Cace.15
「これが候補者リストです」
五件目の事件から三日後。捜査本部にとある資料が送られてくる。
それは二万人以上いる砲兵勲章授与者の中から今まで集めた証言を参考に、容疑者候補の名簿だった。
「こ、こんなに……?!」
その資料を受け取ったジュリーは困惑した様子を浮かべる。すると、資料を渡した捜査官が気まずそうに答える。
「何せ候補者は現時点で一万九千人以上いますからね」
「千人しか絞り込めていないのか?」
横で思わずジェブロールも聞いてしまうと、その捜査官は言う。
「はい…しかもミスもあるので、名前が重複している可能性もあります」
「「……」」
悲惨以上にまずい状態のこの現状に、思わず二人は絶句してしまった。
「これは、予想以上に不味い状況だぞ」
「ですね、容疑者候補は最低一万人以上……」
「いや、容疑者は無限だ」
「え?」
ジュリーはジェブロールの言葉に疑問を持つと、彼は言う。
「後で俺たちの会議をした時に分かる話だ」
「容疑者はこれだけの目撃情報がありながら一向に掴めない。……まるで蜃気楼だ」
警察本部での会議が終わった後、別の会議室に集まったジュリーやジェブロール、アンドレイ達はタバレを招いて会議を開いていた。
この会議はジェバロールが信頼する刑事達で組織された独立した捜査機関であり、捜査本部の機能不全を懸念したタバレの助言であらかじめ設立されていた。
ここにはタバレも招集しており、彼が満足に情報を得られるようにしていた。
「犯人は砲兵勲章を授与された軍人を狙っていることは確かだ」
「しかし、候補者が一万人以上なんて馬鹿げている」
「とてもじゃ無いが犯人なんてどう絞り込むんだ」
そう話す彼らにタバレは言う。
「先の狙撃事件の際、僅かに貫通魔法の使用が確認できた」
「なので、おそらく犯人は魔術師と推定されます」
そう言うと部屋にいた全員が驚いた様子を見せた。
「そんな情報があったのか」
「聞いて無いぞ?」
するとタバレは頷きながら言う。
「ええ、当然です。私が言いませんでしたから」
そう答えると、タバレはその訳を話した。
「現在、捜査本部自体はほぼ機能不全に陥っている。よほど社会的に叩かれない限り動くことはほぼ無い。そんな状況で情報を流しても意味は無い」
彼はそう言うと、そこで集まった彼らに話す。
「暫く私は個人で動きます。定期的に連絡はするつもりですが、満足な連絡は無理でしょう」
そう言うと彼は簡単に名簿表を見ながら言う。
「おまけに、犯人は黒魔術師の可能性があることも留意する必要があります」
一般的に魔術師がWMOの免許を取得していると色々と国際的な保証がされるが、あくまでも努力義務であり、必ず届け出る必要はない。
そのため、軍事的利用価値のある魔術師は国が保護の名目の下、敢えて届出を出さない場合がよくあった。
WMOの免許は発行されると他国で魔法を使用しても魔術師としての立場や権利が保証される代わりに、名簿に名前が載ることとなるので警察機関などが照会をかけると簡単に名前が割れてしまう欠点があった。
「もしそうだったら全て振り出しに戻りそうだな」
苦笑しながらジェブロールは願うように言うと、タバレは聞く。
「事情聴取の方はどうですか?」
「やっているが、皆知らないと口を揃えている」
「元々被害者が配属されていた部隊は戦時中に壊滅したりした物ばかりですからね……」
ジュリーはそう言うと、他の捜査員たちも各々犯人探しの為に頭を回す。
「向こうは国中飛ぶように移動しているんだ。捕まるのか?」
「そもそも、捜査を軍が邪魔している。そっちを調べたほうが早そうだ」
アンドレイの言葉に全員が少し笑うと、そこでジュリーが真面目な表情で言う。
「でも、本気で軍の動きを調べたほうが良いかもしれませんね」
そこで彼女は閃いた様子でタバレ達に言った。
「あっ!もしかして、犯人は何らかの理由でその軍の秘密を知ってしまい、それをバラす為にこの事件を起こしているとか?!」
それを聞き、ジェブロール達の反応は面白い冗談と言った様子だった。
「はっはっはっ!面白いこと言うな」
「有り得ん話だ。そんなだったらもっとマシな方法があるだろう」
「いやぁ、中々に良い冗談だよ」
そう答える彼らに少しだけジュリーは膨れっ面になっていた。
するとそこでジェブロールが思い出したようにある聴取の情報を口にする。
「ああ、それから。付近に居た住人達に証言が取れた。何でも森の方からどデカい銃声が聞こえたそうだ」
「でかい?」
「ああ、まるで大砲見たいな音だったってよ」
そこでその証言を聞いて首を傾げる。
「あれ?現場で見つかったのって、ただのモーゼル弾の薬莢ですよね?それに、使われた弾丸はただの徹甲弾ですし……」
「ええ、とてもじゃないが8ミリモーゼルで大砲のような音は出ない」
「まあ、あそこは湖の森だし。音が反響して大きく聞こえたんじゃないか?」
ジェブロールはそんな予測を立てると、他の面々も同様に頷いていた。
「兎も角、次の被害者が出る前に今までの状況を整理して。犯人を逮捕するしかない」
「ですね。まあ、幸いにも他の人達も協力的ですので。情報は集まりやすいかもしれませんね」
「そうだな……」
すでにこの事件は全国規模の大事件だ。事件が起こっても必ず聴取が取れるくらいにはなっていた。
「この連続殺人は止めなければな」
「しかし、次に狙われるのは誰か……」
そこでジェブロール達は顎に手を当てると、そこでタバレは言う。
「条件を絞り込む事ならできる」
『『『『『?』』』』』
そこでタバレは今までの被害者の共通点を言う。
「被害者は全員が砲兵勲章を授与され、尚且つ戦災孤児。そして年齢は全員が二〇や十九歳の若い者達だ」
「……それだけあれば、かなり絞り込めますね」
ジュリーはそう溢すと、そこでジェブロールは言う。
「よし、その条件で絞り込みをかけるぞ」
『『『『『はいっ!!』』』』』
そう答えると、ジェブロールは言う。
「俺は上に掛け合って軍を追い出す。その間は頼むぞ」
「分かりました」
ジュリーが答えると、アンドレイが言う。
「俺も知り合いの刑事に頼んで手伝ってもらいます」
「ああ、できるだけ多く囲んでおけ。まぁ、軍部に苛立っている連中は多いだろうから。簡単に行くかもしれんがな」
そう言うと、ジェブロールは部屋を後にした。
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その日、とある墓場にある人物が訪れていた。
深夜で強めの雨が降る中、その人影は大きな黒いローブを雨合羽のようにかぶっていた。
墓標に掘られていた名前はジョルジュ・モラーヌとイザベル・モラーヌ、この前狙撃されて亡くなった二人だ。
この国では土葬が主な埋葬方法であり、宗教の教えで死者の埋葬は土葬のみが許されていた。その為、二人は首元に紋様を残したまま棺に入れられ。簡易的な葬式が行われていた。
そんな二人の墓を前にその人影は呟く。
「いつか、本当の名前でお墓に入れる日が来るから。それまでの辛抱よ……」
その人影から女の声がすると、彼女は両手に黒い革手袋を嵌め。後ろに向かって問いかける。
「あなた達は誰かしら?」
そう問いかけると、後ろからゾロゾロと片手にスコップや斧など、物騒な物まで持ち合わせていた。
格好はボロボロで、痩せこけた様子であった。彼らは近隣の墓場を拠点とする、墓荒らしの集団であった。
「女か……」
「ボス、やっちまいましょうぜ」
「待て」
殺意は高い様子で、数はざっと数えて十四人。
墓嵐を生業としている時点で不届者もいい後も御身分ではあるが、戦争が終わり。いきなり兵士から浮浪者に成り下がったのが彼らのような存在だった。
今では社会問題となっており、政府もわざわざ対策に乗り出すほどであった。
「おい、お前も同業者か?」
リーダーと思われる男がそう聞くと、そのローブをかぶる女は答える。
「いいえ?ただの手向客よ」
「そうか……」
同業者でないとわかった瞬間。男達は下衆な笑みを見せると、そのままローブの女を襲おうとした。
静かに近寄ってナイフを首に突き立てて脅そうとした瞬間、
パシュッ
雨を切ったような音が静かに聞こえ、その数秒後。ナイフを持っていた手首から先が重力に引かれて滑り落ちた。
「……え?」
「ひっ……!!」
「墓荒らしするなら他の人の所に行ってくれないかな?」
彼女はそう言うと、手首を切られた男から悲鳴が上がる。
「い、いやぁぁあっっ!?!?!?」
「っ!!殺せ!」
一気に警戒した彼らは各武器を取り出す。中にはデリンジャーやFP-45の姿もあった。
ここで引く訳には行かない。今回墓に入った夫婦は多くの装飾品と共に眠っているのを見たと言う報告がある。こんな優良物件を逃す訳には行かなかった。
「へぇ、私に楯突く気なの……」
その瞬間、振り向いたローブの女の嵌めていた手袋の手の甲が紫色に光ると、そこから魔法陣が浮かび上がった。
「っ?!」
そして、彼らが逃げるよりも前に一人の男が一気に燃え上がった。
「ぎゃぁああぁあっ!!」
一瞬で燃え上がって消えてしまったその男を見て墓荒らし達は拳銃の引き金を弾くも、
「あっ……」
「ぎゃっ!」
「っ!!」
ある者は簡単に首を刎ねられ、胴体を貫かれ、腕を斬られ。体を左右に真っ二つにされた者も居た。
あっという間に十四人いたはずの墓荒らしグループは一人を除いて肉界へと変貌していた。
「あっ、あぁ……」
最初に手首を斬られ、今も出血の止まらない墓荒らしリーダーは徐々に薄れていく視界の中。眼前に拳銃を向けられた。
「貴様達の遺体は有効活用させてもらおう」
「お…お助けを……」
そんな慈悲を求める男への返答は一発の銃声であった。
再び静かになった墓場で、ローブの女は雨の中。周りの人目が無くなったことを感じると、そこでフードを取る。
「ふぅ……これでとりあえずは終わりか」
そこでフードをとった女の持っていた懐中時計が軽く震えると、その女は言う。
「暴れないでって。ちゃんとあんた達と同じ処置はされているわよ」
そう言うと、まるで反論するように懐中時計は雑多に震えていた。
「私みたいになりたいの?」
そう言うと、その懐中時計はすんと大人しくなった。それを見てその女は言う。
「そうそう、そのまま貴方達はいい生活を送っている事ね」
そう言うと彼女は地面に手を置くと、再び魔法を使って作業をしていた。
その女の頭頂部には特徴的な尖った獣の耳が生えていた。




