Cace.12
ジュリーから依頼を受けたタバレは単身、地方県に赴いていた。
ここは一件目の被害者のアドルフ・ブレリオが毒殺された場所だ。
「……」
そして彼はその被害者の家の周りを歩きながら被害者がよく見える場所を見ている。
「ここか……」
そこで被害者の住んでいたアパートの窓がよく見える場所で立ち止まる。
そこから被害者の住んでいたアパートの部屋の窓を見ると、そこにはすでに新たな住人が住んでいた。
海を挟んだ連合王国と違い、この共和国ではたとえ事故物件になっても家賃が跳ね上がる事はない。
やっぱりあの国の文化はおかしいし、何よりあそこの国に料理は無く、食べ物しかない。
信じられないと思ってしまう。連合王国でまともに食べられる食事はローストビーフかジェパーズパイくらいではないだろうか。
「そう言えば、砲兵勲章の授与者の中には連合王国にいる者も居たな」
戦争が終わり、共和国から海峡をこえて連合王国に住む人物もいたと思い出しながらタバレは部屋の扉をノックする。
「失礼」
『はい、どなたで?」
扉を開けながら部屋から一人の男が現れると、そこでタバレは言った。
「すみません。自分、探偵をしておりまして……」
そう言った瞬間、男は分かりきった表情を浮かべた。
「どうせ部屋の調査だろう?もう勘弁してくれよ……」
そう言い、疲れた様子の住人の男を見てタバレは言った。
「なるほど、散々警察に探された挙句泥棒にも入られたのですか。だとしたらすみませんね」
「え?なんでそれを分かって……」
そこでタバレは住人の男の部屋の状況を見た。
「部屋がとても散らかっているが。貴方の服装や靴、髪は整えられていて、とても綺麗だ。おまけに顔も疲れている。近々、引っ越しを考えているのでは?」
「あんた……エスパーかなんかかよ」
心底驚いた目をしてタバレを見るその男を見てこんなの推理でも何でも無いと答えると、そのまま去ろうとした。
「では私はこれで。お忙しいところすみませんでしたね」
「ああ、見ていくなら良いぞ。片付けの邪魔にならないならな」
そう言うと、その住人はタバレを荒らされた部屋の中に招き入れていた。
部屋は一般的な1DKの部屋で、よくある一般的なマンションだ。
入り口近くにはクローゼットがあり、近くに浴室とトイレがあって、その奥にキッチンともう一部屋あった。
「随分と荒らされましたね」
「昨日は仕事で、朝に帰って来たらこの有様だよ」
疲れた様子でその住人は答えると、散らかった荷物を片付ける。
「職業は洗濯屋ですか?」
「何でまた分かるんだい?」
「部屋に微かに洗濯洗剤の匂いが残っています。そして貴方は毎日体を洗う程の綺麗好きだ。性に合っているのでは?」
「はははっ、あんたは本当に凄いぜ」
住人がそう答えると、タバレは荒らされた部屋を見ていると。そこで住人は言った。
「ここに元々住んでいたやつが、話題の事件の被害者が住んでた家で。それに引き寄せられた物好きが荒らしたんじゃ無いかって、警察は言ってたぞ」
「物好きですか……」
「ああそうさ。盗られた物は何も無かったからってさっさと帰りやがって……」
「何色の服でしたか?」
「紺色だったよ。ったく、こんな事になるなら、ここに住まなかったよ……」
ブツブツと文句を言いながら男は去っていく。
確かに、あの紋様事件は今や世間を騒がせている一大事件だ。連続殺人に、死体についた謎の紋様。メディアが騒がないはずがなく、そう言った事件に関連のある場所には時には不節操な大馬鹿者も訪れる訳で……。
「早めに引っ越したほうがいいって言われたよ。これからも同じことが起こるかもしれないからってな」
「……」
「全く、まさか紋様事件の事故物件に住むとは思いもよらなかった。大家は自殺だって言ってたのによ」
基本的に共和国では事故物件であっても対して気にすることなく人は生活する文化だ。
「おかげで家に何度も警察や軍が来ては家の中にズカズカと入って来るんだ。おかげで床が酷く汚れて腹が立ったよ」
「はははっ、そりゃ大変ですな」
「その点アンタは綺麗だからありがたいよ」
そう言い、靴跡の無いタバレを見て住人は安堵した様子を見せていた。
「ここに来た時に、変な違和感はありませんでしたか?」
「違和感?」
「ええ、分かりやすい所で言えば部屋に残っていた汚れとか」
「うーん……」
そこで少し考えた後に思い出したようにポンと手を叩いた。
「ああ、部屋の鏡だな」
「鏡?」
「ああ、鏡だ。今浴室に置いている奴だ」
そう言い、タバレはその鏡を見るために浴室に移動した。
「これが?」
「ああ、元々はリビングに置かれていた。前の死んだ住人が置いて行った物らしいが、他の場所は埃まみれだったのに。こいつだけとても綺麗だったんだ」
「ほう」
「変な場所にあるし、結構使い勝手が良かったからここに移したんだ」
そう言うと、その住人は部屋に置いていた本の崩れる音が聞こえ。慌てて部屋に戻って行った。
浴室に残ったタバレは、そこでその鏡が気になっていた。通常、鏡を置くのならクローゼットにある入り口に置くだろう。しかし、この鏡は玄関から最も遠いリビングに置かれていた。おまけにこの鏡。吊り下げの鏡にしては異様に分厚い。
「すみません。この鏡はどのように置かれていましたか?」
そう聞くと、部屋の住人は答えてくれた。
「地面に直置きだったぞ。鏡の面が上になって倒れていた」
「ありがとうございます」
そこでその時の話を聞き、タバレはさらに聞いた。
「この鏡、触ってもいいですか?」
「ああ、ただし割るなよ。特注品っぽいっしな」
そう言われ、タバレは慎重に鏡を壁から外すとそこで鏡を裏に向けた。
「……」
そこで特注品だというその鏡をよく見ていると、そこで鏡の裏面に差し込まれているネジを見て。懐からマルチツールナイフを取り出すと、そのネジを外した。
そしてネジが外れると、そのまま鏡の枠が外れて。そこから鏡に裏打ちされていた木板の間に何か挟まっているのを見つけた。
「あった」
その中身はあの集合写真と砲兵勲章、そして一通の封筒だった。
「?」
真っ白で何も書かれて居ない封筒。切手や判子も無いことから郵便で送られたものではなさそうだ。
必要な物を取り出した後、すぐに鏡を元に戻したタバレは最後にネジを閉めると、そのまま元の位置に戻していた。
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「ご協力、ありがとうございました」
「いいさ、どうせすぐに引っ越す家だからな」
「防犯をしたいのなら、扉にベルを付けてもいい効果がありますよ?」
「ああ、ご忠告どうも」
そう言うと、その住人は適当にあしらった後に部屋の扉を閉めていた。
そしてタバレはそのまま帰路に着くと、そこで先ほど手に入れた一通の封筒を手に取っていた。
「おそらく、向こうの狙いはコイツだったのだろう」
鏡が綺麗だったのは、おそらく犯人が触った際に着いた指紋を消したから。鏡の面を上にしたのはネジを隠すため。
部屋が荒らされた時、微かにだが部屋に洗剤の他に硝煙の匂いも混ざっていた。
住人の男からは石鹸の香りしかし無かったので、部屋を荒らした人物の物と断定できる。そして体に硝煙の臭いがつくほど激しく銃弾を放つのは軍隊くらいだ。
部屋にあった靴跡はコンバットブーツであり、床にしっかりとした証拠が残っていた。
そして紺色の制服は国家憲兵隊の制服だ。通常、共和国警察の制服は黒色だ。
ここまで来れば簡単だが、あの部屋を荒らしたのは軍隊だ。しかしなぜそんな事をしたのか……。
簡単な話だ、あの部屋を調べ上げるためにわざと部屋に入って荒らすだけ荒らし、その後駆けつけて同様の事件があるかもしれないと言って引っ越しを促す。もし住人が引っ越しをしない様子だったら同じことを何度もすれば良い話だ。
「さて、中身はどんな物か……」
そこでタバレは封付けされて居ない封筒の中身を見ると。そこには一枚の厚紙が入っており、最近流行りの匂い付きの物だった。微かにレモンの匂いが漂い、厚紙にはこう書かれていた。
『今日の夕食はじゃがいものスープね』
書かれていた内容に思わずタバレは拍子抜けをくらってしまった。
てっきりその見た目から犯人が送ったものかと思っていたが、こんなただの手紙だとは思わなかった。
「こんなのただのラブレター……」
そこでタバレは一瞬止まった。ラブレターにしてはこんな匂い付きの厚紙を使うのはおかしい。と言うより、文章的にはほとんど書き置きに近い。
「……もしや」
タバレはレモンの匂いもあるこの厚紙からある事が想像できると、懐からライターを取り出して火をつけると、厚紙の上で炙っていた。
両面をしっかりと炙ると、裏面から文字が浮き上がった。そして浮かび上がって来た文字にはこう書かれて居た。
『目に見えるものが全てではない。名探偵タバレ・ガボリオ』
その端にはおそらくこの手紙の差出人なのだろう、『メメント・モリ』と書かれて居た。




