爆弾少女も遊びたい 6
「そういば、このゲームチュートリアルとかないのか。なんか普通に進めちゃってるけど」
「オプションメニューを開けばチュートリアルが見れますよ。といっても、特殊な操作とか特にないので、用語やアイコンさえわかっていればいいです」
と明久里が説明してくれたので、ゲームに戻る。
ゲーム内では、エース君が真面目に授業を受け、時間が経過していく。
休み時間に特にイベントは無く、
『お兄ちゃんの教科書⋯⋯ちょっといい匂いした⋯⋯』
と照れ顔でヒロインが教科書を返しに来るくらいしか無かった。この女が現実にいたら挨拶すら交わさないだろう。
昼休み、またあの女が教室へやってきた。
『ねえねえお兄ちゃん。一緒にお昼食べよ? 今日はね、ちゃんと自分で作ってきたんだ』
「なんだこいつ、プランクトンの養殖でもしてんのか」
花柄の巾着片手のヒロインが画面の向こうに居座っている。
選択肢が出ない。どうやら強制イベントのようだ。
『はいお兄ちゃん。あーん』
『や、やめろよ』
『え〜、いいでしょいいでしょ。ほら』
とくだらないやり取りを見せられ、ここで選択肢が現れる。
『食べる』『食べない』『逆にピーマンの肉詰めを突っ込む』
「うん、これは3つ目だな」
「3つ目ですね」
明久里と意見が合い、さっそくカーソルを3つ目に合わせる。
「これくらい付き合ってあげればいいのに⋯⋯」
と恵梨がボヤいているが、気にせず選択する。
『ほら、代わりにこれでも食らえ』
『えっ、お兄ちゃ⋯⋯んむっ』
咀嚼音が聞こえ、画面が震えたと思うと、ヒロインは顔を顰めながら口を開いた。
目は閉じられ、苦痛が画面の向こうから滲み出ている。
『い、いやぁぁ。私ピーマン嫌いなのにぃぃ!』
ドンッ! という効果音が鳴ると、
『ばかぁぁぁ!』
といってヒロインが走り去る音が響いた。
「よしっ」
「もう趣旨変わってるよはじめ⋯⋯これ恋愛ゲームだよね」
「仕方がない。開始早々この女の印象が悪すぎる」
「まあそうだけど⋯⋯」
まともな感覚を持った恵梨を丸め込み、俺の口角は自然と上がった。
だがしかし、なぜかゲームではBGMが消え、不穏な展開が来ることは容易く予想出来た。
『うわ、最低だなあいつ』
『花咲さん泣いてたよ⋯⋯』
『人間の屑が』
何も知らないモブ共が好き勝手に噂している。
主人公を人間の屑だというが、ならあのヒロインは海の藻屑になるべきだ。
だがこれは困った。
こうなるとこれからどうなるのか、恋愛ゲームに疎い俺でも分かる。
『エース⋯⋯あれは酷いよ』
悲しげな顔をした浦和が言うと、浦和の名前の横に、下向きの黒い矢印が現れ、『down』という文字も浮かび上がった。
ようするに、あのヒロインへ冷たくした事で、浦和からの好感度が下がってしまったのだろう。
あの女が海に帰ろうが泣き叫んでどこかに行こうが別に構わないが、まともなヒロインに嫌われるのは困る。
「マジで疫病神だな⋯⋯あの女⋯⋯」
気を取り直してゲームを進めていくと、放課後になり、主人公は図書館に来ていた。
「ベタだな。ここでメガネっ娘の文学少女でも出てくるんだろきっと」
「はじめさん、このゲームがそんな単純な在り来りゲーだとお思いですか?」
「え?」
振り返った先の明久里は、僅かにほくそ笑んでいた。
まるで俺が今の台詞を吐くのを待っていたかのように、揚々とした様を隠せずにいる。
では何が待ち受けているのか、コントローラーのボタンを押すと、また画面が揺れた。
『あ、ごめんなさい』
本を取ろうとしたところで、手が重なり合う⋯⋯と思いきや、片方はたしかに主人公の手だが、もう片方は手ではなく、長い尖塔のような形をした、黒と白と赤褐色が混在した異物だった。
「棘⋯⋯いや針か」
先端が鋭く、画面上では、危うく手に突き刺さりそうになっている。
なぜ図書館でこんな危険な物があるのか。まあクソゲーの展開にツッコんでも仕方ない。
『あの、怪我しませんでしたか?』
とフルボイスで言ったところで、画面が切り替わる。
緑色のくせ毛が鎖骨に垂れた、眼鏡をかけた大人しそうな少女。
それだけなら、ただの文学少女にしか見えないが、問題は顔から下に存在した。
魚だ。この少女、鋭く長い口先を有する魚を両腕に抱いている。
明らかに図書館に持ってくるものでは無い。
いや、そもそも外で持つようなものでは無い。
「これ⋯⋯カジキか」
「いや⋯⋯そんなに大きくないですし、背鰭もないので、これはダツですね」
明久里が魚の特徴を知っているという新事実が発覚したが、そんなことより画面のインパクトが大きすぎた。
ファーストインパクトでいえば、先に出たふたりを遥かに凌ぐ。というか、あの疫病神も見た目はまともだ。
だがこの子はどうだろうか。魚を抱いている。
それも鋭い先端を持つ危険な魚を、本棚が並ぶ狭い図書館で愛おしそうに両腕で。
文学少女なら、本が魚臭くなる事を憂慮したりはしないのだろうか。それ以前に、なぜこの子は本に向かってダツの先端を突き出したのだ。
「なんかもう⋯⋯ギャグアニメみたいだねコレ」
「なんだ恵梨⋯⋯今更か。キラキラネームの時点で気づけ」
隣から聞こえる、力無き狼狽えの声が耳から耳を通り過ぎた。
それにしても、よく飽きずに見ているものだ。
正直、こんなゲームしてたら、
「あ、ごめーん。僕急に用事入ったから帰るね」
と逃げるように出ていかれても文句は言えない。
まあ、恵梨もゲームは昔から好きな方だ。
彼女の中に宿るゲーム好きの心が、続きを所望しているのだろうか。
顔をよく観察すると、期待感溢れる表情をしているようにも見えなくはない。
『ごめんなさい⋯⋯私もその本が気になって』
「はっ?」
テキストが流れると、さっそく、考えるよりも先に声が出た。
彼女⋯⋯山吹海香と画面には書かれているが、まさかダツの先端で本を自分に手繰り寄せようとしていたのか。
いや、どう考えても駄目だろう。
本がダツの先端で傷つくか、引っかかって床に落ちるかのどちらかの未来しか見えない。
丁寧な文学少女を装ってはいるが、中身はメインヒロインを超えるモンスターの可能性が高い。
『あの、お怪我はありませんか』
そんな気遣いが出来るならそのダツを図書館に連れてくるなと心の中で叫ぶと、また選択肢が現れた。
『何ともないよ』『ちょっとささった』『よこせっ! その魚俺が塩焼きにしてやる』
もうこんなもの、プレイヤーを誘導しているようなものだ。
俺はその誘導にまんまと乗っかり、3つ目を選択した。
『きゃっ! 何するんですか! やめてください!』
『おらっ、よこせその凶器!!』
どうやら揉み合いになったのか、画面がリズム良く揺れる。
この女のダツへの執着が凄いのか手放そうとしない。
『や、やめてください! やめてくださっ⋯⋯』
『グサッ』
揉み合う中、嫌な擬音が、大きな文字で表示された。
すると画面上から、浜に打ち寄せる波のような、赤い波状の液体が流れ落ちる。
さっきまで慌て顔をしていたこの女の顔は、目元に影が浮かび、冷たい冷酷な目をして口を横に結んだ。
『あなたが悪いんですよ⋯⋯大切な弟を奪おうとするから⋯⋯』
その一言で、画面が暗転する。
『BAD END 略奪者は失う』
またタイトルに戻された時、俺の両手は軽くなっていた。
あるはずのコントローラーはそこにはなく、カーペットの上に転がっていた。
無意識に落としたのだろう。
拾いあげようとするが、なぜか両手がピクリとも動かない。
俺の深層心理が、ゲームを続けることを拒んでいるのか、逆に腕を上げてみると、容易く肩の高さまで上がった。
だがまた下ろそうとすると、脳がそれを拒否した。
両方の手のひらを顔に向けると、戦った証か少し血色が良く、痙攣していた。
無性に哀愁が湧き上がる。
右手でおでこを抑えながら、辛酸の感情を全て溜息に込めて吐き出した。
「すまん⋯⋯俺はここまでみたいだ。身体が拒むんだ。このゲームをプレイすることを」
悲しくもないのに、涙が頬を伝った。
初めてだ。感動した訳でもないのに、ゲームで泣いたのは。
「まあ、よく頑張ったんじゃないでしょうか。はじめさんにしては」
明久里はなぜか上から目線で、いや、ソファに座っているので、物理的に上から賛辞の言葉を与えてきた。
優しさの欠片も感じられない、無機質な言葉だが、今はそれすらも胸に響いた。
「流石にあれで殺されるのは引いたぞ⋯⋯しかもあの女⋯⋯最後にとんでもない発言してやがった」
「とんでもない発言って?」
俺の肩を揉みながら、恵梨が口を開いた。
焼いてから時間が経った肉のように硬くなった肩が、恵梨の手から癒しというタンパク質分解酵素を与えられ、柔らかくなるのを感じた。
「あの女⋯⋯魚のことを弟って言ってた⋯⋯おい明久里、このゲームでやばいのはメインヒロインだけじゃなかったのか?」
これでは美少女攻略ではなく、モンスター攻略ゲームだ。
サブヒロインの乱心は想定外だったのか、明久里は親指を下唇に当てながら、何か考えている。
「まあ、テコ入れってところでしょうか。シリーズ9作目ですし」
「嫌な方向にパワーアップしなくていいよほんと⋯⋯メンタル弱いプレイヤーなら今のトラウマだぞ」
ネットで実況動画でも流せば人気が出そうな予感もするが、大半の視聴者はきっと途中で離脱するだろう。
現に俺も、ゲーム内ではまだ1日目なのにもう精魂尽き果てた。
鉛のように重くなったから身体を持ち上げ、立ち上がる。
何時間も同じ姿勢でいたかのように、身体が固い。
実はゲームを始めてから、それほど時間は立っていない。
「トイレ行ってくるから、後はふたりで頼む。俺はもうしない⋯⋯」
そう言って部屋から出る直前、振り返ってふたりを伺うと、お互い顔を見合せながら、眉をひそめていた。
──ああ、絶対しないなあのふたり。
「うわぁ! やっぱり碧山さん強すぎ」
長い長いトイレとの格闘から戻ってくると、案の定、ふたりはあのクソゲーには手をつけず、昼まで戯れていたゲームを始めていた。
恵梨はいいのだ。
元々今日はこれをとことんやりに来たのだから。
むしろあのクソゲーで時間を奪ってしまい、申し訳ない。
──だが明久里、あれはお前が始めた物語だろう。
そんなことを心の中で呟きながら、ふたりの横を通り、キッチンに入る。
冷蔵庫の麦茶をコップに注いで一気に飲み干す。
乾ききった心と喉が潤う。おかしい、今日は春の過ごしやすい日なのに。どうして真夏のように乾いていたのだろう。
なんだかもう、1日分の体力は使い果たしてしまった。
リビングに戻ってから夕方まで俺は恵梨が明久里に蹂躙される姿をずっと眺めていた。
さすが恵梨は体育会系だ。どれだけ一方的に負けようと、めげずに立ち向かい続けた。
そして明久里も一切手を抜くことなく、全ての勝負を危なげなく終えた。
戦いの成果か、後半は恵梨の動きも良くなっていた。
明久里との武者修行を続けていけば、あっという間に強者へと登り詰められそうだ。
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「はじめも碧山さんも今日はありがとね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
夕焼け空の下、恵梨を見送りに玄関を出た。
「恵梨さんは才能があります。よかったらまたしましょう」
目を下に向けながら、明久里が言う。
感情が掴みづらいが、なんだかんだ楽しかったのだろう。若干鼻の穴が広がっている。
「うん。また遊ぼうね碧山さんも。じゃあね」
恵梨はにっこりと笑いながら振り返った。
そのまま歩き出すと思いきや、振り返って微笑んだ。
「今日、久しぶりにはじめと過ごせて本当に良かったよ。ありがとね」
「⋯⋯ああ、ありがとな」
そのありがとうの一言で、なんだか恥ずかしくなり、顔を伏せた。
地面を踏む足音が響き、顔を上げた時には、恵梨の姿はもうなかった。
「あの⋯⋯おふたりは何かあったのですか?」
家の中へ引き返そうとした矢先、明久里の疑問が飛んできた。
「いや、むしろ何も無かったという方が正しい」
俺はそのまま、明久里の方を確認することなく家の中へ入った。




