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目覚め

 身体が熱い。息苦しい。酸素を求めて荒く呼吸する。

 周囲がざわっとしたような音が聞こえる。

 なんだか騒がしい。けれど、うまく聞き取れない。

 それに、まだ息苦しくて、そちらに注意を払う余裕がない。

 目を開けようとする。

 ぼんやりとした光りが視界に入る。まだ焦点が合わないみたいなので、諦めて視界を閉じる。

 腕をあげて額に持っていこうとするも、もぞもぞとかけ布団から腕を抜くのに苦労する。

 なんとか腕を額に持ってこれた。手のひらを額に触れさせる。


 熱があるみたいだな。


 あんな夢を見たんだ、熱があるのも仕方ない。

 今日は仕事を休んで、ゆっくりとしよう。連絡はあとでもいいだろう。

 まだ暗かったし、朝じゃないなら、今はもう少しだけ休もう。

 まだ周囲は騒がしかったけれど、眠気に誘われるままに俺は眠りに落ちた。




 朝か? 目を閉じていても光が差しているのがわかる。

 目を閉じたまま、額に手を当てて熱を測る。


 うん、熱は落ちついたようだ。


 でも、まだ身体が気怠く感じる。

 こんな状態じゃ仕事にも行けないな。周りにもきっと迷惑かけるし……

 あれ? 俺って、なんの仕事をしてたんだっけ?

 ああ、本格的にダメだな、これは。夢のせいで、本当に記憶が混乱してる。

 いつ死んだんだよ、俺は。現に今、生きているし……

 そうして、一人考えに耽っていると、身体を軽く揺さぶる手に気が付く。


 

「坊ちゃま、ロイ坊ちゃま? 起きていらっしゃいますか?」



 日本語、じゃない? けど、きちんと意味がわかる。

 呼びかけられている方へと、顔を向け、重い瞼を上げる。

 そこにはクラシックなメイドさんがいた。


 年齢はまだ若い。二十にも届かないほどの若さだ。

 髪は肩口で切り揃えられ、髪色は暗い赤。

 青い瞳からは心配そうにこちらを窺う姿勢が見て取れる。


 彼女は誰だろうかと考えたところで強い頭痛がした。

 痛みは一瞬だった。

 彼女の名前はアドラ。この身体の持ち主のロイの専属でつけられた侍女、メイドさんだ。

 先ほどの頭痛で思い出した。

 ここは異世界トピア。シャンティ王国の辺境の領地コルディヤ、海に面した貿易で栄える街だ。



「おはよう、アドラ。ケホッ」

「ああ、坊ちゃま! 先にお水を!」


「ありがとう。……はあ、なんだか久しぶりに水を飲んだ気がするよ」

「坊ちゃまは覚えていないんですか?」


「ん? なにを?」



 アドラから聞かされた話では、俺はどうやら三日三晩寝込んでいたようだ。

 そして昨日、一度死んだかに思えたが、身体が光に包まれて息を吹き返したそうだ。

 昨夜の夢現な状態のときに、周囲が騒がしかったのは、それが原因か。

 死んだ人間が蘇った、奇跡が起こったと。

 それはもう、きっとお祭り騒ぎだったんだろうな。

 アドラの話を聞いていると、可愛らしくお腹がクゥと鳴る。



「あっ、すみません、坊ちゃま! お腹空いていますよね? 今お食事を持ってきますね!」



 そういって、アドラは走りはしないが、急ぎ足で部屋から出ていった。

 食事が運ばれてくる間に確認したいことがある。


 右手の甲を見る、そこにはなにもない。

 だが、意識を向けると、聖印が手の甲に浮かび上がった。

 この聖印がどれだけの影響力を持つのかはわからない。

 女神様は隠しておいた方がいいとは言っていたが、扱いに困るな……

 聖印の使い方は頭にインプットされているようだから、安心はしている。

 

 問題は聖印の影響力だ。これに関しては、相談相手を慎重に選ばないといけない。

 女神様の御使いだなんて言われでもしたら、俺は気軽に外を出歩けなくなる。

 それでは女神様からの依頼を達成できない。

 とりあえず、しばらくは隠しておこう。




 扉がノックされ、返事も待たずに扉が開く。

 俺は慌てて聖印を消す。

 現れたのは心配と安堵が混ざった顔をした両親だ。



「ロイ! もう起きて大丈夫なの?!」

「はい、お母様。心配をおかけしました」

「ああ、よかったわ。一時はどうなることかと……」



 泣いて喜ぶ母に頭を抱かれ、心配をかけてしまったんだなと反省する。

 今は亡き彼のために、親に心配はかけてはいけないのだが、こればかりは仕方がない。

 三日三晩も寝ていたのだ。誰でも心配はする。


 ふと母の胸から顔をあげると、こちらを静かに見る父がいた。

 なにかを考えるような、息子が助かって安心している顔ではなかった。

 どこか不安や絶望を感じさせる、そんな表情だった。



「あなた、あとでロイを医者に診せましょう。まだどこか悪いところがあるかもしれないわ。ちゃんと診てもらいましょ」

「……そうだな。ちゃんと診てもらおう」


「あなた?」

「いや、なんでもない。ほら、食事がきた。我々も一度出よう」


「? そうね。またあとでね、ロイ」

「はい、お母様。お父様も朝早くからありがとうございます」


「よい、気にするな」



 どこか歯切れの悪い父を不思議そうにしながら、母は俺の頭を撫でてから部屋を出た。 

 父は部屋から出る際に振り返り、なにかを言おうとして諦め、そのまま退出した。

 両親と入れ替わるようにアドラが部屋に入り、食事を運んできてくれた。




 食事を取り、しばらくして、母が頼んだ医者が来た。

 身体をあちこち調べられ、計測器のような棒を握らせて医者が唸る。



「ううむ。魔力も安定していますな。ご子息は驚くべき魔力量ですぞ。このまま育てば、宮廷魔導士を遥かに凌ぐほどに……」

「そんなにですか!?」


「ええ、このまま育てばですが、その可能性はあります。身体の方も特に問題はないようです。健康そのものです」

「ああ、よかったわ……」


「私も驚きました。まさか、あの状態からここまで回復するとは思いませんでした。まさに奇跡です!」



 爺さまな医者がいう奇跡が本当に起こっているとは言えなかった。

 母が喜んでいる。今はそれでいいじゃないか。

 父はまだ素直に喜べない様子だ。

 もしかしたら、ロイが死んだことに気付いているのかもしれない。

 だが、今確認することではない。喜んでいる母を悲しませるわけにはいかないから。

 今は知らないふりをして、父とは後日向き合うことにしよう。


 その日は安静に過ごして、翌日以降は様子を見て、軽い運動をさせるように医者から言われた。

 今日は一日、スープでふやかしたパンを食べるだけになりそうだ。

 一日パンだけの食事を食べたせいで、お米を食べたいと思ってしまった。

 この世界にもお米はあるのだろうか?たぶんあるとは思うのだが、すぐに手に入るだろうか?

 俺の日本人の魂がお米を求めている。

 料理も文化だろうし、食文化も発展させよう。


 まずはこの世界のことを把握できるように、体力を戻すために身体を動かそう。

 女神様が魔法もある世界って言ってたし、そちらも確認したい。

 やることが多いな。だけど、楽しみでいっぱいだ。

 明日からのことを考えながら、その日は体調を整えるように寝ることにした。

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