Cace.25
ロンデニオンで出会したメメント・モリの姿は一般男性程の身長を有した人物であり、今までの証言で集められた身長とまるで違った。
「…犯人は女の筈だ」
今までの目撃証言で判明しているのは、犯人は身長一六〇半ばの女性であると言うこと。
「…」
目撃証言に誤差はあれど、それほどの差も出るのかと言う疑問がタバレをよぎった。
「いや…女にもそれほどの身長の人物もいる筈だ」
ジュリー・ジュネスト警部補なんかが良い例だ。彼女は意外にも身長は高い。男とほぼ変わらない一七〇ほどの身長がある。
ただ、犯人が二人いる場合もこの時は考慮するべきだろう。
「…一度資料を時系列で纏めるか」
タバレはそこで山積みとなった『紋様事件』に関する資料を時系列順に纏める事とした。
地図を貼ったボードに刺されたピンを一つずつ確認しながら口にする。
「始まりは共和国の地方のトラック運転手の死亡…」
被害者は腐ったジャガイモに当たって死亡し、その死体は一軒家のオーナーが発見。
被害者は一九歳男性、トラック運転手で砲兵勲章は不明。
「二件目はルテティア最初の殺人事件」
被害者はサンドイッチに混ぜ込んだカエンタケによる中毒症状により死亡。
年齢は二〇歳男性、郵便職員で砲兵勲章あり。
この際、被害者のアパートの管理人が身長一六〇半ばの女が出入りしたのをみていた。
「三件目はその数日後、同じくルテティアで発生」
被害者の死因は、胸部銃創による失血死。
二〇歳女性、パン職人で砲兵勲章あり。
周囲に空薬莢は無く、残された血痕から犯人は銃撃をした後に殺害したものと見られる。
これで犯人は空薬莢から追跡されることも嫌う極めて慎重な正確であるのが窺える。
「四件目は共和国中部の都市、ブルティガラ郊外」
死因はモルヒネ多量摂取による中毒死。
一九歳女性、陸軍軍曹で砲兵勲章所持。
発見直前、事件現場付近の森では陸軍部隊が訓練に秘匿された何かしらの軍事行動を行なっていた痕跡があり、発見場所の森から多数の銃声を確認している。
この時、犯人はレンタカー屋で黒いスカートに灰色のカーディガンを着ており。サングラスと帽子を被っていたのが確認されている。身長は一六〇半ば。
二件目と同じ容姿をしているのでおそらく同一人物による犯行と見て良い。
「五件目は共和国東南部の観光地域」
死因は胸部貫通による即死。
被害者は共に二〇歳の夫婦、二年前に結婚の後にあの場所に引っ越した経歴を持つ。
はじめて二人の被害者が発生し、それで犯人はあの写真に写る全員の抹殺を目論んでいると推定した。二人の砲兵勲章の有無は不明。
この時、犯人は狙撃地点から約二千メートル離れた場所からの狙撃を行っており、貫通魔法の使用が確認された。
針の穴に糸を通す様な所業を簡単に行っており、犯人には相当高い狙撃能力があると推定。
この時初めて犯人は帝国製小銃弾を使用した。
「そして六件目…」
場所はロンデニオンのカタコンベ。被害者は二〇歳の女性、死因は頸部と胸部貫通による失血死。被害者は共和国から派遣された警察官がカレドニアヤードと協力をして護衛していた。
しかし彼女はある人物から届いた手紙を受け取った直後から動揺が見られ、そして雨の音に紛れて病室から脱走。
その手紙は死体には無く、何処かで放棄したものと推定。事前にその手紙を見ていた人は送り主が不明であったと回答している。
そして彼女の遺品の中には砲兵勲章が確認された。
カレドニアヤードから保護を拒否された後、彼女は何者かに狙撃され、捜査資料に合致することから共和国警察が出張。その調停役に自分も同行していた。
「…」
その際、彼女を狙撃したのは犯人とはまた違う人間。
仮称を『フードの男』としたその人物であると推定。彼の背中には犯人が使用したのと同じ銃弾が使える帝国製小銃を装備しており、摘出された銃弾とも合致する。
そしてフードの男は、グレース・パトリアとはかなり密接した関係を持っており、話している内容から彼は『紋様事件』の捜査関係者であり、また犯人から接触があった可能性がある。
自分が犯人と推定する人物は身長一七〇ほどの身長で、性別は不明。
最低五つの魔法を同時展開できる高い能力を有し、狙撃能力は一流。使っていた武器も帝国製小銃弾が連射で射撃可能な代物。
「…」
摘出された弾丸の写真をタバレは見つめる。
「やはり旋条痕が違うな…」
旋条痕は、銃弾が旋条と噛み合った時に生まれる銃弾につく傷であり、その痕は銃一つ一つで全く異なるものとなる。言わば銃の指紋のようなものである。
五件目と六件目の事件現場で発見された銃弾を見比べた所、その旋条痕には差異が見られた。
なので最初にグレース・パトリアを狙撃したのは真犯人ではない。
「拳銃弾は…」
そして直接の死因となった拳銃弾は、摘出された物と過去のものを見比べると、旋条痕は一致していた。
「…」
つまり、あの場所で出会った犯人は本物ということだ。
「(一体何のために…)」
そこで彼は今までの被害者の遺品から見つかったあの集合写真を見る。
「…」
被害者は、全員この写真の中に収められた人物。
この砲兵隊は三〇名ほどの小さな砲兵隊であり、何処の何処砲兵隊所属なのかは一切不明。
軍勤務歴のある彼らのいた部隊は全てバラバラで、軍部が嘘をついているというのは明白だ。
「軍は一体何を隠したがっている…?」
警察の捜査でも軍部は妨害を行っており。照会を行った軍部でも嘘の情報を伝えて捜査を混乱させようとしている。
「…」
そしてフードの男は、あそこでグレースを囮に犯人を誘き出した。
結局は、対象は殺害されて逃げられてしまうという散々な結果となってしまったが…。
しかしフードの男は明確に犯人に殺意を抱いており、自分を撃った時以上に躊躇なく拳銃を乱射していた。
「…やはり軍部か」
軍は恐らく何か世間にバレたらまずいことをしており、そのことを知っている犯人の抹殺を画策しているのだろう。
「軍が要になってくるか…」
この時間には必ず軍が関わってくる。とするなら、軍が何を行っていたのかを解明する必要がった。
「証拠はこれか…」
そしてその何かに繋がる唯一の手がかりはこの集合写真と言うわけだ。
「…」
恐らく、犯人はこの集合写真に写った誰かである。
しかしこれ以外の情報が何もない現状では、少し手詰まり感があった。
「しかし見慣れない部隊章だ…」
そこで彼は別に被害者の家に砲兵勲章と共にあった特徴的な形をした部隊章を見る。
その部隊章は五枚の花弁に薄ピンク色で縫われ、真ん中には雄蕊や雌しべを大量に生やした独特な花をしていた。
元々部隊章が与えられるのは大隊からであり、これほどの小規模部隊では独自の部隊章を作ることはまず無いはずだ。
勝手に作ったものかと思えば、同じ形をしたワッペンがこの写真に映る砲兵達にもつけられていた。
「見たことが無いな…」
タバレ記憶の中にこの花は見当たらず、後で植物図鑑を確認するかと思いながら彼はそのワッペンをしまった。
そしてタバレは次に犯人の魔術師としての能力の高さを考える。
「あの時、奴は他人を中心に魔法を展開していた…そんな事ができるのか?」
彼はその事実に困惑した基本的に魔法というのは、自分を対象にして発動させる物であり、他人に魔導具無しで魔法を付与する事は、今はまだ研究段階であった。
「あの時の私は魔導具を持っていなかった…」
拳銃弾を防ぐ程度の障壁魔法を展開していた。やったのは恐らくメメント・モリ本人だ。直前に聞こえた骨笛の微かな音は、その発動条件だろう。
「何故私を助けようとするのだ?」
今までに二度、彼は推測だが真犯人に助けられている。
どうもこの犯人、自分から姿を明かすことはないが、自分を追手から守り、ヒントを与えて何かに辿り着かせようとしている魂胆がある。
その辿り着かせようとしているのは何なのか、今の所見当もつかないが、もし次に会う機会があればじっくりと話がしてみたい物だ。
コンコンッ
するとその時、部屋が軽くノックされた。
『タバレさん、お客様です』
ノックしたのはヴァレリー夫人だった。どうやら来客との事らしく、タバレはドアを見た。
「分かった。すぐに行く」
そこでタバレは部屋のドアを開けると、そこではヴァレリー夫人とジュリーが待っていた。
「あぁ、これは…」
「どうも、タバレ探偵」
そこでジュリーが軽く挨拶をすると、そこで彼は納得した様子でヴァレリーを見た。
「ヴァレリーさん、お茶の用意をお願いしても良いですか?」
「えぇ、畏まりました」
そこで彼女は静かにアパートを出ると、タバレはジュリーを部屋に招いて椅子に座らせた。
「やぁ悪いね」
そして少し待ってヴァレリーから茶菓子が出てくると、それを齧りながら彼は言う。
「いえいえ、タバレ探偵が行き詰まっている事の方が問題ですから」
「おや、そう見えるかい?」
「えぇ、顔に出ています」
ジュリーは慣れた様子で紅茶を一口流し込むと、その後ゆっくりとカップを置いて聞いた。
「それで、どのような事で行き詰まっているのですか?」
「ん?あぁ、簡単な話さ。この前のロンデニオンの事件でまた新しい犯人が出てきてしまってね」
「ほぅ?」
知らない様子のジュリーは首を軽く傾げると、タバレはジュリーに言う。
「最初の狙撃事件の時、高い狙撃能力を持つ犯人がたった数十メートルの狙撃に失敗するのかと疑問に思ったのですがね…」
そこで彼はジュリーにあの銃弾の写真を見せる。
「それで、摘出した弾丸を見比べた所…」
そこで彼は銃弾の旋条痕を指で軽く叩いた。
「銃弾のここ、残った痕が違う事がわかった」
「…え?それじゃあ…」
「あぁ、その狙撃をしたと思われる人物とも接触したよ」
「っ!!」
ジュリーは驚いた様子でタバレを見た。
「恐らく、狙撃を行ったのはこの事件の捜査関係者だ」
「え?私たちの中に…犯人が 」
「正確には最初の狙撃を行った…だがね」
「…」
タバレの推測にジュリーは顔を青くして見る。
「ジュリー・ジュネスト警部補。この時間はなかなか闇が深い事件だ。…相当のことを覚悟しないといけないかもな」
「…」
タバレのその顔を前にジュリーも少し強張った様子で、タバレの見せた別の犯人が撃ったという銃弾を見つめていた。




