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爆弾少女と遊園地 2

「お空⋯⋯きれい⋯⋯」


「まさか業平がいきなりダウンするなんてね」


 俺はフリーフォールの傍のベンチに座りながら、富山君が自販機で買ってくれたスポーツドリンクを額に押し当てた。


 空が揺れている。


 もし世界を滅ぼす悪魔が現れるなら、前兆は空が揺れるところから始まるだろう。

 そうして空に空間を切断するような亀裂が入り、そこから悪魔が現れ⋯⋯いや、そらに亀裂が入ったらその時点で世界は終焉しているだろう。


 そんな少し遅れてやってきた厨二病みたいなことを考えながら、唾とともに吐き気を飲み込む。


 ひんやりと冷たいペットボトルが、頭を冷却してくれる。やれやれ、まさかいきなり気持ち悪くなるとは思ってもみなかった。


 俺は絶叫系が駄目というわけではない。

 どこの遊園地にでもあるようなじぇっとコースターなら乗れる。

 だが脳髄液と脳みそがシェイクされるかのような、上下に振られるアトラクションは苦手だった。

 考えてみれば、遊園地なんて中学の修学旅行以来だ。

 確かあの時はハムランドに行って、もっとファンタジーチックな乗り物に乗っていた。

 こんな人を苦しめる為だけに存在しているようなマシーンには乗っていない。、


「俺のことは気にせずどこか行ってくれ」


 目を閉じたまま、皆に聞こえるように声を張り上げた。

 その声すらも、遠くに聞こえる。


「う、うん。元気になったら連絡して」


 見なくても、紅浦が呆れているのは声色で判別できる。まさかいきなり気持ち悪くなるなんて、紅浦だけじゃなくて皆唖然としているはずだ。


「私はここに残ります。どうせ絶叫系は駄目なので、はじめさんが復活したらてきとうにどこか回ります」


 隣からそんな声がしたので、目を開いてみると、明久里がコーンのアイスクリーム片手に隣に座っていた。

 上から見た通り、明久里はクマかタヌキか分からない、丸い耳がついたカチューシャをしている。

 意外に遊園地なんかに来るとは浮かれるタイプなのだろうか。


「そっか。じゃあ業平のことよろしくね」


 いつもの紅浦なら、俺と明久里がふたりで残ることを茶化したりするはずだが、俺の脆さに驚き、そんな脆弱な男をいきなり絶叫マシーンに乗せてしまった罪悪感からか、おとなしくしている。


「ではすみません⋯⋯」


「じゃあとりあえず安静にな」


「無理するなよ業平」

 

 皆が声をかけてくれると、背中を向けて歩き出した。

 俺と明久里を残して4人の背中はどんどん遠くなった。

 額を冷やしていたペットボトルをベンチに置き、アイスを食べる明久里を見た。

 ただの売店で売ってる普通のバニラソフトだが、明久里はひと口ひと口舌を下から上に巻くように舐めている。

 まるで至福の時だと思っているのか、鼻の穴がヒクヒクしていた。


「どうしたんですか。そんなにジロジロと見て」


 俺の視線が気になったのか、食べるのを中断して、様子を伺ってきた。


「いや、そんなに美味しいのかなって」


 明久里はアイスに目を戻すと、こちらにアイスを差し出してきた。


「味見してみますか?」


「⋯⋯いいの?」 


「食べ過ぎなければ」


 ご厚意に甘えて、アイスに顔を近づけると、明久里はじっと俺を注視した。

 心配しなくても、そんなにもらうつもりは無い。

 俺は先端の細くなっている部分を口に含み、顔を離した。

 甘い。平均的なソフトクリームより随分甘みが強く、酔っている俺にはやや胸焼けする味だ。


「甘いな⋯⋯」


 明久里は甘いのが好みなのかと考えていると、ズボンのポケットに入っているスマホが振動した。

 富山君あたりからの連絡かと思ってスマホを手に取ると、画面に現れたのは、危険を知らせるメッセージだった。


「んぇ?」


 明久里は隣に居る。なにか心拍が上がる原因があっただろうか。それともただの一時的なものだろうか。

 様子を確認するため振り向くと、明久里はアイスを胸の前で持ったまま、俯いていた。


「どうしたんだ?」


 頬が若干桃色に染まり、横髪の後ろに見える唇が震えている。

 アイスを食べる前後に、なにか起因があっただろうか。


「ごめん」


 自分で食べたアイスの先端を見ながら、とにかく謝罪の言葉を発した。


「え?」


 明久里は僅かに顔をこちらに向けると、俯いたまま目を見開いた。

 澄んだ麗らかな双眸が俺の眼を見つめている。

 不意打ちをくらったようで、ついドキッとときめいてしまう。

 普段は忘れてしまうが、明久里で美少女あることは確かなのだ。


「いやその⋯⋯食べすぎたかなって」


 まだスマホの振動は止まない。

 俺としては、限りなく最小の量を口に含んだ筈だが、お気に召さなかったのだろうか。


「⋯⋯」


 無言の圧力が押しつけられる。

 

「⋯⋯はぁ。もういいです」


 嘆声が明久里の口から漏れた。

 その言葉の意味を察することは、俺の頭では難しい。


 だが、少し落ち着いたのか、スマホの振動は収まった。

 顔色もいつも通りになり、溶けかけのアイスを慌てて舐めながら、俺の膝辺りに着目していた。


「そういえば、スマホずっと鳴ってましたけど、電話でも来てるんじゃないですか」


「ああ⋯⋯いや、いいんだよ」


 アプリのことを明久里に知らせるかどうかは、今もまだ迷って決まらない。

 父が最初に伝えてくれていたら、どんなによかっただろう。

 今から、


「これは明久里の心拍を監視するアプリだ」


なんて言ったら、俺自身も恥ずかしいし、なにより明久里にとってはセクハラ同然だろう。

 言えば今日から我が家に軋轢が生じ、気まずい同居生活が始まるだろう。


 首を傾げながら、ハイスピードでアイスの上部分を平らげ、コーンに齧りつく明久里を見ていると、無邪気そのもので笑みが零れた。


 富山君が買ってくれたスポーツドリンクを飲むと、かなり酔いが落ち着いた。

 コーン平らげ、コーンに付属してあった店のロコが書かれた紙をくしゃくしゃと握る明久里を見ながら、俺は立ち上がった。


「よし、せっかくだからどこか行くか?」


「いいんですか。ふたりだけで」


「いいんじゃないか。どうせあの4人はしばらく絶叫系回るだろうし」


 多分、途中で西澤君がダウンするだろうから、その時は拾って3人で回るとしよう。


「ではせっかくですので」


 明久里は立ち上がると、スカートに付着していた食べかすを払った。


「じゃあどこ行きたい? どこでもいいぞ」


「ではあそこに」


 そう言って明久里は、紅浦達が向かった方向の隣の、子供や絶叫系が苦手な人向けの、アトラクションが集まる場所を指した。


「わかった。じゃあ一応連絡しとくか」


 スマホを取りだし、富山君にメッセージを打っていると、先に明久里は歩き出していた。 


『明久里と適当に回ってるから、こっちは気にしないで楽しんで。昼食の時は連絡おねがい。あと西澤君がダウンしたらこっちで回収するから』


 メッセージを送信し、早足で明久里に追いつく。

 コンクリートの地面と道の傍には、カラフルな花で彩られた花壇が、俺達が向かうエリアまで続いている。

 俺達と同じ方へ向かって歩く、同級生がちらほらと見られる。

 だが女子ばかりで、男は俺しかいない。

 一般客の男性はいるが、子供連れだ。


 そのエリアには、子供や老人でも楽しめるアトラクションが集まっている。

 メリーゴーランドやコーヒーカッのような定番に加え、フリーフォールの小さな子供向けバージョンや、小さなスリルの欠片もないジェットコースターなどがあった。


「じゃあどれに乗る?」


 アトラクションを物色する明久里に尋ねる。


「そうですね。ではあれに」


 と言って明久里が刺したのは、空中のレールを、自分達でペダルを漕いで進むサイクル型のアトラクションだ。

 漕ぐ乗り物には、様々な動物が描かれ、屋根や転落防止のための側面の壁がない。

 まあ、シートベルトはあるだろうから、転落の恐れはないだろう。


「わかった」


 そう言ってアトラクションに向かうと、ほとんど待つことなく、クマのイラストが書かれ、正面に熊の顔を象った乗り物に乗り込んだ。

 明久里を先に乗せ、隣に腰掛ける。

 ペダルはふたつだが、大人ふたりと子供ひとりが乗れるように、シートベルトはみっつ用意されていた。



『それでは楽しんでいってらっしゃい』


 手を振る女性クルーに、明久里が手を振り返す。

 何もしなくては本当に進まないので、とりあえず俺はペダルを漕いだ。

 乗り物自体が重いからか、ペダルもずっしりとしている。

 乗り場を出ると、地上数メートルの高さから、園内の姿がはっきりと写った。

 レールはこのエリアの外周をぐるりと回るように伸び、それなりの長さがある。

 

「おい、漕がないのか」


 進み出して少ししても、明久里は両足を鉄の床に置いたまま、ペダルに足をかけようとしない。 

 

「人に漕いで貰うのって気分いいんですよ」


「⋯⋯乗りたかったんじゃないのか」


「乗りたかったですよ。そして漕いでもらえたらと」


「⋯⋯さいですか」


 先程少しときめいた相手だが、やはり明久里は明久里だ。


「まあですが、せっかくなので」


 と言うと、結局明久里もペダルを踏み、足を回転させた。

 ふたりで漕いでも、速度はほとんど変化がない。

 子供向けなだけあって、制限速度がかなり低いのだろう。

 今も、かなりゆっくり漕いだ時の自転車くらいの速度で進んでいる。

 中間近くまで来ると、明久里はまた足を止め、口を開いた。


「あの、はじめさん」


「ん? どうした」


「さっきのあれ⋯⋯」


「あれ⋯⋯? ああ、アイスのことか? だから悪かったって」


「そうじゃなくて⋯⋯気づきませんか?」


「気づく?」


 俺は前方の木々を見ながら、ペダルを漕ぎつづけた。

 そこまで根に持つような量を食べただろうか、眉間を指で押さえながら、その時の映像を脳内で再生した。

 明久里が差し出したアイスを上から食べた。

 そう、明久里が舐めていたアイスを⋯⋯。


「あー⋯⋯」


 明久里が舐めていたアイスを食べた。

 つまり、何も意識しないうちに、関節キスしていたらしい。

 さっきは全く、その行為自体を認識せず、何ともなかったのに、いざ気がつくと恥ずかしくなる。


「まさかそれでさっき?」


 自分の顔が熱を帯びるのを感じながら、直視できない明久里を横目で確認した。


「はい。やってしまったと思ってました」


「⋯⋯あ、そういう⋯⋯」


 てっきり俺はそっち方向で鼓動が高まったのだと思っていたが、どうやらそれは思い違いらしい。

 仏頂面をした明久里の眼差しが、その心境を物語っている。

 俺の顔が、急激に冷めていった。

 


「じゃあ、改めて言うよ。悪かったな」


「⋯⋯そうじゃないんですよ」


 明久里はそっぽを向きながら、小さく消え入りそうなか細い声で呟いた。

 風が明久里の髪をなびかせた。

 晩春を過ぎた暖かい風が、先程冷えたばかりの頬をほんのりと温める。


 乗り物が一周するまで、俺と明久里の間に言葉はなかった。

 俺は明久里が最後に呟いた言葉の意味を考えながら、どこからか現れて園内を練り歩くマスコットキャラを眺めていた。 

 




 



  

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