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19/25

ハンナの商会

 翌朝、ずいぶんと機嫌のよさそうな祖母エステルが朝食の席に座っていた。

 機嫌のよさの理由はわかる。これ以上ないくらいに明白だ。


 セラピーを主としたスライムたちが原因なのだから。

 セラピーが全身をピカピカにして、マッサージをする。

 ソルトがアロマキャンドルならぬ、アロマスライムとして働く。

 ピュムは温かい枕として、エステルに心地よい眠りを与えた。


 夕食の時もニッコニコだったよ。




 朝食が運ばれてくる。

 焼き魚定食だ。

 なんの魚かは聞いてもわからないので、いつもスルーしている。


 今日は魚に醤油を使うことを料理長にオススメされた。

 淡白な味わいなのかな? そのまま食べてみる。

 うーん、よくわからない。味を感じない。

 オススメみたいだから、とりあえず醤油をかけてみるか。


 おお! 醤油をかけただけでここまで味が変わるのか!

 魚の脂が醤油に溶けて、旨味を感じる。


 そうか、この魚は脂が多いのか!

 だから、味を感じなかったんだな。

 これは醤油をかけるのをオススメするのも納得だ。




 俺は上機嫌で味噌汁をすする。


 ずずっ。


 はあ、うまい。

 この味噌汁にもさっきの魚が使われているのかな?

 味噌汁の表面に油が浮いている。

 だけど、赤味噌のおかげなのか、濃厚なのに重くない。


 今日も朝食がうまい。最高の朝だ。


 大満足の朝食を食べ終えて、食後のお茶を飲む。

 もちろん緑茶だ。

 湯のみもわざわざ作ってもらったものだ。




 では、食事が終わって、先ほどまで上機嫌だったエステルが、こちらを睨んでいるのはなぜでしょうか?

 理由がわからない。


 とりあえず、目を合わせて首を傾ける作戦に出る。

 子供特有の可愛さで誤魔化せないだろうか?

 はい、誤魔化せませんでした。


 ため息をつかれて、エステルに注意される。



「ロイ? スープは音を立てて飲んではいけません。器に口をつけるのもダメです。夕食の時のスープではちゃんとしていたのに、どういうことかしら?」


「? ああ、そういうことですか。これは味噌汁を飲むときの作法です」

「作法?」


「エステル様が言ったスープと、この味噌汁では作法が違うのです」

「ロイ、あなたはなにを言っているの?」


「味噌汁は音を立てて飲むのが作法なのです。それと、スプーンを使って飲むことはしません。最後まで飲めませんからね」



 昨日の昼食時、エステルは味噌汁を気に入ってくれたと思っていたのだが、お残しをしていたのだ。


 原因はわかっている。

 スープ皿ではないのに、スプーンで飲むからだ。

 味噌汁はお椀に注いでいたから、スープスプーンでは器に引っかかって、最後まで飲めなかったのだろう。


 味噌汁に上品なマナーなどいらないのだ。

 箸で具材をつかみ、器に口をつけて飲む。

 もはやこれは作法と言っていいだろう。


 それに俺もエステルに言いたいことがある。



「エステル様がマナーを語るのであれば、私も言いたいことがあります」


「な、なんですか、ロイ?」

「魚の食べ方が汚いです」


「っ! 私は綺麗に食べたでしょう?」

「そういう意味ではないです。魚にまだ身が残っていて、もったいないのです」


「そ、それは……」

「私の皿の魚は綺麗に骨を、身から外しているでしょう?」


「そ、そうね」



 これは骨の取り方を知らないから、仕方のないことだとは思う。

 魚の骨にそって、外から身を押すことで、骨は身から簡単に外れるのだ。

 魚によって変わるとは思うけど、この魚はサンマに似ている。

 骨の構造も同じなので、骨も取りやすかった。


 たまにひどい骨の構造している魚もいるので、そのときはお手上げだ。

 箸ならある程度は綺麗に身が取れるから、皿の上はフォークよりマシになるけどね。



「エステル様も箸を使うことを強くオススメします」


「……ふう。難しそうだから、練習しておくわ」

「これから向かうポーヴァ商会で、自分に合った箸を見つけるといいですよ」


「そうね。それじゃあ、支度して向かいましょうか」



 あ、しまった。

 昨日の手紙に、朝に向かうとしか書いてない!

 時間書き忘れちゃったけど、大丈夫かな?


 これはちゃんと俺がフォローしないとな。





 馬車でごとごとと揺られ、ポーヴァ商会についた。

 商会の前に従業員が勢ぞろいしている。


 よかった。

 馬車の中でフォローの言葉を考えていたけど、エステルが先触れを出してくれたそうだ。


 ハンナが前に出て、跪いて挨拶をする。

 それに倣って、従業員も一斉に跪く。



「ポーヴァ商会代表代理、ハンナでございます」


「代表代理? アレンはどうしたの?」

「……父は以前から体調を悪くしており、現在は私が代理として商会を運営しております」


「そうだったのね。話は中でするわ、奥の部屋に案内しなさい」

「わかりました。こちらです」



 奥の部屋ってことは、防音室か?

 聞かれたくない話をするのか。


 でも、なんの話をするんだろうか?

 馬車の中でもなにも聞かされていないぞ?




 さすがに今回は防音室に護衛を入れる。

 とは言っても、その護衛はマルスなのでハンナも安心しているようだ。


 ハンナがチラリとマルスに視線を向ける。

 一瞬だった気がするけれど、目の前に座っている人の観察眼を舐めてはいけない。


 エステルはからかうように注意する。



「あらあら。恋仲だとは聞いていたけど、この状況でもイチャつこうとするのはよくないわよ?」


「っな! おほん、そのようなつもりはございません」

「ふふっ、あなた可愛いわね? でも、商談では命とりよ? 肝に銘じなさい」


「はい……。それで、商談とはなんでございましょうか?」

「ロイからあなたが優秀だと聞いているわ。成り行きなところもあったみたいだけれど、女一人で商会を運営する手腕はあるようね」


「ありがとうございます」



 からかったかと思えば、注意する。

 気を引き締めたところで、褒める。


 第三者として聞いていればわかる。

 会話の主導権を完全に握られている。


 エステル様はハンナを試そうとしているのか?



「話と言うのは、この商会に出資しようと思っているの」


「それは、ありがたい話ではございますが」

「話は最後まで聞きなさい。あなたは王都に出店する気はあるかしら? それも複数の店よ」


「っ! 王都、でございますか?」

「ええ、私のためにこの店の商品を置きなさい。それと、いくつか考えている事業があるわ。あなたならできるわよね?」


「……申し訳ございませんが、お断りさせてください」



 それでいい、ハンナ。

 エステル様が今試しているのはきっと、そういうことだ。



「断るの? この先代辺境伯夫人である私の誘いを」


「嬉しい誘いではあります。ですが、私が仕えているのはロイ様です。決して、先代辺境伯夫人であるエステル様ではございません」

「……そう、断るのね? 今後、この商会がこの地で商売ができなくなったとしても」


「私はロイ様を信じています」



 聞いているだけでも緊張する。


 だが、ハンナの言葉を聞けてよかった。

 色々と出し渋っていた物を、仕えてくれる彼女のために放出するとしようかな。



 エステルが静かに笑いだす。



「ふふっ、合格よ。それだけの気概があれば、きっとロイの忠臣として働けるわ」


「私は試されていたのですか?」

「ええ、あなたが私ではなく、ロイのために尽くすかどうかを確認したの。あなたなら王都出店も大丈夫ね」


「ですが、私はここを動けません」

「そうね。三年。三年ほど時間をあげるわ。その間にここを任せられる人材を育てなさい」


「三年……」

「その後の二年で、王都にあなたが来て出店よ。商会ではなく、私はあなたに出資することにしたわ」


「ありがとうございますっ! 絶対にやりとげてみせます」

「そういうことだから、ロイ。王都にマッサージ店と食事ができる店をよろしくね?」


「え?」


「オネットとも話し合ったの。あのマッサージは王都で流行るわって。オネットが王都に行ったら、王妃であるコレット様に見せびらかすそうよ? あなたもハンナと同じく頑張りなさい」

「ここで俺に丸投げですか!? セラピーだけじゃ無理ですよ!」


「ふふっ、そっちが素なのね? 行儀がよすぎて少し心配してたけれど、安心したわ」



 俺はすっかりいい子ちゃんの仮面を脱ぎ捨てていた。


 王都に店を出すまでの三年の間に、俺はマッサージ店のためのスライムをテイムさせて、食事処のための料理人を育成しないといけないのか!?


 人材の募集、その人材の育成。

 食事処はメニューも考えないといけない。

 料理を再現するために、試行錯誤も必要になる。

 まだ足りない食材も探さないといけないのに、そんなには抱えきれない。


 あまりにやることが多すぎる。


 俺は抵抗することにした。



「……マッサージ店の従業員は女性の方が好ましいです。それも、スライムのテイムが出来て、貴族対応ができないと話になりません」


「それはこちらで募集するわ。きっと、コレット様も手伝ってくださるわ」

「っ! 食事処にだって、貴族対応が必要になります。平民向けにも出店した方がいいと思います」


「そうね、平民向けにも作った方がいいわね。追加でお願いね?」



 くそっ、仕事を増やしてしまった!

 どうする、どうする!?


 逃げ道はないのか?!


 エステルがこちらを見て、深刻そうな顔をして口を開く。

 俺に向けられた、その言葉はトドメの一撃となった。



「ロイ? このまま王都の学校に入ったら、今の食事をすべて捨てないといけないのよ? 学校では寮の食事も改善しないとだから、今から動かないと後悔するわよ?」



 今の食事を捨てる、だと!?

 それはダメだ。それだけはダメだ!


 もう俺は戻れないところまで来てるのだ。

 醤油や味噌がないと生きていけない。


 それほど俺の舌は地球の味に慣れてしまったのだ。

 もう昔の食事には戻れない。


 俺は観念して、力なく「頑張ります」とエステルに返事をした。




「王都に店を出すにあたって、商会の名前も変えましょう。代表代理ではなく、あなた自身の商会よ。あなたはロイに仕えることになるのだから、ロイから新しい商会の名前をもらいなさい」


「また俺にそんな無茶ぶりを……」

「ロイ様、私の新しい商会に相応しい名前をお願いします」



 いきなりそんなことを言われてもなあ。

 ハンナに相応しい名前か。


 うーん、英語からなにか持ってくるか。



「えーっと、ロイヤルってのはどうですか?」


「ろいやる? 聞きなれない言葉だけど、どういう意味があるのかしら?」

「王家の、王室の。王族も利用する店という意味も考えました。けれど、そちらよりも忠実な忠臣という意味の方が、ハンナには相応しいと思いました。ハンナ、どうかな?」


「……ロイヤル、ロイヤル商会。王族も利用するロイ様の忠臣の商会。いいですね!気に入りました。その名前の意味に恥じない働きをしようと思います」



 よかった~、気に入ってもらえて。

 無茶ぶりではあったけど、いい名前が思いついてよかったよ。


 俺にハンナが忠臣という実感はまだないけど、これからも色々と頼むことがあるだろう。

 その中で信頼できる関係を築ければいいと思う。


 エステルは満足そうな顔をして、最後にハンナに注文した。



「そうそう、忘れるところだったわ。私に合った箸はあるかしら?」



 今それを言うのか! と内心でツッコミを入れた俺は悪くないと思う。

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