1.憧れは遥か遠く
「レイス・クレイン! きさま、たかだか騎士爵の分際で、この私を殴るとは! 貴様等これは謀反だ! こいつを捕まえろ!!」
「あんたはまだ自分が何をやったのか解ってないのか!」
「下賤の者どもを処分した! それの何が悪い! 一軍を預かる侯爵家のわたしには、やつらを処断する権利がある!」
「私刑は軍法により禁じられている! 法を尊守するべき騎士のやることではない!」
「奴らは帝国に歯向かった愚か者どもだ! それをわたし自ら処断した! これは皇帝陛下のご意志でもある! それを貴様は私刑とぬかすか!」
ああ、これは夢だ。
白昼夢というやつだ。
この後の碌でもない結果を、今のわたしは知っている。
徒に正論を振りかざすのだ。見て見ぬふりをすればいいものを、いや、それは子供の時に憧れた騎士のとるべき行動ではない。
「捕虜を徒に弄び、甚振るのを私刑と言わずなんというか! 騎士として、いや、人間としての尊厳はないのか!」
あの時のわたしは確かに怒っていた。
35になり、第2騎士団の副団長という立場にありながら、上司の暴走を止めることもできず、感情のままに拳を握ってしまった。
あの後どうなったのか、いまひとつよく思い出せないでいる。気が付いたら帝都に送還される羽目となり、その道中で襲撃を受けた。
その襲撃から逃れるために、拘束された状態のまま山の中を走り、どこからか放たれた矢が腹部に当たり、谷底へ落っこちた。間抜けな話だ。
これは嫌な思い出だ。子供の頃よりの憧れの騎士となり、規律と模範をもって民を守護する存在であったはずの騎士団が、あのように腐りきっていたとは。
「憧れは遥か遠くに……か」
柄にもないことをポツリと呟く。
瞼に柔らかい日差しを感じる。
わたしはゆっくりと瞼を開く。
やはり今のは白昼夢か。初めての仕事で緊張でもしていたのだろうか。いや、もはや緊張するような年齢でもあるまい。森の中に差し込む春の優しい陽光に、緊張感を欠いてしまったのかもしれないな。
わたしは辺りをゆっくりと見渡す。ウトウトしてからそれほど時間は経っていないらしい。だが、それほどのんびりとしている場合でもない。早く薬草の採取をしなければ。
手にした小冊子を片手に、目的の薬草を探す。群生しているであろうポイントを調べ、見つければ書いてある通りに採取していく。こういった仕事は丁寧さが大切だと、冒険者ギルドの受付嬢も言っていたな。
そう、わたしレイス・クレインは騎士から冒険者へ転職した。
冒険者名はレイン。いまや立派なお尋ね者だった。
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