Cace.16
七月三日
その日、紋様事件捜査本部にとある上申書が提出された。
『紋様事件捜査本部再編成について』
内容をざっくりと言うならば『国家憲兵隊をさっさと追い出して、軍に口出しをさせるな』と言うものだった。
もしこの内容が受け入れられないのなら、警察側の捜査員全員が独自に捜査を行う旨も記されていた。
すでに警察側の捜査員が独自に動いている事は把握していた。その音頭を摂っているのはおそらくジェブロール……そしてその背後にいるタバレであろうと言う予測も。
すでに捜査が一向に進んでいないと叩かれ始めている警察はこの条件を呑もうとした時、今度は国家憲兵隊の方から文句が飛んできた。彼らの言い分は『軍人の弔いを邪魔する気か?!』と言うものだった。
お前らの勝手な言い分じゃないかと言う文句しか出ないこじつけのような理由だが、だからと言って追い出すと体裁が悪い。
板挟み状態の管理官はその限界が来てしまい、胃痛が原因で搬送される事となった。
「警部、候補者の選定が終わりました」
ジュリーが片手に前に比べて大部薄くなった名簿表を手渡しながら言う。
「ご苦労だったな」
「皆さんが協力してくれたおかげです」
場所は国家警察局の大会議室。管理官からの黙認という形で独自で動き始めていた共和国警察はこの場所で捜査官からの情報を集めていた。
なんなら副管理官もこっちに詰めているあたり、こっちが本物の捜査本部かもしれない。ちなみにここの責任者になってくれた副管理官は大の憲兵隊嫌いだった。だからこそ快く引き受けてくれたのかもしれない。あと定年が近いから最後に如何なっても良いと言うヤケクソに近いキャリアのあれもあるかも知れないが……。
「候補者は?」
「残った人数からさらに候補を二十代に絞ったところ。候補者はおよそ三千人ほどまで減りました」
「随分減ったな」
かなり減った人数に驚いていると、ジュリーは言う。
「タバレ探偵の推察した条件で絞った結果がこちらです」
「ふむ……」
そこには戦災孤児で、なおかつ十九〜二三と言うやや広めの範囲で絞られた名簿を見ていた。
「念の為、年齢層を広げておきました」
「ああ、そうだな。これだけ人数が減らせれば、広範囲に注意喚起もできるだろう」
「はい、今。他の方々が名簿に載っている人物の中で国内にいる人達に注意喚起をしに行っています」
彼女はそう言うと、そこで持ち込まれた無線受信機から連絡が入った。
「警部!」
「何だ?」
「二通連絡です。一つはタバレ探偵から。もう一つは……軍警です」
軍警とは、彼らが国家憲兵隊を指すときの隠語である。
「タバレのを見せろ」
「はい」
何も言わずにジェブロールはそう答えると、捜査員も分かっていてタバレの連絡を差し出していた。
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その頃、タバレは一人。自分の事務所にあるボードに今までの事件のアーカイブを貼り付けていた。
「一件目の被害者は自殺に見せかけた毒殺だった…。
二件目も同様に毒殺。
三件目は拳銃による銃殺。
四件目は毒殺。
五件目は狙撃された銃殺……」
そこでタバレはその違和感に気づく。
「殺し方が二種類なのか……」
毒殺と銃殺の二種類に分けられる殺し方に、タバレは引っかかりを覚えた。
メメント・モリと名乗る犯人から、直々にご指名を受けた自分としては犯人の真意を是非とも聞いて見たい所だ。
「犯人の目撃情報はこれだけか……」
そこで彼は二件目と四件目の事件で警察の事情聴取で把握した、犯人の人物像を見ていた。
「平均的な女性の身長、顔はサングラスや帽子で隠している……と」
今日、警察は捜査体制の見直しを行い。捜査本部から事実上、国家憲兵隊を追い出す事となる。前々から国家憲兵隊との折り合いが悪いのは知っていた。だから必然的にこうなるだろうとは思っていたが……。
「モリスは上手くやっているだろうか……」
タバレは馴染みの記者に依頼した仕事がうまいく事を願うと同時に、軍部にはより一層恨まれる原因を作ったと思っていた。
「毒殺と銃殺…二種類の殺しを繋げているのは、首元の紋様……」
そこで彼は今まで見つかった死体に必ず刻印されているあの謎の紋様を写した写真を見る。
大学に通う専門家にも協力を仰いだが、紋様を見ても『分からない』という返答をもらった。理由はあまりにも常識から外れ過ぎているからだと言う。
かくいう自分ですらも、これがどこの魔法なのか検討も付かない。東洋の魔術師とも違う、かと言って我々の範疇より外れた紋様だ。
少なくとも、現時点で言えるのはこの紋様は精神系統の魔法であり。尚且つ身体の腐敗を遅らせるための紋様ではないかという効果があるという事実だけだ。
精神系統の魔法で、氷系統の魔法の効果である身体腐敗の遅延を行えるというのは甚だ疑問ではある。
WMOに照会をかけてはいるが、一向に返事はない様子。まあ、元々国際機関といっても今は魔法学者が過去の遺物を研究し、その研究結果を奪い合う一種の戦場のような場所でしかないが……。
「しかし共和国の魔法学会だけでは手に負えん事案ということか……」
自分より魔法には長けているではあろう学者がお手上げ状態な今、現状で最も急ぐべきは犯人の逮捕だ。
犯人は女性である事は把握している。ただ、問題なのはそれ以上に身体的特徴しかないという問題だ。職業不明、年齢不詳。そして最も問題なのは、次に犯人が誰を狙うのか全く予想が付かない事だった。
「まいったな……」
犯人が次に誰を狙うのか、そして被害者の共通点が元砲兵と言う広すぎる範囲故に全員を網羅するのは厳しい。それが、年齢を十九〜二〇という極めて狭い範囲にしたとしても、当時は年齢を偽装して入隊した者もおり、明確な数は計り知れなかった。
「候補は三千人、この中から被害者になりそうな人を探すのは困難だな……」
これでは被害者を守ることすら叶わなさそうだ。
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共和国とは海峡を挟んだ先に存在する島国、連合王国。
世界の至る所に植民地を持ち、かつては世界の工場と呼ばれた海洋国家だ。世界第二位の海軍力を所有しているが、最近は植民地の独立などが相次いで起こり。その威厳は失われつつあった。
ロンデニオン
連合王国の首都のこの街は世界各地に植民地を持っていた連合王国の影響で、多種多様な人種が集まっていた。その光景はまさに人種のるつぼであった。最近は若者文化も流行っており、人口は爆発的に増えていた。
今でこそ世界経済の中心は大陸を挟んだ向こうの合州国に奪われてしまってはいるが、かつてのヴィクトリアの栄光はまだ微かに残っていた。
そんな繁栄を謳歌していた霧の都のとある一角。ヴィクトリア・エンバンクメントに面する場所に居を構え。連合王国が世界に誇り、数々の小説の舞台ともなったロンデニオン随一の警察機構のカレドニアヤードには今日も多くの職員が詰めていた。
そんなロンデニオンでも、海を隔てた大陸側の共和国で起こっている連続殺人事件もそういった界隈では盛り上がっていた。
「また殺しか……」
「これで六人目だ」
市内のある警察署では駐屯している警察官達が新聞を読みながらそう話す。
「共和国のジョン・ザ・リッパーか……」
「今話題の連続殺人事件だ」
「お前、こう言うの好きだよな……」
苦笑しながら同僚が新聞を覗き込むと、ラジオでも同様に共和国で起こっている事件を報道していた。
『現在、共和国で起こっている紋様事件と名付けられた事件ですが。共和国警察は国家憲兵隊との共同捜査での足並みが揃わず。これ以上の捜査は厳しいと判断し。今日未明、国家警察局は新たに独自の捜査本部の設立を発表し、捜査体制の見直しを……』
それを聞き、彼らは鼻で笑った。
「へっ、共和国の玉葱野郎共は相変わらずのようだな」
「あそこは前の東西戦争で憲兵の権限が強くなったからな」
「あーあー、これだから戦争は嫌いだよ」
そう話していると、そこに一人の人物が警察署の扉を開けて入ってきた。
「あの、すみません……」
入ってきた一人の女性に彼らは答える。
「はいはい、如何されましたか?」
そう聞くと、その女性は恐る恐る警官にある願い事をした。
「私を、警察で保護してくれませんか?」




