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爆弾少女と神様

 校外学習当日、俺達は移動のバスに揺られながら、教会の後の遊園地に思いを馳せていた。

 車窓から見える景色を眺めながらのんびりと⋯⋯そのように移動する姿を想像していたのに、俺の左隣、窓側は明久里に占領されていた。


「ねえねえ、業平はジェットコースター乗れるの?」


 前の席から、ひょこっと紅浦が顔を出した。

 ヘッドレストカバーを掴んだ片手には、遊園地のパンフレットが握られている。

 教会から遊園地まででも20分程かかるのに、随分と気が早い。


「乗れる⋯⋯と思う」


「なんでそんなあやふやなの?」


「激しすぎるのはきついんだよ」


「なるほどねー。じゃあこれは無理かぁ」


 紅浦はパンフレットを口元に当てると、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて、隣で窓の下枠に肘をつきながら、黄昏て景色を見ている明久里に目を向けた。


「碧山さんは乗れる? これ一緒に乗らない?」


 そう言って紅浦が開いたパンフレットには、でかでかと360度回転するタイプのジェットコースターの写真が貼ってあった。


「平気ですけど⋯⋯乗れませんね。身体が持ちません」


 パンフレットを見ながら、明久里は小さく呟いた。

 心臓に爆弾(比喩じゃない)を抱える明久里は、表向きには心臓が弱いということにして、体育を休んでいる。

 だから当然、ジェットコースターのような身体に負担がかかるような物は乗れない。

 


「あ、そっか⋯⋯ごめんね」


 その事を思い出した紅浦は申し訳なさそうに、視線を落とした。


「気にしなくていいですよ。そうでなくとも絶叫系には興味無いので」


「そっか。じゃあ一緒に観覧車乗ろうね」


「はい」


 約束を交わし、紅浦は朗らかに席に戻った。


「じゃあ花咲さん、一緒に最前列に乗ろうね」

 

「え、あ⋯⋯わ、私!?」


 前の席で花咲さんが戸惑っているようだが、満更でも無いだろう。


 それにしてもだ。


「安心したよ。ジェットコースターに乗るとか言い出さないで」


 俺は周りに聞こえないよう、明久里に少し身体を寄せながら小声で言った。 


「はじめさん⋯⋯私の事バカにしすぎですよ」


 不愉快そうに細目で俺を睨みながら、明久里が言う。

 しかしながら、俺の明久里に対する信頼が無いのは仕方がないのことだ。



 ────


 数日前の事、あの恋愛クソゲーム『my sweet reincarnation sister〜私と貴方の恋物語9』のプレイ中、いよいよメインヒロインである花咲友美攻略の直前、主人公の(エース)に最後の選択が迫られていた。


『ねえエース、エースは本当のところ、私のことどう思ってるの!』


 それは寒い冬の陸橋でのやり取り、それまでの紆余曲折艱難辛苦を乗り越えての、クライマックスだった。


 ずっとプレイを見ていた俺としては、あのメインヒロインに抱く感情など、『海に帰れ』と『二度と俺の前に姿を現すな』のふたつしか無かった。


 きっと明久里も同じような感情だっただろう。

 では何故クソゲーと知りながらプレイを続けるのかと疑問が浮かぶが。


 そして、最後の選択肢だが、これがまた度肝を抜いた。


『好きだ。お前を離したくない』『愛してる。お前が海に帰りたいと言うなら、俺もついていく』『この世で最も愛している人間がお前だ。お前がいないと俺は生きていけない』


 こいつらゲーム外のところでどんな関係になったんだ? と言いたくなるほど、主人公はヒロインにゾッコンになっていた。

 ゾッコンと言うのもぬるい、これはほとんど依存だ。


 全く主人公に感情移入できないが、明久里は迷わずひとつ目の選択肢を選んだ。


 俺としても、真ん中はバッドエンド直行の匂いしかしなかったので、それでよかったと思った。


 しかし⋯⋯。


『私も、絶対離さないから!』


 ムービーが始まると、ヒロインが主人公に勢いよく抱きついた。

 すると勢い余って主人公はバランスを崩し、仰け反りながら後退し、転落防止用の柵に綺麗に弧を描くように身体を滑らせ、空を見上げながら転落し、ヒロインとの距離がどんどん離れていった。


『エース!!!』


 ヒロインの泣き叫ぶ声が聞こえると、視界が真っ暗になった。


 場面が転換し、主人公の葬式が行われている中、ヒロインの哀哭が棺桶の前に響いてお終い。


『BADEND 激しい愛は身を滅ぼす』


 呆れて声も出ない中、そのテキストが流れてオープニング画面に戻ると、俺の携帯からけたたましい振動が起きた。

 何事かと思い、スマホに手を伸ばす途中、別の方向から聞こえてきた音によって、スマホを見るまでもなく、その事象の原因を把握した。


「明久里いぃぃ!」


 あの時計のカチッカチッという音によく似た響きが、明久里の体内を介して俺の耳に届く。

 

 明久里は俯きながら、わなわなと肩を震わせ、握り拳を左手で作り、床に振り下ろした。


 怒りだ。怒りが明久里を興奮させ、心拍を急激に上昇させたのだ。

 なら怒りを鎮めるためにはどうしたらいいのか。


 足りない頭で考えても、浮かんでこない。

 時間がゆっくりと、スローで流れた。

 

 緊張のあまり暗く狭まった視界にふと、テレビのリモコンが映り、脳内に閃光が走った。


 ようするに、感情の矛先をゲームから逸らせばいいのだ。


「うわあああ!」


 俺は大声を出しながら、リモコンを掴んで庭とリビングとを隔てる、大きな窓に向かって放り投げた。

 縦に回転しながら、放物線を描いたリモコンは窓に向かって進み、透明なガラスにぶつかると、ガシャンと激しい音を立て、リモコンがガラスを突き破った。


 突き破った所から、砕けたガラスが光を帯びながら、雫のようにこぼれ落ちた。


 リモコンが庭の芝に転がり、その動きが止まると、スマホのバイブレーションも、心臓から響くタイマーの音も止んでいた。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯」


「何してるんですかはじめさん」


 リモコンを投げたまま、前のめりになっていた俺の後ろに、明久里が立った。


「何って⋯⋯お前の怒りを鎮めるため⋯⋯」


 振り返って見てみると、明久里は目を丸くしながら、小首をかしげていた。


「私⋯⋯怒ってましたか?」


「⋯⋯覚えてないの?」


「⋯⋯たしか主人公死亡で腹が立ってそれで⋯⋯そこからガラスが割れるまでの記憶がありません」


 人差し指でこめかみを抑えながら、斜め上を見ている。

 そんな怒りで我を忘れる戦闘狂みたいな性質まで持っているのかこの女は。


「なるほど、それで私の意識を他に向けるためにガラスを⋯⋯ありがとうございます」


 素直に礼を言われたことに戸惑い、胸を突かれる思いがした。


 その後、近所の人が気を利かせて呼んだ警察に、頭を下げながら言い訳をしたことは、いい思い出だ。



 ────



「ゲームで我を忘れる人間に信頼なんてあるわけないだろ」


「それって関係ありますか」


「これは立派な向こう見ず要素だからな。てっきりジェットコースターも乗りたがるかと思ってたんだよ」


「む、向こう見ず⋯⋯」


 その言葉を反芻しながら、明久里は俯いてしまった。だがいい薬になるだろう。

 もう少し、自分のことを知り、色々と自重すべきなのだ。


 明久里は大きな欠伸をすると、背もたれに身を預け、目を閉じた。

 昨夜は遅くまでゲームはしていないはずだが、いつもより朝が早かったので、眠たいのだろう。

 俺も若干眠たい。

 お祈りの時間が長ければ、途中眠ってしまうかもしれない。

 


 バスに揺られること数十分、大型バスを何台も駐車できる広い駐車場に、バスが停車した。

 バスから降りると、大きな灰色の建物が映った。

 コンクリートの壁とが1階部分のほとんどをしめているが、それとは対照的に、2階部分は透明なガラスが大部分をしめ、ガラスの向こう側には、テーブルとイスが見え、一般人が座っていた。

 カフェにでもなっているのだろうか。いくつものテーブルとイスのセットが窓際に置かれている。


 大きな四角形の簡素な建物は、一見博物館や体育館のようにも感じられる。

 そして駐車場の隣には大きな公園も併設され、今その公園には、近所の住民と、公園のさらに隣の保育園の園児たちが集まっている。


 それぞれクラスごとに並び、建物の中へ入っていく。

 自動ドアを超えると、広めのエントランスの先に横幅5メートルほどの長い直線の廊下が続く。

 エントランスには2階へ行く階段とエレベーターがあり、階段の前には、2階にあるカフェのメニュー看板が設置されている。

 長い廊下には、トイレやいくつかの部屋が並び、半分ほど進んだところで、左手にある少し下りになった道を進んだ。

 大きな臙脂色の両開きの扉が、既に解放されていて、その中は大きなホールになっていた。


 お祈りと有難い話と聞いていたから、想像していたのは当然、一般的な教会のようなものだ。

 だが今先生に誘導されるがまま進み、青い布の中に、硬い素材を使った折りたたみ椅子に座ると、やはりここは、演劇や講演などで使われるホールだと認識した。


 ひとつ違うとするならば、舞台の後ろ中央に、我々が信仰する唯一神の彫刻が置かれ、その裏が壁やカーテンではなく、カラフルなステンドグラスが張られていることだ。

 客席も、舞台の上も普通のホールなのに、その一部分だけが、空間を隔てるかのように、異質な様子を醸し出している。


「なんか⋯⋯色々と歪なところですね」


 俺の隣に座った明久里は、じっと舞台を見つめている。

 たしかに、無理矢理にホールと教会を両立したかのようなこの場所は歪んでいると思う。

 ホールは、この校外学習に来た2年生全員が座っても、まだ僅かに空席が残っている。

 大きな箱を用意しても、信者以外でこの場所を利用する人なんているのだろうか。


「それにしても凄いですね。こんな建物を持ってるなんて、余程羽振りがいいようで」


「まあ学校もいくつか経営してるし、金はあるんだろうな」


「ならもう少し部費をあげてほしいですね」


「⋯⋯そういえば部活作ったから一応貰ってるんだよな⋯⋯使い道あるか?」


「合宿など出来たらいいなと思っています」


「なにを鍛えるんだよ⋯⋯」


 席に着くなりなんの話をしているのだと思いつつ、エントランスに会ったカフェメニューの看板の写真を思い出した。

 サンドイッチやパスタが写っていたが、果たして値段はどのくらいなのだろう。


 そんなことを考えていると、スピーカーからホール全体に音楽が流れ始めた。

 笛や弦楽器の静かで優雅な曲だ。睡眠導入剤にちょうどいい。

 すると音楽に被せて、曇りのない、穏やかな声で話が始まった。


『神はおっしゃいました。渇く者は私のところで飲むがいい』


 そんな神の言葉による訓示が始まって数分、隣から気持ちよさそうな寝息が、耳から耳へ抜けていった。

 横目を向けると、背筋を伸ばしたまま、まっすぐ呼吸の度に肩を上下させる明久里の姿があった。


「おい明久里⋯⋯」


 指で木の手すりに乗せられた明久里の手の甲をつつくが、起きる気配は無い。 

 別に明久里に話を聞かせたいわけではないのだが、壁際に立ち、俺達を監視する先生達に気づかれては面倒なのだ。

 特に、担任である山本先生は、薄暗いこの建物の中で、眼鏡を光らせながら、腕を組んで見張っている。

 再度つついてみても、起きる気配は無い。

 それにしても凄いもので、身体の軸が全くぶれる様子がない。

 完全に直立したまま、仏のような顔で眠っている。


 別に俺も神を信じている訳では無いから、バチが当たるとか言うつもりは無い。 

 しかし、無学な俺でも分かるくらいの説教をしているのに、よくこんな気持ちよくもなさそうに眠れるものだ。


 だが、変にこの有難い話に感銘を受け、感情が昂って心拍を上げられるより、俺としては眠ってもらってる方がありがたい。


 そもそも、本当に人間を救ってくれる神が存在するなら、胸に爆弾抱えた女の子など、放っておくはずが無い。


 有難い話の最後に、ここにいる全員で数十秒間祈った。

 両手の指を交互にして握りしめながら目を閉じる。


 途中、薄目を開けて隣を確認すると、爆弾少女は目を擦りながら微睡んでいた。




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