Cace.18
タバレは今回の紋様事件に対し、自殺に見せかけていた犯人の殺し方。その方法は実に巧妙で、よっぽど計画的な犯行だ。
通常殺しというのは突発的に起こるものが多く、その理由は殆どが愛と金だ。それ故に殆どの殺人事件は犯人が逮捕される。特に科学捜査が発展しつつある今の時代においてはその検挙率も高くなっている。
「(犯人の目的は一体何なんだ……)」
犯人は何を持って特定の砲兵を探し、殺しているのだろう。連続殺人に見せる為ならば銃殺と毒殺に分ける必要もないし、そもそもこの前のコテージへの狙撃事件で自殺に偽装しなくなっていた。今後の事件次第では犯人が方針転換したと言う事にもなる。
「(おまけに軍の動きも気になる)」
軍内部でもこの事件に際し、一部で動揺が走っていると言う噂がタバレの元に届いている。例によってモリスからの情報ではあるのだが……。
軍の関係者が積極的に警察絵の捜査妨害をしている傍らで、軍でも独自に調査をしていると言う。今までの被害者の戦果はそこまで華々しい才能に溢れたものでは無いと言うのが警察が調べ当てた結果でもある。
普段から散々捜査にしゃしゃり出てくる憲兵隊に激しい嫌悪感を持っている警察では軍部に対し、疑いの目を持って捜査をしていた。それ故に軍部の騒動がどれほど秘匿されているのかわかる話だ。
それほどまでに警察にバレたらまずい事が、今までの被害者達に共通していると言うのが今の所の結論だ。それが何なのかは未だ分かっていない。
最新電気機関車の牽引する特急列車の中でタバレは一人考え込んでいた。彼はジェブロール達と共に連合王国に繋がる玄関口のラ・マンシュに向かい、そこで連合王国に向かう海峡横断船に乗って連合王国側のフォークロックに向かう。
「そろそろ到着だ」
「了解」
ジェブロールの言葉にアンドレイが答える。今回共和国から赴くのはジェブロールとアンドレイとルコック、そしてジェブロールの付き添いとしてタバレが向かう事となっていた。この四人はこれから連合王国の首都のロンデニオンに入り、そこで治療を受けている被害者の移送の準備と、打ち合わせを行う予定であった。
「先生、そろそろ行きますよ」
「……」
「先生?」
「っ、ああ……もう着くか」
ルコックに言われ、意識の海から戻ってきたタバレは革鞄を持って降りる準備をする。
今回、ジュリーも連れて行くのかと思っていたタバレからすると少し意外ではあったが、そもそもとして着任早々にこんな大事件に巻き込まれた事自体、彼女にしてみれば大きな心労にも繋がる。だから今回は共和国側で移送対象の受け入れ準備のための一員として置いて行く事にしていた。
男四人はそのまま駅を降りて船着場から海峡を渡り、そこからさらに列車に乗り換える。今では海峡を通る海底トンネルを建設する予定などが立ち上がっているが、実現するのに何十年もかかる事だろう。
「詳しい行き先は?」
「ロンデニオン市内の警察病院だ。カレドニアヤードの警護を受け、療養中だ」
ロンデニオン行きの特急列車に乗りながらタバレはジェブロールに詳しく聞く。
「意識は?」
「報告ではまだ回復していないらしい」
秘密裏に移送を行う為、四人はあえて一般客の乗る列車で首都に向かう。
ロンデニオン郊外のヒース空港まで飛行機と言う手段もあるが、まだ検討中であった。
「飛行機での移動は?」
「一応、上にも相談はしているんだがな……返答がまだだ」
ジェブロールはやや渋い表情を見せてそう答えると、窓の外を見る。
「しっかし、まだここの連中は蒸気なのか?」
そう言い、ドラフト音を奏でながら煙を上げて走る先頭の蒸気機関車を見て小さく文句をこぼす。
「仕方ありません、戦争で各幹線が爆撃でズタボロにされた我々とは違い、この国は戦争になっていないんですから」
タバレはそう答えると、未だに木の枕木な路線を見る。
共和国と帝国の戦争に連合王国は介入せず、静観を貫いていた。それ故に戦火に巻き込まれる事なく戦争を終えた。
その間、共和国と帝国の鉄道路線は爆撃でズタボロにされており。戦後に再建する際、『どうせなら百年使えるくらい徹底的にガッチガチに固めよう』と言って、幹線の改造を行った。
曲がりくねっていた路線は真っ直ぐ敷き直され、線路や枕木もより頑丈な重量レールやコンクリート製枕木に変更されていた。新たに発電所や架線も設置され、それ故に両国の鉄道は劇的なまでの高速化を果たしていた。
しかし戦争を静観していたおかげで幹線を破壊されなかった連合王国ではわざわざ線路を新しく張り替える理由も無く、架線も無い。ただ共和国と帝国の鉄道の発展を見て、鉄道発祥国としての意地か、あわててディーゼル機関車を開発して動力近代化をしていると聞いていた。
そして一行はロンデニオンのチャージング・クロス駅に到着する。
「やっと着いたか……」
「こりゃ結構、腰に響くぜ」
「迎えまで時間があるな……」
駅に到着し、ジェブロールは時計を見てそう溢すとルコックが提案する。
「では軽食でも取りますか?」
「えっ、ここで飯かよ」
心底嫌そうにアンドレイが答えてしまうと、ジェブロールは彼の肩を掴んで言う。
「今国に来た時点で我慢しろ」
「冗談きついぜ、俺もジュリーみてぇに残りたかったぜ」
思わずこれから士気を落とす地獄の飯生活が待っていると想像すると改めて肩を落としていた。
「ん?」
しかしそんな彼らを横目にタバレは駅の売店の新聞に目が入った。
「あれ?」
思わず売店に向かってその新聞を手に取ると、店主が言った。
「読むなら金よこしな」
「あ、ああ」
そこで新聞代のペンズ硬貨を払うと、タバレは深刻な目でジェブロールにその新聞を見せた。
「まずいことになりました」
「「「は?」」」
そんなタバレに三人は首を傾げると、彼は新聞の見出しを見せながら言った。
「これを見てください」
そう言い、見せた新聞を見て三人は途端にあわてた。
「おいおい、どう言うことだよ」
「冗談だろ……」
「なんで漏れているんですか……?!」
そこには『連続殺人鬼、海を越える!!』の見出しと共に狙撃事件の詳細な概要の書かれた新聞記事が載っていた。
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その頃、共和国軍務省でも動きがあった。
「少佐、先の連合王国での狙撃事件だが……」
「ええ、把握しています」
ジュールが書類片手にルメイはそう答えると、おそらく同様の資料を持っていた。
「連合王国にいる駐在武官からの連絡によると、被害者のグレース・パトリア曹長はロンデニオンの病院で治療をしているそうだ」
「そうですか……」
資料を読みながらルメイは次に地図を見ると、ジュールは少し苦笑した様子でルメイに話しかける。
「しかし、彼女の行動は我々も予想外だった。少佐の推察眼の勝利と言ったところか」
「いえ、あらかじめ想定はできていました。元々、同級生が知らない場所で次々に死んでいっているのは今の時代の無秩序な報道の影響でほとんどの人間の知るところです」
忌々しげに語るルメイの表情にジュールもその心情を察していた。
「苛烈な報道は犯人に情報を与えてしまう……私からも圧力をかけておこう」
「全く、いつの時代も事が起こってから動くから後手に回るんです。だから我々はメメント・モリの尻尾すらつかめず。先に報道記者に記事をすっぽ抜かれるんだ」
不満げにそう溢すと、彼は資料を少し強めにビリヤード台に叩きつける。その様子からよほど苛立っているのが伺えた。
「見えない恐怖と言うのはいらない不安を煽るんです。ましてや、こんな新聞に煽りたてられているなら尚更……」
そう言い、彼は紋様殺人事件をオカルティックに富む、購入意欲を掻き立てるようにありもしない噂話をそのまま綴っていた。
この時、国内の新聞社は売り上げを伸ばすためならばと言いありもしない事実を書き込み。そのせいで余計に混乱が広がっていた。
後にこの過激な新聞社の書き方に問題が起こり、報道の自由が制限される要因となっていた。
「一覧の事件で、全く関係のない事件まで巻き込んでいる」
「おかげで警察はその対応に大忙しだと聞いている」
モラルのない報道によって国民は振り回されており、関係各所は大忙しの様相を見せていた。
「帝国の内部工作の可能性は?」
これほど国内に混乱を持ち込んだメメント・モリはこの時の軍部は帝国諜報員による工作と考えていた。
「もちろん調べさせた。……が、その結果がこれだ」
「これは……」
その報告書を読んだ時、ルメイの目は驚いた目をしていた。そして先に読んでいたジュールも困惑を隠さない様子で話した。
「今の所、帝国軍が君たちの存在に気づいた様子は無い。事件の事を調べている様子もないからな」
「……どう言う事だ?」
その報告に彼は当惑すると、顎に手を当てて考える。
「(これほどの事件が帝国の工作員では無いと言うのか……)」
彼の中では帝国軍であればまず初めに脅しをかけて来ると言う事で、あるとすれば国内の反政府勢力か。もしくは……
「(いや、ありえない……)」
一瞬浮かんだ想像に軽く首を振ると、ルメイは言う。
「帝国軍の秘密部隊の可能性は?」
「その可能性も考えながら調査を続けている」
ジュールはそう答えると、共和国や連合王国南部をまとめた地図を見ていた。
「……で、君も行くのかね?」
「ええ、おそらく奴は必ず現れます」
ジュールの問いかけに彼はそう答えると部屋を後にする。
「その際、犯人を殺しても構いませんね?」
「ああ……ただし、原型は残せよ」
ジュールはそう言うと、ルメイは部屋を出ると扉をやや力強く閉じていた。
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その時、とある道端に止まる一台の二代目オペル・カピテーン。その運転席で一人の人物が新聞を読む。
「……」
『連続殺人鬼、海を越える!!』と言う見出しとともに書かれた共和国の新聞社の新聞を読んで。どこから仕入れたのか分からない、襲撃を受けた女性の名前と収容されている病院の名前をその人物は読んでいた。
「…向こうから仕掛けるとはね」
そしてその人物はそう小さく溢すと、新聞を置いて車を走らせた。




