Case.27
「やはり軍を探るしかないか」
タバレは結論づける。
彼は今までに起こった紋様事件に関する全ての殺人事件に対し、現状の警察が把握している証拠だけでは推理できないと断定する。
今までに起こった事件の数々には必ず軍が何かしらで関わってきている。
「そもそもあの砲兵隊の写真からしてさっさと軍に調べてもらった方が良かったな」
タバレはそこで今までの軍に介入を前に少し後悔をする。
そもそもな話、国内の事件に対し国家憲兵隊がこれほどまでに口を出してくると言うことは、本来の慣習であればあり得ないこと。
「…軍で何が起きている?」
そこでタバレは、現在の共和国軍の現状の推察を行う。
「現政権は帝国との宥和政策を取る穏健派。当然、軍務省大臣は政権の意向を受け継ぐ穏健派のモルト大臣」
現在の軍務省大臣は今回の東西戦争初期まで活躍をした英雄と讃えられる優秀な軍人である。
かつての王政貴族の出身であり、高潔で長年軍人を輩出してきた歴史ある家系でもある。
「基本的に穏健派はこの事件に介入する手段が見当たらない。そう言う証拠も残されていないしな…」
タバレはそこで、この事件の犯人からまずこうした帝国との戦争を避けようとするグループを排除する。
そもそもな話、今回の事件で最も割を喰らっているのはこの穏健派の議員や軍人である。彼らはこの紋様事件の帝国の仕業であると考えている市民から後ろ指を刺されており、この事件の対応に追われていた。
もし仮に『実は穏健派も韓帝国の強硬派でした』だったのなら話は変わってくるが、そもそも軍部内にその強硬派がいる時点でわざわざ隠す必要がない。
「それで国家憲兵隊に繋がりのある将官クラスだろう…」
そして国家憲兵隊を動かせるほどの権力を有した将官であり、尚且つ強硬派の人であると推察。
今回の事件で最も利益を得ているのは強硬派の軍人達であることに違いはない。もし国粋主義者により犯罪であったとしても、裏で糸を引いている可能性もある。
「しかし、それでは辻褄が合わない」
それは四人目の被害者であるヘレン・ロジャース殺害の際、軍は秘密裏に事件現場近くで訓練をしていたと言う目撃情報があり、それによれば銃声がいくつも聞こえてきたと言う。そして被害者の隠蔽を軍が行わずに通報を行ったと言うことは、軍でも多少の混乱があったと推察できる。
「普通なら、軍はこの事件を隠蔽するはずだ」
国家憲兵隊を介して圧力をかけ、捜査を妨害している今の軍。
「軍が隠したいことがあるとするなら、それは被害者か犯人か…」
タバレはそこで国家憲兵隊を使って圧力をかけられる立場にある将官を消去法で消していく。
現在、そう言った強硬派の軍人の筆頭格として挙げられるのはジュール・ファブール准将である。彼は帝国との戦争中に強力な砲兵隊を用いた武勲を挙げた名将である。
「軍の狙いは犯人を捕まえること…その点では警察と一致しているわけだ」
先のロンデニオンでの事件で、軍部はメメント・モリを自らの手で確保しようと目論んだ行動をとっていた。
あの時、被害者グレース・パトリアを撃った犯人と彼女は面識があったと言うことは、彼女が軍にいた頃の知り合いと言うことなのだろう。
「とすると、軍は被害者を隠しつつ犯人を秘密裏に確保することが目的になるのか…」
そこでタバレは軍の目的を的確に推察をした後に今までの被害者の多くが持っていたあの集合写真を見る。
今まで何度も見てきた写真だが、タバレはそれを注意深く見る。
「…」
今まで何度も見てきて、そして同時に何度も事件現場で確認されてきたこの写真。
部隊章のワッペンにはサクラが使用されており、実際に調べたところ東洋の国に自生している植物であると言うことを知った。なぜそんなこんな地域では珍しい植物をジュリー・ジュネスとが知っていたのかは疑問ではあるが、タバレはそこでジュリーが常に巻いているスカーフの柄を思い出す。
「彼女のあれはラベンダーか…」
彼女の巻くスカーフを一瞬思い出しつつも、関係ないと切り捨ててすぐに忘却の彼方に放りこんでタバレは思考を元に戻す。
「…」
そして視線を元に戻すと、その写真には三〇名の砲兵隊の運用要員と155mmカノン砲の前に並ぶ砲兵隊。そして背景に映る施設を見る。
「…?」
その時、タバレはその背景に映る木々を見て首を傾げた。
「広葉樹…?」
そこの背景に写っていた木々は広葉樹の特徴的な曲がった幹が存在していた。
「珍しいな…」
今時、こうした広葉樹林は共和国やこの大陸の中では環境の変化や、かつてこの大陸を支配した超大国による伐採でほぼ絶滅しており、一部は国立公園として保護活動が行われているほどであった。
その為、国内にはすぐに育ち、材木としても容易に使用可能であるため針葉樹が多く植えられていた。
「…広葉樹林だったのか」
タバレはそこで数える程度しか残っていない共和国内の広葉樹林を前に再び思考する。
「なるほど、場所は指定できそうだ」
そこで部屋に置かれた植物図鑑を取り出し、共和国内に残存する広葉樹林と写真に映る広葉樹林を探してみた。
「…これか」
そして推測した木の高さや広葉樹、国内に自生している点を踏まえて彼はクスノキであると推察した。
クスノキは共和国内でも数少ない場所で自生しており、その場所は前述の理由で限られている。
「クスノキが林になっている場所は国内でも限られてくるな…」
ありがたい情報を知り、すぐさま彼はコートを羽織ってから部屋を出る。
「あら、お出かけですか?」
そこで丁度掃除をしていたヴァレリーと出会し、タバレはそこで頷きながら言う。
「ええ、少し気になる用事ができてしまいましてね」
「事件に繋がりそうですか?」
「ええ、少しずつ近づいていっているような気がしてなりません」
タバレは快調そうに答えると、ヴァレリーも安堵したように『そうですか』と頷いてタバレを見送る。
「ふむ…軍の協力を得たいところではあるが、あいにく軍に友人がいないのが問題だな」
彼はそこで自分の友人の網の狭さに今更ながらどうしたものかと思いながら街を歩く。
街中の一角ではデモが行われ、先の戦争で家族や友人を失ったり傷痍軍人を中心にプラカードを掲げて条約の破棄を申し出るシュプレヒコールを上げていた。
「…馬鹿馬鹿しい」
そんなデモを、珍しくタバレは感情的になって冷めた視線を送っていた。
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「そうですか…」
その時、ある男が電話をしていた。
「分かりました。では引き続きということで…分かっています」
そして電話を終えると、受話器を置いてその男はため息を吐いた。
「全く、面倒なことを…」
男の名はモルト・ゴレップ、現職の軍務省大臣である。
共和国の今までの慣習より、軍務大臣は軍を退役して五年以上経過した元軍人がなることとなっている。
軍務省はその名の通り、共和国が世界に誇る大陸軍を率いる組織である。かつて、この国が専制君主国家であった時代に組織された巨大な組織は陸・海・空の三軍を指揮する民主主義の防衛者として大陸にその名を轟かせていた。
モルトは内務省との内線電話でのやりとりを終えてため息を吐いていると、部屋の扉がノックされた。
「入れ」
モルトはそこで将官を部屋に招き入れる。
「閣下」
部屋に入った将校はそこで書類を持参し、それにモルトはサインをする。
「新型戦車の決算か…」
それは新型の重戦車と軽戦車の新たな製造を認可する政府の決算書類であった。
「全く。いくら旧式戦車達を更新するためとはいえ、戦時中と同ペースで生産をするとは…」
そこで彼は今の軍が戦前のように対帝国を見据えた強硬な姿勢をとっている事に不安を抱えていた。
「帝国は戦上手だ。まともに正面から戦っても勝てるわけがないと言うのに…」
二年前の戦争を忘れたのかと言いたくなる今の国内世論を冷静に見つめる彼は呆れる。
九年間続いた戦争は、膨れ上がった戦費を前にこれ以上の継戦は不可能と判断した前政権が倒れて終戦協定が結ばれた。結果として共和国内に国境線が敷かれてしまったが、その時の苦労を彼は見ていた。
そして帝国との戦争を九年間の内、前半分を経験した身としては帝国の脅威を身をもって理解しており、彼らの戦闘能力の高さは十分に理解していた。
「危機が去れば神のことは忘れ去られる…二年で人はこうも変われてしまうのか」
モルトはその民衆の浅ましさや、それを煽る今の新聞を前に再度呆れる。
そして部屋の時計を見ると、間も無く終業時間であった。これで今日の業務も無事に終えられることを切に願いながら書類を返すと、秘書が伝えてきた。
「閣下、お手紙が届いております」
「うむ、私信かな?」
その手紙は応援のものか、はたまた批判の手紙か。今の情勢を見れば後者だろうなと思いながらモルトはその手紙を開く。
「…」
真っさらな差出人も何も書かれていない手紙を前にモルトは少し沈黙をして黙読をすると、そのまま秘書に伝える。
「悪いが、全員一旦部屋を出てくれ」
「畏まりました」
秘書は手紙を置いて椅子に深く座り込んだモルトを見て、慣れた様子で書類を届けにきた将校と共に執務室を出ていく。
「…」
部屋に一人残ったモルトはそこでその手紙を片手に持っていたライターで手紙を炙り出す。するとそこから本来に書かれていた手紙の文とはまた別の文章が浮かび上がってくる。
モルトはその内容を静かに読む。
「(軍が人事課の一人を拘束したか)」
そこには数日前に軍務省の人事課の一人が数日間行方不明になっていた事案が事細かく書かれていた。
「(やはりジュール・ファブールが動いていたか)」
そこで軽く舌打ちをしながら人事課で拘束をされた軍人の情報を見る。
それは軍務省内部に潜り込ませていた自分の信用できる仲間からの情報であった。
「(キーマンに依頼したことが遠回しにバレたか)」
モルトは人事課長に出した秘密裏の指示を思い出しながら頭を抱える。
「(彼の部下にはあのジョージ・ルメイがいる。迂闊に手出しはできないか…)」
モルトは現在、軍務省内部でも幅を効かせ始めている強硬派に警戒心を拡大させていた。




