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日本の仔  作者: 清水坂 孝
第三章
95/100

第95話

 早速、父さん②と静がMBの射出装置のプロトタイプを作り出した。


 MB生成のしくみを簡単に説明すると、太陽光と宇宙空間に漂う水素原子をエネルギー源として、陽子一つ分くらいの大きさにそのエネルギーを圧縮し続けていくと、だんだん質量が増えていき、最後に重力崩壊が起きて、ブラックホールが生成される。

 今までは一定の質量がないと重力崩壊は起きないとされていたけど、父さん②は次元の折り畳みを使って極小空間にエネルギーを圧縮する方法を編みだし、ブラックホールを生成することに成功したらしい。


 そのままだと、周りの物を吸い込んですぐにブラックホールが蒸発しちゃうから、ブラックホールを超々高速回転させることによる遠心力で内側向きの重力をキャンセルさせているらしい。

 その回転も1つの軸を持つ回転ではなく、3次元のすべての方向に対する回転という、想像するのも難しいものだそうな。

 とにかく、それで一定時間はブラックホールを維持できるらしい。


 MBの生成が終わったら、これも父さん②が作った局所重力レンズを応用してMBを射出する。

 局所重力レンズはMBと同じ原理で生成されるけど、回転軸をコントロールして、一方向に強力な重力を発生させる、非接触の重力カタパルトとなるらしい。

 これによりMBは秒速25kmで射出される。


 この装置を複数組み込んだ衛星を200基ほど生成して、地球と月の衛星軌道に乗せて運用するというのが今回の策だけど、まずは本当にMBで次元の隙間を消去できるのか、プロトタイプを宇宙エレベータで宇宙空間に持っていって試験をすることになっていた。

 静は自信満々だったけど、本当に大丈夫なのかな。


【鍊】

 次元の隙間を消し去るシステムの構築が着々と進む中、国内で新生児の死産のニュースが入ってきた。

 これは、まさか新しい「使命」というのは...


 そして、その後も続々と新生児の死産のニュースが届き始めた。

 すぐに桃里くんにお願いをして、環境省からほど近い、猿の門病院の産婦人科に向かった。

「臨月を迎えた子どもの心の声を聞いてみて欲しい」

「分かった。行ってみよう」


 産婦人科の担当医師に、臨月を迎えた母親で調査に協力してもらえる人を紹介してもらえるようにお願いしようと思っていたが、病院に着くとそこは戦場のようになっていた。

 病室からは、女性のすすり泣く声や、うめき声が聞こえてきていた。

 恐らく、子どもが死産で産まれて来てしまった母親たちだろう。


 やっと診察室にたどり着くと、

「先生、何とか助けてください」

 と、今にも泣き出しそうな顔をした妊婦が医師に訴えていた。

 医師と思しき人物は、すまなそうな顔をして妊婦とその隣にいる旦那さんに相対していた。

「超音波診断でお子さんを見る限り、自らへその緒を首に巻き付けてしまっています」

「そんな!このまま助からないということですか!?」

「恐らく他の子たちと同じように死産となる可能性が高いと思います」

「ううっ!」

 そのまま、妊婦さんは突っ伏してしまった。


 こんな時に調査をしたいなんて言うのは心苦しいが、確認しなければならない。

「あの、お腹の中のお子さんの声を、聞かせていただけないでしょうか?」

 その妊婦は泣きながらこちらを見た。

「どういうことですか?」

「ここにいる桃里くんは、人の心の声を聞くことができます。お子さんが今どんな思いでいるのか聞かせてもらえないでしょうか?」

「それで子どもを助けることができるのでしょうか?」

「それは、難しいと思います」

「ううっ!」

 ダメか。


「しっかりしろ!今、死産になってしまう子どもがどんな思いでいることが分かれば、これから産まれる子どもたちを助けることができるかもしれないんだ!」

 桃里くんが叫んだ。

「なんだ、君は!」

 旦那さんが間に入った。


 そんな正論をかざしても、この人にとっては我が子以外は見えてないだろうに。

「辛いのはあなただけじゃない。これからすべての母親となるべき人が哀しみに暮れてもいいのか?!」

 だから、正論では。


「帰ってくれ!」

 旦那さんが怒りの表情を浮かべる中、妊婦さんがゆっくり顔を上げて、

「私の子どもが皆の役に立てるの?」

 と言った。

「そうだ!お子さんの声を聞けば、他の皆を助けられるかもしれない!」


 妊婦さんは、

「分かりました。私も息子の声を聞きたい」

 え?

 分かっていただけた?


「いいのか?」

 旦那さんが妊婦さんに心配そうに確認する。

「本当に助からないのなら、最後に声を聞いておきたいの」

「ありがとうございます。では早速お願いします」


 桃里くんは妊婦さんのお腹に手を当てて、じっとその手を見つめた。

 そう言えば、別に断りを入れなくても人の心の声を聞くことができるはずなのに、桃里くんはなぜわざわざ話をしたのだ?

 あ、さすがに人の心を勝手に覗くのは良心の呵責が生じるということか。


「なるほど...」

 お腹の中の子どもの声を何か聞けたようだ。

「お母さん、僕はある事情で産まれて来ることができなくなりました。本当にごめんなさい。たくさんの人の中から、やっと見つけたお母さんに会いたかったけど、今回はムリです。また機会があったら必ずお母さんを見つけてお母さんの子どもになるから、それまで待っててね」

「ううっ!」

 妊婦さんはそのまま泣き崩れた。

 すぐに話ができる感じではなかったので、そのままお礼を言って、診察室を後にした。


「桃里くん、さっきの話、本当に子どもが言ったのか?」

「いいや、嘘に決まってるだろ」

やはり、話がキレイすぎると思った。

「実際のところは?」

「『早く死ななきゃ』、それだけだ」

やはり...


今後、一人も子どもが生まれないようにするという訳か。

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