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爆弾少女も遊びたい 5

『今俺の周りではおかしな女が彷徨いている。正直うんざりしている』


 そんな不穏なプロローグの中、背景が学校の校門へと移動する。

 まだ季節は春の設定なのか、桜が舞い落ち、リアルのように花びらがコンクリートの地面に重なっていく。

 普通のゲームなら、雨粒や花びらなどは下にいくとそのまま消滅するが、どうやら本当に溜まっているらしい。

 花びらの数と地面に重なる速度までは合致していないが、それでもクオリティは高いと言えるだろ。


「無駄に映像にこだわってんなぁ。だから重いのか」


「ちなみに放置してると花が枯れます」


「そんなところに力入れるならもう少し名前のボイスに力入れろ」


 気を取り直してプロローグを進めると、『おーい』と女性の声で呼ばれ、パッケージに出ていた少女が現れた。

 制服姿で、肩に透明感漂う白い髪がかかった毛先が癖毛のようになっている美少女だ。

 鞄を両の手で持った少女は、瞬きしながらプレイヤーをじっと見ている。

 最初に出てきたこの娘が、恐らくは今作のメインヒロインだろう。

 しかし、パッケージではほとんど皆同じ大きさで描かれているせいで、全くメインヒロインの風格は感じない。

 ログに書かれた名前は花咲友美、至って普通だ。


『ねえ(エース)お兄ちゃん、こんな所でぼーっとしてどうしたの?』


『いや、なんでもない』


「あ?」


 すぐに主人公のモノローグに飛ばしてしまったせいで、フリガナをよく読んでいなかった。

 だが確かに、目の前の少女は主人公をエースと読んだ。


「なんだこれ、あだ名か?」


 すかさず明久里に確認する。


「いえ、恐らくは主人公の本名です。どうやらはじめではなくエースと呼ぶみたいですね」


 まるで映画を見るかのようにソファに深くもたれ掛かったまま、明久里は平然と口にした。


「すっごいキラキラネームだね⋯⋯」


 いつの間にかスマホをソファの上に置いていた恵梨が苦笑いしながら言った。 


「なんだこれ、昨今の名前事情に運営が気を使ってるのか?」


「フルボイス付きになった3から今まで全ての作品でキラキラネームの選択肢がひとつはありましたから、運営の趣味でしょう。ちなみに前作では白馬と書いてスーホがいました」


「いや間違えすぎだろ。スーホは馬じゃねえよ。スーホの馬が白い馬なんだよ。ていうかそもそもギャルゲーの主人公をスーホにするな」


 まだ始めたばかりなのに体力がどっと奪われる。

 このままではゲーム途中で力尽きてしまいそうだ。

 そしてひとつだけ確信したことがある。


 明久里はクソゲーマニアだ。


「まあいい続けよう」


 気を取り直して話を進める。


『それより早く教室に行こう。遅刻してしまうぞ』


『えー、じゃあお兄ちゃんが連れてってー! おんぶおんぶ!』


 駄々をこねるように少女は身を乗り出す。

 胸はそこそこでかい。


「子供かこいつ⋯⋯歩けよひとりで」


 ついツッコミが抑えられず漏れる。

 もしひとりでプレイしてたら、ひたすら独り言が止まらなくなっていただろう。


「ああ、これはプレイヤーへのヒントですよ」


「ヒント?」


「前世のアピールです。ヒロイン達は毎回、見た目や会話の中で自分の前世を匂わせ、プレイヤーに推理させるのです」


「⋯⋯その過程って意味あるのか?」


「いいえ、特にそういった推理パートがあるわけでもありませんし、そもそもゲームを進めていけばママの乳吸ってるガキでも分かります」


「なんでちょっと口調荒れてるんだよ⋯⋯クソゲーに絆されたか?」


 明久里の口から乳吸ってるガキなんて言葉聞きたくなかった。

 だがこの見た目とのギャップは、人によってはプラス評価になるだろう。

 そして何故か恵梨が赤面している。

 案外ムッツリなのだろうか。今までそんな気配感じたことはない。


『えー、いいでしょお兄ちゃん。私ひとりじゃあんまり動けないの!』


『はぁ⋯⋯』


 主人公がため息をついたところで、このゲーム発の選択肢が現れた。

 というか、動けないならこの女はどうやって学校まで来たのだ。


 さてそしてその選択肢だが、ろくでもない。


『背負って連れて行く』『殴って無理矢理引き摺る』

『このまま放置して大衆の面前に晒す』


「これじゃあ恋愛じゃなくて調教になるだろ⋯⋯」


「ちなみに選択肢を間違えると一発バッドエンドも有り得ますから。注意してくださいね」


「うーん⋯⋯そう言われるとちょっと見てみたいな」


 情報を聞き、俺は迷わず3つ目の選択肢を選択した。


『え⋯⋯お兄ちゃん⋯⋯』


 ヒロインが寂しげに呟くと、主人公は下駄箱へ向かって歩き出した。

 すると突然画面が暗転し、ムービーが始まった。

 これは、海だろうか。ローファーを履いた足下に、波が打ち寄せる。

 砂浜の再現度が高く、砂粒ひとつひとつに陽光が反射し、海も煌めいている。


『どうして⋯⋯私を置いていったの⋯⋯誰も⋯⋯私を連れていってくれなかった⋯⋯皆笑うだけで⋯⋯』


 ヒロインの声だ。

 下からカメラアングルが上がると、泣き顔を手で覆い、涙を啜る花咲友美が現れた。


『私⋯⋯やっぱりいない方が良かったんだね⋯⋯』


 明らかに不穏な空気が漂っている。

 ただ教室に連れていってもらえなかった女の様子では無い。

 最悪の事態を想定していると、花咲友美の足が広い大海原に向かって踏み出された。


「あ⋯⋯」


『私⋯⋯海に帰るよ⋯⋯じゃあね⋯⋯お兄ちゃん⋯⋯大好き⋯⋯』


 花咲友美は大粒の涙を零し、それが波紋となって広がると、海の中へその姿を消していた。


『BAD END 海へ帰った友美』


 誰もいない砂浜に、その文字が浮かび上がる。

 そして文字は波によって消え、画面が暗転しタイトル画面に戻った。


「いや重すぎんだろ!」


 思わずコントローラーを叩きつけそうになるが、堪えて代わりに太ももの肉を摘んだ。

 バッドエンドが見たいとは言ったが、まさかいきなり取り返しのつかないことになるなんて想定できるはずがない。

 メンヘラを攻略する無料アプリじゃあるまいし。

 精々主人公を嫌いになる程度で、そんなこと起きるわけないとタカをくくっていた。


「あ、なるほど。今回のヒロインはクラゲですね。髪も白ですし、クラゲはほとんど泳ぎませんから」


「ああ、だから故郷に帰ったって⋯⋯やかましいわ」


 横で冷静にヒロインの前世について推理する明久里は、さすが落ち着いている。


 その向かいの恵梨は俺を蔑むような目で見ているというのに。


「ねえはじめ、女の子にあんなことしちゃダメだよ?」


「いや、しょうがないだろ。恋愛ゲームでいきなりヒロインか海に帰るなんて想像できないし」


 オートセーブ昨日のおかげで、続きから始めるとすぐに選択肢の画面になった。


「最初の選択肢で死亡エンドとかこれトラウマになるプレイヤーいるだろ」


「まあ軟弱者が行うべきゲームでは無いので。強心臓の人間向けです」


「お前は強心臓か?」


 疑問に思ったが、今までこのゲームをプレイして爆発しなかったのなら、明久里は強心臓なのだろう。

 とりあえず俺は、無難にヒロインを運ぶことにした。


『わぁ! お兄ちゃん優しー』


『いいから早く行くぞ恥ずかしい』


 そんなやり取りの後、画面が切り替わる。

 ヒロインが主人公におぶられ、ブレザーに頬擦りして頬を赤らめている。


『お兄ちゃんの背中⋯⋯暖かい⋯⋯』


 ヒロインが目を閉じると、足音と共にまた画面が切り替わり、教室に着いた。


「ねえ、男の子ってこういう女子が好きなの?」


 恵梨が見て浮かんだままの疑問をぶつけてくる。


「いや、多少のわがままや煩わしさは恋愛のスパイスになるだろうけど、このレベルが好きなやつは多分ほとんどいない⋯⋯」


「へぇ、恋愛のスパイスですか。彼女いない歴イコール年齢のはじめさんが言うもんじゃないですか」


「もうすでに疲れてるのに横から心を抉りにくるのやめろ⋯⋯そもそもお前俺の恋愛事情知らないだろ」


「へぇ、では今のが間違ってると?」


 人を訝しむ目を向けてくる明久里を凝視する。

 なぜ凝視したのかは分からない。俺に勝ち目などないのに。


「え? はじめ彼女いた事あるの?」


「⋯⋯ない」


 幼馴染の問に答えると、背中を軽く叩かれた。


「なーんだ。僕びっくりしたよ」


「いや⋯⋯なんで恵梨が驚くんだよ」


「えっ!? いやだってほら⋯⋯はじめがモテる所も自分から告白するところも想像できないし」


 明久里が鋭い槍で突いてくるとするならば、恵梨は錆びて切れ味の落ちた刃で肉を削ぎに来るような感覚だ。

 なぜ休日の昼間に女子ふたりからこんな目にあうのか。全てはこのゲームが悪い。


『隣のクラスに友美を連れていき、ようやく一息つけた。まったく、あいつには困らされる』


 ゲームを進めると、主人公は席に座り、休憩していた。

 だがそこにまた、足音が鳴り響く。 

 

『ねぇねぇお兄ちゃん!  数学の教科書忘れちゃった! お願い貸して!』


 慌ただしく現れたヒロインが言うと、また選択肢が出てくる。


『貸す』『貸さない』『うるさいと殴って躾ける(貸さない)』


「なんでこのゲームは身体に教えようとするんだよ」


「転生前が畜生ですから、調練でしょう」


「おい明久里⋯⋯お前の性格はもしかしてこのゲーム由来か?」


 俺を一瞥し、テレビに目を向けて答えようとしない明久里。

 都合が悪くなると黙るというより、俺にプレッシャーをかけている雰囲気だ。

 「余計なことを聞くな」と。


 恵梨の選択肢をどうするの、という声を聞き、俺は『貸す』を選択した。


『わぁい。ありがとうお兄ちゃん』


『終わったら返しに来いよ』


『うん。⋯⋯あれ、お兄ちゃんの教科書、なんか汚れてるよ? おかしいね。お兄ちゃんろくに勉強なんてしないで成績悪いのに』


 疑問形の顔になったヒロインは毒を吐くと、そのまま居なくなった。


「⋯⋯なあ明久里」


「なんでしょうか」


 コントローラーを握る手が震える。

 俺はヒロインが居なくなった教室の黒板をじっと見つめた。


「バッドエンドにならないでこいつを海に帰せるルートはないのか」


「はじめも影響受け始めてるよ!?」


 後ろから恵梨の叫び声が聞こえる。

 このゲームをプレイして歪まない人間なんてきっと居ない。いるとしても、そんなのは悟りを開いた釈迦くらいだろう。


「残念ながら過去作でそんなルートはありません」


「チッ」


 つい舌打ちが零れる。何年ぶりの舌打ちだろうか。


「ほらはじめ落ち着いて。深呼吸深呼吸」


 恵梨が俺の背中をさすった。

 柔らかな手のひらが、背中を暖かいもので包む。


「ありがと⋯⋯じゃあもうやめるか? このクソゲー」


「え? 僕も続き気になってきたから頑張ってよ」


 救いを求めて放った俺の言葉は、何の澱みも無い曇り無き眼の少女によって固く冷たい床に叩き落された。 

 気になるなら変わってくれよと言いたいが、恵梨が明久里のようになるのは我慢できない。

 今のところ、俺の周りの女子では1番の常識人なのだ。失いたくない。


『やれやれ、余計な一言が多いやつだ』


 きっとこの主人公も、心の底ではあのヒロインを海に帰してやりたいのだろう。

 だが逆らうことの出来ない大いなる力が、無理矢理主人公をヒロインにとって都合の良い男に仕立ててしまう。残酷なことだ。

 

『相変わらずね。花咲さんは自由人って言うかなんというか』


 つい主人公に感情移入していたところで、新たなボイスのキャラか現れる。


『ほら、飴あげるから。舐めたら落ち着くよ』


『あ、ああ。ありがとう浦和』


 主人公が礼を言うと、新たなる少女の姿が浮かび上がる。

 腰に片手を当て、青髪を背中の真ん中くらいまで靡かせ、前髪を右に流したクール系の少女だ。

 名前は浦和利香、第一印象はまともそうだ。


(エース)もあんまり甘やかさないようにしないとダメだよ。花咲さんのためにならないから』


『ああ、分かってるんだけどなー』


『まったく⋯⋯(エース)は優柔不断というか叱れないというのか⋯⋯ねえ、聞いてるのエース?』


 内容からしてまともなヒロインだが、キラキラネームを何度も呼ばれると急に彼女も変人に見えてくる。


「なあ、もうメインヒロインより1000倍くらい良さそうな子出てきたんだけど」


 もうこの子でいいんじゃないかと考えながらボタンを押す。


『ねえエース、ところでこの間話した件⋯⋯考えてくれた?』


『この間⋯⋯ああ、あれか』


 全く内容が分からないまま、また選択肢が現れる。


『了解する』『断る』『跪いて犬の真似したらやってやる』


「3つ目でふざけないといけない縛りでもあんのかこのゲーム⋯⋯で結局なんの事なんだろうな」


 まあ真意は不明だが、このまともそうな浦和の事だ。きっと恋愛ゲームらしく、買い物に付き合って欲しいとかそんなとこだろう。

 つまり答えは了解だ。


『わかったよ。セパタクローの練習に付き合えばいいんだよな』


『ええ、ありがとうエース。中々皆忙しいらしくて』


『気にするなよ』


 どうやら、セパタクローの練習に付き合うだけのようだ。

 セパタクローというチョイスに戸惑いを感じるが

こんなまともな事なら第3の選択肢は必要ないだろう。

 


 


  




 

 


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