Cace.9
「全くです。あいつら、事件現場にいきなり押し入っては証拠品を踏み潰しまくる厄介者ですよ?!」
アンドレイが強めにそう反論すると、警視監もその苦い経験があるのだろう。納得できる様子で軽く頷きながら答える。
「君たちの意見ももっともだ」
「だったらなぜ?!」
そこで警視監は言った。
「この事件はすでに国家規模で起こっている事件だ。まだ報道機関には流れていないが、噂は立ち始めている。
一刻も早く、我々は事件解決に向かわなければならないのだ」
そう言うと、彼は卓上に一枚の新聞を置いた。
「今日の朝刊だ。事件の事が書かれている」
そこには一面に大きく『怪死か?!謎の紋様を持つ遺体がブルティガラで発見!!』と書かれていた。
「地方都市で起こった事件だ。どこから漏れるとは思っていたがな」
記事にはすでに何件か似たような事件が起こっている事も記されていた。
「こうなってしまった以上、使える手を使って犯人を上げるしかない」
そう言うと、警視監は諦めた様子で言う。
「国家警察局に移管された後は、この事件を公開捜査に切り替えて全国から情報を集める事になる」
『『『『『……』』』』』
そこで話を聞いた捜査員達はそうなるだろうとは予測していた為に持っていた捜査資料を手放すことはなかった。
流石にこれだけの情報の少なさで非公開捜査を行うのには無理があった。すでに四人の被害者が出ている以上、これ以上は限界があった。
すでに刑事の数も百名ほどまで増員されており、移管されると言うことは国家警察局もだいぶ落ち着いてきたと言うことだった。
「無論、警察の捜査に強引に軍を割り込ませるようなことはさせないさ」
そりゃそうだ。警察のメンツに関わる話だ。すでにルテティア警視庁では一人の捜査官が襲われた事を受けて安全のために事件から離している事にしていたのだ。
「移管の際の引き継ぎ作業は頼んだよ」
そう言い残すと警視監は部屋を後にした。
残った捜査官達はそれぞれ不満を溢しながら事件の移管作業に手をつけ始めた。
「結構移管作業って、大変なんですね」
書類の入った箱を持ちながらジュリーは言う。すると横でルコックが言う。
「まあ、捜査本部が立つだろうしな」
「でしょうね……」
それこそ海峡を挟んだ連合王国で昔起こった有名な未解決事件のジョン・ザ・リッパー事件の様な事件が今この国で起こっているのだ。むしろ、捜査の初期動作は大幅に遅れたと言って良いだろう。
「なんか、足並み揃いませんね」
「仕方あるまい。例の改定条約の騒ぎで国中で暴動が起こったんだ。それが治ってようやく動けるようになったってことだ」
「そこまで酷かったんですか?」
思わずジュリーはそう聞くと、ルコックは頷いた。
「ああ、中部のルグドゥヌムでは一万人規模のデモが起こっていたからな」
「でも改定条約の内容は共和国に利益を齎しますよね?」
改訂された条約の内容はエルザス=ローン地方の首都のストラスブルーを中心とした新たな都市開発計画に、共同統治の期間を百年に延ばすこと。そして鉱山資源の採掘量増加など、共和国に利益をもたらす話も多かった。
するとルコックは初めにくだらないと吐き捨てた上でジェリーに言った。
「元々あそこは激戦区だった場所だ。そしてあそこの大半は元共和国領だった場所だ。
そんな場所に毎年帝国議会から選ばれた議員が百人送られてくる。共和国からも同数の議員が送られるが、こっちからしてみると共和国領に帝国の輩が政治に口を出すような気分なのさ」
「でも今の政府は宥和政策を取っていますからね」
「その方がよっぽどいいよ。国民の大半は戦争なんてもう懲り懲りだと思っているだろうし、第一。しばらく政府は国債の返済でまともに戦争なんてできやしないよ」
そう言うと、ルコックは帝国で起こっている不穏な話もする。
「戦時中、帝国では戦線に送り出した貴族があれこれと口を出したせいで軍部がだいぶお怒りのようでな。クーデターが起こるかもしれないんだとさ」
「共和国にも被害が出なければ良いですけど……」
思わずジュリーはそう溢す。下手に革命の火が移ったら共和国もタダでは済まない。
元々共和国は革命によって成り立ったが故に、何か問題が起こるとすぐに共和政体が変わってしまう。
「まあ、帝国で革命が起こったら少しはこんな状況も改善されるといいが……」
「ええ、全くです」
そう言うと、二人は引き継ぎ資料を持ちながら建物を歩いて行った。
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同じ頃、タバレは新たに起こった事件について考えていた。
「今回はモルヒネによる中毒死か……」
自殺に見せかけている時点で、間違いなく同一犯による犯行だ。
夕刊には事件がルテティア警視庁から国家警察局に移管される話や、捜査に国家憲兵隊が協力する旨も書かれていた。
「軍部も捜査に乗り出すのか……」
前にジュリーを襲った時点でタバレからすると軍は何か隠している事だろう。現役の軍人が殺されたからと捜査に参加する理由は出来ている。ただ問題として、国家憲兵隊と警察は揉めやすい。
確かに治安出動の観点から言うと強力な装備を持つ国家憲兵隊はでも鎮圧には不可欠だ。だが、事件の捜査となると全くのど素人だ。
「喧嘩が起こるだろうな……」
足並みを揃えられるかどうかは今回の責任者次第と言うことだろう。
「……」
そこでタバレは椅子から立ち上がると、部屋にあった電話をかけ始める。
数コールの後に電話が出た。
『はい、もしもし?』
電話に出たのはジェブロールだった。タバレは引き継ぎ作業で大忙しだろうが、これだけは話しておかなければならない。
「警部、私です。タバレです」
そう言うとジェブロールは仕事中なのだろう、何か作業をしているようだった。
『ああ、悪いが後にしてくれ。今引き継ぎで忙しいんだ』
「ええ,ですので手短に話します。警部の信頼できる人間でチームを作ってください。おそらく軍部は何かを隠しています。その為、捜査を掻き乱す可能性があります」
そう言うと、ジェブロールは慣れた様子で答える。
『んなのは分かっている。お前の何年の付き合いだと思っている』
「……」
『すでにジュリーに頼んで編成しているし、時期にお前にも来てもらう用意はできている。態々電話をかけんでも良かったぞ』
そう言うと、タバレは少しだけ笑ってジェブロールに言った。
「感謝するよ。我が友」
『何、振り回されるのは慣れっこさ』
電話の向こうでジェブロールも少しだけ笑っていた。
四件目の被害者のヘレン・ロジャーズは砲兵曹長。
戦時初期に戦災孤児となり、その後軍隊に入隊。戦車五両撃破した事により砲兵として砲兵勲章を貰っていた。
「また戦災孤児か……」
今までの被害者は全員が戦災孤児だ。四人全員があの砲兵隊の写真に写っていたという事は犯人はあの中にいる誰かなのかもしれない。
ただ問題なのは、
「例の部隊が何処の何の部隊なのかが不明なところだ」
砲兵隊にしては人数が恐ろしく少ない。三十人ほどで運用できる大砲はせいぜい五門が限界だ。そこに弾薬の補給係も入れるとさらにその数は減ることになる。
「疑問が残るところだ……」
改めて砲兵隊の写真を見ると、そこに映る煉瓦造りの建物を見る。
訓練所は国内に多くあるが、砲兵も扱える場所となると数は減る事になる。アンドレイが知らないと言うことは数が絞られてくる。
「……調査費用は払ってもらえるかな?」
まずはその場所を探してみるとしよう。
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事件の管轄が国家警察局と言う、全国規模まで操作範囲の広がる大きな組織に移管された後。自分達は捜査員として本部の手足となる。
国家憲兵隊からも人員が送られており、ややギスギスした雰囲気があふれていた。その人数はおよそ二百人。かなり大規模な人数だった。
「流石全国規模ですね」
「ああ、四人が死んでいるんだ。公開捜査になって、情報が入ってくるといいが……」
ジェブロールはそう言うと、そこで研修だからと彼に連れてこられたジェリーはその大きさに舌を巻いていた。
彼に言われて、既に警視庁の捜査員だけで別に動ける班を作っており、タバレの推理も交えた別行動の班を特別に作らせていた。
「これから俺達は上からの指示を受けて動く」
「そうですか…」
「これ以上、殺されるわけにはいかないからな」
そう言うと、捜査会議が行われ。そこに今までの被害者の資料と共にその時の写真も掲示されていた。
「犯人は砲兵を狙っているんでしょうか?」
「ああ、おそらくな」
「調べたら、被害者の内二人は砲兵勲章を授与されていました」
「じゃあ、それだけ優秀って事だ」
ジェブロールはそう答えると、ジュリーが何をしようとしているか予想できたので敢えて忠告した。
「砲兵勲章をたどって調べるならやめとけ。あの勲章は戦時中、二万人以上に授与されてる」
「えっ……!?」
「おまけに勲章を授与された物の中には海外に越した奴もいる。追跡は困難を極める」
「そんな……」
顔を青ざめるジュリーにジェブロールは言う。
「既に他の奴が探しているはずだ。ある程度当たりがついたら報告に上がるだろうよ」
「そうですか……」
そこで少し安堵した様子を見せる彼女はそこで被害者の欄を見た。
「例の写真は証拠に上がっていないんですね」
「ああ、分からないことが多い上にタバレから証拠に上げるなと言われているんだ」
「どうしてです?」
「俺に聞かれても……」
そう言うと、そこでジェリーの横に通信員が寄ってきて耳元で伝えた。
「ジュリー警部補に電報です」
「?」
そう言われて、紙を受け取るとそこに書かれていた内容を見て少しだけ目を見開くと、ジェブロールに言った。
「警部、これを」
「ん?」
そこで紙を見たジェブロールは少しだけ目元が鋭くなった後にジュリーを見た。
「返信をしても?」
「許可する。ただし、誰にも見つかるな」
「はい」
そう言うと彼女はこっそりと会議中の部屋から後にしていった。その電報を見たジェブロールは軽くため息を吐いた。
「裏で軍は何かを隠しているのか……」
そして彼は同じ会議室にいる国家憲兵隊を疑う目で見ていた。