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爆弾少女と遊園地

「さてはじめさん。いよいよ遊園地ですね」


 バスに戻る途中、気がつくと明久里の目は大きく開き、これでもかと冴えていた。

 たかが数十分の説教で、今までの夜更かしによる蓄積疲労が回復したのか、いつもよりやや睫毛が上向いている。

 声も弾んでいるし、鼻の穴も若干開いている。

 明久里が内心遊園地を楽しみにしていたことは確定だ。


「そんなに楽しみだったのか?」


「⋯⋯そんなことありませんけど」


 認めたくないのか、ムッと表情を引き締めるが、鼻は正直だ。

 口を閉じようとも、眉を引きしめようとも、鼻の穴は膨張している。


「別に隠す必要ないだろ」


「隠してなんか居ませんよ」


 先にバスに乗りこんだ俺は、明久里に窓側を譲り、後に続いた。


「お前の心理状態はできるだけ把握して起きたいんだがなぁ」


 座席にもたれ掛かりながら、バスに置きっぱなしにしてあった肩掛けバッグをペットボトルホルダーに掛けた。

 ホルダーの上、前の座席の上部から叩くような音がしたので見上げてみると、薄気味悪い笑みを浮かべている紅浦がいた。


「業平ぁ。今のは問題発言ですぞ。んんー?」


 何処ぞの下衆親父のような台詞を吐きながら、目を弧にしている。

 紅浦だけに限らず、他のクラスメイトも近くにいる中、迂闊な発言だったことは認めよう。

 紅浦に余計な疑念を抱かせないため、できる限りこの女版出歯亀から目を逸らさないように思考を巡らせるが、上手い言い訳が浮かばない。


「なにやらただならぬ間柄が推察されますなぁ。ねえ花咲殿」


「は、花咲殿⋯⋯?」


 興奮のあまり口調がおかしくなった紅浦に、花咲さんは当惑している。


「ほらそこ、ちゃんと席に着きなさい」


「はぁい」


 とここで、最後にバスに乗った山本先生の一言で、紅浦は座席に戻った。

 とりあえず助かったと言える。


 しかし、バスが動き出せば、また紅浦は今の話を蒸し返すだろう。

 俺は救いを求めるように明久里に焦点を当てたが、彼女はまるで俺なんて存在を認知していないかのように、まっすぐ座席の後部に取り付けられたアミポケットを触っていた。



「ねーえ、さっきのどういうことなのさぁ」


 果たして、紅浦の追求が始まる。


「あの⋯⋯私も⋯⋯気になります⋯⋯」


「花咲さんもかよ⋯⋯」


「すみません⋯⋯私なんかがでしゃばって⋯⋯でもさっきのは⋯⋯どうしても⋯⋯」


 紅浦にまさかの助っ人が加わり、ふたりは並んで座席の上部を掴み、鼻から上だけを覗かせている。

 先生はなぜこのふたりを注意しないのかと、通路から前方を確認するが、先生の姿は見えない。


「ねえ業平ー。どうしてただの親戚でしかない君が碧山さんの心理状態を知っておく必要があるんですかー??」


 もはや好奇心と悪意を隠すつもりがなく、薄ら笑みを浮かべては、鼻息を荒くしている。 

 そして花咲さんは前髪がかかった双眸で、食い入るように俺を凝視していた。


「ねえ花咲さん⋯⋯こいつと一緒にそんなことしてたら、友達できなくなるよ?」


「いいんです⋯⋯友達は数より質ですから⋯⋯」


 依頼に来て以降、花咲さんに対する印象がガラリと変化した。

 今までは大人しい人だとしか考えていなかった。

 しかしどうやら、ある程度話せるようになると、しっかりと自分の意思を伝えるタイプらしい。

 少しだけ⋯⋯というかかなり明久里に似ている気がする。

 だが今日まで、花咲さんが隣にいる爆弾娘のような毒を吐いたことは無い。


「質でいえばそいつは最底辺だぞ⋯⋯」


「そ、そんなことありません⋯⋯紅浦さんはいい人ですよ⋯⋯知識も豊富ですし⋯⋯」


 知識と聞いて、グループを組んで以降、ふたりは

どんな話をしているのかと、あらぬ方向に考えてしまったことを恥じる。


「でも変態だよ? 恥の概念とか欠落してるし」


「ちょっと、話を逸らさないで答えてよ」


「チッ」


 せっかくの好機だと、会話の矢印を紅浦に向けたのに向けたのに、また戻されてしまった。

 ついつい零れ出た舌打ちが脳内を反響する中、俺は腕を組んで唸った。


「ていうかなにか反論しろよ。俺結構酷いこと言ったよ?」


「うーん、でもだいたい合ってると思うから」


「さっきのは訂正する。その前向きな所は人として大きな武器になる。つまりお前は最底辺じゃなくて中の下に格上だ」


「もう、そんなのいいから。結局下だし」


 今話を逸らしても、きっと紅浦は噛みついてくるだろうし、もし先生が助け舟を出したとしても、この女版出歯亀はずっと詰問してくるだろう。


 さっきから大人しく話を聞いている明久里に顔を向けると、俺達と見えない壁を作るかのように、車窓から見える景観を眺めている。

 俺と紅浦と花咲さん、そして明久里。

 この3人と1人の間には、決して侵食することの出来ない防壁が存在しているのでは。

 そう思うほどに、明久里の全身から話しかけるなオーラが滲み出ている。


「おい明久里⋯⋯」


「いきなりセクハラ発言をしてくるような人とは話しません」


 車窓を見たまま、冷たい声で言われ、俺は前方の敵から逃れるため、遊園地に到着するまで沈黙を貫き通した。



 ────



「帰りは現地解散だからね。閉園時間になったら皆さんそれぞれ気をつけて帰ってください」


 目的地に到着し、バスをおりる前に先生が説明した。

 当然、我々は高校生なので田山園ごときで興奮したり、我先にとバスから飛び出したりしない。


 先生の話を座席で聞き、事前に学校側で購入していた、バーコード付きの緑のリストバンドを受け取り、腕にはめた。

 田山園の中には、あまり一般客は見受けられない。

 ところどころまばらにカップルや、小さな子供連れがいるが、稼働している乗り物はほとんど人がいないし、このメインゲート付近にいるのも、この学校の生徒ばかりだ。


 平日なのだから当然だ。

 ハムランドのような世界的観光地ならともかく、ここはある程度の地域から人は集まるが、外国人に人気のスポットではない。

 つまり平日は基本閑散としている。

 だか、この田山園も別に小さな遊園地というわけではない。

 遊具の数はそれなりだし、敷地も東京ドーム何個分かは不明だが、かなり大きい。

 そして、人気があるのかは分からないが、タヤオとタヤコというド直球な名前のマスコットもいる。


「じゃあ最初はどこ行く?」


 6人で固まりながら、紅浦が言った。


「どこでもいいよ」


「俺もみんなに任せるかな」


 面倒くさそうに富山君が答え、それに続いて西澤君が爽やかに言った。

 さすが西澤君だ。ようするに他人任せにしただけなのに、いい事言ってるように感じる。


「私もお任せします。どうぞ私には気を使わず好きなところに」


 絶叫系に乗れない明久里はたしかに行きたいところなんてあまりないだろう。

 今もそう言いながらジェットコースターの方を見ているが、乗車中にタイマーが作動するとどうにもらないので遠慮してもらう他ない。


「あ、じゃあ私⋯⋯あれに乗りたいです⋯⋯」


 希望を語ったのは、まさかの花咲さんだった。

 若干オドオドした様子で、紅浦の後ろを指さしている。


「ああ、あれね。いいね」


 紅浦はご満悦そうにそう言うが、俺は唾を飲み込んだ。

 そして、西澤君と富山君の片眉がつり上がったのを、見逃さなかった。


 その遊具は、高さ数十メートルの所まで上昇し、一気に垂直落下する、言わば絶叫系マシーンだった。

 今ちょうど頂点まで登っていくマシーンを見ていると、席に空きはあるものの、2人程の足がぶらぶらとしているのが分かる。


「いきなりフリーフォールか⋯⋯大胆だな」


「あ⋯⋯ごめんなさい⋯⋯私あれ好きで⋯⋯」


「いや、いいんだけどね」


 やはりまだ花咲さんはどこか気を使っていのか、目線を落としてしまった。


「では行ってきてください。私はこの辺りを少し散策したあと、そちらに向かいますので」


「うん。ごめんね明久里ちゃん」


 明久里はそう言うと、屋外に設置された小さな屋台に向かって歩き出した。

 全体をピンクで塗装した屋台には、綿あめの袋の他に、この遊園地のお土産なんかが置いてあるようだ。

 紅浦が明久里に手を振り、フリーフォールに向かって進み出す。

 それに続いて、俺達5人も後に続くが、西澤君の顔から血の気が引いていた。


「もしかして⋯⋯西澤君絶叫系ダメなタイプ?」


 皆に聞かれないよう小さな声で尋ねると、西澤君は微かに頬を上げ、唾を飲み込んだ。 


「得意ではない⋯⋯かな」


「じゃあ無理しなくていいのに」


「いや、でもせっかくみんなで行くんだから」


「⋯⋯そっか」


 人気者の潤滑油には色々と苦労がありそうだ。

 考えてみれば、花咲さんの誘いに乗ってこのグループに来たのも、その立場からの逃避行動だったのかもしれない。 

 まあ最も、彼が普段親しくしている友人達は、彼のことを潤滑油だとか緩衝役などとは思っていないだろう。

 潤滑油評価も、俺が勝手に心の中で言ってるだけだ。


 フリーフォールの場所には、もう同校の生徒が少し並んでいた。

 ここのフリーフォールは横長の構造をしていて、ゴンドラは正面を向いて合計10人が座れるようになっている。

 コンクリートの骨組みが、高さ50メートル付近まで上がり、黒くなっている頂点まで辿り着くと、まずは一気に約半分の高さまで急降下し、そこで急停止してまた少し昇る。

 そして落ちては昇ってを何度か繰り返し、最後に頂地上ギリギリまで落下する。


 ただそれだけの単純な遊具だ。

 ただ上下するだけで、怖がることなんて何も無い。

 今も上空から客の悲鳴が聞こえるが、何をそんなに叫ぶことがあるのか。 


「⋯⋯業平も苦手なんだな。絶叫系」


「え?」


 ゴンドラを目で追っていると、西澤君がそんなことを言った。


「いや、別に苦手じゃ」


「隠さなくていい。無意識かもしれないけど、今凄い嫌そうな顔してたぞ」


 心の内が顔に出ていたのか、頬に手を当てると、春の陽気な日差しの下にいるのに、少し冷たかった。


「うん。あんまり得意じゃない」


「ははは。じゃあ仲間だ」


 爽やかに笑を零す西澤君は、所謂イケメンそのものだった。

 それは外見的にも、内面的にも同じことで、俺や富山君とは別種の人間なんだと、気づかされる感じがした。

 それでも彼に少なからず好意を抱いているのは、その性格のおかげだろう。

 もし彼が明久里のような人間であれば、絶対に友達になりたいとか思わないだろう。


「そうだな。多分、富山君も苦手だと思うけど」


 微笑みを返し、前に並んでいる富山君に目を向けると、彼は振り向いて口を開いた。


「いや、俺は普通に大丈夫だよ。なんなら得意だし」


 虚を突かれるような感覚がすうっと胸の中を通り、俺は瞠目した。


「⋯⋯似合わないなぁ」


「いや、どういう意味それ」


 顔を引き攣らせている富山君に対して、溜息が漏れた。

 そんなこんな話していると、俺達の番がきた。

 幸い、俺達は全員一度に乗ることが出来た。

 俺は富山君と西澤君に挟まれながら、安全バーが自動で降りてくるのを無言で待った。


「さあ、では行ってらっしゃい!」


 アトラクションクルーのおばさんが言うと、ゴンドラはガコン、と仰々しい音を立てながら、恐怖する人間をゆっくり嬲るように上昇しはじめた。

 数秒して、地上の土産物屋の近くでこちらを眺めている明久里と目が合った気がした。

 明久里の頭には、何かの耳がついたカチューシャがつけられているのが分かる。


 どんどん上昇していくゴンドラからの景色は壮観だった。

 都会の喧騒を生み出すオフィスビルやマンションが、はるか遠くにいくつも見え、手前側には大きな国道や線路があり、その付近には住宅や飲食店などが立ち並び、さらに昇るとオフィスビルの向こうから人気観光地にもなっている電波塔がくっきりと確認できた。

 都会を一望できる。ここはそんな絶景スポットだった。

 隣では、顔を強ばらせながら景色を眺める西澤君と、期待感を抱いてにやにやしている富山君がいる。


 ──しばらくこの景色をこのふたりと眺めていたい。


 そんな俺の、些細で無欲な願いは、天井にゴンドラがぶつかったことによって発生した物騒な音によって打ち砕かれた。


「きゃああああああ!」


 その10数秒後には、女子達の叫び声が鳴り、西澤君は固く口を閉じながら、血走った目をカッと見開きこの時間に耐え、富山君はニコニコしながら満足そうに安全バーを撫でていた。


 

 

 

  

 



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