Cace.6
「タバレ……探偵?」
柄にもなく中折れ帽トレンチコートを羽織る、彼は指を立てて驚くジュリーを黙らせると彼はそのまま彼女の腕を引っ張って裏路地を進み始めた。
「ど、どうしたんですか?」
突然のことに驚いていると、タバレは時折背後を警戒しながら言う。
「どうやら、僕たちは不味いものに足を突っ込んだのかもしれないね」
「え?」
そこで二人は建物の外階段を登った後。途中で建物の間を飛んで屋根に登ると、下から声が聞こえてきた。
「くそっ!どこに行きやがった?!」
「探せ!まだ遠くに入っていないはずだ!」
その声のした方を見ると、そこには黒い服に身を包み。片手に消音器付き拳銃を持った男たちが探し回っていた。
「っ……」
「どうやら、あまり歓迎されていないお客のようだ」
「……誰なんですか?」
恐る恐る聞くと、タバレは少し肩をすくめて答える。
「私にも詳しいのは分からんよ」
「え?」
「ただ、彼らの統率の取れた一定のテンポで歩く足。拳銃の持ち方、統率の取れた尾行……おそらくは軍人だ」
彼はそう答えると、ジュリーは思わず冷や汗が出る。
「君は付けられていた。ここ数日は仕事場に篭りっぱなしだったのが功を奏したようだ」
「なんで私を?」
ジュリーとしては心当たりがなく、只々首を傾げる他なかったが。タバレは心当たりがあった。
「それは多分……あの軍人の一件かもしれないな」
「……えぇっ!?」
思わず彼女は驚いた声を上げてしまうと、慌ててタバレはジュリーの口を塞いだ。
「あまり大きな声を出さないでくれ。バレてしまうだろう」
彼はそう言うとそこで彼女は小さく首を縦に振ると、そこで小さな声でタバレに聞いた。
「あの、タバレさんは魔術師なんですよね?」
「え?ま、まぁ……」
「魔法が使えるなら、私が許可しますから、とっとと倒してくださいよ」
「……」
ジュリーは前に彼が魔法追跡をできる異能を持っているのを見ており、タバレを魔術師だと思っていた。
魔術師とは、古来より魔法と呼ばれる人知を超えた能力を使うことのできる人全般を表す。一般的に一定の能力を持ち、国際機関から発行される免許を持つ魔術師が白魔術師、その免許を持たぬ魔術師は黒魔術師と呼ばれていた。
魔法の能力は基本的にどんな人にも大小才能を持っているが、日常生活で魔法を使えるのは割合的に半分まで減り、さらに上位の戦闘を行えるレベルの魔術師となるとその数はさらに減らしていた。
通常、戦闘を行えるほどの魔術師は五人の歩兵並の火力があると言われている。
「その件なんだが……」
ジュリーにすがるように言われた彼は歯切れ悪そうに答えると、その後申し訳なさそうにした。
「私はあくまでも異能者なだけで魔術師じゃ無いんだ」
「……はい?」
思わずジュリーは首を傾げた後にその意味を理解すると途端に顔が青ざめた。
異能者とは、その特定の能力を持つ代わりに他の魔法はてんで使えないピーキーな力を持つ魔術師の事を指す。免許も通常の魔術師と異なり、異能者と言う別区分で認定される。
その代わり、他の魔術師にはみられない特徴的な魔法を使うことが可能であり、その割合は通常の魔術師より低かった。
「じゃあ、魔法を使って戦えないんですか?」
「残念ながらね」
「飛んだ役立たずじゃ無いですか……!!」
「君、とんでもなく酷いことをサラッと言うのね」
こんな状況だからか、思わずジュリーは遠慮なくその言葉を彼にぶつけていた。地味に痛いその攻撃にタバレは心を抉られた気分になると、その声に気づいたのだろう。一人が指を指して声を上げた。
「居たぞ!あそこだ!!」
「っ!しまった!!」
「逃げるぞ」
そう言うと二人は屋根を伝って逃げ始めた。
「こんな状況だ。仕方ないな」
後ろを追ってくる人影は二人、地上を走る二人。備考するには十分な人数出会っていることを確認した彼は懐から自分の拳銃を取り出すと、引き金を引いた。
「っ!?」
真横で撃った事に驚いていると、タバレは言った。
「君も撃ってくれ。逃げるにはそれしか無い」
「は、はいっ!」
そこで彼女は拳銃を取り出すとその引き金を引いた。
「ぐあっ!!」
そしてそのまま発射した拳銃は初発で追跡者の一人の肩を撃ち抜いた。
二回目の射撃で今度はもう一人の足を撃ち抜いた。
「おお、流石だな」
「これくらい……!!」
射撃能力が一番なのはハッタリでないのだと彼は舌を巻いていた。
「はぁ…はぁ…」
軽く息を整えていると、そこに上がってきた残りの二人が屋根に現れた瞬間、彼女は振り向きざまに二発発射した。
二人が何かいう前に発射した弾丸は彼らの持っていた拳銃に当たると、軽く暴発を起こしていた。
「「ああっ!!」」
そして悲鳴を上げる中、逃げる事を優先した二人はそのまま男達の間を縫ってそのまま逃げていた。
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「逃げられましたか……」
軍務省のとある部屋、そこで一人の青年が報告に来た部下からの話を聞いてそう答えた。
「申し訳ございません」
「構いません。脅しができただけでも十分でしょう」
少佐の階級章を携えるその青年は胸に砲兵隊徽章を付けていた。
「後は結果を待つだけです」
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無事に尾行を振り切ったタバレとジュリーはそこで改めて息を整えていた。
「はぁ…怖かった」
「四発で四人倒した時点で恐ろしい腕前だよ。しかも二発は拳銃にしっかり当ててるし……」
末恐ろしいと彼は言うと同じく息を切らしていた。
するとジュリーはそこで思わず呟く。
「私、部長に頼んで事件を外させてもらおう……」
「その方がいいかもしれないが…ある種の危険を伴うぞ?」
「え?」
タバレの言葉にジュリーは首を傾げた。
「おそらく、彼らの目的は君への脅しだ。おそらく軍は何かを隠している。その鍵となるのが……」
「あの写真と?」
「そうだ」
彼はそう断定すると、そこで自分の考えを伝える。
「今の所、あの写真に映っている砲兵隊はあまりにも数が少ない事を、君は気づいたかい?」
「あ、はい。先輩に教えて貰って、初めて知りました」
「……先輩?」
そこで首を傾げると、そこでジュリーはその時の話をする。
「アンドレイ刑事に遺留品にあった写真と言って話してた時に、見覚えのない訓練施設だと言っていました」
「…….」
タバレはまだ話したのが知り合いで助かったと思っていた。ルテティア警視庁には多くの友人を彼は持っており、顔も全員覚えていた。
この警部補、思ったより口が軽いタイプかもしれない。
「アンドレイが……」
彼は戦争上がりの元砲兵だ。情報の信用性は高い。ただ、金に釣られやすい欠点がある。結婚しており、とにかく金が必要な時期だ。刑事としては少々爪が甘い部分があった。
「(少し匂うかな……)」
少し考えた後にタバレは言う。
「ジュリー、明日出勤する前に私の事務所に寄ってくれ。渡したいものがある」
「わ、分かりました」
そう言うとタバレはジュリーと反対方向に歩き出す。
「なるべく早めに帰ると良い。さっきの奴らがまた追いかけてくるかもしれないからな」
「はい」
そう答えると彼女はそのまま家に帰って行った。
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五月二三日
出勤前に言われてタバレの事務所をジュリーは訪れていた。
「失礼します」
扉を開けて入った先で思わず彼女は驚きの声を上げた。
「ひゃっ!?」
その激臭から一瞬気が遠のいてしまいそうな気がしてしまった。
卒倒しかけたところを慌てて鞄からハンカチを取り出して口元を抑えると、意を決して部屋の中に入る。
『タバレ探偵?』
部屋には多くの資料が置かれており、死ぬほどやばい匂いがする。
「ここだ」
『!?!?』
声をかけられ、変な驚き声をしてしまった彼女は慌てて振り向くと、そこにはタバレが立っていた。
『なんなんですか!?この匂い』
思わず窓を開けて息をしていると、タバレは答えた。
「ホルマリンだ。知り合いがこの前標本を持って来てくれてね」
「げほっげほっ!」
早朝から酷い目にあったと呟きながら彼女は窓の外で大きめに呼吸をしていると、そこで彼女は聞いた。
「それで、渡したい物ってなんですか?」
「ああ、これを」
そう言い彼は一通の蝋封された手紙を手渡す。
「これを警部に届けてくれ」
「はい、分かりました……」
封筒を受け取りながらそう答えると、彼女はそのまま仕事場に向かって行った。
「なんかお前、今日臭く無いか?」
「ちょっと、女性に向かってなんて事言うんですか」
出勤早々にそう言われた彼女は強めに反論すると、その後こうなった事情を呟く。
「って言っても、タバレ探偵の元に寄り道したからなんですけどね」
「え?なんで?」
「あの人にそう言われたからですよ。部屋がホルマリン臭くてもう……」
ゲンナリしながら彼女はそう答えると、アンドレイは納得した様子で頷いていた。
「ああ、そりゃ災難だな」
そう話すと、刑事部にジェブロールが入って来た。そして、入ってくるや否やジュリーを見て聞いてきた。
「後で昨晩に何があったか、詳しく報告書を上げとけ」
「はい……」
そう言うと、そこで彼女はジェブロールにタバレから受け取った手紙を手渡した。
「タバレさんから警部に。事件についての予測だそうです」
「ああ、分かった」
そう答えると彼は席に座って手紙を読んでいた。
「何かあったのか?」
「昨日少し……」
そう答えると、アンドレイは彼女の肩を軽く叩いた後に言った。
「まあ、何かあったら言えよ。警官でも、保護申請が通る時代だからな」
「はい」
そう答えると彼女はタイプライターを叩いて報告書を書き始めていた。
すっかり紋様事件に進展は無く。証拠も集められ、事件に関する捜査でジュリーも事情聴取に赴いていた。
すると、そこで分かったのは被害者は皆。二年前からあの職場で働いていたと言うことだ。その前の動向は一切不明だが、一件目の被害者の男が一度だけ。酒で酔っ払った時にこう話していたと言う。
『俺は昔、砲兵隊で大砲を撃っていた』と……。
彼は元砲兵だった。戦場帰りの人間が戦争の時のストレスで自殺する事はよくある話だ。だか、彼の過去の経歴を探してもそこに砲兵であった事実は何処にも記されていなかった。
「ジュリー、ちょっと」
タイプライターでその報告書を上げていた彼女はジェブロールに呼び出される。
「お呼びでしょうか?」
そしてそのまま取調室に入れられた彼女はそこでジェブロールから一言。
「例の紋様事件の捜査からジェリーを外す事が決まった」
そう言われ、ジュリーは驚いてしまった。