Cace.13
「名探偵ね……」
そんな評価をわざわざしてくれる犯人…いや、メメント・モリと名乗る人物は随分自分を高く評価しているようだ。そんな人物から送られた言葉。
「目に見えるものが全てでは無い……か」
何かの暗示と捉えるべきだろう。この言葉をそのままの意味で考えるなら、別の視点から見ろと言うことだろう。
「挑戦状か…面白い」
これだけ証拠を残さず、かと言って時折大きな証拠となる姿を見せるメメント・モリ。それなのに捜査は全く進まない。
よく頭の回る犯罪者だと思っていると、少し不敵な笑みを浮かべる。
「面白い。その勝負、受けてたとう」
これは犯人からの挑戦状と言った所なのだろう。最初の事件現場に残されたこの手紙は、自分が見つけて取ることをあらかじめ予測していた。
魔法が使われた痕跡もなく、自分の知らないところから尾行をしていたわけでもなさそうだ。
おそらくこの後もメメント・モリは人を殺す。狙うのは砲兵勲章を授与された砲兵達、それもあの謎の集合写真に映る部隊の面々を。
なぜ犯人が彼らを狙うのかは不明だが、犯人は明確な意図を持って犯行に及んでいることは間違いない。
その鍵となるのは……
「やはりこの正体を知るしか無いか……」
モリスに頼んで見ようと思っていた。
「だが今は……」
そこでタバレは街のショーウィンドウを鏡代わりに後ろを見る。
「逃げるとしよう」
その瞬間、タバレは裏路地に向かって走る。
あの家に向かった時に遠くから監視しており、家から出た後から永遠と追跡してきていた。
それに気付いて追いかけ始める二人の男。うち一人は最新式の携帯無線を使って連絡を取る。
「マトが逃げた!見失うな!」
そして裏路地を走るも、タバレの姿は無かった。
「地下水道か……!!」
そこで裏路地にあった地下水道につながるマンホールを思い出すと、そこから下に降りて探索を始めた。
地下道を走るタバレは遠くから追いかけてくる音を耳にした。
「……」
足音から最低でも二人。追いかけてきているのはおそらく軍の邪魔者だろう。
「厄介だな……」
今回は軍が容赦なく邪魔をしてきている。よほど秘密をバラされたく無いのだろう。
「(だからこそ不審に思える)」
ここまで軍が躍起になって隠す秘密とはなんだ?
生物兵器か?それとも化学兵器か、はたまた新大陸の合衆国で開発されたという新たな兵器か?
真相は不明だが、どちらにしろ今は逃げることに専念したほうが良さそうだ。
『あっちを探せ!』
『この地下水道に居るはずだ』
そう言い走ってくる人物を見てタバレは身を隠そうとした矢先、反対側からも来ていることに気がつく。
「数が多いな……」
最低でも四人いるこの状況にどう対処したものかと思いながら拳銃を取り出すと、そこで引き金を引いた。
八ミリの拳銃弾は軍用としては威力不足だが、ソフトスキン相手にはまだまだ行けた。
「いたぞっ!」
「追え!」
そう叫んで逃げるタバレを追いかけながら持っていた拳銃の引き金を弾く。
地下水道で銃撃戦が起こる中、タバレは撃ち切った薬莢を排俠して新たに一発ずつ装填し直す。
「流石に自動拳銃相手では無理があるか……」
思わずそう溢してしまうほど火力に差がある。
無理もない、向こうは自動拳銃四丁で、こちらは回転式拳銃一丁。泣きっ面に蜂も良いところだった。
近づいてくる足音に冷や汗を掻いていると、ちょうど隠れていたさらに奥の通路から激しい銃声が轟いた。
銃声は四発、音的に小銃弾が近い。
「うわぁぁあっ!!」
「何だ!?」
するとその影はそのまま走り去っていくと、その後を追って追跡者達は走り去って行った。
「……」
一切姿は見えなかったが、あの人物は一体?
少なくとも分かるのは自分の身代わりになったと言う事実だけだった。
この地下水道にあらかじめ潜んでいたのだろうか。警察からの護衛は頼んでいないし、来ている気配もなかった。
しかしタバレの身代わりとしてあの人物は動いていた。
警察以外でここに来れる人物で、尚且つタバレの行動を予測出来る人物となると……。
「……まさか」
タバレは信じられない表情を浮かべ、なぜこんな行動を取ったのかと理由を考えていた。
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六月二〇日
昨今、共和国を騒がせている紋様事件。現在までに確認されている被害者の数は四人、公的な情報としては内三名が元軍人で、砲兵勲章を授与された者達であった。
警察も全力をあげて捜査を試みているが、所々で何者かによる妨害を受けており。おまけに捜査に仲の悪い国家憲兵隊も混ざっての合同捜査であり、ただでさえ足並みの揃わない状況が続いていた。
ただでさえ一万人以上いる容疑者と被害者の候補。それらの安否確認と被害者との関係の照会。とてもじゃないがこの連続殺人を止めるのには困難なのは火を見るより明らかだった
そしてこの日も、また事件を未然に防ぐことはできなかった。
「これで五件目か……」
「しかし被害者は二名。夫婦纏めてか……」
「なんて酷い……」
コテージに多くの鑑識や警察官が集まり、証拠を集めていた。
その場にはジェブロール、ルコック、ジュリーの三人が詰めていた。
「今回は銃殺か……」
「死因は二人とも銃撃による胸部貫通ですね。被害者の名前はジョルジュ・モラーヌとイザベル・モラーヌ。二年前に結婚し、近くの観光施設で働いて居ました」
「いよいよ自殺に偽装しなくなってきたか……」
ジュリーがそう言うと、そこで同じく事件現場を見るタバレに目をやった。
現在、紋様事件の解決と。軍部の隠し事を知る二つの依頼を受けている彼は、三日ほど前に地方県から帰って来たばかりであった。
ここは共和国東南部に存在する行楽地にあるコテージだ。タバレは西方の地方県からわずか数日で、南東部に移動する大移動を強いられていた。
「そっちはどうだ?」
「現時点では何とも言えません。ただ、今回の事件は今までとは明らかに違う点がある」
そう言うと、彼は写真を撮られ。遺体を回収された後の死体のあったコテージの床を見る。
「今回は被害者も抵抗をした後があります。つまり、犯人の存在に気づき。警戒していたと言うことです」
そう言うと、彼は数発の薬莢の排出され。死体の側に落ちていた小銃を見る。
「なかなか珍しい小銃だ」
「P14エンフィールドですか?」
「いや、似ているが違う小銃だ」
そう言うと、彼は薬莢を見ながらジュリーに教える。
「薬莢がリムレスの.276エンフィールド弾だ。まあ、この小銃を.303ブリティッシュ弾に改良したのがP14だから見間違うのも無理はない」
「どちらにしても連合王国の小銃ですね……」
ジュリーはそう答えて手帳にメモを残していると、鑑識が戻ってきてジェブロールに報告をした。
「残っていた弾丸から、使用されたのは8ミリモーゼル弾と判明しました」
「帝国の弾薬か……」
帝国の銃弾かと思っていると、そこでタバレはコテージの壁を見ながら聞いた。
「この銃痕は?」
「ああ、被害者の体を貫通して銃弾が突き刺さっていた。弾丸もそこから検出されたものだ。半分銃弾が浮き出ていた」
「もう一発は?」
「女性の体の中からだ。使われたのは同じ弾薬だそうだ」
ジェブロールが答えると、タバレはやや血の付いた銃痕を見て舌を巻いていた。
「どうやら敵は、恐ろしい狙撃能力があるようだ……」
「え?どうしてです?」
横でジュリーが聞くと、タバレは部屋にいる全員に聞こえるように話す。
「部屋に残った銃痕は一発。そして被害者の体を貫通し、そこでエネルギーが減ったとしても壁に突き刺さるほどの威力を残す。確かに使用された弾丸は威力の高い弾丸ですが、だとしても距離にしておよそ二千メートルほどの距離で撃った事になる」
「「「?!」」」
「おまけにその距離から針穴のような大きさの心臓に直撃させている。犯人の狙撃能力の高さが伺えますね」
冷静な彼の分析にジェブロールは驚いた声で言う。
「そんなの……どんな銃を使えばそんな性能が出せるんだ?」
「ホットロード弾でも使ったか、狙撃に特化した銃を使ったかもしれませんね」
彼はそう言うと、ジェブロールに聞いた。
「被害者の持っていた小銃は珍しい品です。すぐに称号も終わると思います」
「ああ、分かった。細かい情報はまたジェリーに届けさせる」
「また私はパシリですか?」
そう言いジュリーはゲンナリしていると、そこでジェブロールは言う。
「確かに、捜査に正式に復帰はしたが。まだまだタバレの連絡係は終わったわけじゃないからな」
「ええ、その為にジュネスト警部補のシフトは緩めになっているんです」
横でルコックが言うと、ジュリーはややゲンナリしつつも。楽ができると言った様子で嬉しげにもしていた。
「まあ、情報の連絡係がいてくれるのはありがたい話です。証拠が揃えば、事件解決に近づきますからね」
彼はそう言うと、今回被害にあった夫婦に哀悼の意を示した後。コテージを出た。
「どこに行かれるんですか?」
「被害者を撃った場所の推定です。付いてきますか?」
タバレが聞くと、ジュリーの背中をジェブロールが軽く押し。彼女はタバレの後をついていく選択をした。
「は、はいっ!」
そしてそのままタバレとジュリーはコテージ近くに湖の反対側に向かって湖畔を歩いていた。
「本当に、二千メートル級の狙撃ができるんですか?」
歩きながらジュリーはそう聞くと、タバレは頷きながら答える。
「ええ、元々8ミリモーゼル弾自体。最大射程は二五〇〇メートル以上あります。弾丸の威力で言えば問題ありません。
ですが、山暮らしのあなたなら分かるでしょうが。動く物体に対し、二千メートルで当てることはまず困難。確実に心臓というピンポイントを仕留めるには止まって居なければ無理です」
彼はそう言うと、ちょうどコテージから反対に位置する湖の崖の上に辿り着いた。そしてそこで、彼はある物を見つけて確信していた。
「どうやらここが狙撃場所のようだ」
そう言った先には、切り株の上に立てて置かれた一発の薬莢があった。
「これは……」
「ここから撃ったのは間違いなさそうだ」
湖の反対には事件現場となったコテージが遠くに映っており、この距離の狙撃をした事実にタバレは改めて敵の狙撃能力に舌を巻いていた。
薬莢底に刻印された文字を読むと、一九五四年製造の比較的新しめの弾薬である事が伺えた。
「犯人の目的は一体何なのだろうか……」
この前の動きと言い、今までとは全く違う犯人の動向にタバレはただただ首を傾げていた。




