青春ラブコメ始めました
「足立聞いてくれ!青春ラブコメは能動的に始めることができる!」
水筒片手に得意げに言いやるバカ。
「例えばこの水を捨てるだけで、青春ラブコメが始まるんだ」
水筒を逆さにし、残り僅かな水をバシャと屋上から捨て。フェンスに寄りかかる。
呆れながら弁当を片付ける。
「また、突拍子もない事を言いだして」
溜息。
「まぁ、聞けよ。水がかかった女子は怒って、そこの階段から駆け上がってくるぜ。相当荒っぽくな」
「まず人にかかるか分からないし、それも女子に。そも水だってほとんど飲んでたじゃないか」
少し考るように空を仰ぎ。
「バタフライエフェクトだよ」
「バタフライ? なんだって?」
「SF映画は見ないか? じゃあ、風吹けば桶屋が儲かる、で」
「偶然が重なるって、馬鹿馬鹿しい」
「否定ばっか。昼休みの妄想ぐらい笑って聞き流せよ」
スマホを取り出して、ゲームアプリを立ち上げる。
「オーケー、真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった」
「うんうん、それでいいそれでいい。でな」
楽しそうに語りだす。
「あんな水の量じゃばらまくほどの量にもならないだろ。せいぜい植木の水やりぐらいだ」
校庭側には砂塵防止の植木が校舎を囲っている。そこにかかるだけで水やりにもならないだろう。
「だから途中で窓から顔を出してる生徒に当たるんだよ」
だから、いや妄想に突っ込むこともないだろう。いっそ会話を楽しんだほうが建設的か。
「それが女子生徒で話はゴールか」
「それじゃ面白くないから、日直の男子だ。教室のみんなが弁当を食べ終わり、黒板消しを窓の外で叩いているところにちょうどコップ1杯分の水がかかる」
「濡れた黒板消し片手に走り出すそいつは、……そうだなクマ先に捕まるだろう」
生徒指導南楠先生。柔道部顧問、顔に似合わず担当科目英語のクマというよりグリズリーに似た恰幅の教師。
「『おう、教室の備品を持ち出すのは校則違反だな』」
「やけに声真似うまいな」
「だろ? で、クマ先が脇に抱えるんだが、そいつは相当に暴れて周りに迷惑をかける」
まあ濡れた黒板消しをそのままにはできないだろうし、清廉潔白を声大にして主張したいよな。……生徒指導キツイらしいし。
「そんな感じで色々あって、バケツどころか二人がかりで運んでいる桶が、なんの罪もない女子生徒にひっくり返るんだよ」
「大分端折ったみたいだし、校内で水張った桶なんて使わねーよ」
「運動部のスポーツドリンクでも冷やす用じゃん?今年くっそ暑いもん」
全部丸投げというわけかOK、やっぱり真面目に聞く話じゃなかったようだ。
「それで話を聞き込むと屋上に原因があるって怒った女子がやってくるんだよ。ほら、そこの扉が開いてさ」
言いながら扉を指差す、と寸前。顔を青くしてビクッと身震いをする。
「わりぃ、足立! 用事思い出したから俺行くわ!」
言うが早いか外に設置してある非常階段に駆けていく。
「おーい、内階段使ったほうが早いぞ」
慌ただしく去っていった方から片付けて教室に戻ろうとすると、次第に内階段からのそり、のそり。足音が聞こえる。
キィッと金属の擦れる音で扉が開く。
「おう足立ぃ、屋上から水巻くのは校則違反だな」
「は? クマ先?」
と疑問が出ると、それまでの鈍重な動きから想像できない身のこなしで、あっ、と言う間にその丸太のような腕に絡め取られる。
「俺じゃないっす!水撒いたの!」
必死に自分の清廉潔白を、声を大にして主張する!が、抵抗むなしく万力のように脇を締め付けられ身動きも取れない。
諦めて大人しく抱えられ、校内の階段を降りていく。その影から、
「ばーか」
制服の。上だけジャージを着た女子が、その濡れた長い黒髪を掻き上げ、やけに楽しそうに笑っていた。




