Cace.11
今回の紋様事件で気になる点は犯人は自殺に見せかけて殺している点以外にも、被害者の発見方法にある。
今まで起こった事件は全て、人目に付くようにされている点だ。
一件目はカーテンが開いており、外から丸見えで発見。
二件目は人望ある真面目社員が職場に来ず、同僚が見に来て発見。
三件目は不良集団の集会場にて、毎日の集まりで発見。
四件目は訓練中の歩兵部隊が発見。
最後に関しては少々疑問が残るところではあるが、それでも発見したのは多くの人目についている事に変わりはなかった。
「まるで見せびらかしているようだな……」
それこそ、ここに遺体があるから早く見つけてくれと言っているようだ。
自殺に見せかける犯行や、死後長くとも三日以内で見付かる死体。死体の腐敗を防ぐために施される首元の紋様。
今回の事件に関しては用があったのでモリスに代わりに行って貰っていた。
「こちらが今回の資料です」
「ありがとうございます」
ジュリーから捜査会議で貰ったと言う資料を受け取りながらタバレは言う。
「予備をもらってきたので、その資料はそのまま貰っちゃってください」
「いいんですか?」
内部資料の譲渡という、ばれたら懲戒免職もののやり方に驚いていると。彼女は苦笑しながら言った。
「はい、こう言う時はタバレ探偵の力を借りるしかありませんから」
彼女はそう答えると、会議室で起こった一幕をタバレに言った。
そこで捜査会議であった話をタバレにした。
「似顔絵が?」
「はい、担当の刑事以外に見せるなと厳命されています」
「すみません。見せてくれますか?もちろん、口外するつもりはありません」
タバレがそう言うと、ジュリーは快く頷いた。
「元々そのつもりです。警部から、タバレ探偵の要望は全て聞くように言われていますから」
そう言い彼女はカバンの二重底の下から細長く折り畳まれたロウ紙を開くと。そこには一人の顔の絵が記されていた。
「これを門外不出に?」
「はい。捜査員は他の人物に見られないようにしろと」
「こんな状態でか……」
そこに書かれたサングラスに帽子の書かれた顔写真があった。正直、これだけでは指名手配を出したとて犯人が見つかるはずがない。少しでも情報を欲する警察がこんな状態で良いのかと思っていると。そこでジュリーは何か覚悟を決めた顔でタバレに言った。
「タバレ探偵。私から頼みがあるのですが……」
「何でしょう?」
そこで彼女はタバレにある依頼をした。
「軍部がここまで手を出してくるこの事件。なぜ、軍は隠している事にこだわっているのか。その真意を調べていただけませんか?」
「……」
彼女の依頼はとても難しいものだった。
「私の担当は今起きている紋様事件の解決だ。二つの事件を抱えるわけにはいかない」
「ですが、今回の事件の調査の際。私は襲われました。その時あなたははっきりと、相手は軍人と言いました」
彼女はそこでそう反論すると、そこで言った。
「今回の事件の行き着く先々で軍が絡んできています。捜査会議でも、被害者のうち三名は軍人と言い。周りの捜査官は一件目の被害者が元軍人である事を知りません」
「……」
「明らかに今の捜査本部は軍の圧力を受けています。しかし、タバレ探偵はそう言った縛りに囚われず捜査ができます」
今の警察は手足を縛られている状態だと彼女は言った。
「それに紋様事件の解決には軍部の隠している内容を暴かない限り、恐らく解決できません」
かなり踏み込んだ意見を言うジュリーにタバレはやや驚いていた。
この警部補、ちょくちょく抜けている部分はあるが。かなり頭が回るようだ。そこでタバレは少し間を開けた後にジェリーに言った。
「……良いでしょう」
「っ!!」
そう答えたタバレにジュリーのパァッと顔は明るくなる。
「ただし」
「?」
しかしそこでタバレはある条件をジュリーに加えた。
「こちらで使った捜査費用はそちら持ちでお願いします。この事件はかなり偏屈的ですからね」
「は、はいっ!」
ジュリーは少し顔がこわばってそう答えていた。
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「先日の第二〇二歩兵連隊の被害は?」
「重傷者三名、軽傷者十八名。死者はいません」
軍務省の一室。そこで一人の佐官と将官は壁にかけられた地図を見遣って報告を聞いていた。
「ルメイ少佐、その小隊長の証言が取れました。こちらが資料です」
「ええ、分かりました」
そう言うと、年上の部下はルメイと呼ばれた少佐に資料を手渡す。
中身は先日の地方都市郊外にて戦闘を行った部隊の聴取だった。
「犯人はローブを被っていたか……」
「警察の証拠ではレンタカー店でヘレン・ロジャーズ曹長の名で被害にあった車を借りています。それがその似顔絵です」
「警察の方ではなんと?」
「門外不出にした」
そこで部屋に入ってきた中将が答えると、他の軍人達が敬礼をした後に彼にも同じ資料が渡される。
「警察への妨害は、積極的に行うべきではありませんね」
「なぜだ?」
中将が問うと、ルメイは答えた。
「簡単な話です。積極的な妨害は疑心を生み。警察は独断で行動するか、憲兵隊を追い出す工作に出ます。事件捜査に関しては向こうのほうが一枚上手ですからね」
そう言い、共和国全体を表す大きな地図に指を当てる。
「何せ被害が尋常じゃありませんから……」
そう言い、地図に刺された無数の赤いピンを彼は見ていた。
「今、連絡の取れる残存人員の数は?」
彼がそう聞くと、報告を伝える。
「はっ、連絡が確認できたのは今の所二八名。内六名は以降の連絡が取れなくなっています」
「二件目と三件目で音信不通だった人物を合わせると、全員の確認が取れている」
「すでに八人が行方不明、もしくは殺害ですか……」
そして地図に刺さっているピンの数は八本だった。
「向こうは予想以上の速度で始末しているようだ」
「おそらく帝国の仕業でしょうね」
ルメイはそう仮説を立てると、中将も頷く。
「恐らくな。だがどこから情報が漏れた?」
「それは犯人に聞けば分かる事でしょう」
そう言いルメイは卓上に置かれた一通の封筒を一瞥する。そこには『ジュール・ファブール中将へ』と書かれており、中身の手紙には糊付けされた塔のタロットカードが貼り付けられ、手紙に書かれた『メメント・モリ』の文字の向きからタロットカードは横向きと言う事だろう。意味は破滅や破壊などの負の意味ばかりだ。正位置と逆位置のどちらの向きでも凶とされる唯一のカードだ。変なカードの向きは両方の意味があると言う暗示と考えられていた。
「メメント・モリか…」
「唯一分かっているのが、犯人は女と言う点です」
聴取の内容を記した報告書を読みながらルメイは答えると、ファブールは軽く畝る。
「こちらの希少な戦術級魔術師をすでに八名か……」
「戦力からしてみると、かなり手痛い被害です」
そう言うと、ルメイは少し目を鋭くして答える。その目は冷淡なものだった。
それを見てファブールはやや苦笑した様子で言う。
「仮にも同郷の身ではないのかい?」
「ええ、生憎と自分は共白髪まで寄り添う相手以外にあまり興味が持てない身でしてね」
「ああ、そう言えば結婚したんだったな……」
彼はそう答えると、ルメイは頷いていた。
「ええ、とても公にできるものではありませんがね」
「ははっ、そうだな……」
そう言うと、ルメイはそう答えたファブールを睨みつけた。
「こうなったのは誰のせいだと思っている?」
「……」
「今ここで貴様を殺しても良いんだぞ」
そう言うと彼は腰のホルスターにある拳銃に手を動かすブラフを見せる。
しかしそな彼の言葉にファブールは答える。
「だが、ここで私を感情に任せて撃ち殺しても意味が無い事は知っているはずだ」
「……」
そう言うと、ルメイは軽くため息をついた後に持っていた資料を机に投げ置くとそのまま部屋を後にして行った。
「(しかし、帝国ならこれを脅しに使うはずだ)」
軍務省を歩きながらルメイは考える。
先の戦争で事実上の帝国の勝利となっている帝国は、もしこの情報を手に入れたのなら確実に交渉の材料として使うのは確実だ。しかし、先の会議ではむしろ共和国に有利な条件を引き出していた。
「(帝国の内情を考えてもそれはあり得ない)」
現在、革命の機運の高まっている帝国内部ではあるが。それでいてもエルザス=ローン地方の権益は帝国としては守り抜きたいと考えるはずだ。
そのためであればどんな情報でも裏取引で共和国政府を脅しに入るだろう。我々の存在は絶好の攻撃対象である事はすでに把握している。
「(本人はもう自分達は従順な飼い犬と思っていないかもしれないが。それでもこの世界の常識は知らないと思っているのだろう)」
そして軍務省を歩いてそのまま入り口でタイムカードを切ると、そのまま裏口の駐車場に停まっている自家用車に乗り込むと。そこにはすでに一人乗っていた。
「お帰り」
「ああ、乗っていたのか」
「ええ、近くに来たからついでにね」
その女性は少し笑みを浮かべて答えると、ルメイは軽くため息を吐いて言う。
「また衛兵に無茶を言ったのか……」
「いやいや、快く通してくれたよ」
「……また魔法か」
「生憎と、レーダーには引っかかりにくい体質だからね〜」
肯定して彼女は言うと、ルメイはため息をつきながらエンジンをかける。
「魔法は使うなと言っていた筈なんだがな……オードリー」
彼はそう言うと、そのまま街中を走り出す。
物資統制が解除され、石油の価格が下がってきたこの時期。街には多くの乗用車が走り、その中の一台でルメイはオードリーから聞いていた。
「舞鶴……ジーンの墓参りに行って来たわ」
「…そうか」
そこで彼女は続けて言う。
「みんな心配している。新聞に同級生の名前が載っていて、それで殺されているんだもの。当然よね」
「ああ、明日は我が身と思っているんだろうな……」
「捜査の進捗は?」
「さっぱりだ」
ルメイは即答すると、オードリーは心配した眼差しを向ける。
「私達。これから大丈夫なの?」
「今度皆で集まるだろう?」
「それはそうだけどさ……」
彼女はそれでも不安を隠しきれていない様子を見せると、そこでルメイは言った。
「大丈夫だ。同級生を殺した犯人は必ず捕まえてやるさ」
そこには強い意志が孕んでいた。




