爆弾少女は人気者? 3
「え⋯⋯」
言われた花咲さんは目を丸くし、固まっている。
明久里が言いたいことも、理解できない訳では無いが、それでも容赦がない。
「だってそうではないですか。部への依頼なら断られない。その打算は卑怯だと思うんです。それに何だか、校外学習を楽に乗り切るために私達を利用しているようにも見えますしね」
「おい明久里⋯⋯」
明久里を止めようと腰を上げようとしたが、思いとどまり、静止した。
明久里は厳しい顔つきをしているが、その目は真剣そのもので、琥珀色の瞳が煌めいている。
サッカー部の部室を掃除した時と同じく、明久里はまた何か考えているのだろうか。
なら俺は、黙って見守っているのが最も良い選択肢だろう。
「志乃さん、あなたの依頼は同じグループに入れて欲しい。それだけなのですか?」
この言葉に感心した。やはり明久里は、依頼の先まで見据え、生徒の手伝いをしようとしている。
花咲さんがクラスに仲が良い友人が居ないのは、わざわざここに来た時点で想像に難くない。
では、本当に花咲さんはただ校外学習の日だけ一緒に居てくれたらいいと思っているのだろうか。
それならば、どの道人数の足りないどこかのグループが、自然に誘いに来るのを待てばいい。
でも彼女はそうしなかった。
そこに何か、ただグループに入りたいという気持ち以上の望みがあるのでは無いか。
明久里はそれを、彼女自身の口から言わせようとしている。
またなにかのアニメに影響されたのか、それともこれは明久里の気質なのか、そこは未だに謎だが、誰かの手を引こうとするその心意気は賞賛に値する。
花咲さんの心情は分からないが、明久里を注視しながら、唇を震わせている。
なにか言葉を発しようと、僅かに口が開閉を繰り返している。
明久里も今度は催促しようとせず、口を噤んでいた。
数秒後、花咲さんの緊張で震えていた唇から、深い息が吐き出されると、その震えが止んだ。
猫背ながらも、精悍な顔つきに変わった花咲さんは、その口から言葉を発した。
「私⋯⋯人見知りで⋯⋯このクラスに友達もいなくて⋯⋯」
また俯きながらも、言葉を紡ぐ姿を、俺達は黙って見守った。
「だから⋯⋯その⋯⋯この機会に⋯⋯お友達が出来たらと思って⋯⋯それで⋯⋯」
そこまで言うと、口ごもってしまい、また肩をすぼめてしまった。
「うん。わかったよ。話してくれてありがとう」
「⋯⋯業平さん⋯⋯」
ここまで言えたのだから、もういいだろうと俺が口を挟んだ。
友達を作りたい。
同じグループに入るという依頼の先を、彼女は自らの口で伝えたのだから。
「そういうことらしいし、いいんじゃないか明久里。多分あのふたりは何も言わないし。あ、あのふたりっていうのは富山君と紅浦のことね」
「は、はい⋯⋯」
既にグループに入っているふたりを教えると、小さく頷いた。
そして我が部長はなんと返事をするのか。
俺はその動向を見守った。
明久里は俯き、右手を握ると、人差し指と親指で顎を挟むように右手を当て、考慮し始めた。
「わかりました」
数秒後、顎に手を当て、俯いたまま簡潔に言った。
「ほ、ほんとうっ⋯⋯?」
花咲さんの顔が晴れ、頬が僅かに赤くなった。
「ええ、ですが条件があります」
これでおしまい⋯⋯と思いきや、明久里は続けて言った。
「条件?」
俺か聞き返す。まさか、友達料を持ってこいなどと言う⋯⋯はずは無いが、明久里なら言いそうな気がしなくもない。
何せ明久里なのだ。花咲という名前に八つ当たりして、あの疫病神への鬱憤を晴らそうと考えても驚きはしない。
明久里は手をおろし、一瞬俺を睨みつけるように見た。
「まあ、はじめさんは置いておいて、条件は簡単です。私達のグループは志乃さんが入ってもあとひとり足りないので、そのひとりを連れてきてください」
「わ、わたしが⋯⋯?」
「はい」
花咲さんの顔が露骨に強ばっているが、対照的に俺の表情筋は全体的に脱力していた。
明久里がまともなことを言ったので、緊張が解けた。
「ただグループに入ったところで、皆さんが志乃さんと仲良くなるとは限りません。友達を作りたいなら、自分から動き出すべきです」
転校早々クラスの注目を集めていた明久里が言うのはなんだかなあ、といった感じだが、内容自体は間違っていない。
ただグループに入っても、アクションを起こせなければ、その日限りの間柄で終わるだろう。
俺も思い返してみると、高校で出会い、親友となった富山君と話すようになったのは、彼の鞄の中に入っていた漫画雑誌を見つけ、好きな漫画を聞いたことが始まりだった。
それからすぐに仲良くなり、富山君の好みには驚かされたが、純粋に彼は良い奴だった。
だから趣味はそれほど合わなくても話していて楽しい。
そしてそういう出会いに遭遇するためには、相手がアクションを起こすのを待つより、自分から動くのが手っ取り早く、確実である。
だがいきなり誰かを誘うなんて、彼女にできるのだろうか。
「わ、わかりました⋯⋯やってみます⋯⋯」
意外にも彼女は頷いた。
不安げではあるが、その目は明久里を見据え、やる気を示している。
「わかりました。では明日のうちにもうひとりを連れてきてください」
「えっ⋯⋯あ、明日⋯⋯?」
花咲さんが瞠目する。
当然の反応だろう。流石に期限が1日というのは、厳しいと思う。
「はい。明日の放課後まで」
「も、もし⋯⋯できなかったら?」
「その時は、はじめさんにふたり連れてきてもらいます」
明久里は目を閉じて言った。
「いや、なんでそこは俺任せなんだよ」
「はじめさんも友達を作った方がいいと思うので」
「お前が言うな⋯⋯」
俺と明久里のやり取りを、花咲さんは顔を強ばらせながら見ている。
手助けしてやりたいとも考えるが、それでは真剣に考えている明久里に申し訳ないし、自ら行おうとしている花咲さんにも悪い。
教室を去る時、花咲さんは笑顔をつくっていた。
その笑顔が、心意気を示していたのかは、明日になればわかるだろう。
────
翌日、さっそく朝から花咲さんはクラスメイトに声をかけていた。
その光景は異様というか、花咲さんがクラスメイトと話すところを初めて見たので、純粋に驚きと興味が湧いた。
だが上手くはいかないのか。
朝のホームルーム前と1時間目の休み時間に女子に声をかけているが、皆既に誰かと一緒になっているのか、中々相手が見つからない。
「なあ明久里」
机に肘をつき、その手の上に顔を乗せ、窓側を見ながら大きく欠伸をした明久里の横に立つ。
明久里は窓越しに俺の存在を確認すると、気だるそうに顔をこちらに向けた。
「どうしたんですかはじめさん」
昨夜も遅くまであのゲームをしていたせいか、目の下には隈ができ、目が荒んでいる。
かくいう俺もゲーム画面を寝落ちするまで見ていたので、今も眠たい。
だがあのゲーム唯一のオアシスといえる浦和利香とのエンドが見れてよかった。
やはり彼女はまともだったのか、最後はお互い同じ大学に進学し、同棲を始めるというシンプルなほのぼのエンドで終わった。
最後に浦和が見せた、ささやかなキスも、普通のゲームだったらやや物足りなさを感じさせたかもしれない。
だがあのクソゲーにおいて、捻りのない爽やかな描写というのは、それだけで心を満たしてくれた。
その後さらにエンディングを埋めるため、ゲームを再開して早々、またダツに刺されたのも、浦和エンドを見た後なら、些細なことだった。
「いや、もし花咲さんが上手くいかなかったら、
本当に入れないのか?」
明久里は眠い目を擦ると、身体を起こして身体を反った。
「すみません。今その名前を出さないでください。腸が煮えくり返りそうなので」
明久里は不機嫌に目を細め、歯ぎしりした。
「俺が寝た後何があったんだよ」
「色々と⋯⋯まあそれは置いといて、当然そうなれば志乃さんを入れるつもりはありません」
「⋯⋯そうか」
「てっきりはじめさんは私を説得するものかと」
「いや、彼女は部への依頼者だからな。部長の考えに従うよ」
「なんだか⋯⋯とても気分がいいです。部長って感じがして」
歪んだ自尊心が垣間見えたので、無視して花咲さんに顔を向ける。
だがもう休み時間は終わる。
彼女は肩を落としながら、自分の席に戻って項垂れていた。
「でもしかし、期限を今日にしたのは私の優しさなんですよ」
「え? どういうことだ?」
聞き返すと、明久里は呆れたように眉をひそめた。
「それくらい分かってくださいよ。日が経てば経つほど余っている人は居なくなるんですよ」
「ああ⋯⋯そっか」
花咲さんが誘うのは、ひとりだけなのだ。
つまり、まだ誰とも組むことが決まっていない日の浅いうちでなければ、難易度が上がる。
「それと⋯⋯昨日言い忘れたのですが⋯⋯」
明久里は視線を花咲さんに移しながら、さらに続けた。
「もし志乃さんが逆に誘われることがあれば、それはそれでいいんですよ。友達を作りたいという彼女の願いはそれでも果たされますから」
「明久里⋯⋯」
明久里の想いに胸を打たれ、胸を抑えた。
「どうしたんですか。そんなときめいたみたいな顔して、ちょっと引きますよ」
「⋯⋯ちょっと見直したけど、今ので元通りだ⋯⋯」
やはり明久里は明久里なのか。
誰かに優しさや思いやりを見せて好感度が上がっても、すぐ水泡に帰してしまう。
まあ、明久里は俺からの好感度などさほど気にしないだろう。
気にするならもっと優しくしてくれるはずだ。
休み時間終了を知らせるチャイムが鳴り、教卓へ顔を向けると、知らない間に先生が立っていた。
席に戻って教科書を出しつつ、明久里を一瞥すると、うつらうつらと微睡んでいた。
「へえ、なるほどそんなことが」
3時間目の休み時間、あとのふたりについて相談に来た紅浦に、現在の事情を話すと納得したように首を縦に振った。
「すみません。私達が勝手に決めて」
「気にしないでよ。むしろ助かったって言うか」
手を振りながら、紅浦は苦笑いして言った。
明久里は首を傾げているが、紅浦の言わんとすることはわかる。
「俺達の中に、他のやつ誘えそうなのいないもんな」
自分で言って、悲しくなって胸が締め付けられる。
今はどこかに行ってる富山君も含め、我々4人は全員、友達は数より質タイプの人間なのだ。
強いて言うなら、紅浦は誰かを誘うこと自体はできるだろうが、女子は嫌々受けるか、やんわりと断るかのどちらかが多いだろう。
「でもなんか、これだと私達すごいずるいことしてるみたいだね」
紅浦が痛い所を突くと、ズボンのポケットに入れているスマホが震えた。
間違いない。明久里の心拍が上がっているのだ。
その理由の推測は容易い。
そして、振動はすぐに収まった。
その代わり、明久里は恥ずかしそうに俯いてしまった。
「まあいいじゃないか⋯⋯依頼人の願いを聞き入れ、手助けするのが俺達QOS部の仕事だから」
言ってて情けなくなるが、フォローにはなったはずだ。
俯いたままの明久里を見るのが忍びなく、花咲さんの様子を確認すると、驚くことに、彼女はこのクラスの潤滑油である西澤君に声をかけていた。
いつもの爽やかスマイルで、緊張して俯きがちの花咲さんの話を聞く西澤君。
何だか和やかな雰囲気のふたりは、口を閉じ、西澤君が頷くと、ふたりそろってこちらを向いた。
「あ⋯⋯決まった」
俺の無意識の言葉に、明久里と紅浦が反応した。
「え? 西澤?」
「西澤さん?」
紅浦が驚いた声を出し、明久里は疑問形に言った。
花咲さんと共に、西澤君が接近する。
僅か2メートルほどの距離に、ひと仕事終えた花咲さんが安堵の表情で迫る。
さらに近づくと、花咲さんは朗らかに言った。
「西澤さんがまだ誰とも一緒になってなかったらしいので、お誘いしたらぜひと」
「うん。よろしく頼むね」
爽やかスマイルで俺達に頼んだが、どちらかと言えば俺達が頼む側の人間だ。
「西澤、まだ誰とも決まってなかったの?」
俺が聞きたかったが勇気の出なかったことを、紅浦が代理で申してくれた。
「うん。いくつかのグループに誘われてたんだけどね。中々決められなくて、花咲さんが誘ってくれたからお邪魔することにしたよ」
「なるほど。バラバラになった友人達のグループに入ると角が立つので、おひとり様が集まる私達のグループに入って難を逃れたい⋯⋯ということですね」
なぜ毒舌がこんな時に発揮されるのかと頭を抱える。
別にいいではないか。せっかくの校外学習なんだから普段は話さない相手と一緒でも。
「まあ、そういう面もあるかもしれないね」
潤滑油の西澤君は、微笑しながら一部を認めた。
流石は潤滑油。明久里の攻撃などで酸化したりはしない。
そんな性格の悪い明久里は、花咲さんに目配せをすると、珍しく笑顔になった。
と言っても、頬をあげた程度で、西澤君のスマイルには程遠い。
「志乃さん。お疲れ様です。そしてありがとうございます」




