5.異変
わたしが冒険者として薬草採取を始めてひと月、基本的な薬草の種類そして採取方法もしっかりと覚えることができた。ほぼこれ以外の仕事をすることはなく、毎日それなりに充実した生活を送っている。
騎士団にいたころのような、殺伐とした日常がすでに過去のことになりつつあった。
それにしても、薬草の採取の依頼というのはこうも頻繁に起こるものなのだろうか?
わたしはギルドでそのことについて尋ねてみた。
「本来であれば、そこまで毎日採取していただくほどでもないのです」
とはセレス嬢の言葉。
そこまで必要でないものが、今では毎日必要になっているということか? もしくは材料の入手が困難な状況になっているか。考えられるのはどちらかだろう。ただ、どちらにしろ、ポーションや薬がウェルディで入手が難しくなるという問題には変わりがない。
困るのはこの街の住民たちだ。
「実は近場で取れる薬草だけでは、供給が追い付かない状態でして……」
「そういえば最近ではポーションが市場に出回らないと言ってましたね」
「はい、その影響もありまして、ポーションも値上がりしておりまして、そのうち一般の薬の方も値上がりするのではないかと心配しているんです」
なるほど、ポーションが市場から消えている。それも大量に。それだけの量を買い揃えるだけの資金力から察するに、国か大商人、もしくはその両方が買い上げている可能性が高い。あとは他国からの介入か、市場操作を狙ったバイヤーの可能性も考えられるが、そこまで思考を広げる必要もなかろう。
となれば大きな戦が行われるか、それ以外であれば、大量の魔物が現われたかのどちらかか。
「おう、その件についてだがなぁ」
会話に割って入ってきたのはベテラン冒険者のひとりだった。
「ポーションを大量に購入していった旅商人をとっ捕まえて聞いたんだが、どうやらここから西側の国境付近で、大型の魔獣が現われたらしい。んで、そいつが他の魔物を従えて、近隣の村々を襲っているって話だ」
「それならすぐにギルドに依頼が来ただろう」
「そうじゃねぇんだよ薬草のおっさん。この事態に動いたのがフォーレン王国だ。やっこさんは冒険者ギルドを動かさずに自軍を動かしたんだよ」
「そうなると当然……」
「ああ、この国の軍隊も当然動くことになるよな。ウォーレン王国は魔物を追っ払うことに成功したが、そのどさくさに紛れて国境付近の村々を占拠したんだよ。それに対抗したって形だな」
「動いたのはどの軍かわかるか?」
「なんだ気になるのか?」
男はニヤリと笑う。
「動いたのは第2騎士団だ」
「――っ!!」
「それだったなら安心じゃないですか? 第2騎士団と言えばあの『銀髪鬼』がいるじゃないですか」
『銀髪鬼』という単語に反応し、今は黒く染めている自分の髪を触る。
「それがどうやら『銀髪鬼』は反逆罪でお尋ね者になってるという話だぜ」
「そ、そんな話始めて聞きました」
「そら言えねぇだろうさ。実力と人気を兼ね備えた騎士様が反逆罪なんってことになったら、世間は大騒ぎだろうさ」
まさか自分の話をこんなところで聞くとはな。
「『銀髪鬼』のことはどうでもいい。第2騎士団はどうなった?」
「ウォーレン王国軍にやられたらしい。それを知られないように情報を封鎖していたらしいな。だが――」
「負傷兵にポーションは必須だな」
「そういうこった」
ウォーレン王国の軍に対抗するために、第2騎士団が動いた。しかし手酷く返り討ちに遭い、後方へ下がり軍を立て直している。かなりの量のポーションを必要としていることから、かなりの損耗を強いられえたに違いない。
しかし気になることはもう一つある。
「魔物はどうなった?」
「でけぇのはどこかに行ったらしい。だが、引き連れていた魔物の群れの動向は、冒険者間でも掴めてねぇ。ったく軍隊どもは余計なことしやがって。おっさんも護身用に剣は持ってるみてぇだが、十分に気をつけな」
そう言って彼はギルドを出ていった。
「レインさん、しばらくの間、せめて魔物の動向が分かるまでは薬草採取を控えませんか?」
セレス嬢はこちらの身を案じてくれているのだろう。
けれど、こういう時だからこそ、誰かのために何かを成さねばならないだろう。
それがたとえ薬草一本でも、どこかの誰かの助けとなるなら、元ではあるが、かつて騎士だったわたしの為すべきことだ。
だからわたしの言うべき言葉はひとつ。
「薬草を採りに行ってきます」
落ち着き払った声で私はそう言った。
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