83話 伸び悩むアイギス
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【心折れる訓練】~それでも立ち上がる~
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「え? 『死の悟り』?」
「そう。みんなの訓練は私とルヴィアスにシェラザードがメインになって行うわ」
「その訓練で全員にその『死の悟り』を覚えてもらいたいと思っているんだよ。アリサ様」
「残る魔王達との戦いで、誰も失いたくないって気持ちは私達も同じよ?」
話は『無限円環』での訓練を始める前に遡る。
『無限円環』内での会議を終えた後の休憩時。『アリサさんの引きこもりハウス』でのティータイム中に、私とティリア、ルヴィアスとシェラザードで集まり、全員の訓練に対して話し合いをしていたところ、ティリアからそんな提案があった。
『死の悟り』とは……本能的な危機感知能力の究極で、相手が攻撃を繰り出す前。その危険度を察知すると言う、所謂パッシブアビリティだそうだ。この能力は生物なら必ず持っているもので、その発現には多くの危機を体験する必要がある。
因みにだが、私は最初、あの屋敷から初めて外に出る際に、『イメージ魔法』によって発現済みだ。なるほど、確かに事前にその危機感知が働けば、みんなの生存する確率は大きく上がるだろう。とにかく「ヤバイ」と感じたらスタコラっしゅって逃げればいいのだ。変に意地張って戦わなくていいんだしね。
「逃げるのは全然恥じゃない。大事なのは生きることだもんね。私はいいと思うよ?」
「ありがとうアリサ姉さん。それでね、『死の悟り』発現までにはかなり過酷というか、めっちゃ辛い目に合うことになると思うのよ?」
「なんせ、何度も死ぬ事を、死の直前ってのを体験しなきゃいけないからね……」
「そこを貴女にフォローしてもらいたいの。中には心が折れてしまう者も出てくると思うから……貴女の優しさで癒してあげてほしいわ」
私が納得し、賛同すると、ティリアとルヴィアス、シェラザードがそんな大変な思いをするであろうみんなのフォローをするように私にすすめてくる。
うむ。勿論だとも! 身も心もズタズタにされて泣き出しちゃいそうな者をしっかり立ち直らせてあげなきゃね。
「あんた達も訓練終わった後はちゃんとみんなに声掛けて回るのよ? ちゃんと労って、褒めて、その『死の悟り』についてもお話して、納得してもらうこと!」
「うん! わかったわアリサ姉さん!」
「オッケー! 任せてくれ」
「そうね、納得してもらえればまた訓練にも身が入るでしょうし」
強くなって、私達の力になりたいと、言ってくれたみんな。もう、涙が出そうなほどに嬉しい。だからこそ、しっかり私達がみんなに何を望んでいるのかをハッキリと伝えて、納得してもらうことって大事だと思うんだ。その点を三人に話せば、三人共に力強く頷いてくれた。
そう。厳しく訓練するだけじゃ苦しいだけだからね、それでもみんなならついてくるとは思うけど、そこにハッキリとした目標を見出だせなければ伸びるものも伸びないだろう。
「──そんな話を訓練前に話してたの。ミストちゃん。ブレイドくん。大変だったよね? 苦しいよね? 何度も何度も沢山死ぬ思いさせちゃってごめんね?」
「うぅぅ……アリサ様ぁ~!」「アリサ姉ちゃ~ん!」
おぉ~よしよし……
で、今に話は戻るのだけど。そのあまりにも苛酷が過ぎる訓練に、ちびっこ二人が根をあげてしまった。無理もないよね……この二人、ミストちゃんとブレイドくんはまだ年端もゆかぬ少女と少年なのだ。そんな子供が何度も死を体験したら心が壊れるのも道理。
私は全身を震えさせて恥も外聞もなく、私に抱きついて泣きじゃくる二人の頭を優しく撫でて、この訓練を始めるに至った経緯を説明して、謝罪する。
「怖かった! 怖かったよぉ~!!」
「嫌だ嫌だ! 死ってのがあんなに怖えぇなんて、俺知らなかったんだ!!」
「うんうん、そうだよね……もう嫌だよね? 大丈夫だよ、もうそんな怖い思いしなくていいよ? ティリア達には私から言っておくからね?」
意気込みや、気合いだけでどうにかなるような訓練じゃないんだ……心が砕けてしまう前にこの子達を訓練から外すようにティリア達には話しておこう。
「「ううぅぅ……」」
「アリサ殿、ブレイドとミストは……あぁ、やはり、か……」
「無理ねぇぜ、お前達はまだまだ子供なんだ。後はアタイ達に任せておけって!」
心配だったのは私だけじゃなかったんだろう。バルドくんとセラちゃんが側に寄ってきた。
「そうですよ~? 二人はまだ見習いなんですから、こーんなどぎつい訓練、無理に付き合うことありませんよ♪」
「そうね。ミュンルーカの言う通りよ? 正直私達でも心が折れそうだもの……」
「……アリサ様が作ってくれた……この、美味い料理があるから……耐えられる……」
続けてミュンルーカとシェリー、デュアードくんも。『黒狼』メンバーみんながブレイドくんとミストちゃんを心配している。
「ちが……違うんだ……俺、うまく言えねぇけど……」
「死、死んじゃうのは……確かに、怖かったです……でも、それ以上に……」
自分が何も出来ないまま、仲間が死んで行くのが一番怖かった!
揃い声を大にしてそう叫ぶ二人に、私達はみんな目を見開いた。そうだ、それは私も、みんなも、誰もが最も怖れる事。強烈な無力感と一緒に、大切な仲間が失われる喪失感。私が必死になる理由。
「……正直、今も怖くてずっと震えてます」
「バルドさんや、アイギスさん達ってずっとこんな怖えぇのに耐えて『氾濫』を戦ってたんですね……」
「ミスト、ブレイド……貴方達だって防衛戦でとても頑張っていたじゃない?」
「それはそうですけど、死んだ訳じゃなかったですもん……」
私の腕の中で、泣き腫らした目で、『黒狼』のみんなに向き合う二人の子。戦う事の本当の怖さを知って震えていても……
「だから降りねぇ……今はこんなだけど、絶対乗り越えて見せるから! アリサ姉ちゃん、外さねぇでくれよ!」
「私も! 私もまだ頑張りたいです!」
凄い、凄いや。この二人は私なんかより、ずっとずっと勇気のある子達だ。その決断にぐっと来た私は、思わず二人を抱きしめた。
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【支えてくれる人】~だから頑張れる~
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「アリサ姉さん、それとブレイドにミストだったわね? 大丈夫?」
「「ティリア様」」
そんな私達の前に、みんなの様子を見て回っていたティリアがやってくる。『黒狼』のメンバーはティリアの姿を確認しては、物言わずに揃って一礼してるね。うん、礼儀正しいみんなだこと♪
「驚いたわ、『ランバード』のみんなの様子を見て来たんだけど、なんと全員が『死の悟り』を物にしたわよ!」
「おー! そりゃ凄いね……て、えっ? 待って「みんな」って使用人のみんなも?」
マジか? 『ランバード』の使用人のみんなは多少の戦闘経験はあるだろうけど、ほとんどが一般人だった筈なのに、たった一日で『死の悟り』を体得したの?
「びっくりよね? 話を聞いたらやっぱり十年前にガチで死んだ経験がここで活きたみたいなのよ」
「ふへぇ~!? マジかぁ~何がどう転ぶかわかんねぇもんだなぁ~」
「あはは……普通はあり得ない状況ですからねぇ~」
少しあきれたような、困ったような苦笑いを浮かべるティリアの説明に、セラちゃんとミュンルーカも顔をひきつらせている。正直私も似たような表情になってるだろう。
「あんた達は大丈夫? 正直しんどいでしょ? 無理に続けなくてもいいのよ?」
「へへっ! もう大丈夫だぜティリア様! アリサ姉ちゃんにいっぱい甘えさせてもらったから!」
「はい! 私もです! えへへ、辛くなったらまたアリサ様に甘えます♪」
「あら♪ ふふ、アリサ姉さんたら相変わらずのお母さんね~安心安心♪ バルド達はどう?」
ティリアもやっぱり小さい子二人が心配だったんだね。最初に「ちゃんと声を掛けて」ってお願いした事を実行してくれてるようだ。ブレイドくんとミストちゃんもすっかり立ち直ったみたいだし、よかったよ。
「はい。俺達『黒狼』問題なしです!」
「ティリア様はこうして、訓練に参加した皆にお声掛けになって回っておられるのですか?」
「うんうん。それ聞いて安心したわ。ルヴィアスとシェラザードもこうして声掛けて回ってるわよ♪」
ティリアがブレイドくんとミストちゃんの元気な返事ににっこり笑顔を見せて、バルドくん達にも大丈夫かどうかを聞けば、バルドくん達は揃って頷いた後、答えた。
こうして声を掛けて回るティリアに、シェリーが問えば、自分だけじゃなく、ルヴィアスとシェラザードもそうしてると言う。うん、ちゃんとあの二人もみんなを気に掛けてくれているようだね! 少し視線を上げて周りを見渡せば、確かに、その二人は各々テーブルを回り、他のみんなにも声を掛けている姿が見える。
「後はネハグラとジャデークが心配ね、ラグナースも一般人じゃない?」
「そうね、ふふ♪ でも、ほら。見てよ? あれ見ると大丈夫そうだけど?」
私はネハグラとジャデーク、そしてラグナースの心配をする。ネハグラとジャデークは冒険者ギルドの職員と言う一般人だし、ラグナースも一介の商人に過ぎないんだから心配にもなるよ。私がそう言うと、ティリアが面白そうに彼等の様子を見てみるように促してきた。どれどれ?
「うまい! うまいよファネルリア、シャフィー! これを二人が作ったのか!?」
「喜んでもらえて嬉しいわ♪」「えへへ! アリサ様に手伝ってもらったんだ~♪」
「こっちも最高だ! 凄く美味しい! 有り難うナターシャ、ネーミャ!」
「訓練大変でしょうけど、頑張ってあなた!」「あたし達も頑張るからね!」
あれま! こりゃ微笑ましいね。ネハグラとジャデークはお互いの奥さんと娘さんが作ってくれた手料理を食べて、とっても幸せそうにしているじゃないの♪
「ほっほっほ♪ 支えてくれる嫁に娘がおるんじゃ。あの二人は心配いらんじゃろう」
「やっぱりアタシもアリサ様から料理を教えてもらうわ! ダーリンに食べてもらいたいもの!」
「ふふ♪ レイリーアったらようやくその気になったんですね? 私もご一緒しますから、お互い頑張りましょうね!」
「ありがとうレイリーア。君の手料理、楽しみにしているよ」
更にその隣のテーブルでは、楽しそうに談笑しているラグナースと『白銀』の面々も見える。ふふ、あの様子なら大丈夫そうだね。愛する奥さんと娘さんに愛しい恋人がああして支えてくれるなら、どんなに辛い訓練でも乗り越える事が出来るだろう。
「ははは。俺達は果報者だなラグナース!」
「本当ですねゼルワさん。お互い素敵な伴侶に巡り会えました」
嬉しそうにラグナースに笑いかけるゼルワに、ラグナースも笑顔で返してる。その横で「伴侶だなんて~も~ダーリンたらぁ♥️」なんてレイリーアが照れまくってるね。よかろうよかろう! そう言うことならレイリーアにも料理を教えてあげようじゃないの。
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【人と魔物の共存】~世界の仕組み~
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そんなこんなで続く『無限円環』内での訓練と、お勉強の日々。
ゼオンとルヴィアスを中心に、世界の情勢なんてのも軽く学ばせてもらった。
妹達が創造した『ユーニサリア』にはさも当然の如く、魔物が存在しているのはご承知の通りだけれど、その魔物達の脅威に立ち向かい、逞しく過ごす人々、各国家は私の前世の世界じゃ考えられないほどに仲が良いのだそうだ。
魔物が蔓延る状態でいがみ合うなんて不毛なことしてる場合じゃねぇんだよ。とは、ゼオンの言葉だけど、うむ。なるほどと、思う。お互いに手を取り合って、助け合いながら少しずつ発展してきているらしい。
「ん。それこそが狙い……『調和』」
言葉少なく、レウィリリーネがむふーってドヤっているのは、そうして魔物をのさばらせることで、人々が協力しあう事を見込んで調整しているのだと言うからだ。こう言ってはなんだけど、魔物は必要悪ということなんだろう。
「それでも欲の張った者はいるようだが……ユグライアは今も狙われたりしているのであろう?」
「ええ、爽矢さん。そうなんですわ……まぁ、今じゃこのあるちぃとビットさんて言う頼もしい護衛がついてるんで安心ですがね、それまではかなりストレスの溜まる日々でしたぜ……」
うむうむと頷く爽矢の言葉に、あるちぃとビットに目をやるゼオンが苦笑いで答えている。ゼオン達の『セリアベール』の街を中心とした『ユグライア大陸』は広大で、様々な資源が豊富であり、更には未踏の地もあり、今後も大きな発展が見込まれる地である。以前にも彼等が口にしていたように、その利権を求める者は多く、代表者であるゼオンが邪魔だと思っている輩も存在するのだ。
「そうだったのか、大変なのだねゼオン。だから君もこの訓練に参加したのかい?」
「応。俺は『セリアルティ』の王だ。王が強くなくてどうして民を護れる? アルティレーネ様にお会いして、『セリアルティ』の復興も目前。気張らにゃならんだろうレジーナ?」
十年前は冒険者でしかなかったゼオンの素性に驚いていたレジーナを始めとした『猫兎』のみんな。彼のその迷いない決意に目を細めているね……レジーナはなんか、嬉しそうでいて、寂しそうにも見える複雑な表情だけども……うむぅ、何か思うところがあるのかな?
「ゼオンさんが王様かぁ~♪ じゃあ、ゼオンさんとくっつけば王妃様になれちゃうんじゃーん! きゃー♪ ミミ狙っちゃおうかなぁ~!」
「コラ! ミミやめなさい! ごめんなさいゼオンさん!」
「あはは♪ いいじゃない、ネネはおかたいわね♪」
「……ゼオンさんはももちー達をお嫁さんにしちゃいます? 正室側室誰がどれ~?」
おうおうおう? きゃっきゃっきゃとはしゃぎおってからにこの『猫兎』共め! ミミが騒ぎ出し、ネネが叱るけど、それをきっかけにニャモとももちーまで騒ぎ出したよ。
「なんだぁ~? お前等がその気ならまとめて面倒見るぜ? 但し、イヤっつーほど働いてもらうがなぁ~うぇっへっへっへ♪♪」
「もうっ! ユグライアったらそんな下品な笑い方する王がいますか!?」
あはははは!! そんな『猫兎』達をからかうように、ゲヘヘ笑いをするゼオンをアルティレーネが叱っては場が明るい笑いに包まれる。
「ははは! まぁ、冗談はさておき。そう言った事を企むのは大抵小国家群だろ? 『セリアルティ』が王国として復興すれば自然と黙るさ。だからそんなに気にしなくても大丈夫だぜ、ゼオン?」
「応。もうしばらくの辛抱だな。晴れて王になった日にはそいつ等を黙らせてやるぜ」
現状の『ユーニサリア』には、大きな大国が存在している。
いわずもがな、ルヴィアス率いる北の『ルヴィアス魔導帝国』に、東の『エルハダージャ王国』、そして西にはネハグラとジャデーク達の出身国でもある『ゲキテウス王国』だ。
今ルヴィアスが言った小国家群はそのいずれにも該当せず、少なく、小さい領地を持つ、文字通りの小国家。彼等も自国を豊かにしようと『セリアベール』を狙って、先に述べた様々な手段を用いてゼオンを狙っていると言う事だ。しかし、それも『セリアルティ』が王国として復興してしまえば、おいそれと手出し出来なくなるってのが今の話だねぇ。
「……でも、気をつけて? 人々が発展すればするほど魔物達は強くなっていくから」
「偏った発展は世界を滅びに向かわせます。それは私達が望むものではありませんからね……」
ちょっと心苦しそうに『神』としての考えを話すレウィリリーネと、アルティレーネ。この辺私はあまり触れないようにする。壮大すぎて手に余るからね。
「ま、そうは言ってもうち等はあんま口出しはしないからさ、好きなようにやってみなよ? 度が過ぎなきゃだいじょーぶだかんね?」
「うっす! まぁ俺としちゃみんなが美味い飯食えて、多少の娯楽に笑えるような国に出来りゃそれでいいぜ。裕福だろうが貧しかろうがな!」
ふふ、そうだね。簡単そうに見えてそれが如何に難しい事かは、私なんかよりゼオン本人がよくわかっていることだろう。なんにせよ、『聖域』のお膝元とも言える『セリアルティ王国』の復興だ。私達も協力しよう。
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【伸び悩むアイギス】~どうしたの?~
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「どうしたアイギス! 隙だらけだぞ!?」
「し、しまった! ぐあっ!?」
なんだかんだ言って、この『無限円環』内での生活も結構な月日が経った。
ぴょーんと、話が飛ぶのは日々が大きく変わらないからだ。朝起きて、ご飯食べて、グループに別れて訓練に、勉強に明け暮れ、お昼を食べて、午後は実戦を想定した本格的な模擬戦で午前中に学んだことを実践し、地力を上げていく。っていうサイクル。
そんな繰り返しの中、ちょっと……いや、捨て置けない問題が発生した。
「……少し、休めアイギス。どうも最近のお前はスランプのようだからな」
「バルド!? 何を言うんだ! 私は立ち止まってなどいられない!」
ヒュンッ!!
「っ!?」
「……こんな雑な一閃すら今のお前はかわすことも、防ぐことも出来ていないんだぞ?」
ある日の午後の模擬戦の一幕。アイギスとバルドくんが互いに剣を斬り結んでいたのだけど、その結果は散々な有り様だった。
訓練に参加しているみんながみんな、それはもうメキメキ成長していく中、アイギスだけが伸び悩んでいるのだ。『死んじゃったぜカウンター』も一人だけ二桁を越え、今じゃブレイドくんとミストちゃんにすら劣ってしまっている。その事が更にアイギスを焦らせ、凡ミスを連発する悪循環に陥ってしまっているみたい。
「アイギス! 今のあんたは邪魔だからアリサ姉さんの手伝いしてなさい!」
「ティ、ティリア様……はい……申し訳ございません……」
あ~……遂にティリアの堪忍袋の緒が切れちゃったよ。怒られたアイギスがもう、これでもかってくらいどよよ~んとしてトボトボと私のとこに歩いてくる。う~ん……アイギスだって強くなってるのは間違いないんだよねぇ……だけど、みんなに追い付けていない。
もしかしたらアイギスは大器晩成型で、他のみんなは早熟型なのかもしれない。だとしたら、この状態は彼にとって厳しい状況だろう。
何かがアイギスの成長を妨げていると言う可能性も考えられる。それが何かまではわからないんだけど……ほら、精神的な何かとか?
「……アイギスの奴どうしちまったんだろうな?」
「人一倍努力しているのは確かなのに……何かが噛み合っていないような感じがしますね……」
「うぅむ、誰よりも責任感の強い奴じゃし……気負い過ぎておるのやもしれんな」
「そうねぇ~ここはじっくり体休めてもらって様子を見ましょう?」
『白銀』のメンバー、ゼルワ、サーサ、ドガ、レイリーアのそんな呟きが聞こえてくる。ふぅむ……責任感が強くて、何かが噛み合ってない……か。
「……アリサ様」
「お帰りなさいアイギス。見るからにへこんでるねぇ~?」
はい……って小さい声で項垂れるアイギス。さて、どうしたもんかしら? ただ慰めてあげるだけなら簡単なんだけど、それじゃ根本的な解決にはならない気がするんだよね。
「……彼って本当にあの勇者の転生体なのかしら? 確かに瓜二つだけれど……」
ビクッ!!
ん? シェラザードの小声がアイギスにも聞こえたのか、今凄く反応したぞ?
……ああ~そうか、そう言うことか。わかったわぁ~。アリサさんわっかっちゃいましたよ! もぅ、そんな弱さも好きよ、アイギス♥️
「ふぅ、じゃあお手伝いしてもらおうかな。着いてきてくれるアイギス?」
「……はい。アリサ様」
悔しそうな、辛そうな……今にも泣き出してしまいそうな表情で、でもしっかり私を見て返事をするアイギス。さて、久し振りの二人きり。とっても落ち込んじゃった好きな人をしっかり立ち直らせてあげなきゃね!
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【張り詰めた糸】~今にも切れそうで~
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「はい、ホットミルク。ゆっくり味わって飲んでね?」
「あ、ありがとうございますアリサ様……あの、手伝いは……?」
私は『無限円環』内での、『アリサさんの引きこもりハウス』にある自室にアイギスを招き入れた。私を本気で手伝う気でいたんだろうアイギスは、ユニやファネルリア、ナターシャにリリカさんを代表に『ランバード家』の使用人が働くキッチンを素通りした私を訝しげに見ている。
うん。今じゃユニ達もすっかり料理上手になってくれちゃってね。ある程度任せておけるんだよ、お陰で私も楽ができるようになったの。
「手伝いって言えば今がそうかな? アイギスの事色々知りたいっていう私のわがままを叶えるお手伝いしてもらうんだもんね♪」
「わ、私の事……ですか?」
「そそ、何て言うかもっとこう~普通の? プライベートな事とかも色々知りたいよ? 例えばアイギスの好きな色は何色?」
「えっと……色でしたら、やはり白でしょうか?」
ほほう……なるほど、これはしかと覚えておかねばなるまい!
「うんうん、じゃあじゃあ~」
今まで何かとわたわたしていて、こう言う他愛のない話ってしてこなかった分、色々と聞いてみた。子供の頃『猫兎』達の冒険譚を聞くのが好きだったとか、家族でピクニックに行った時の思い出とか、リリカさん達使用人のみんなとかくれんぼや、鬼ごっこして遊んだ事とか……そうこうしてる内に……
「ふふ♪ 楽しかった思い出がいっぱいあるんだね? いい笑顔してるよアイギス♥️」
「え? あっ……その、お、お恥ずかしい……つい夢中になってしまいましたね」
あんなに落ち込んでいたアイギスの表情が、次第明るさを取り戻して、今じゃすっかり元通りの爽やかイケメン♪ 私に指摘されて照れちゃったのか、アイギスはホットミルクに手を伸ばし、ゆっくり口に含んだ。
「……美味しいです。この温かさと優しい甘さが心に染み渡るようだ」
「ふふ♪ いいよねホットミルク。じゃあ、アイギスにばかり話させるのもなんだし、私の事も話そうかな? 聞いてくれる?」
「はい、勿論です。お聞かせ下さい」
うん。ここからが正念場だ。正直私もこれを話すのはキツイからね……それでも、アイギスが立ち直るきっかけになってくれるんじゃないかと思うし、頑張って話そう。
「……前世の私にはね、兄弟がいたのよ。そりゃあもう、とっても優秀で、出来る兄が二人。私は末の弟でね……よく何かにつけて兄達と比べられたの」
あー……キツイ……久し振りの頭痛が襲ってくる……どうやら今になっても、前世の事……特に嫌な記憶を思い出そうとすると頭痛に見舞われるのは変わらないみたいだ。
「兄達が出来る事が私には出来なくてさ……いつも叱られてて、「兄達は出来るのにお前はまるで駄目だな」ってのが決まり文句みたいになってた……」
「アリサ様……」
「あはは……結局は親も兄弟も、周りのみんなもそんな私を見限って、「もうお前がどうなろうと知らん」って言葉を最後にもうろくに会話もなにもない生活になっちゃってね……」
ズキンズキン……痛いなぁ~。あの頃は最低限、ご飯とちょっとしたおこづかいもらえてただけでもありがたいやって、色々諦めてたっけ……兄達と比べられるのもしょうがないって割り切って……だから……
「アイギスはアイギスよ? 他の誰でもない……」
「っ……アリサ様……私は……」
アーグラスと比べられるアイギスの気持ちが、私には痛いほどわかる。
隣に座るアイギスの手を優しく両手で包んで、彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。「自分もアーグラスのように」とか、「かの勇者の生まれ変わりならば」とか、思い詰めないでほしい。そんな万感の『想い』がアイギスに届くように。
「アイギスはさ、他の誰でもない、アイギスとして成長していけばいいと思うよ? そりゃあみんなにはどうしても比べられちゃうかもしれないけど、その事をどうか気に病まないで?」
「あ、あぁ……アリサ、様……うぅ……くっ……」
うん。そうだよ……気負わなくて大丈夫。私はちゃんとアイギスを見てるから。
「いいよ? 辛い『想い』も苦しい気持ちも、悲しい心も、私。全部受け止めるよ?」
「あ、ああ……アリサ様ぁーっ!! うわあぁぁっ!!」
ぎゅっ……
その整った顔をくしゃくしゃにして、私に抱きついて子供のように泣きじゃくるアイギスを優しく抱き返す。アイギスは今までずっとずっと頑張ってきた。小さい頃から波乱に満ちた人生を歩み、朋友や多くの冒険者の死を目の当たりにして……『白銀』のリーダーとして、仲間達を思い、今まで、ずっとずっと……頑張って来たんだよね。
それはどんなに苦しかったんだろう? どんなに辛かったんだろう? サーサとゼルワのように、レイリーアとラグナースのように……すぐ側で支え、甘えさせてくれる人もおらずに、気丈に振る舞って、頼られるばかりで……
「うああぁぁーっ!!」
そんな張り詰めた糸みたいな状態で、更にアーグラスと比較されて重圧がかかれば、当然、その糸は切れてしまう。今のアイギスはまさにそんな状態なのだ。そりゃあ伸びない訳だよ……だって余力がないんだもん。
「うっうっ……さ、最近は……ぐずっ! 思うように、伸びなくて……うぅっ、気ばかりが焦って……ううぅっ!!」
「うん。……うん。大丈夫。大丈夫だよ、アイギス……」
嗚咽を洩らすアイギスの頭を優しく、優しく撫でて少しでも安心してもらう。何度でも、根気強く……長い年月を耐え続けた彼の心をいたわるように……
やがて、泣き疲れたのか、安心してくれたのかアイギスは静かな寝息を立て始める。私はそんな彼をベッドに寝かせて、キッチンの方に戻ることにした。アイギスが起きたら絶対お腹空かせてる筈だからね。あったかくて美味しいご飯を作っておいてあげるのだ!
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【ぷりぷり】~怒るユニ~
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「い~い? そう言うのってスゴくつらくて苦しいんだよ!? アイギスおにぃちゃんは、アイギスおにぃちゃん! そこをちゃんとわかってあげてよぅ!」
は、はい……ごめんなさい……
んん? なんぞコレ~?
アイギスの為に腕によりをかけて美味しいご飯作ろうって思ってキッチンに降りてくれば……なんでか全員がユニの前に正座してるし、ユニはユニで両手を腰にあててぷんすか怒っては、そのみんなにお説教してるようだ。
「えっと……私も正座した方がいいのかなユニ?」
「あ、アリサおねぇちゃんお帰りなさい! アリサおねぇちゃんはユニの隣!」
あ、はい。一体これは何事なんだろう? って思いつつ、ユニの隣に立って、みんなに目を配ると、ティリアもルヴィアスもシェラザードも……いや、妹達も、ホントに全員がしょぼーんってなってて、反省しているように見える。窓の外にも目を向ければ、ゼーロ達に、リンとジュンも揃ってユニに対して頭を垂れているじゃないか。
「アリサおねぇちゃん。ユニね、アイギスおにぃちゃんとアリサおねぇちゃんが二階にのぼってく姿見たんだ……アイギスおにぃちゃんが今にも泣いちゃいそうな顔をしてたから、どうしたのかって、みんなにお話聞いたの」
ふんふん。なるほどなるほど、確かにユニ達がキッチンで料理してる横を通って二階の私の自室に向かったね。
「もーっ! そうしたらみーんなアイギスおにぃちゃんのこと「勇者の生まれ変わりにしては」とか、「アーグラスのようにはいかないのか」とかそんなことばっかり言って!!」
あ~ユニってば……うん。流石私の妹! とっても優しい心を持ってくれてるみたいで凄く嬉しい。
「ユニね、アリサおねぇちゃんに助けてもらうまでは、ずっと……「ユニじゃない別の『世界樹』だったらみんなを苦しませる事なかったのかな?」って考えて、スゴく悲しくなったんだよ?」
自分で、自分と他者と比較しただけでこんなに悲しくて辛いのに、どうしてみんな、それをわかってくれないのだと、集まるみんなに訴えるユニの叫びにも似た悲痛な声がキッチンを支配する。あぁ……ユニもそうだったんだね? 私と同じような痛みを抱えていたんだね?
ぎゅっ!
「アリサおねぇちゃん……うん。アリサおねぇちゃんもそうなんだね? ユニと同じで悲しい思いしたんだね?」
「うん……うん。わかるよ、ユニ」
抱きしめた私を少しだけ驚いた後、ユニも同じ気持ちを抱く私の心を察したのだろう。その声はとても優しげだ。
《……俺っちはわかるぜ! 優秀な姉貴が全部悪い!》
《おぉーっ! そうだぜ! ゼーロの兄貴が強ぇのが悪い!》
《そうだそうだ! 比べられたらたまんねぇぜ!?》
そんな私達のやり取りを窓の外から見ていた鳳凰と、グリフォン達がギャーギャーと騒ぎだした。いや、うん、まぁ~そうね……確かにそう言うことなんだけども……
「……うぐぐ、まぁ……その、悪かったわよ」
《むぅ……心情を察せずにいた我の落ち度か……》
「ごごご、ごめぇぇーんっ!! アイギスくん! 俺は俺はぁ~君の中にアーグラスを見ていたぁぁーっ!! うおおぉぉーん! 俺の馬鹿野郎!」
おろろ、ちょっと意外だ。朱美とゼーロも鳳凰達に怒り出すかと思ったけど、自分の非を認めたよ。うん、ユニの真摯な言葉に響くところがあったんだろう。ルヴィアスなんて号泣して猛省してるし、ちょっとやかましいわ。
「取り敢えずさ、今のアイギスの状態を話しておくよ。そのままみんなもよく聞いて、考えてほしいの」
そうしてさっきまでのアイギスの状態をみんなにも話して、共有させた。勿論、その事に誰もが真剣に耳を傾けて、我が事のように感じてくれている。うん、笑うような奴は誰もいない。やっぱりアイギスはみんなに愛されてるよ。
「……思えば、俺達もアイギスに頼ってばっかだったな」
「そう、だな……アイツの泣き言なんて聞いたこともなかった」
ゼルワとバルドくんが揃い項垂れて、ちょっと悔しそうにしてるのは……
「私はちょっとむってしてますよ!」
「儂もじゃ……何故に仲間の儂等にすらその思いをぶつけてこんのじゃ!」
同じパーティーでSランクにまで登り詰めたサーサとドガが言うように、その心情を打ち明けてもらえなかったから……でも、それは……
「……リーダーだから、みんなに頼られる『セリアベール』の英雄だから、弱いところを見せられなかったんだわ」
そう。レイリーアの言った通りだ。アイギスは一生懸命頑張って頑張って、『セリアベール』の英雄とまで呼ばれるようになったけど、それは周りに頼られるばかりの日々の始まりでもあったんだ。
「馬鹿野郎が……俺にくらい話してくれてもよかっただろうが……いや、そんなこと言えたもんじゃねぇな……誰よりアイツをあてにしてたのは俺だ……くそっ! 何が親父みてぇなだ!」
弱音の一つも聞いてやれねぇ俺がよぉ……って、ゼオンが頭を抱えて後悔している。ゼオンはゼオンで『氾濫』を抑えるのに必死だったもんね? 誰もが余裕なかったってのもアイギスを追い詰めていった要因じゃないかな?
「マスター……むっつり、いえ。アイギスさんの心情とか、勇者と比べちゃった皆さんの反省も、勿論大事だとは思うんでっすけど……伸びない原因がわっかんない以上……えっと……」
みんながみんな反省合戦する中で、結構あっけらかんとしたアリスが、ちょっと空気を読んでおずおず~って感じで問題を指摘してくる。まぁ、アリスはアイギスと付き合いも短いし、そもそもが『聖域』の意思なのでアーグラスについてもそれほど気に留めていないんだろう。
「そこはきっと大丈夫だと思うよ? 今はとにかくゆっくり休ませてあげよう?」
今のアイギスに必要なのは身も心も休ませる事だ、しっかりと休息をとって、そして……
(……見てるんでしょう? ちゃんとフォローしなさいよ馬鹿勇者?)
セラ「ああ、足がしびれてきたぞ(>o<")」
リール「ゆ、ユニちゃーん( ;∀;)そろそろ立ってもいい?_(^^;)ゞ」
リリカ「(*´艸`*)ちょい♪(*´∀`)σ」
ミスト「あにゃぁっ!?Σ(´□`ノ)ノ」
ブレイド「ミスト!?(; ゜ ロ゜)って、リリカの姉ちゃんなにすんっあばばーっ!?Σ(>Д<)」
アリサ「あはは!(*´▽`)正座で痺れた足にツンツンはきくよねぇ?( ´ー`)」
フォレアルーネ「にょほほ♪(*`艸´)それなら~ティリア姉にも!(*>ω<*)σつんつくつーん!(゜▽゜*)」
ティリア「ちょっとくすぐったいわね~♪(´∀`*)」
アリス「ウッソでっしゃろい!?Σ(゜ロ゜;)きかにゃーのでっす!?(¨;)」
珠実「……(¬_¬)」
レウィリリーネ「(  ̄- ̄)ティリア姉さん……」
ティリア「な、なによ?(´□`; 三 ;´□`)珠実もレウィリもそんな目で!?(゜Д゜;)」
フォーネ「んん~(´・ω・`)? あっ!( ゜A゜ )ティリア様ほんのちょっと浮いてる!(^o^;)」
アルティレーネ「えぇっ!?Σ(*゜Д゜*)ズルい!(`ε´ )」
ティリア「ば、バレた!?(;゜0゜)」
ユニ「んーっ!(。-`へ´-。)ティリア様は晩御飯抜きーっ!ヽ(♯`Д´)ノコリャーッ」
ティリア「そ、そんなぁ~!?Σ(>Д<)」
シェラザード「ズルした罰よ(ーωー)」




