか言った??」
先生の眼鏡の奥が俺に語り掛ける。
言うのはいいがその後どうなるかは分からないぞと。
「⋯⋯いえ、なんでもないです」
完全にギャンブルで鍛えた勝負師の目をしていた。
その毒牙に飛び込むほど、俺は無謀では無い。
「ところで、他の子達は?」
話は変わり、先生は明久里の隣へ腰を下ろした。
「私が絶叫系は乗れないので、皆それに。はじめさんはその付き添いです」
「なるほど。それにしてもふたりとも仲良いね」
今はただの感想として先生は呟いているが、考えてみれば、この人は俺と明久里の住所が番地まで同じことを何時でも知れるし、なんなら既に知っていてもおかしくないのだ。
教師だから何も無いだろうが、変な詮索をされてもおかしくは無い。
「なーんかね。せっかくクラス毎にグループ作らせたのに、男女ふたりで行動してる生徒が多くて、全くけしからんですよ。そうでしょっ!?」
どす黒いオーラを滲ませながら、先生は語気を強めた。
「いや知りませんよ。それに、妬かなくても先生には恋人がいるじゃないですか。ギャンブルっていうお金のかかるヒモ彼氏が」
「やめてっ!? こないだの負け思い出して辛くなるからやめて!?」
先生は頭を抱え、蹲りながら嘆いた。
まさか、月末の給料をもう使い込んだのだろうか。この人のことが心配になる。
「まあいいんじゃないですか。どうせ高校での恋人なんて、ほとんど別れますし。きっと今日逢い引きしているあの方達は、いつか今日の日を思い出して苦い顔をするのですよ。クラスメイトとの友情より一時の愛を選んだ愚か者として」
嘆く先生を見下ろしながら、明久里がとてつもない毒を吐く。どう考えてもやっかみが混ざっている。
「そ、そうだよね。そうだよ。みんなもっと真面目にこの校外学習の意味を考えるべきだよ。うん、碧山さん今凄くいいこと言った。さすが部長だよ」
先生は顔を上げると、ぱあっと明るくなり、明久里の背中を溌剌と笑いながら叩いた。
「じゃあふたりとも。先生はもう行くからね。ふたりも皆と友情を深めるんだよ」
先生は立ち上がると、軽快な足取りで離れていった。
感情の起伏が激しすぎる。あれでは絶対、対人型の勝負では勝てないだろう。
いや、あの先生に負けたカモがここに居た。
お行儀よく座る明久里を見ていると、スマホが振動した。
その振動は、明久里の心臓が危険な時のものとは違い、長く続いた。
電話でも来ているのだろう。スマホを手に取り、富山と画面に書かれた下に、応答、拒否の二択が現れたのを見て、応答を押してスワイプした。




