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日本の仔  作者: 清水坂 孝
第一章
9/100

第9話

【清水坂 孝】(那珂核融合研究所)

 各種の実験を経て、徳永の常温核融合炉が本物で、危険性も大きくないことが確認されたところで、研究所のメンバーに徳永の構想を説明した。皆、無茶だと口々に言っていたが、どこかで誰かがやらなければならないミッションであることは理解していた。


 その後、今回の構想をまとめ、実現した場合の日本経済への影響、そして世界での日本の立ち位置の変化などに言及した報告書を科学技術庁に提出した。

 すると、すぐに返事が返ってきた。

「進めろ」と。

 当然、内閣府へも話は通り、できれば秘密裏にということだったが、先の記者会見で既に全世界に報道されていることから、うまくカモフラージュしながら進めろとの要請だった。


 それと、常温核融合炉の再設計に関しては、科学技術庁が選定した外部のメンバーも入らせろとの要請があったが、徳永は「ダメ」だと言ってきた。

「だって、そいつら絶対外部に漏らしたり商売にしようとするよ。それじゃダメなんだ」

 その考えには賛成だったが、我々だけで進めるというのも難しくなって行くだろう。

 しかし、我々ならよかったのか?

「だって、たかちゃん、そういうとこ真面目でしょ」

 随分と信用されているな。


 ということで、科学技術庁から抗議があったが、研究所のメンバーだけで、大きく常温核融合炉再設計班、宇宙煙突建設班に分かれて話を進めることにした。


 常温核融合炉再設計班は、徳永の核融合炉を分解することから始めた。

 筐体を開けると、まず、燃料となる水のタンク、大きめのリチウムイオン電池、水を電気分解する電極となる管が見える。

 そして、水素が発生する側の管は二つに分かれて、小さな漏斗のような部品に繋がれている。

 その漏斗の先には鉛のような金属の球体が付いており、その両脇から直径5mmほどの導線が出ている。

 この球体が核融合のエネルギーを電気エネルギーに変換している発電装置なのだろうか。


 そして、その導線は10cm四方くらいの装置に繋がれている。これは多分直流電流を交流電流に変換するパワーコンディショナだろう。

 正直に言って、世紀の大発明品にしては構造が単純すぎる。肝は漏斗のような部品と金属の球体だ。おそらくここで核融合と発電が行われている。

 ただ、この漏斗のような部品は樹脂のような材質で、組み立てた形跡がなく、インジェクション等で一体成型したように見える。


 次の段階は、すべての部品の構造、材質を確認するため、3次元測定器による外形測定、超音波スキャナーとX線による非破壊内部構造解析を行った。

 水のタンクの内部にはモーターによるポンプが組み込まれ、電気分解が行われる部分に余計な空気が入らないようになっていた。


 問題の漏斗のような部品だが、内部構造解析結果では単純に2つの管がだんだん細くなって行き、中央で繋がっているということが分かった。ただ、繋がっている部分の管の細さが尋常ではなく、1nmレベルの直径であろうという推測しかできない状態であった。測定限界を遥かに超えているのだ。


 徳永の話を信じると、この細い管の中で水素原子と陽子の核融合反応が起きているのだ。

 金属の球体の方は、2重構造になっていて内側の球と外側の球の間に雲母のような素材の膜が挟み込まれており、電極が内側の球と外側の球に接続されていた。球体自体は単純にソリッドな合金のように見える。

 この2つの部品は簡単に作れるものではなさそうだ。


 宇宙煙突建設班はすぐに暗礁に乗り上げた。

 清水坂自身、高層ビルを宇宙の領域まで高くすればいいと考えていたのだが、そんな単純なものではなかった。


 通常の鉄骨や超高張力鋼などを使って作る建造物では、高さ1kmくらいが限界で、それ以上の高さにすると自重で崩壊してしまうのだ。

 現在有力視されている建設方法では、カーボンナノチューブという、鉄骨の180倍ほどの強度をもつ新素材を使用することが考えられている。

 それも、ビルのような構造物ではなく、宇宙エレベータの軌道となるケーブルの素材として利用されることになる。

 そんなケーブルがなぜ地球の上に立っていられるのかというと、ケーブルの長さが10万kmもあり、その末端に重りを付けることで、地球の自転による遠心力によってケーブルが地球の上に立つというしくみなのだ。従って、宇宙エレベータは北極や南極など、地球の自転軸に近い場所には建設できない。


 そしてこのカーボンナノチューブという素材は、生産が非常に難しく、10万kmもの長さを製造するには莫大な費用と数年間という年月が掛かるらしいのだ。

 だから、各国が建設を構想しているものの、完成まで30年は掛かると言われている。


 また、煙突としての機能を盛り込むと言うことだが、単純に空気を通すダクトを設ければいい訳ではなかった。地上の空気を宇宙まで送ろうとした場合、空気の重さのため地上部分ではとてつもない圧力が必要になってしまうのだ。そこで、熱を運ぶ物質として軽い気体であるヘリウムを使用することにした。


 そして、建設方法についても、地表から建造するのではなく、足掛かりとなるケーブルをロールにしてロケットで打ち上げ、宇宙空間から地球に垂れ下げるという方法を取ることになり、宇宙開発事業団(JAXA)等との連携が必要になった。


 更に、日本を冷やすために建設するということは、建設地が日本の西部海上(恐らく東シナ海)ということになり、台風や雷など過酷な気象状況に耐えうるものにしなければならないという課題も出てくる。


 ちなみに、日本の西側に宇宙エレベータを建設した場合、地球に対して垂直に立つ訳ではなく、高くなるにつれて赤道方向に傾き、静止軌道上(高度36,000km)で赤道の真上に到達し、その先はほぼまっすぐ赤道の直上に伸びることになる。


 宇宙エレベータの構想は数十年前から具体化して来ているものの、中々実現しないのには、建造するのが難しいという問題もあるが、最初に建造した者が宇宙開発、取りわけ人工衛星ビジネスで圧倒的に優位に立つことになるため、各々が牽制し合っているという事情も影響している。各々の中には国家のみならず、巨大企業や大富豪も含まれている。


 ちなみに地球温暖化の原因は温室効果ガスである二酸化炭素の排出量が増加したからだと言われており、その削減も声高に叫ばれているが。

「そんなこと、今からじゃ間に合うわけないでしょ。二酸化炭素の増加は原因というより結果だし。先ずは熱を地球外に出すこと。宇宙煙突ができたらまた別の考えがあるからさ」

 また徳永が訳の分からないことを言う。

 確かに今世界中で取り組んでいる温暖化対策は焼け石に水と感じてはいるが。

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