Cace.3
その日、朝の新聞の一角に一枚の記事が貼り出された。
『ルテティア郊外の廃工場で女性の死体を発見!』
首元に特徴的な紋様の刻まれた死体が発見されたそのニュースは良くある殺人事件だとあまり大きな話題とはなっていなかった。この時点で、警察はまだこれが連続殺人だと発表していなかったのだ。
「えー、今回死亡したのはジーン・ガードナー。市内のパン工房に勤める女性だ。年齢は二〇歳、未婚女性だ」
緊急で会議が行われ、大惨事となったこの日。被害者の情報や当時の状況が映写機で映し出される。
「被害者の首元には謎の紋様があり、これは死体の腐敗を遅らせるものと推定され。以前にも同様の紋様が付いた男性死体が発見されている」
偉い人が前に座って事件の報告を読み上げており、死因を伝えた。
「死因は拳銃による胸部銃撃。脚には魔法で治癒をした痕跡があり。そして近くには被害者の物とされる拳銃も落ちていた」
そう言うと、使われた拳銃弾が.380ACP弾などの報告が上がっていた。
「一般的な拳銃弾ですね」
「こりゃ追跡は無理だな……」
会議のせきに座ってジュリーとジェブロールはそう話す。
「よりにもよって向こうから連続殺人をするとは思わなかった」
「そうなのか?」
事件現場を歩きながらジェブロールとタバレはそう話す。
探偵としてジェルロール自身が呼んでおり、他の警官もタバレの推理力には一目を置いていた。
「一軒目の被害者、マイント・カーディッシュ殺害の際。犯人は自殺に見せるように殺して居ました。事実、私も彼は自殺の可能性を捨てきれませんでした」
そう言い彼は事件現場に入ると。そこで聞いた。
「拳銃の薬莢は?」
「残されて居なかった」
「なかなか用意周到な犯人のようですね」
そう言い、その遺体が見つかった現場では写真が撮られていた。
「使われた拳銃弾は.380ACP弾です」
「一般的によく出回っている拳銃弾ですね。犯人は敢えて追跡が困難な拳銃弾を使っていると言う事ですね」
タバレはそう言うと、そこで事件現場を見た後に状況を整理する。
「マイント・カーディッシュは郵便職員。今回のジーン・ガードナーはパン職人……」
「まるで共通点がありませんね」
「無差別殺人ってことか?」
ジェブロールがそう言うと、タバレはそれを否定した。
「いえ、共通点はあります」
「「?」」
「殺害された二人は共に二〇歳であると言う事。そして、自殺に見せかけている点です」
そう答えると、タバレは発見当時の写真を思い返しながら言う。
「発見当時、彼女の手にはマウザーHScが握られていた。使用弾薬は殺害に使われたのと同じ.380ACP」
「でもどうして自殺ではないのですか?」
ジェリーがそう聞くと、そこでタバレは教える。
「拳銃自殺をする際、普通は体に押しつけて撃つので火傷痕ができるんです。ですが今回の死体にはそれがなかったんです」
「なるほど」
そして事件現場を後にしたタバレは次に現場の近くを歩き始める。
「何をしているんです?」
「いや、脚に治療痕があった事が引っかかってね」
「?」
付いて来たジュリーは首を傾げていると、タバレは足を止めた。
「あった」
「え?」
そこには何かが塗り広げられた痕があった。
「期待しましたが、これじゃあダメそうですね」
「ど、どう言う事です?」
「彼女の脚にあった治療痕は最近できた物です。恐らく追われて逃げたのでしょう」
そう言うと、彼はその跡を遡りながら言う。
「恐らく彼女は追われている事に気づき、逃げ出しました」
そして後ろにもあった血痕の跡を追う。
「そして逃げている途中で撃たれ、出血をした」
そう言うと彼は廃工場に残っていた最後の血痕にたどりつく。
「そして恐らく、逃げ出したのは犯人にとっても驚きだったのでしょう。犯人は慌てて拳銃を撃った。
その証拠に、撃たれた被害者は足を引きずった痕があります」
そう言い、彼は最後の血痕があった場所の周辺を探し始める。
「ジュリーさん、近くを探してください。拳銃の痕があれば警部に報告を」
「は、はい!」
事件現場以外を全く探していない事にタバレは幸運だったと思いながら地面に目をやる。
「どうやら犯人はよっぽど用意周到な人物ですね」
「え?どうしてそこまで……」
ジュリーは血痕のあった左側を掻き分けながらそう聞くと、タバレは答える。
「簡単な話です。わざわざ探すのが面倒な薬莢を隠してまで証拠隠滅を図っているんです。おまけに今回の事件も、あの首元の紋様がなければ自殺として処理されて居たでしょうからね」
「……」
彼はそう言うと、ジュリーに聞いた。
「薬莢はありましたか?」
「いえ……全然見つかりません」
「これだけの犯人です。やはり見つかりませんか……」
タバレはそう言うと、少し難解な表情を浮かべた。
「タバレさんでも難しいんでしょうか?」
「何せ証拠が少なすぎます。共通点はあの紋様以外ありませんからね。殺害方法もまるで共通点が無い」
「事件解決は難しいと言う事でしょうか……」
少し萎れた様子でジェニーは溢すと、タバレは言った。
「それはどうでしょうね」
「え?」
ジュリーはタバレの言葉に首を傾げると、そこで彼は続けて言った。
「今回や前回の事件と言い。犯人は自殺に見せて殺す事のできる……言わば殺しに慣れた人間です。どちらかと言うと、暗殺に近いですからね」
「……」
「近いうちにまた犯人は殺しをします。……或いは、もう既に殺しをしているかもしれません」
タバレは半確信めいた様子でそう答えていた。
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数日後、まだ二軒目と言うことでそれほど大きくなって居なかったこの連続事件で、衝撃的な事実が明らかになった。
「まさか、本当に殺しをして居ただなんて……」
ジュリーは持っていた資料の手が震えていた。
それは嘗て、自殺として処理されていた事件の中から見つかった症例だった。
「どうりで見つからなかった訳だ。俺たちは未解決事件を探して居たのだから……」
横でジェブロールがそう話す。すると、前に座る警察の偉い人間が届いた報告をあげた。
「半年前、地方の一軒家で今回の二件と同じ紋様を首元に持つ死体が自殺として処理されていた」
そう言うと、少なく無い動揺が広がっていた、
「これで実質三件の事件ということか……」
「厄介な事件ですね……」
「ああ、とんでも無い事件の担当になっちまったよ」
ジェブロールはそう言うと、資料片手に明らかに増員された刑事を見ていた。
元々はジェブロールとジュリーの二人だけだったこの事件は増員され、十人ほどの刑事が派遣されていた。
「一件目の被害者はアドルフ・ブレリオ。トラック運転手で、年齢は二〇歳。死因は腐ったジャガイモを食べた事による中毒死と判定。近くに遺書もあった事から自殺と判断された」
「また二〇歳……」
「これは狙ってるな」
ジュリーとジェブロールはそう頷くと、今までの三つの事件の被害者をまとめていた。
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「今のところ、共通点は首元の紋様だけですか……」
事件を聞いたタバレはそう答えると、報告に送り出されたジュリーはタバレの家で彼に簡単にまとめた紙を渡していた。
「いやはや、わざわざ届けに来てもらって申し訳ないね」
「いえ、私にできる事なんてこれくらいですし……」
彼女はそう答えると、いつもの肩掛けカバンを持って部屋を出ていく。
「新米の私なんて、ほとんど事件に協力させてくれませんしね」
彼女はそう答えると、タバレも言った。
「貴方のような女性が刑事になってくれただけでも、素晴らしいですよ」
「そう言って居ただけで、幸いです」
彼女は少しだけ嬉しげにそう返すと、タバレは彼女に言った。
「いかがです?私の助手になると言うのは?」
「固定給があるのであれば」
「ははっ、それは少し難しいですな」
「でしたらお断りです」
彼女はそう答えると、タバレの部屋を後にしていた。
突如起こったこの紋様の連続殺人事件。今までの被害者は全員が二〇歳でトラック運転手、郵便職員、パン職人とバラバラな職種の人間が被害に遭っていた。
また、被害に遭った全員が首元に同じ紋様を持っており。その紋様は検死官の報告では精神魔法系統の、死体の腐敗を遅らせる魔法であるという。
正直、現時点ではわからない事ばかりであり、その殺害方法も全てじゃがいもの中毒死、カエンタケの中毒死、拳銃での射殺と。全てがバラバラだった。
「犯人の目的は一体何なんだ?」
タバレも流石にこの情報の少なさでは何も分からない。ただ言えるのは、彼らは全員自殺を装った殺人であり、犯人は非常に用心深いことだ。
犯人の目的は何か、次に狙っているのは誰か。
何もかもが不明なこの事件を暴く必要があった。
被害者に共通しているのは全員が二十歳である事。若い人材を無差別に殺している可能性が無きにしも非ず。何せ殺害方法が全て違うのだ。
いや、正確に言うと毒殺と射殺の二種類に分類できるのだが……。
そして、今回の事件に際しもう一つ気になるのが、殺されたのは全員が戦災孤児である点だ。
戦争が終わって二年。開戦から十一年が経っており、当時子供だった彼らは今や立派な大人だ。単なる偶然にしては疑問が残るところだ。